第13話 いざ、ランダムダンジョンへの道すがら
パーティーを組んだえんどう豆は、突然頭に緑の布を被った。
「顔も匿名希望で!」
と天に向かって叫ぶ。
ツカサがその丸い目の点がついた布の被り物を見るのは2度目だ。防御力が下がるのでは無いかと一瞬思ったが、見た目装備の欄で装備しているのかもしれない。それなら見た目が変わっているだけで従来の装備のままだ。
だが、防御力も高い可能性がある。一応確認も兼ねて尋ねてみた。
「それはオシャレアイテムですか?」
「ぶはっ」
「ゲホッ」
∞わんデンが吹き出し、えんどう豆が咳き込んだ。
ツカサの疑問には雨月が肯定する。
「オシャレアイテムだ」
「そうなんですね。前に被ってらっしゃる錬金術師の方がいたんです」
「チョコ、あの人は絹大使なのにナイロン派だって噂を聞いたのです」
「ネタアイテムぅ……! ネタアイテムです! 別に俺はオシャレだと思ってませんからー!!」
「キミ達、撮ってないところで面白い会話を始めないで!?」
現在、5人でネクロアイギス王国の南東のダンジョンへと向かう道中である。
パーティーメンバーは、えんどう豆が戦士LV9、チョコが召魔術士LV56、ツカサが神鳥獣使いLV10、雨月が二刀流剣士LV100、∞わんデンが弓術士LV3だ。
∞わんデンは始めたばかりのはずだがレベルが上がっていて「ソロの時間を考えると、本当はタンクが良いんだろうけど。色々と副団長が戻って来てからだなぁ」と言った。
「え……?」
「副団長の人、ツカサ君がヒーラーだからタンクを選んでくれたんでしょ? なのに自分がいない間に知らない代わりのタンクが傭兵団にいたらさ、寂しいじゃん」
「あ、それは……。その、ありがとうございます」
「ちなみに、レベルはツカサ君と合流前に上げました! 監獄イベントってやつ、アタッカーだと一瞬で終わったから時間あってさ」
「そんなに直ぐ終わったんですか?」
「うん。監獄で《日数をスキップしますか?》って選択を目の前に出された時には「このゲーム正気か!?」って思ったけど。まぁ、ガチの投獄じゃなくてイベントだからスキップ出来る仕様なんだろうな」
(ヒーラー以外はそんな感じなんだ)
「そういえば雨月君、脱獄おめでとう!」
「……あれは、過去の自分とタイムアタック競争をしただけなので」
「ストイックだねぇ。タイム縮められた?」
「2時間切れるようになってました」
「PS上がってたのか! そりゃめでたい!」
∞わんデンと雨月の会話に、チョコは目を丸くして歩いている。
「チョコさんとえんどう豆君は、監獄どうだった? って監獄どうだったって聞き方も凄いな」
「スキップしたです」
「!! お……俺も」
「はは、一緒一緒ー」
朗らかに皆と話している∞わんデンを見て、ツカサは本人が常日頃言うほど人付き合いが苦手ではないと感じた。むしろ物怖じせず、人とのコミュニケーションは上手い気さえする。多分、人付き合いで嫌なことがあって関わるのが億劫になっているだけなんだろう。
そう考えるツカサの頭の片隅では、喋り出す前にいつも気を張っていた和泉の姿があった。
∞わんデンの気さくさと布の被り物アイテムのおかげからか、えんどう豆から萎縮していた雰囲気がいくぶん軽くなっている。
えんどう豆はチラチラと∞わんデンに視線を向けて、意を決したように隣へと並んだ。
「む、無限わんデンさん! いつもホラーゲームの実況見させてもらってます……!」
「ああ。えんどう豆君、うちの視聴者だったのか」
「はい! 俺、ホラー系本当にダメで……! でも怖いけど知りたいっていうか、評価高いゲームは特に内容気になって、自分じゃ絶対プレイ出来ないんで実況動画を見てるんです。無限わんデンさんの実況は落ち着いてて他の実況者と違って悲鳴もないし、初見でも解説動画的で怖くなくて助かってます……!!」
「おお、ありがとう。えんどう豆君はプラネが初ネトゲ?」
「前に『クロニクルアーツ・スカイ8』を……」
「へぇ、8やってたんだ。今は休止中?」
「……辞めました……」
「そうなんだ。VRの没入感を殺してるって批判もあるけど、アクション要素を極力排除したネトゲ初心者御用達ってゲームじゃなかったっけ?」
「俺、ゲームが合わなくて辞めたんじゃなくて、クランというか人間関係が……。最初に募集で入ったクランが『誰でも歓迎! 自由でのびのびと! ※挨拶をちゃんとすること』がうたい文句のクランだったんですけど、それが……。〝挨拶をちゃんとすること〟――この一文のヤバさに気付かなかったんですよね」
えんどう豆は過去を思い出しているのか暗い声で俯いた。
「ログインしたら挨拶する。ログアウトする時も挨拶をする。人がログインして来た時もログアウトした時も挨拶する。話したこともない奴にもただ挨拶はする。常に流れる挨拶ログの羅列……羅列……羅列――……。
嫌気がさして、面倒だった時につい1回スルーしたら『マメ君、挨拶は? マナーでしょ』ってリーダーに名指しで公開処刑チャットでつるし上げられて、それ以来ログインしたらネチネチと話しかけられるようになってウッ……ああッ!!」
その時のことを思い出したのか、えんどう豆は頭を抱えてうめいた。
「うわ、大変だったんだな。他のクランには移らなかったの?」
「そっ、そこ何とか抜けて出入り自由で無言OKな所に入りはしたんですが……何かもうその時には8の自キャラでログインすること自体が妙に嫌でたまらなくて……。
プラネはその流れで結構投げやりな気分を引きずって始めて、最初から絡みにくい奇抜な見た目なら話しかけてこないだろって全身緑のキャラクリにしたし、どうせ直ぐ辞めるだろうからって大胆に掲示板だって書き込んだりもしたんですけど――」
そこでえんどう豆はガバッと勢いよく顔を上げて訴えた。
「プラネ民は変なんです……!! こんなヤバい見た目の俺に普通に絡んでくるんですよ!?」
「ほ、ほう?」
「8じゃスルー案件なアウトの見た目なのに……っ! そもそも初対面で『久しぶり』って言ってフレンド申請投げまくってくるの、おかっおかしいだろプラネ古参!!
俺コミュ障なんだよ! 頼むよっ、掲示板書き込んだぐらいで異様なフレンドリーさで話しかけてこないでくれよっ!!」
鍛冶師ギルドの前で声をかけたツカサとしては、えんどう豆の心からの叫びに何だか申し訳なく思ってしまった。
「大体声をかけてこない奴は俺と同じ新規なんですけど、その新規がヤバくって……! 『PKされた時に無くなるのが嫌だ』って言って攻撃力足りないってのにダンジョン内でアクセを頑なに装備してくれないわ、ソロ傭兵団作りたいって言っているのに居座ろうとするわ、傭兵団のメンバーから蹴ったら『どうしていちゃいけないの?』って粘着メールひたすら送ってくるわ、粘着されて怖くて結局一旦作った傭兵団を解体しなきゃならなくなるわで……何なんですか!? 何かもう俺と同じ時期に始めた新規が1番ホラーですよ!!」
「えんどう豆君、苦労しすぎでしょう……。お兄さん泣けてきたよ。今日も強引に呼び出しちゃってごめんね」
そこでえんどう豆はハッと意識を引き戻すと「す、すみません……一方的に……。つ、ツカサさんと無限わんデンさんに呼びだされたのは別に……むしろ喜んで来てですね……」とゴニョゴニョと小声で呟いた。
どうやらえんどう豆は、メールをしてくるまでに大変な目に遭っていたようだ。そんな中、頼る相手に選んでもらえたことがツカサはこっそり嬉しかった。
平原とまばらな果樹林を越えた先に四角形のストーンサークルがある。見晴らしのいい場所だが、街道からは道の傍に並ぶ樹木によって見えないものとなっていた。
ストーンサークルはツカサの背丈より少し高いぐらいで決して巨大なモニュメントではない。平人と砂人の∞わんデン、雨月、えんどう豆は並ぶ石を見下ろしながら、種人のツカサとチョコは見上げながら、ストーンサークルの中に足を踏み込む。シャンシャンッと不思議な音色が鳴った。
《「レベル3~10・ランダムダンジョン」を発見しました!》
《これより「レベル3~10・ランダムダンジョン」へ突入出来ます。このダンジョンは突入するまでダンジョンが不明です》
《推奨人数1~6人。レベル制限・周回数制限なし》
「ランダムダンジョン?」
「やっぱりツカサ君、来たことないんだ。ここさ、街でクエストがあるわけでもないし、低レベル帯過ぎるし、最高でもレベル10のダンジョン装備しか出ないしでスルーされがちのフリーダンジョンの1つらしいよ」
「俺も……初見です」
えんどう豆がおずおずと申告した。チョコも首を横に振る。
雨月は入ったことがあるそうだが、言葉を濁した。
「入ったのも1年以上前で、その時の蓮の池ダンジョンに当たるかは」
「そっか。ランダムって、道がちょっと変わるって程度じゃなくて完全に別ダンジョンなのか。事前に動画漁っても映像が出てこなかったんだよな。だから気になってさ」
攻略サイトを読んでいるらしい∞わんデンがそう話す。
雨月は神鳥獣使いに変わった。レベルは35。ツカサと幻樹ダンジョンに行ってからレベルを上げたようだ。相変わらずコウテイペンギンの雛が可愛い。低レベルダンジョンということで、雨月は神鳥獣使いでいく。
「ダンジョンに入ったら放送するけど、普段通りでいいからね。ただの垂れ流しの放送だし、名前はいくら呼んでもNG設定に入れてるから放送に乗らないよ。その点は安心して」
「生放送用の配信ソフトってリアルタイムにそんなこと出来るんですね」
「体感出来ないぐらいのラグの時間でNGワードだけ無音処理して流してくれるね。えんどう豆君の匿名希望、顔だけじゃなくて全身モザイクかけられるけど、どうする?」
「ぐっ……タンク全身モザイクで絵的に平気なら……お、お願いします」
しかし心許ないのか、布は取らないままでいくらしい。
「他の人も名前以外に無音にしたいNGワードある?」
∞わんデンが全員の顔を見て尋ねた。ツカサは特に思い浮かばない。
雨月が一言、
「覇王はNGで」
と告げた瞬間、えんどう豆が吹き出した。




