第7話 傭兵団団長という立場の重大さ
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次の日。ログインすると、雨月からメールが来ていた。内容は『和泉さんはいつ頃ログインする予定か聞いているだろうか?』というもので、今日も和泉がログインしていないことを物語っている。
ツカサは落ち込みつつ『わかりません』と返信した。
(雨月さん、急にどうしたんだろう。和泉さんに用事が……?)
間をあまり置かずに、雨月から個別のフレンドチャットがあった。
雨月 :共有大倉庫のログの確認を
(ログ?)
傭兵団の共有大倉庫のログのブラウザを開いた。
『 == 団員「レーテレテ」が銅鉱石135個を取り出した ==
== 団員「レーテレテ」が鉄鉱石89個を取り出した ==
== 団員「レーテレテ」が銀鉱石42個を取り出した ==
== 団員「レーテレテ」が珪灰石122個を取り出した ==
== 団員「レーテレテ」がナラの木材264本を取り出した ==
== 団員「レーテレテ」がスギの木材320本を取り出した ==
== 団員「レーテレテ」がヒノキの木材120本を取り出した ==
== 団員「チョコ」が果樹の木枝500本を取り出した ==…… 』
唖然とした。昨夜ツカサがログアウトした後、レーテレテが素材1つをある分だけ根こそぎ取り出しているのだ。それに続くようにチョコも。
ツカサ:昨夜のログを見ました
雨月 :木材が取り出され始めた辺りで気付いたチョコさんが、
全て取られる前に自分の倉庫へと移して一部預かってくれている
後で確認を
ツカサ:はい
傭兵団チャットも確認する。
すると昨晩チョコが『木材は副団長さんが木工師のチョコの分も入れてくれてます! 全部取らないで下さいです!!╰( ̄・`ω´・ ̄)ノシ』と怒っているような顔文字でレーテレテに対して苦言を書き込んでいた。
ツカサ:レーテレテさんは鍛冶師か木工師なんでしょうか
雨月 :そうだとしても初心者が消費する量じゃない
マケボに出品する目的だろう
ツカサ:それは
(そんな――)
和泉は売るために、素材を入れているのではない。皆に利用して欲しいから好意でたくさんの素材を共有大倉庫の方に入れてくれていたのだ。それを金銭に換えるために引き出していると知って、胸が痛んだ。
雨月 :和泉さんには「好きに持ってって下さいね」
という文を早めに取り下げてもらいたい
ツカサ:一旦レーテレテさんのみ取り出し不可の鍵をかけます。
これからレーテレテさんに会うので、
きちんとその辺りの話をしてきます。
みなさんに心配と迷惑をかけてしまってすみません
ツカサは急いで待ち合わせ場所の噴水広場に向かった。心臓がバクバクする。早く来過ぎたかもしれないが、それどころではない。
(何であんなことをするのだろう)
入団したばかりの傭兵団の倉庫の物を、さも自分の物のように全て引き出そうとする行動が理解出来なかった。
(でも僕の説明が下手だったせいで、何か思い違いがあったのかもしれないし)
ぐるぐると頭の中で自問自答し、じれながらレーテレテを待っていた。
不安になって、その間にえんどう豆にもメールをし、『始めたばかりの鍛冶師で、銅鉱石、鉄鉱石、銀鉱石を40~100ぐらい製作に使いますか?』と確認の質問をする。
えんどう豆は少し遅れて返信をくれた。
『何を確認したいのかよくわからないけれど、生産ガチプレイをしてても鉄と鋼でレベル上げします。大量生産じゃレベルが上がりにくいし、浅く広く色んな鉱石を加工するのはプラネでは効率が悪いです。
始めたばかりの定義って、鍛冶師ギルドがあるグランドスルトでゲーム始めたって意味で合ってますか?』というものだ。
ツカサはハッとする。レーテレテはネクロアイギス王国所属で始めたばかりのプレイヤーなのだ。称号も【影の迷い子】である。鍛冶師ギルドには入っていないはず。
そしてレーテレテがなかなか来ない。
ひょっとしたらこのまま待ち合わせに来ないかもしれないとネガティブな思考になりつつあった時、ようやくレーテレテがやって来た。
彼は昨日と変わりない明るい笑顔でツカサに挨拶する。
「こんばんは、団長さん!」
「……こんばんは」
ツカサはゴクリと唾を飲み込み、意を決して切り出した。
「あの、共有大倉庫の件ですが、引き出した物を1度戻してもらえませんか」
「え? もう使っちゃってないですよ」
「でも引き出したログを見たかぎり、鍛冶師と木工師で使う素材でした。レーテレテさんのメイン称号では、グランドスルト開拓都市にはまだ行けないと思います。だからレーテレテさんは鍛冶師じゃないですよね。鍛冶の素材が必要だったとは思えません」
ツカサの指摘に、レーテレテは露骨に顔をしかめて「うわっ、小言かよ。ウザ」と小声でうっとうしそうに呟いた。
「でも好きに持ってけって書いてあったじゃないですか。何が悪いんですかぁ?」
「それは……そうですけど。引き出した物が手元にないなら返却は、いいです。でも素材を入れてくれた副団長の方は、お金に換えるために入れていた訳じゃないんだってことをわかって欲しいです。生産職業をする方のために好意で――」
「はぁ、ソーデスカ。几帳面なんですね。こんないちいち行動を指図されるウザい傭兵団だとは思いませんでした。抜けます」
「えっ」
《団員「レーテレテ」が傭兵団「アイギスバード」を退団しました》
さっさとメニューを出して退団したレーテレテに、虚を突かれて茫然とする。
ツカサはそもそもの持ち主である和泉の意図を話して、今後は極端な持ち出しをやめて欲しいと話したかっただけだ。
ところがレーテレテに全く取り合ってもらえず、一瞬頭の中が真っ白になった。レーテレテの後を追いかけようとしたが、呼び止める言葉がとっさに浮かんでこない。
突然、レーテレテの足が止まる。
彼の前には銀色のポニーテールで漆黒の長いジャケット姿の青年が立っていた。紅い瞳でレーテレテをじっと見下ろす彼の姿は、ツカサと初めて会った時に時間が巻き戻ったかのように思えた。
レーテレテが、青年が右手に持つ紅く光る長剣を見て「は? アンタ何、街中で抜刀してるんですか」と迷惑げに見上げたと同時に、長剣が目にも留まらぬ早さで振り抜かれてレーテレテのHPバーがゼロになり、地面に転がった。
ツカサはヒュッと息を止め、顔色を青くして硬直する。
噴水広場にテレポートしてきたばかりの他のプレイヤーもその場で固まった。重い沈黙が流れる。
(うっ、雨月さんがPKを……!?)
動転したツカサは、何とかこの場を元に戻そうとパニック気味にスキル回路ポイントを5ポイント使って【復活魔法LV1】を取得し、レーテレテに復活魔法をかけた。
レーテレテがやわらかな光に包まれ、ふわりと浮いて立ち上がる。光が消えた途端、無情にも雨月が斬り捨てて、レーテレテは再びうつぶせに倒れた。
ツカサは言葉を無くし、ただただ震えながら雨月とレーテレテを交互に見る。
紅い瞳でレーテレテをじっと真顔で見下ろす雨月が、冷たく言い放つ。
「1年前のPK事件の時にも、こういう火事場泥棒をする奴がいた。青色も黄色も赤色も、そこに名前の色なんて関係が無かった。他人の物を盗むこのプレイヤー達が、プレイヤーをキルして他人の物を得るPKとどこが、何が違うのか、俺には昔からわからない」
「雨……月さん」
「PKはPKする。俺はこれからも私怨でPKを続けるプレイスタイルだし、傭兵団に迷惑をかける奴はキルしたい。――ツカサさん、こんな俺を傭兵団から追い出さないで好きにさせていていいのか?」
雨月の問いに、ツカサは意識を引き戻すと、自分を叱咤して精一杯の傭兵団団長としての言葉を口にした。
「はい。PKは傭兵団に迷惑をかけないかぎり、雨月さん個人の話だって思います。
僕は……雨月さんがずっと傭兵団にいてくれたらいいなって思っています。でも、雨月さんが他の傭兵団のみんなに迷惑をかけるようなことをするなら、その時は傭兵団の権限を全部規制したり、退団させます」
「ああ」
雨月は「そうしてくれ」と微かに明るい声色で頷いた。
「僕は雨月さんにいつだって助けてもらっていて、今も……迷惑をかけてしまいました。本当なら僕が団長として動かなきゃならなかったのに」
俯いてレーテレテの背中へと視線を向けた。背中の上では頭上に×マークが出る黒いフクロウが首を傾げている。
するとレーテレテの姿が消えた。ここで起き上がるのは諦めて所属ギルドに死に戻ったのだと思う。地面に彼の所持品が散乱している。
「うおおおおっ!!」
「!?」
突如、横からズサーッと走り込んで所持品に触れようとしたプレイヤーが現われた。だが直ぐ様、雨月に斬られて倒れる。
「え……?! あ、あの」
訳が分からないまま転がるプレイヤーにツカサが気遣う声をかけている間に、雨月は地面にバラまかれているアイテムを拾い「取られた素材が無いな」と嘆息する。
遠巻きにこちらを見ているプレイヤー達が「撃沈はええよ!?」「剣の間合いに速攻で入る奴がいるか!」「ハイエナやるなら覇王の攻撃範囲くらい動画で予習してこいやッ!!」と野次を飛ばしていた。
見世物になっていたが、雨月が野次を飛ばすプレイヤーに視線を向けると彼らは後ずさりながら素早く後退して距離を取り、テレポートしていなくなる。山の中で熊に遭った時の対処法に似ていると、つい失礼なことを思ってしまった。
黄金色の四角いゲートが雨月の傍に現われる。
「それじゃ、ツカサさん。気をつけて」
「はい。それじゃまた……。その、心配をかけました。ごめんなさい」
雨月はツカサに軽く会釈すると、ゲートと共に消えた。
ツカサは肩の力を抜いて溜息をこぼす。しかし直ぐに、しっかりと顔を上げる。
(僕には団長として入団には責任があるんだ。和泉さんやチョコさんや、雨月さん達の迷惑にならないように、これからは入団した人がどんなに良い人だと思っても、ちゃんと共有する物に関しては厳しく不許可の設定をして、しばらく様子を見てから許可するようにしないと)
不意に、足下から声がした。
「ふ……復活プリーズぅ……っ」
「はっ、はい!」
慌てて倒れているプレイヤーに復活魔法をかける。
《【復活魔法】がLV2に上がりました》
「え!? もうレベルが上がった……」
「おめ!」
起き上がりながら凄く良い笑顔で、グッと親指を立ててくれたので、ツカサは頭をペコリと下げて「ありがとうございます」とお礼を言った。
後々考えると、どうしてツカサがお礼を言ったのか意味が分からない状況だった気がする。
噴水広場を後にして、再び自室に戻って落ち着くと、チョコにも迷惑をかけた旨と謝りとお礼のメールを送った。
チョコからは『たまによくあるです( ̄・ω・ ̄)』とツカサを励ますメールの返信があって、今の傭兵団のメンバーは優しい人ばかりだなぁとしみじみと思う。
チョコを選んだ和泉のおかげだ。きっと、ツカサには和泉ほど人を見る目がない。限られた人としか接した経験がないから、見る目どころかそもそも判断をする基準がないのだ。
(僕だけならいいんだけれど、みんなの迷惑に繋がるから。和泉さんに至っては実害が……。何とか無くなったものを少しでも補充して謝らないと。でも、それも正解なのかな。和泉さんに嫌がられないかな)
どれだけ1人で悩んで考えても、答えは出ない。
ツカサはVRマナ・トルマリンのホームに戻り、無限わんデン宛てに相談のメッセージを送った。




