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第1話 第2次PK騒動は唐突に〈和泉視点〉

 5月8日。日付が変わった瞬間、事前にアップロードされたVRMMO『プラネット イントルーダー・オリジン』を起動した。



《現在「インナースペース」サーバーのログインが混み合っています。少々お待ち下さい。あなたの他に58人待機しています》



(おおぉ……58人! 多くても常時接続30人ぐらいだって話だったのに増えてる!)


 和泉いずみは感動した。休止していて戻ってきた人がいるのだろう。オンラインゲームなのだ。人が多いに越したことはない――は和泉の兄の受け売りだが。


 少しの待機時間の後、暗転してネクロアイギス王国の中央広場に出た。ベータ版最後に他のプレイヤーと一緒にログアウトした場所だ。そこに今は和泉以外いない。ツカサもログインしていないようだ。


(寝てる、かな。ツカサ君、学生だよね多分。高校生――……でもあんなにおっとりしてて気遣い出来る男子高校生っているのかな……?)


 和泉の脳裏で高校時代の記憶がよぎる。しかしよくよく考えると、教室でも事務的なこと以外で男子とはあまり話したことがない。結局のところ比較するような相手も知らず、よく分からないという結論に至った。


(ツカサ君は結構性別も不詳気味だよね。声は女性声優さんが出す男の子みたいな声……かな。でも「僕」って一人称だし、仕草は女の子っぽくないもんね。判断は難しいけど、男の子――だといいなぁ、なんて……)


 声が地声なのは知っている。とあるプレイヤーが掲示板に書き込んだツカサの声についての情報を目にしたからだ。メンテナンス中に《総合掲示板》の過去ログをがっつりと読みこんだ和泉である。


 ゲーム内の《総合掲示板》を読むきっかけは、初めて組んだパーティーでヘマをして晒されたと知ったからだった。後々恐る恐るチェックをした掲示板は、和泉の考えていたようなドギツイものではなく、攻撃的であるが拍子抜けするほどあっさりとしたものだった。


 ――何だ、この程度なんだと。


 本当のSNSでの炎上の酷さを知る和泉は、とてもほっとしたのである。


 《総合掲示板》では、ツカサのフレンドの雨月うげつが有名なプレイヤーで、必然的にツカサの名前が掲示板に挙がっていた。ツカサと一緒に居ると悪目立ちしてしまうが、このゲームの掲示板なら晒されても案外平気だと和泉は思えたし、何よりツカサと一緒に遊びたいので気にしないことにしている。


 一緒に遊ぶツカサに優しく話しかけられるたびに、リアルの事情で精神的に弱っていた和泉はぽかぽかと胸中があたたかくなった。和泉はおそらく、リアルの事情を気兼ねせずに、ずっと誰かと普通に会話がしたかったのだ。ツカサとの会話は癒やされる。それに嬉しい。


(さてと、メインは……まぁ、ほどほどに。あんまりツカサ君とレベル差が開いても嫌だからサブ職業やろう)


 和泉はステータスを操作して採集猟師に職を変える。

 採集猟師はネクロアイギス王国でなれる採集職業だ。先日ツカサのログインを待っている合間に、ギルドに入ったのである。


 それから和泉は、ネクロアイギス王国周辺の森へとわけ入って野草やキノコ採取を始めた。採集猟師でないと取れない素材というものもある。それが狙い目だ。


(ちゃんとお金稼がないと。ツカサ君はもっとお金持ってるんだし、足を引っ張らないようにしなきゃ)


 限定特殊クエストを一緒に受けられなかったことを悔やんでもいた。今後もそんなことがないように足並みを揃えられるようにしたいと考えている。

 それに和泉のメイン職業のタンクは、HPの増量と防御力に関わる装備をきっちりとレベルごとに適切なものへと買い換えていかなければ〝柔らかタンク〟〝地雷タンク〟と認識されてしまうのだ。装備の更新にお金がかかる職業でもある。


 現在購入を考えているのは露店の屋台で売られていたレベル5以上が装備条件の甲冑装備である。お値段3000G。

 和泉はダンジョン報酬で20万Gを持ってはいるが、このお金に手をつけるのは先々のことを考えるとためらわれ、採集猟師の採集品をマーケットやNPCの店で売って3000Gを稼ぐことにしたのだった。

 生産職業の方で稼ぐことも考えたが、そちらは何やら難しく、しかも始める際に元手の資金が必要なのでやめた。それこそ本末転倒だ。

 それに採集職業で稼ぐというのは1日中ログインしていられる和泉に向いている。



 和泉は会社をクビになったばかり。しかもマンションの一室から出られない日々が続いている。

 通販を利用すれば、宅配者に「どの部屋に届けられたんですか?」とマンションの入り口で尋ねるカメラを持った男性2人の姿をベランダから目撃したり、通販すら普通に使うのが怖い。今は通販の購入商品はまず兄の方に送り、兄に直接部屋まで届けてもらっている。

 兄には感謝しているが、2言目には「兄か姉が欲しかった。面倒見なきゃ俺が怒られる下の弟妹なんてマジでいらなかった!」とぼやき倒すので、どうにもお礼を言う気になれない。


 元々兄の評価は家庭内で最も低い。外面がいいので、人並みの容姿ながら他人に好印象を持たれる爽やかタイプだが、家族にとっては違う。


 重傷のアニメ隠れオタク。重症や重度ではない、重傷である。致命傷を負っているようなヤバさを持つ――それが和泉の兄だ。


 その昔、成人指定の同人誌を年齢的に買えないからと言って、勝手に父親の名義で通販を利用するような前科を持つ輩なのである。食卓で何が入っているのか分からず、母親と和泉とともに開封してしまった父親の、今まで見たこともないような表情が未だに脳裏にこびりついて離れない。

 外ではオタクを完璧に隠している癖に、家族に対してはオープンで鋼の心臓を持つ兄は、父親に怒られて次に取った手段が母親の名義を使うという反省の欠片もないものだった。

 本当に恥じらいもなく重傷である。重度で節度を持った方々を見習って欲しい。隠れオタクならもっと内に籠もるべきだと思う。



 無意識に採集を黙々としていたらしく、インベントリの所持品がいっぱいになっていた。


(街に戻ろう)


 結構長時間、採集作業に没頭していたみたいでリアルの時計は3時30分になっていた。人によっては起き出す時間帯だろう。

 街道を歩いていると、不意に背後に気配を感じた。と思ったら視界が黒く暗転し、気付けばネクロアイギス王国の採集猟師ギルド、衛星信号機という名前の転送装置の部屋に居た。

 とっさに何が起こったのか分からず、ぼうっとする。


(……ひょっとしてこれってPKプレイヤーキル……?)


 次いでバサバサバサッと鳥が飛び立つ羽音のSEが頭上で鳴った。



《プレイヤー「リリ♪リッパー」に殺害されました。採集職業中のため、デスペナルティはありません。

 暗殺組織ギルド「ネクロラトリーガーディアン」に「リリ♪リッパー」の暗殺依頼がなされました》



 アナウンスにほっと一息つく。和泉に損害はない。むしろ街まで戻る道中のショートカットになったぐらいだ。


(嫌がらせのつもりだったんだろうか……? それともデスペナルティが無くなったのを知らないのかな)


 もし嫌がらせだとしたら、随分リスキーな行為だ。現在の『プラネット イントルーダー・オリジン』では、暗殺依頼に発展したPKはアカウント停止処分の対象になっているのである。規約も改定され、5.5ブラディス事件以降、採集と生産の非戦闘職業中プレイヤーのPK行為は公式の見解として悪質な嫌がらせと見なし、一切認めない方針になったのだ。

 和泉は借家に戻るとマーケットに採集物を出品し、一旦ログアウトして就寝した。




 その後、起きてお風呂に入り、ご飯を食べてから兄からの連絡が無かったか確認して再びログインすると、運営からのお知らせのブラウザが目の前いっぱいに表示されてびっくりした。



《本日5月8日18:00より各メイン職業ギルドでアーリーアクセス特典をお渡し致します。ギルド内で待機していて下さい》



(夕方6時かぁ……人によっては夕食時だよね。ツカサ君、ログイン出来るのかな)


 ツカサのことを思いながら、今度は近くの平原に行き、再び採集に精を出す。人によってはスタートダッシュで新職業を触ったり、レベル上げやクエストを進めているだろう時分に、和泉はマイペースに素材を集めた。


 その後、借家に戻るとマーケットの出品物も全て売れており、遂に3000Gを稼ぐ。和泉のように戦闘をせずに生産職業に邁進しているプレイヤーがいると思うと、ほっこりして頬も緩んだ。


(戦闘だけがゲームじゃないよねー!)


 購入した甲冑を装備出来るようになるため、レベル5を目指してフィールドでモグラのモンスターを狩る。騎士になってからはPKが怖かったので周囲を警戒した。


 結果的にはPKをするプレイヤーには出くわさずにすんだ。

 代わりに、雨月と遭遇した。

 思いがけず目が合って、和泉は軽く会釈をする。雨月も会釈を返してくれて、そして去って行った。

 フレンドのフレンドは、フレンドという訳ではない。雨月と和泉の間には少々距離感がある。ツカサがいるからこそ会話が出来る感じの仲だ。


(あ、そっか。今の時間が平和なのは雨月さんがこの辺りにいるからだ)


 どうやらPKがいない原因は雨月だったようだ。雨月に感謝しつつ、レベル上げが終われば、また採集猟師になる。

 黙々と続ける採集作業が、存外和泉は好きだ。目標額を達成した後も採集に没頭した。




 新しい装備に身を包み、うきうきしながら騎士ギルドで18時を待つ。他にもそわそわしながら待つプレイヤーが数人ギルド内にはいた。思っていたより、プレイヤーが少なくて首を傾げる。


(騎士のタンクをやっている人は少ない?)


 和泉はひっそりと、ツカサのログイン状況を確認して肩を落とした。自分だけ特典を貰うことになりそうなのが何となく後ろめたい。


 ――18時。騎士ギルドの受付の男性が奥部屋から沢山の袋を詰んだ台車を引いて来た。


「今ここにいらっしゃる方々に、特別な報酬をお渡しするように承っております。どうぞお受け取り下さい」

「おぉっ」


 みんな顔をほころばせ、喜んで袋を受け取った。貰ったプレイヤーの1人がギルドから出ようとした時、「待て!」と鋭い制止の声が別のプレイヤーから上がる。


「《総合掲示板》……見てから移動先考えた方がいいぞ……」


 声を上げたプレイヤーは顔面蒼白でそんなことを言う。その場にいる全員がメニューを開いて掲示板をチェックし始めた。

 掲示板で状況を知り、和泉も思わず青くなる。



 《総合掲示板》は、再び起こったPK騒動に阿鼻叫喚だった。


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