第5話 新規同士の交流と、戦争イベント前哨戦の公開スイッチ
鍛冶師ギルドは斜めむかいにあった。本当にご近所である。地図を見れば陶芸師ギルドと民芸師ギルドも近くにあるようなので、生産職業はこの近隣にまとまっているのだろう。
鍛冶師ギルドは、岩を削って部屋を作り、レンガや石膏などで装飾を足して補強しているグランドスルト開拓都市特有の建物だった。
入り口付近には全身緑色の個性的なプレイヤーがいて、手に金属の棒を持ち、どこか所在なさげに立っている。
少し緊張しつつ、ツカサはそのプレイヤーの前を通り過ぎた。緊張していたのは相手も同じで、ツカサが近くを通った際にビクッと身体を硬直させていたように思う。
鍛冶師ギルドに入ると、一瞬石のヒンヤリとした冷たさを感じたが、少しでも動くとムアッとした熱気に包まれ、とても熱かった。
受付のカウンターも無く、入って直ぐが工房になっていて、何人もの山人男性がそれぞれの釜や台の前に陣取って作業を黙々とこなしている。人は静かだったが、鋳造や精錬をする金属音は騒がしくて活気があった。
ツカサの姿を目にした1人が、ゴーグルを取って手を止めた。がなるようにツカサへと声を張り上げる。
「彫金師だなー!! 何の用だー!?」
「鋼の棒を買いに来ました」
「あー?! なんだってー!?」
「ハガネの棒をー! 買いに来ましたー!!」
相手に合わせて大きく声を張り上げた。声が届いたのか、ゴーグルの彼は頷きながらツカサに近寄ってきて、ツカサの足下付近に無造作に置いてある木箱を指差した。そんなところに商品があるとは思わず、「わっ」とツカサは驚きの声を上げて後ずさる。
「何本欲しいんだ?」
「タガネを作るんですが、どのくらいあればいいんでしょうか」
「そりゃ、アンタの腕次第だな! そういや、ちょうどいい。おーい! えんどう豆よ! お前タガネの株作ってただろう。この彫金師見習いに売っちまえよ」
「お、おお……っ」
ぎこちない返答が入り口からした。先ほどいたプレイヤーだ。
「アイツから買ってやってくれ。鍛冶師になったばっかりの見習いだが物はいいぞ」
「わかりました。ありがとうございます」
丁寧にお礼を言って、鍛冶師ギルドの建物を出る。改めて青色ネーム『えんどう豆』に話しかけた。
「初めまして、彫金師のツカサです。良かったら鋼の棒を売ってくれませんか?」
「初めまして……うんっと、え、えんどう豆です。あの俺、相場とか全然わかんないんだけど……」
相場はツカサもわからない。慌てて左上に表示される小さな地図を見る。直ぐ近く――彫金師ギルドの目の前にある石の案内板が、マーケットボードにアクセス出来るものだと知った。
(あ。そっちを利用して買うと早かったかな)
そうは思ったが、今更である。
「僕も相場は知らないので、マーケットで価格を調べてからトレードしませんか?」
「このゲーム、マケボあったの!?」
えんどう豆は驚きと喜びを含んだ叫びを上げた。
「ありますよ。メインストーリーを全然進めてないんですか?」
「えっ、あ……MMOだし、知らない人とPT組むのが怖いから触らずに生産やっちゃってて」
彼の言い分はすごく不思議なものだった。少なくとも他の人と一緒に遊んだり話したりしたい人がこの手のゲームを遊び始めるものだとばかり思っていたので、ツカサは目を丸くする。
「僕もそんなに進めてないんですけど、とりあえず三国移動出来るところまでは進めた方が便利だと思います」
「ソロでも出来そう? PT戦闘とかあります?」
「メインストーリーの間の派生クエストでは戦闘はありましたけど、多分1人でもこなせる難易度だったと思います。それにメイン自体1人用で、僕は戦闘職で進めましたけど、生産職のルートでクリアしました。戦闘もなかったです。攻略サイトによると採集や生産職業の姿でも進められるものらしいです」
「マジで!? 移動とマケボか、じゃあやらないと……」
「あと所属国の仮の家と倉庫も手に入ります」
「倉庫!! うわっ、それ今超欲してる! 物作ってると、もう所持品いっぱいで身動き取れなくって。手に持てる分だけ所持品に入らなくても持ち物になっていることに気付いて持ってたんだけど――」
えんどう豆はそう言って、手に持つ鉄や鋼の棒を見て肩を落とす。
「折角作ったのに、NPCに安値で売り払うのも何かアレな感じで手放せなくって……。マケボは見当たらないし、やっぱ個人製作のインディーズだからこんなもんかって。
だからって知らない人間に声をかけて物を売るなんて怖くて全然無理で……もうこのゲーム詰んだかなって思ってた、んです」
「インディーズゲームだから、マーケットボードがないって思ったんですか?」
「うん。ほら、MMOってよくいるじゃないですか。不便を美徳みたいに賞賛するプレイヤーがさ。その手のMMO好きが作ったゲームなのかなって……PKあるし」
「僕はこれが初めてなのでよくわからないですが、PKは怖いけど今のところ不便さは感じてません。楽しいです」
「そっか……うん、そうだな。ちょっと身構えすぎてたかもしれないです。最初に触ったサブクエストが怖かったんで、かなりこのゲームをうがって見てた気がする」
えんどう豆はマーケットボードを解放していないので、マーケットボードから買うことも売ることも出来なかったが、見ることは出来た。なので互いに値段を確認して、鋼の棒を1本250Gで10本売ってもらう。
それからツカサは、人と遊ぶ気が無いえんどう豆がMMOをする理由が気になったので思い切って尋ねてみた。
すると、えんどう豆は恥ずかしそうに教えてくれた。
「他のプレイヤーが歩いているって空間が好きなんですよ。オフゲーはNPCしか歩いていないから、街中が街っていう空気感がない……オンゲの感動が無くて。人がいる空間でただ遊ぶのが良いっていう俺みたいなソロ専は結構いると思う」
話しているうちにえんどう豆の語りもヒートアップしてくる。MMOに対して、彼なりに真剣な熱い思いがあるようだ。
「たまに人同士の会話がないオンゲをクソゲだとかこき下ろす人間がいるけど、そいつらの声がでかいだけなんですよ。俺みたいな話さないプレイヤーは昔から結構いるのに、身内で話してるあいつらは、発言しない俺らを同じプレイヤーだと見なしてないどころか、いないものとして扱ってるのが本当腹立つ……!
ゲームの中でまで人付き合いに気を遣いたくないから野良でやってくって人も多いのにさ、二言目には「交流しないならオフゲーやってろ」って! こっちの勝手だろう、好きに遊んだって!」
一通り愚痴を吠えたえんどう豆は、ツカサの存在を思い出してはっとすると再び恥ずかしそうに俯いた。
それからそそくさと売買を終わらせる。ツカサの方も、えんどう豆がツカサと話すことにやはり終始緊張していて、砂人男性なので尻尾の下がりっぷりなどでもそれが察せられたので、早めに別れることにした。
交流が苦手なりにエモートで頭を下げたり手を振ったりと、えんどう豆は挨拶を何度も返してくれて、ツカサもエモート返しを出来て結構楽しい交流だった。
(空気感、かぁ。雰囲気を楽しむ……ゲームの楽しみ方1つとっても、色々な考えの人がいるんだなぁ)
ツカサはまさに山の外の人との交流のためにゲームを始めた人間なのだが、彼も決してツカサみたいなプレイヤーを否定しているのではなく、否定されたくないから怒っていたのだと感じたので、えんどう豆がソロでこのゲームを楽しくプレイ出来ればいいなぁと思った。
しみじみとそんな風に思いながら、彫金師ギルドへと戻る。
足を踏み入れた途端、受付の砂人男性が麻袋から自然金の粒を出して凝視している姿が目に入った。眉間に皺を寄せ、険しい表情に見えたので、採集してはまずかったのかとハラハラしながらカウンターに近付く。
種人用折りたたみ脚立を出して上がると、彼は低い声音でツカサに問う。
「……これは、さっきの鉱山で?」
シャキンッ! と鋭い音が鳴った。
《秘匿ワールド越権クエスト『グランドスルト開拓都市の分解』を発掘しました!
発掘者である貴方はネクロアイギス王国所属です。
これはグランドスルト開拓都市の重要クエスト内容を変化させる他国越権クエストです。このクエストを発動することで、情勢変化により、以下のクエスト内容が変わります。
・グランドスルト開拓都市メインストーリー『巨万の三宝』
・期間限定イベント『ネクロアイギス王国VSルゲーティアス公国VSグランドスルト開拓都市――三国領土支配権代理戦争』
他国の貴方に影響はありません。発掘したクエストを発動しますか?
発動する場合は『はい』を、発動しない場合は『いいえ』をNPCに返答して下さい》
(ええっ!?)
突然のアナウンスに、ぎょっとする。しかも、グランドスルト開拓都市所属のプレイヤーに影響があると言われて触るのが怖い。
どうしても自分1人では判断出来ないので、人と相談することにする。フレンド全体チャットを立てた。フレンド全体チャットは最初に立てた人のフレンド情報を基準にしていて、参加者同士がフレンドでなくても、最初に立てた人が全員とフレンドなら会話が出来る。
ツカサ :こんばんは。お手すきの方、相談に乗って下さい。
秘匿ワールド越権クエストというものを見つけました。
それを発動するかどうか聞かれています。
グランドスルトのお話と戦争イベントに影響が出ると
説明にはあって、発動しない方がいいのではないかと
迷ってます。
和泉 :そんなクエストあるんだ!?
雨月 :こんばんは。どこで出た?
ツカサ :グランドスルトの彫金師ギルドです。
雨月 :NPCベナンダンティの反応は?
ツカサ :受付の男の人か鉱山に連れて行ってくれる男の人ですか?
違うなら知り合っていません。
雨月 :キャシーとも? なら称号は歪まないな
発動しても平気だと思う。
ソフィア:こんばんは! 正式版の新クエストだね♪
発動しちゃえ☆(*╹▽╹*)ノGOGO!
和泉 :私も折角だから発動してもいいんじゃないかなって思う
雨月 :ネクロアイギスはこのまま戦争イベント当日を迎えると
負けるから丁度いい
ツカサ :そうなんですか?
和泉 :Σ(゜д゜ノ;)ノ
ソフィア:やっほー雨月! 初めましてソフィアだよ♪
雨月はイベントに参加するのかな?(*╹◡╹*)ワクワク
ちなみにソフィアは隠密謀略部隊として参加中なの
雨月 :俺もフリーで参加している
ソフィア:フリー?
雨月 :PK勢は秘匿期間限定クエスト『二重スパイ』が発動している。
ルゲーティアスに流刑になった元ネクロアイギスと
移籍組の元グランドスルトの人間が対象。
最終的に元の所属国に戻るかルゲーティアスに留まるかの
選択が出来るようになるクエストだ。
ただこのクエスト参加者は所属国掲示板は閲覧不可になっている。
ソフィア:ソフィア達と似た条件だね!
お互い戦争事前クエスト頑張ろー☆
ちなみにその参加者のPK勢がどこにいるか聞いてもいい?
雨月 :深海地下施設
和泉 :深海!?
ツカサ :海にも地下あるんですね
ソフィア:わぁっ楽しそう♪ 道理で要注意対象達の姿見ないと思った☆
教えてくれてありがとー!
(*╹▽╹*)ノシ 行けたら暗殺者襲撃させるねー!
雨月 :浸水ギミックが面白そうだから待ってる
和泉 : (((゜д゜;)))
ツカサ :みなさん、相談に乗って下さってありがとうございます。
やってみます!
チャットで後押しされてクエストを発動することにした。改めて砂人男性に向き直り、口を開く。
「――『はい』っ」
「この鉱石が何だか知ってます?」
「自然金です」
「おっと」
砂人男性は自然金の小粒を手の中に握り込んで、人差し指を口元にやる。シーッと、秘匿することを仕草で促された。彼はニヤリとあくどい笑顔を浮かべる。
《秘匿ワールド越権クエスト『グランドスルト開拓都市の分解』が発動しました!
グランドスルト開拓都市【巨万の立役者】以上のメインストーリーが変化し、全所属プレイヤーのストーリー進行度が巻き戻ります。
また期間限定イベント『ネクロアイギス王国VSルゲーティアス公国VSグランドスルト開拓都市――三国領土支配権代理戦争』の前哨戦の存在を正式に告知致します。
前哨戦となる事前諜報クエストや事前準備クエスト、更には国の情勢まで変えてしまうワールド越権クエストが全ての所属国にあります。隠されたクエストを探して、当日までに自国の貢献度ポイントを稼ぎましょう!
戦争の結果に関わらず、貢献度ポイントの高い人物はハウジング領地の優先購入権利がキャラクターに付与されます!
現在の前哨戦結果:ネクロアイギス王国……1540P
ルゲーティアス公国……20P
グランドスルト開拓都市……760P》
《ネクロアイギス王国・戦争貢献度:1000Pを得ました!》
《発動報酬:経験値10000、通貨10万Gを獲得しました》
《彫金師がLV4に上がりました》
「えっ……」
「ええええぇぇぇッ!!?!」
「正木いいいぃぃぃぃぃ!!!?」
外から悲鳴のような大絶叫が上がる。あまりの事態と騒ぎ声に、ツカサは真っ青になった。




