第15話 メインクエスト『影の興国』第1幕2場――侯爵邸宅1週間③
――《3日目/朝 ~建国祭まであと4日~》――
「どうやら詳しい話を聞かされていなかったようだな。ルビーには建国祭の際、私の代わりに王城の玉座に座っていてもらいたい。その仕事は危険なものになるかもしれなければ、何事もなく終わるかもしれぬものだ。だが――」
優雅に手元のティーカップの紅茶を揺らし、スピネルは目を伏せた。
「危険な場だと、私の周りは判断した。だからこそ気を回して見目が同じ代理役を探してきたのだ。
危険を鑑みて、相応の身分証を発行しよう。2人は海の島から流れて来た無辜の民であるが、同胞の種人でもある。更に貴族街に家を持てる上級民にしてもよいと考えている」
「待って下さい。危険って一体?」
ツカサは、向かいに座るスピネルを真剣に凝視してその仕草を学んでいるらしいルビーに代わって質問する。
スピネルは微かに顔をしかめた。
「――南のルゲーティアス公国から祝いの使者が来る。去年まで祝辞の1つもよこさなかった公国が、どうやら今年は気が変わったらしい。しかも使者はゾディサイド公爵家の者ときた。外交上、無下に断ることが叶わぬ。あのような汚らわしい者を王国に入れねばならないかと思うと……!」
「陛下」
傍に立って控えていたマシェルロフが、気遣わしげにスピネルに声をかけた。スピネルは口を引き結び言葉を止めると、ふうっと重い溜息を零す。
(ルゲーティアス公国は、プレイヤーが所属出来る国の1つじゃ……?)
国同士の話がよくわからず戸惑うツカサに、マシェルロフがわかりやすく説明してくれた。
「南のルゲーティアス公国は、元々ネクロアイギス王国から離反した貴族達が造った国なのだよ。
南西のグランドスルト開拓都市は、その貴族達の支配に不満を持った平民が反旗を翻して造った都市――ならず者達が運営する国家だな。
ただし、ルゲーティアス公国のゾディサイド公爵家は海人という種族を名乗り……元がネクロアイギス王国の貴族ではない。王国にとって領土を踏ませたくない不気味な異端の家なのだよ」
「侵入者」とスピネルが低い声音で呟いた。
「あれは、海人を騙る正体不明の異種族だ。――『地上で海人と名乗る者達を信用することなかれ。我ら種人の友は、今も海の底で眠っている』――ローゼンコフィン8世の遺されたお言葉である。
海人を騙るゾディサイド公爵家を許すものか。死した友の安らかな眠りを守る盾、海を守るための王家、あれを許して何のためのネクロアイギス王国かっ」
「海……」
ルビーの反芻に、「嵐のことを思い出させてしまうが」とスピネルは一旦断りを入れてから続けた。
「『海の領土は、全て海人のもの』というのがネクロアイギス王国の主張である。だからこそ海に領海はなく、関所もなく、海からならどのような者でも自由に行き来できる。港に衛兵は置かぬ。いつ何時、友が――本物の海人の生き残りが訪ねて来るかもしれないからだ。
そして他国にもその態度を徹底して求めている。グランドスルト開拓都市が賛同してくれてはいるおかげで、海の領土権を主張するルゲーティアス公国を抑えられているといった、歯がゆいものでしかないが」
(プレイヤーの所属国なのに、2つの国は敵国な関係なんだ。……あれ? じゃあひょっとしてゲーム開始時に会ったクラッシュさんは自分から海人を名乗っていたから、海人じゃなかった……? えっ……クラッシュさん、本当何者だったんだろう)
いわゆる悪役――敵側の人物だったのだろうか。そう考えると、背筋が寒くなった。
昼からは、書斎で『岩石大図鑑』(■自然科学)、『岩石図鑑体系』(■技術/工学)を読破する。バーで毎回《80%》を出せるせいか、読み終わるのは早い。
――《3日目/夜 ~建国祭まであと4日~》――
2冊の習得は叶わなかった。明日こそ習得出来るといいなぁと思う。
スピネルとルビーは随分と仲良くなっていて、夕食時には親しく会話していた。スピネルは王様という偉い立場なのに気さくだと思う。
ルビーは朝見た時よりも姿勢がよくなっている。2人で楽しそうに話していると、まるで本当に双子の兄妹みたいだった。
――《4日目/朝 ~建国祭まであと3日~》――
書斎へ向かう廊下の窓から、薔薇の庭園を歩いているスピネルの姿を発見した。習得時間は減ってしまうが、気になったので追いかけて庭園へと出た。
スピネルは薔薇の彫像を見上げている。
ツカサはその彫像の形に見覚えがあった。
「幻樹ダンジョンの薔薇の台座に似ていますね」
「貴殿はローゼンコフィンの薔薇を見たことがあるのか。王家の名は、その薔薇の名からいただいている。海人がもたらしてくれた遺産の1つだ」
《称号【博学】を獲得しました》
《称号の報酬として、【特殊生産基板〈透明〉】を取得しました》
《【特殊生産基板〈透明〉】に【彫刻LV1】(5P)スキルが出現しました》
会話で称号が取れて、ツカサは目を丸くする。【博学】の称号は説明を見ると、いずれかの【解析】スキルを持っていることと限定特殊クエスト『王の薔薇の住処』クリアが取得条件だった。称号効果は『鉱物の採集率上昇』だ。
(採掘してみた方がいいのかな)
「王家は、えっと種人は、どうしてそれほど海人と仲が良いのですか?」
「太古の話になる。宙の果てから訪れた海人は、文明人だった。洞窟に住み、原始的な種族でしかなかった種人を、支配するでもなく排除するでもなく、下等生物とさげすむこともなく――どこまでも対等の人類として接してくれた。彼らへの恩義によりネクロアイギス王国は建国されたのだ」
「教会も同じ成り立ちで……?」
「いや、深海闇ロストダークネス教会は海人の来訪によりこの星に生まれた種族が、海人を崇めるために作った信仰だな。
ただ、いつの頃からか地上に残る海人を騙る輩が現れだした。彼らを崇めてはいないと対外的にも示すため、深海闇ロストダークネス教会では海人を唯一神と敬称することになった」
ふっと、スピネルは軽く意地悪げな表情で口角を上げた。
「我が国の特殊な司祭ならともかく、種人で深海闇ロストダークネス教会の信徒になっている者なぞ初めて見たぞ。海人の遺物を知っているかと思えば、世俗知識には無知と来ている。海の島々に住む無辜の民といえども珍しい」
「え……」
(ええ!? 称号の【深海闇ロストダークネス教会のエセ信徒】を変だって言われてる! ここにきて素性を怪しまれてるよ!?)
序幕のメインクエスト時に、教会に行ったことで自動的に得た称号だ。行かなかった和泉はこの称号を持っていない。
(うわぁ、結局どの選択が良かったのかわからない……!)
ゲームを始める前は、もっと単純なものだと思っていた。まさかここまで悩まされたりするものだとは、と難しさにうなだれる。
「ふふっ、素直な顔だな。しかも嵐で海から、か。……本当に出来過ぎなものよ」
スピネルはツカサの正面に立ち、真っ直ぐにツカサを見て笑った。
「これからはネクロアイギス王国の民と、誰に聞かれても名乗るといい」
その後ルビーも加わって散策し、午後も庭園でゆっくり過ごした。ルビーはスピネルに「良い兄上を持ったな」と褒められて嬉しそうだった。
《限定特殊クエスト『シークレットイベント・憩いの薔薇園』を達成しました!》
《達成報酬:通貨1000Gを獲得しました》
《好感度追加報酬:スキル回路ポイント3を手に入れました》
そうして4日目は、書斎には行かずに終わった。
――《5日目/夜 ~建国祭まであと2日~》――
《『岩石大図鑑』『岩石図鑑体系』――習得率100%達成》
《『岩石大図鑑』『岩石図鑑体系』の解析が完了しました。【古代岩石解析LV1】を取得しました》
「やったー!」
なんとか5日目に上位スキルを覚えられて嬉しかった。後の日数にイベントが入っても、ここまでこなせたなら満足である。
――《6日目/朝 ~建国祭まであと1日~》――
今日が最終日。明日は建国祭当日となる。
朝から屋敷の中はバタバタと忙しなく、騒がしい様子だった。部屋にいるのか、スピネルの姿が見えない。
ルビーもどこか浮き足だっている。大丈夫なのか尋ねたら、平気だとの一点張りで困ってしまった。
今日も昨日と同じく1日中書斎に籠もれた。最後だからだろうか。
成果としては『太古の呼び声』(■区分無し)、『火山と地質』(■自然科学)、『加工入門』(■芸術/美術)を読破し、習得まで出来た。
覚えたスキルは【化石目利き(生産)LV1】【外形鑑定LV1】【硬度鑑定LV1】。絵本と同じように1回で《100%》になる本を引き当てられたのも良かったのかもしれない。
(終わってみると、8冊も読めたんだ。結構面白いクエストだったなぁ。本も面白かったし、また色んな本を読みたい)
《メイン派生クエスト『学びの書斎』》
《推奨レベル3 達成目標:書斎の本を5冊以上読破する。読破済み8/5》
■総記(0冊)
■哲学(0冊)
■宗教(0冊)
■歴史(0冊)
■地理/地誌/紀行(0冊)
■社会科学(0冊)
■自然科学(3冊)
■医学/薬学(0冊)
■技術/工学(2冊)
■家政学/生活科学(0冊)
■産業(0冊)
■芸術/美術(1冊)
■スポーツ/体育(0冊)
■諸芸/娯楽(0冊)
■言語(0冊)
■文学(0冊)
■区分無し(2冊)
《メイン派生クエスト『学びの書斎』を達成しました!》
《達成報酬:経験値1000を獲得しました》
《五国メインクエスト、ネクロアイギス王国編『影の興国』――第1幕、2場『メイン派生クエスト『1週間の自由』』を達成しました》
《達成報酬:経験値1000を獲得しました》
《神鳥獣使いがLV6に上がりました》
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名前:ツカサ
種族:種人擬態人〈男性〉
所属:ネクロアイギス王国
称号:【影の迷い子】【五万の奇跡を救世せし者】
フレンド閲覧可称号:【カフカの貴人】【ルビーの義兄】【深海闇ロストダークネス教会のエセ信徒】
非公開称号:【神鳥獣使いの疑似見習い】【死線を乗り越えし者】【幻樹ダンジョン踏破者】【ダンジョン探検家】【博学】(New)
職業:神鳥獣使い LV6(↑1)
階級:9級
HP:90(↑10)(+20)
MP:350(↑50)(+130)
VIT:9(↑1)(+2)
STR:6
DEX:9(↑1)
INT:12(↑1)
MND:35(↑5)(+3)
スキル回路ポイント〈4〉(↑3)
◆戦闘基板
・【基本戦闘基板】
∟【水泡魔法LV5】【沈黙耐性LV4】【祈りLV7】
・【特殊戦闘基板〈白〉】
∟【治癒魔法LV4】【癒やしの歌声LV2】【喚起の歌声LV3】
◇採集基板
◇生産基板
・【基本生産基板】(New)
∟【色彩鑑定LV1】(New)【外形鑑定LV1】(New)【硬度鑑定LV1】(New)【化石目利き(生産)LV1】(New)
∟【古代鉱物解析LV1】(New)【古代岩石解析LV1】(New)
・【特殊生産基板〈白銀〉】
∟【造花装飾LV1】
・【特殊生産基板〈透明〉】(New)
所持金 640万1850G
装備品 見習いローブ(MND+1)、質素な革のベルト(VIT+2)、黒革のブーツ(MND+2)、古ファレノプシス杖(MP+100)、シーラカン製・深海懐中時計
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ベッドに寝転がれば暗転し、ドッドン! と最後のカウントダウンの太鼓が鳴った。
――《7日目/朝 ~建国祭~》――
《五国メインクエスト、ネクロアイギス王国編『影の興国』――第1幕、3場『王国の凋落』が受注されました》
《推奨レベル4 達成目標:建国祭を要人と過ごす0/1》




