第18話 街道のエンカウント戦闘
ネクロアイギス王国の街道を南下する。
タンク・騎士の和泉、遠隔魔法アタッカー・召魔術士のチョコ、ヒーラー・神鳥獣使いのツカサとソフィアの4人パーティーだ。
背が高い和泉の後をついて歩くツカサ達の姿は、確かに客観的に見ると保護者の大人についていく子供の図なのかもしれない。
ツカサの肩の上に乗るオオルリに、隣を歩くソフィアの肩に乗った文鳥が近付いて「ピピピ」と鳴いている。話しかけている姿が可愛い。
今日のチョコは頭にカワウソを乗せて歩いていた。カワウソのなりきりパジャマを頭から被っているみたいになっているが、重くないのだろうか。
(神鳥獣使いの鳥と一緒で、召喚獣も重さはないのかな)
そんなことを考えながら、フレンドリストを見た。
新たにフレンドになった2人を見て、やはり雨月とソフィアの称号の多さは、普通に遊んでいるだけでは難しいものなのだと思った。
神鳥獣使いは称号が関係することが分かってから、ツカサもつい人の称号に目がいく。
名前:チョコ
種族:種人擬態人〈女性〉
所属:ネクロアイギス王国
傭兵団:ネクロアイギス王国「アイギスバード」団員
称号:【影の英雄】
フレンド閲覧可称号:【パライソの知人】【召喚獣愛好家】
非公開称号:有り
職業:召魔術士LV53
名前:えんどう豆
種族:砂人擬態人〈男性〉
所属:グランドスルト開拓都市
称号:【巨万の立役者】
フレンド閲覧可称号:【パライソの知人】【ベナンダンティの知人】【雑貨屋の居候】
非公開称号:有り
職業:戦士LV6
「チョコさん。フレンド閲覧可称号の称号について聞いてもいいですか? マナー違反なら答えなくてもかまいません」
チョコがこくりと頷く。多分尋ねてもいいのだろう。
「【召喚獣愛好家】は召魔術士の称号ですよね。職業の称号は、非公開になるものとならないものがあるんでしょうか?」
チョコはゆっくり首を横に振る。その拍子にカワウソの顔が少しずり落ちた。そのずり落ちたカワウソを指差してチョコは話す。
「【召喚獣愛好家】は職業称号ではないです。おしゃれ称号です。カワウソフェイスの正体なのです」
「ソフィアも知ってるの。その称号は召魔術士を持ってるのがバレバレになっちゃう代わりに、召魔術士としては戦力外ですよって相手に伝わる称号でもあるの」
「戦力外?」
「召喚獣の見た目のやりこみと、強さは共存しないの。召魔術士の悲しい宿命なんだよー」
「チョコはレジェンドさんが目標なのです」
チョコはぐっと太い眉に力を入れながら、小さな手で握り拳を作る。それを聞いたソフィアが「レジェンド……」と遠い目をした。
「でも挫折してしまったのです」
「途中で正気に戻ったんだね。ソフィアはそれでいいと思うな♪」
「れ、『レジェンドさん』……?」
和泉も前を警戒しながら、おそるおそる口を挟む。
ソフィアが頬に手を添え、小首を傾げて微笑んだ。しかしその目はどこか遠い。
「『レジェンド』は名前じゃないの。【伝説の大召魔術士】の称号を持っているから『レジェンド』って呼ばれたプレイヤーがいたの」
「雨月さんと同じで称号があだ名になっている人なんですね」
「つ、強そう……」
ソフィアはそっと目を伏せて告げる。
「レベル50までのスキル回路ポイント全てを、召喚獣の色替えに注いでオンリーワン色の召喚獣を作った召魔術士プレイヤー、それがレジェンドなの」
「本当に伝説なんですね……」
話を聞くツカサと和泉は唖然とした。スキル回路ポイントを全て注いだということは、スキルを取得してないということである。
「それは、あの……普通に遊べるんでしょうか……?」
「遊べないよ。プラネはスキル必須のゲームだよ? 敵に素手で攻撃して、パンチが当たっても格闘スキルを取ってないなら絶対にダメージは入らないし、回避スキルを持ってないなら、いくら攻撃を避けても攻撃は当たって死ぬの」
ソフィアの言葉に、ツカサは胸中でヒヤっとした。まだ回避のスキルを全く取得していないのだ。
「でもレジェンドは召魔術士だから、召喚獣に攻撃してもらって後は猛毒アイテムを横で使う棒立ち戦法が出来てレベルを50まで上げられたの。
召魔術士は召喚獣が本体なんて言われるようになったのはレジェンドのせいだよ」
ソフィアは笑顔で語りながらも、苦々しさが言葉の端々からにじんでいた。
チョコが足を止めて「これがレジェンドさんの素敵な召喚獣のスクショです」とパーティーメンバー全員にメールで画像を送り、誇らしげに胸をはった。
「陽の光の加減で七色に光って透き通る、クリスタル色のムササビです」
「ムササビ……!!」
「可愛いですね。ひょっとして召喚獣って小動物で統一されてるんですか?」
チョコが頷く。だがソフィアは反対側に小首を傾げてニコニコ笑顔を浮かべている。
ツカサはそのソフィアの様子を見て、暗殺組織ギルドに所属している場合、召喚獣が別の形になるのかもしれないと思った。
和泉が画像を眺めながらソフィアに尋ねる。
「そ、そのレジェンドの人、今は……? 掲示板にもいないような」
「ブラディス事件で引退しちゃったの」
「そう、なんだ」
「最後は『俺、何やってたんだろ』って正気を取り戻したかのような書き込みして引退したよ」
「ひえ……!」
その時、ジャキジャキンッ! と鋭い金属を打ち鳴らす音が響く。一瞬視界が真っ黒に暗転して戻ると、目の前に大柄でガラの悪そうな男達が8人ほど、ズラリと並んで街道を塞いでいた。
「おうおうおう! 命が惜しいなら、金目の物を置いていきな!!」
そう叫ぶやいなや、突然剣を振りかぶって襲ってきた。「えええ!?」と和泉が悲鳴を上げながらも盾で攻撃を受け流し、【宣誓布告】を発動する。
空中に鍵盤の盾のエフェクトが出現し、8人全員の敵視が和泉へと向かう。すかさず、文鳥が「ピチューィ!」と鳴き、攻撃力上昇の【鬨の声】と徐々に回復の【癒やしの歌声】をする。
間髪入れずに「あ!?」とソフィアが小さく叫んだ。
「しまった……!! また先に【癒やしの歌声】発動しちゃったの……!! 後出しバフなのにぃ!」
ツカサは突然のことに対処出来ない。何よりゲームキャラクターと戦っていいのかわからないので動けなかった。それはツカサだけでなくチョコも同様で、硬直している。
和泉も攻撃していいものか分からず、目を白黒させながら盾で攻撃を防ぐばかりだ。
「PK!?」
「違うの! だからみんな攻撃しても大丈夫! 人型だけどモンスター戦闘だよ! ほら、相手の頭上に名前と体力バーとヘイトバーが出てるの!」
「本当だ!?」
〝盗賊LV9〟の名前に、和泉とチョコ、ツカサもソフィアと同じく攻撃を始める。召魔術士の戦闘を初めて見たツカサは、カワウソが空中に浮いて、光の魔法の珠を放っている姿にびっくりした。
危なげなく8人を倒し終える。すると、倒れた8人のうち1人がむくりと起き上がった。
ツカサは彼の頭上に青色ネームの【RP】の文字を見てぎょっとする。
(プレイヤー!?)
「畜生! 首領に報告だ!!」
【RP】のプレイヤーはそう叫ぶと逃げていった。また一瞬暗転があり、視界が戻る。
ツカサはプレイヤーが混じっていたことに焦り、急いでスキルを確認する。PKとPKKをすることで消えてしまう【祈り】はなくなってはおらず、ほっと安堵した。
《神鳥獣使いがLV9に上がりました》
《【水泡魔法】がLV6に上がりました》
《【魔法速度】がLV3に上がりました》
戦闘後のアナウンスが終わると、ソフィアがツカサ達に謝った。
「みんな巻き込んでごめんね。紫色ネームだと発生するランダムエンカウント戦闘なの。この初心者も通る街道でも発生するようになってるとは思わなかったの」
「プレイヤーが混ざっていたです……」
チョコが目を丸くして、【RP】が去った方向を茫然と見ていた。
「ロールプレイヤーが混ざっている時の戦闘だと、今みたいに別空間に拉致される仕様なの。ロールプレイヤーはそういうキャラを演じているだけで、演技の立場上やむを得ずに襲ってきてるからPKやPKKにカウントしない仕様になっている空間に飛ばされるの」
「長くプラネをやってるけど、チョコは今の戦闘初めてです」
「青色ネームだからだよ。青色ネームじゃ今後は絶対に発生しないから安心してね」
明るくソフィアが締めて、また一行は歩き出した。
ソフィアはさっきのような戦闘の発生を警戒して、パーティーからは抜けてしまった。ツカサ達は平気だと言ったが、ソフィアは「ソフィアの信条はPKしない人にPKをさせないことなの!」と頑として譲らなかったのだ。
そうして無事に関所の傍の村へと到着する。ソフィアはこの村に用があるそうだ。
しばらく自由時間となって、ツカサと和泉もついでに職業ギルドクエスト『村々の医療巡回』と『村々の警邏巡回』をさせてもらった。
その間、チョコが暇になってしまうのではと思ったが、チョコはやりたいことがちゃんとあるという。そして、所持品から種人の背丈ほどある大きな木の回し車を取り出し、ツカサが治療のために座っている椅子の近くにその大作の品を置く。
カワウソが回し車の中に入り、カラカラと回す。その熱心な姿は、カワウソが本当はハムスターだという事実を思い出させた。
チョコの方は、カワウソから離れてメカメカしいカカシを地面に置くと、その周りをぐるぐる回りながらカカシに向かって魔法を放って攻撃していた。
「チョコさん、それは何をしてるんですか?」
「攻撃のダメージ量を測ってます。チョコはギリギリ許されそうなダメージ量を見極めて、スキルを取らずにスキル回路ポイントを召喚獣に使いたいです」
「その許される? ダメージ量は分かるものなんですか?」
「レイドに最低ダメージ量の指標があって、その最低ダメージ量がチョコの最高ダメージ量です」
「アタッカーは大変なんですね……。ヒーラーもそんな風に回復の練習をした方がいいんでしょうか?」
「タンクさんとヒーラーさんは、実戦でしか育たないです。アタッカーが死屍累々の修羅場を乗り越えた数だけ上手くなれます」
「修羅場を……」
ツカサは恐ろしい話を聞いてしまい、顔色を蒼くした。
村の入り口に、紫色の【RP】と頭上に表示される物売りがやって来た。ツカサとチョコ、そして戻ってきた和泉は思わずその人物に目が釘付けになる。
まるでゲームキャラクターのようなそのプレイヤーは、村の柵の傍にゴザを敷いて、石のペンダントや薬草を並べて販売を始めた。そこをすっと横切るソフィアに声をかける。
「お嬢ちゃん、どうだい? 何か買わんかね」
「うーん? そうだなぁ、ペンダントは可愛いの」
ソフィアはかがみ込んでペンダントの物色を始めた。
「……赤色が無いね」
「今は品切れでなぁ」
「他の店で売っているのを見たよ」
「店の名前は?」
「深海」
「まさか」
「始末しろ」
「御意」
そこから離れて、ソフィアがいつもの笑顔でツカサ達の方へとやってくる。
「あんまり良いのなかったよー!」
「凄かったです……」
「……」
「あ、あれがロールプレイ……っ」
ツカサは素直に尊敬の眼差しを、チョコは恥ずかしげに気難しい顔をして、和泉は恐れおののく表情をし、三者三様の反応をソフィアに向けた。
「……人に見られてるって、ただの羞恥プレイだよな」
とソフィアは3人から顔を背けて肩を震わせた。




