第2話 グランドスルト開拓都市へ
昨夜はゲームで色々あったが、寝て起きた時には、感情を振り回されたけれど何だかんだで面白かったんだなぁという感想で落ち着いた。
感情を揺さぶられるのは、それだけゲームにのめり込んでいるからだと思ったのだ。
5月10日の夜。今日は和泉とグランドスルト開拓都市へ行く予定である。
関所をいくつか通るので村や集落にも寄れるため、職業ギルドクエスト『村々の医療巡回』の9級と10級の両方を受けた。
これは9級と10級でそれぞれ難易度が違うが同じ村を回るクエストで、同時に進められる。1度受ければ半永久的に受諾状態のまま保持され、村をたくさん回っても良いクエストだ。しかも村1つにつきクエスト1つ達成したという判定になるらしく、ギルドクエスト数を稼ぐにはもってこいのお得なクエストなのである。
ちなみに村の巡回クエストは他職にも似たものがあり、和泉も『村々の警邏巡回』を受けた。
ネクロアイギス王国を出て南西へと街道を徒歩で行く。都市間の乗合馬車はあるのだが村には停まらないそうなので、今回は利用を断念した。
街道近くにいるモンスターは、基本的にノンアクティブという状態でこちらから攻撃しないかぎり襲ってはこない。敵のレベルが高くても安全だ。
和泉とパーティーを組んでのんびりと歩いていると、時折、和泉が道から外れて草むらや木へと走って行く。そして採取を行うと、直ぐにツカサの傍に戻って来た。
ツカサには採取ポイントの光が見えないが、サブ職業に採集猟師を持っている和泉には見えている。
「和泉さんは、メインを中断しても良かったんですか?」
「いいのいいの! グランドスルトの採掘師と宝珠導使い、すっごく気になってたし……」
「宝珠導使いはバフデバフが使えるヒーラーですよね」
「そう、ソロでの使い勝手も良いヒーラーなんだって。私はMNDが低い種族だけど、ソロで使う分ならいいかなって。
タ、タンクはヒーラーも経験しておいた方が相方のことがよく分かって良いらしいんだ」
「じゃあ、僕もタンクをしてみた方がいいんでしょうか」
「う、ううん。これはあくまでやりたい人はやっておいた方がって話で……きょ、強制的な話じゃないの。気にしなくてもいいよっ」
和泉が慌てて首を横に振る。ついでに和泉のトカゲの尻尾もパシパシと左右に揺れた。
(タンクかぁ……。確か騎士と守護騎士と戦士だよね。鎧は格好いいと思うけど、自分で着たいって気持ちはあんまりない――あっ、新職業の舞踏家っていうのもタンクだっけ。そっちは軽装なのかな?)
和泉がサブ職業でヒーラーをするなら、それに合わせてサブ職業でタンクを取るのも悪くない気がした。
それにツカサは【五万の奇跡を救世せし者】の称号報酬で初期VITが他の種人男性と違って平均値になっているので、普通にタンクをやれるステータスではある。……さすがにタンクに適性のある種族にVITは劣っているが。
ふと、ツカサは自分自身の心境の変化に驚いて苦笑をこぼす。
(ゲームを始めた時は、PKが怖くて攻撃受けるのなんて無理だって思ってたのに。今は和泉さんを守れるなら頑張れそう)
何だか視野が広がった気がして嬉しい。
「つ、ツカサ君。良かったら、グランドスルトの後はルゲーティアスも行かない? 行った場所は衛星信号機が解放されるし。とりあえず移動出来るようにしておいた方が便利だよ。
あっ、でも所属国じゃない国は直接都市内には飛べなくて、あと他国の職業中の死亡も他国近くの関所にテレポって形になるらしいけど」
「はい、後で行きましょう。僕、ルゲーティアス公国の漁師ギルドが気になっているんです」
「そっか! えへへ……ハッ!? でもツカサ君、釣りって採集職業のエンドコンテンツだって言われている恐ろしい職業だよ……何億単位で魚の種類がある沼だとか」
「え!?」
和泉とわいわい雑談しながら進み、村への横道を見つけると一旦大きな街道の道からはそれて村へと向かう。
村の周りに張り巡らされている柵を越えて村の中に入れば、和泉は子供達に囲まれ、ツカサは村の老人達に「神鳥獣使い様、お待ちしておりました!」と歓迎された。
村の中央の開けた場所に質素な木の丸いすが置かれて、そこにツカサは座り、並ぶ村人の治療を行った。
治療の列に並ぶ村人の頭上にはHPバーと状態異常の表記が出ている。
ツカサは少しだけHPが減っている村人には【治癒魔法】を。7割以上HPが減っている村人には【癒やしの歌声】を、沈黙や恐怖状態になっている村人には【喚起の歌声】を使って治した。勿論、合間合間に【祈り】をしっかりと使う。
1人だけ、毒にかかっている村人がいた。ツカサはそこで神鳥獣使いの弱点に気付いた。
(今の時点で、神鳥獣使いは毒や麻痺を治せるスキルがない)
【喚起の歌声】で治せる状態異常は、沈黙・混乱・狂心・恐怖のみ。ツカサがまだ覚えていない【鬨の声】も攻撃力を上昇させるものだ。
今後治せるスキルを覚えるのだろうかと内心首を傾げつつ、毒は治せないので、徐々にHPを回復させる【癒やしの歌声】を応急処置として使った。そのうち、その村人から毒表記は消え、【癒やしの歌声】の効果で毒によって減ったHPも元に戻った。
「村の者はみんな元気を取り戻しました。神鳥獣使い様、ありがとうございます!」
《【祈り】がLV8に上がりました》
《【治癒魔法】がLV5に上がりました》
《【癒やしの歌声】がLV3に上がりました》
《【喚起の歌声】がLV4に上がりました》
《神鳥獣使いがLV7に上がりました》
戦闘をしなくてもクエストをこなしたことで経験値が入ってレベルが上がった。スキル回路ポイントが7になる。ツカサは5ポイント使って新たに【魔法速度】を覚えた。
(タンクのHPが減ってからバフの回復をかけるんだから、スピードは大事だよね)
□――――――――――――――――――□
名前:ツカサ
種族:種人擬態人〈男性〉
所属:ネクロアイギス王国
称号:【影の立役者】(New)【五万の奇跡を救世せし者】
フレンド閲覧可称号:【カフカの貴人】【ルビーの義兄】【深海闇ロストダークネス教会のエセ信徒】
非公開称号:【神鳥獣使いの疑似見習い】【死線を乗り越えし者】【幻樹ダンジョン踏破者】【ダンジョン探検家】【博学】
職業:神鳥獣使い LV7(↑1)
階級:9級
HP:100(↑10)(+20)
MP:400(↑50)(+130)
VIT:10(↑1)(+2)
STR:6
DEX:10(↑1)
INT:13(↑1)
MND:40(↑5)(+3)
スキル回路ポイント〈2〉
◆戦闘基板
・【基本戦闘基板】
∟【水泡魔法LV5】【沈黙耐性LV4】【祈りLV8】(↑1)【魔法速度LV1】(New)
・【特殊戦闘基板〈白〉】
∟【治癒魔法LV5】(↑1)【癒やしの歌声LV3】(↑1)【喚起の歌声LV4】(↑1)
◇採集基板
◇生産基板
・【基本生産基板】
∟【色彩鑑定LV1】【外形鑑定LV1】【硬度鑑定LV1】【化石目利き(生産)LV1】
∟【古代鉱物解析LV1】【古代岩石解析LV1】
・【特殊生産基板〈白銀〉】
∟【造花装飾LV1】
・【特殊生産基板〈透明〉】
所持金 640万1850G
装備品 見習いローブ(MND+1)、質素な革のベルト(VIT+2)、黒革のブーツ(MND+2)、古ファレノプシス杖(MP+100)、シーラカン製・深海懐中時計
□――――――――――――――――――□
その後、村でのクエストを終えて和泉と共に街道へ戻る。和泉の方は村の周りの巡回で、柵の外で遊んでいる子供達に襲いかかるモンスターのヘイトを取って守る仕事だったらしい。モンスターに無理に攻撃をしなくてもいいらしく、村の自警団の若者が攻撃を担当して倒していたそうだ。
そんな風に、村や集落を5つほど経由する。
夜になると街道のノンアクティブのモンスターがアクティブ状態に変わるので、その時は村の空き家に泊めてもらい、朝に時間が切り替わってから村を出る。
依頼をこなしているうちに【祈り】が2レベル、【治癒魔法】【癒やしの歌声】【喚起の歌声】【魔法速度】がそれぞれ1レベル、神鳥獣使いもまた1レベル上がった。
南西へと進むごとに、だんだんと木々が減っていき、緑の草原も消えて、赤茶けた土や砂地の地面とサボテンのようなとげとげした植物、大きくて幹の太い変わった形の木と岩の山がそびえる風景へと変貌していく。
クリーム色の土壁の関所に到達すると、《グランドスルト開拓都市の「衛星信号機」が解放されました》とアナウンスがされた。
ツカサと和泉はネクロアイギス王国所属なので、グランドスルト開拓都市の職業になっている時に死亡すれば、ここが復帰ポイントとなるのだろう。
関所を通る際、入国料1500Gを払う。これは毎回必要らしい。だからメインにする職業のギルドがある国にみんなずっと所属していて、移籍をする場合は大抵メイン職業を変えた時になる。
PKをやり過ぎてネクロアイギス王国からルゲーティアス公国に強制的に所属を変えられたプレイヤーは、ほぼ全員がメイン職業を変更するとのこと。
ネクロアイギス王国所属のプレイヤーは、それが原因で少ないらしい。
再び街道を歩いて行くと、岩の要塞のような城門が見えてくる。ネクロアイギス王国と違って門番らしき衛兵の姿はない。
代わりに城門の道の真ん中に、ボロボロのマットを引いてあぐらをかいて座っている薄汚れた白いターバンとマントを羽織った老女がいた。しわがれた声でツカサ達に「初回入場料100G」と言い、ひび割れた土のお椀を差し出す。
困惑しつつツカサと和泉が100Gを入れると、老婆は「ヒッヒッヒ! まいど」と欠けた歯を見せながら豪快に笑った。2人は面食らう。
――《グランドスルト開拓都市》――と目の前に文字が浮かんで消えた。
都市の中は、ガヤガヤと騒がしく、常に誰かの悲鳴や怒鳴り声がいろんな所から聞こえてきた。道ばたに座ってたむろするガラの悪い青年達や、背丈が高く屈強な男性や女性が肩をいからせて歩いている。人々の熱気と迫力に圧倒された。
「す、すごい雰囲気だね、ここ……」
「は……はい」
サブクエストのアナウンスも大量に流れたが、ネクロアイギス王国のサブクエストさえ触れられていないのでそれは一旦無視することにして、ツカサと和泉は、おっかなびっくりにグランドスルト開拓都市の散策を始めたのだった。




