第8話 リビアングラス協会の女帝との邂逅
背後のプレイヤー達の騒ぎ声に蒼白になるツカサを尻目に、受付の砂人男性はひょうひょうとした態度で『彫金師ギルド初心者教本』と『彫金入門書』をツカサに渡す。
「これを参考にタガネを作って下さい。慣れてきたらヤニを手作りするのもいいですね。腕の良い彫金師になるのを期待してます。その書籍のレシピが物足りなくなったら、またここに来るといいんじゃないですか」
「は、はい。頑張ります」
本をツカサが受け取ると、彼は無言で笑顔を浮かべて「さっさと行け」とばかりに手を上下に振った。用が済んだからだろう。非常に態度がはっきりしている人である。
こんな雑な対応をする大人に接したことが今まで無かったので、ツカサはただただ驚かされて目を瞬かせながら彫金師ギルドの建物を出ようとした。
不意に入ってきた人とぶつかりかける。たまたま進行方向が被ってしまったのだ。互いに玄関で足を止めた。
「あら、ごめんなさいね坊や」
「いえ……! こちらこそすみません」
慌ててぶつかりかけたのを謝って、勢いで下げた頭を上げれば、高身長で露出の激しい派手な美女が目の前にいた。
パレオの水着のような中東風衣服で、小麦色の肌の大きな胸半分とお腹と長い手足を惜しげもなく晒している。足下は宝石のついたサンダル。ショールらしき白く長い布を肩から羽織ってはいるが、透けている布地だ。
装飾品が豪奢で、耳輪にネックレス、指輪と大きな宝石がついたものを沢山身につけている。それが嫌味にならず、様になっていた。
美女はツカサを見下ろして、紅いルージュを引いた唇を開く。その際に、左手に持った美しい銀色の煙管をくるりと手の中で回した。
「新人の彫金師ね。彫金師ギルドマスター、ベナンダンティに代わって挨拶をしておくわ。
彫金師ギルド・リビアングラス協会へようこそ。私はリビアングラス協会の元締め、「デッドマウンテン」首領の妹のキャシーよ。しっかり稼げるように育ってくれると嬉しいわね」
「えっと、彫金師を始めたばかりのツカサです。よろしくお願いします」
「良い子ね、坊や。それじゃ、また輪廻の縁が上手く巡れば会いましょう」
さらりとツカサとの会話を流すと、キャシーは颯爽と歩いて行った。受付の砂人男性が「姉御! ちょうど重大な案件のお話があったんですよ!」と弾んだ声で彼女を呼び止めている。
《称号【ベナンダンティの門人】を獲得しました》
(ベナンダンティって人の称号、会わなくても取れるんだ)
確か雨月がワールド越権クエストで反応を気にしていた人物だ。不思議に思って、メニューの《NPC友好度一覧表》を見てみた。
『【ネクロアイギス王国(主要NPC)】
カフカ……(╹◡╹)
キアンコー……(*^▽^*)
スピネル……(*^▽^*)
ルビー……(*^▽^*)
マシェルロフ……(╹◡╹)
???……??
暗殺組織ギルド長……(フレンド「ソフィア」)
【グランドスルト開拓都市(主要NPC)】
ベナンダンティ(キャシー)……(╹_╹)
キャシー(ベナンダンティ)……(╹_╹)
???……??
???……??
???……??
???……??』
「!?」
何気なくネクロアイギス王国の項目を見て、むせそうになった。プレイヤーのソフィアが主要NPCとして名前をつらねているのである。
フレンドになっていなければ、他のゲームキャラクターのように好感度が描かれているだけなんだろうか。すごく気になる。
(……あ、あれ? ベナンダンティって人とキャシーさんは同一人物みたいな表記になってる。2人とも知り合っていることになってもいるし――……)
新たな疑問に謎が深まる。この辺りは、やはりグランドスルト開拓都市のメインストーリーをやらなければわからないことなのかもしれない。
彫金師ギルド前のマーケットボードの近くや広場は、何人かプレイヤーがたむろしていてワールド越権クエストについて声高に雑談している。当事者のツカサは何となく肩身が狭く感じ、気持ち早歩きでその場を離れた。
彫金師ギルドの裏手の道にはプレイヤーがいなかったので、その道の空き地のようなところで椅子ほどの大きさの石に、これ幸いと腰を下ろして落ち着いた。
空き地のようなとはいうが、大小様々な石が無造作に積み重ねられていたり、放置されている場所だ。石が重なっている姿はジャングルジムをツカサに連想させた。そこを登ったり隠れたりで、数人の子供が鬼ごっこをして遊んでいる。
子供と言っても、山人や砂人。種人擬態人のツカサより身長も体格も大きい。子供の1人と目が合い、「一緒に遊ぶ?」と手振りで誘われたが、首を横に振って断った。
先ほど彫金師ギルドでもらった『彫金師ギルド初心者教本』を所持品から取り出して開く。シャン! と鈴の音が鳴った。
《【基本生産基板】に【金属知識LV1】(1P)【金属研磨LV1】(1P)のスキルが出現しました》
《彫金師の【特殊生産基板〈銀〉】を取得しました》
《【特殊生産基板〈銀〉】に
【測定切削技法LV1】(1P)、【打ち出し技法LV1】(1P)、【延ばし加工LV1】(1P)、【毛彫りLV1】(1P)、【丸毛彫りLV1】(3P)、【片切りLV1】(3P)、【蹴り彫りLV1】(3P)、【石留め技法LV1】(3P)、【宝石知識LV1】(1P)、【宝石研磨LV1】(3P)のスキルが出現しました》
(わ! 多い!)
『彫金師ギルド初心者教本』はスキルブックだった。続いて開いた『彫金入門書』は20種類のレシピだ。ヤニやタガネ、宝石、シンプルなプレートや指輪などが作れるようになった。
現在、スキル回路ポイントは16ポイント。戦闘のポイントも混ざっているので、先に戦闘の分の6ポイントを使った。
《【基本戦闘基板】の【魔法防御LV1】を取得しました》
《【特殊戦闘基板〈白〉】の【鬨の声LV1】を取得しました》
(やっと攻撃力上昇のバフを取れた! 彫金は1ポイントのものを優先して取れば大丈夫かな? 3ポイントのものは1つだけ取れるけど……【宝石知識】に合わせて【宝石研磨】にしよう)
《【基本生産基板】の【金属知識LV1】【金属研磨LV1】を取得しました》
《【特殊生産基板〈銀〉】の【測定切削技法LV1】【打ち出し技法LV1】【延ばし加工LV1】【毛彫りLV1】【宝石知識LV1】【宝石研磨LV1】を取得しました》
これでタガネが作れるのだろうかとレシピを見てみれば、『タガネ』の文字は灰色で作れない。
(どうしてだろう。材料が足りない――ことはない。道具があれば鋼の棒だけでいいって説明にもあるし、スキルが足りないのかな?)
分からなかったので攻略サイトも頼った。タガネの作成の項目では必要スキルに【金属知識】【金属研磨】【測定切削技法】とある。ツカサが取得したスキルで作れるとなっていて、やはり何が足りないのか分からず首を傾げた。
(いくら考えても答えは分からないままだ。……よし!)
ツカサは勇気を出して、《彫金師掲示板》に書き込むことにした。




