第13話 オープンベータ版世界の最後の夜
お風呂に入って、いつでも寝られるように準備してから再びログインした。
和泉はまだ戻ってきていない。
肩に留まるオオルリのお腹を優しく撫でながら、やり残したことがないか考える。
(そういえば、ダンジョンをクリアしたのに限定特殊クエストを達成してない)
地図を見ながら、達成目標の好事家がいる場所を目指す。ところが城下の門内にある貴族街と、住宅街、天幕の市場の3種類に目的地が分かれていた。好事家は3人いるようなのだ。
貴族街の方は城門に近寄ると、警備の衛兵に立ち入りを止められた。住宅街と市場の方しか駄目なんだなと諦める。
もう1度、和泉がログインしているかどうか確かめ、ふと雨月の名前に目が留まる。
(雨月さん、ログインしているし誘ってみようかな)
相手が何をしていても迷惑にならないよう、時間を置いても返信可能なメールの方で『ベータ版最後の夜を僕達と中央広場で一緒に過ごしませんか?』と声をかけてみる。すると、直ぐにチャットの返信が来た。
雨月 :悪いが遠慮しておく
ツカサ:じゃあ挨拶だけでも
雨月さん、ベータ版ではお世話になりました
正式版でもよろしくお願いします
雨月 :よろしく
なんだか新年の挨拶っぽいが
ツカサ:本当だ
雨月 :神鳥獣ギルドは行った?
ツカサ:行きました
雨月 :あと教会で【祈り】を
意味なくレベルカンストさせるといい
ツカサ:意味なくですか?
雨月 :無価値にして至高のスキル
至高になるかはツカサさん次第
ツカサ:おすすめなら取ってみます
雨月 :うん
それじゃあまた
ツカサ:はい! また遊んで下さい!
チャットを終えてから、ツカサは改めてチャットログを読み直して首を傾げた。
(雨月さん、ひょっとして【祈り】の効果を知っているのかな……?
……あ! チュートリアルで神鳥獣使いギルドに行った話だと思って勢いで「行きました」って答えちゃったけど、これ、もう1度行ったかどうか聞かれていたんじゃ……)
ツカサは勘違いをして返答をしたかもしれない。上手く雨月の意図をくみ取れず、神鳥獣使いの先輩として親切にアドバイスをしてくれたであろう雨月に対して申し訳なく思った。急いで身を翻し、神鳥獣使いギルドへと向かうことにする。
道すがら、ネタバレ覚悟で攻略サイトで神鳥獣使いを調べた。そこで初めて神鳥獣使いがレイドダンジョンなどで「パーティーに席が無い」「地雷」と称される職業だと知り、散々な評価にショックを受ける。
『ネクロアイギス古書店主の地下書棚』ブログにも神鳥獣使いを考察した記事があった。
『……神鳥獣使いは、現在(オープンベータ版)の最高レベル50にカンストさせると、ヒーラーとしての薄さの問題が浮き彫りになる。
明らかに他のヒーラーよりもヒール量が少なく、かと言って攻撃や防御系統のバフが初期スキルから増えもしない手数の無さは致命的だ。完全にバフデバフ両刀の宝珠導使いからデバフまで抜いた下位互換ヒーラーで、バフ特化ヒーラーでありながら、特化でないヒーラーに劣っている。
この問題を解決するべく、神鳥獣使い自身がスキルブックの大捜索を行ったが、解決の糸口とされるその所在は未だ不明である。
――何故有志が神鳥獣使いにスキルブックが存在すると断定するのか。その根拠は外部でなされた解析結果を根拠にしている。
解析によって【波動のさえずり】、【断罪のさえずり】、【破邪のさえずり】、【郭公のさえずり】など誰も手にしていない上位スキル名らしきものが多数見つかっている。
だが大捜索で見つからず、運営へのバグ問い合わせの返答もないことからオープンベータ版では完全な神鳥獣使いは実装されていないという見方もある。
当管理人も、神鳥獣使いとは「未実装ゆえの不遇職」だと考えている。……』
(不遇職って響き、何だか寂しい……)
若干へこみながら神鳥獣使いギルドに足を踏み入れると、強制的に顔を上げさせられ、視線もギルド壁際にある石の長椅子の方へと動かされた。
そこにはチュートリアルで出て来た性別不詳の綺麗な人が座っている。【特殊戦闘基板〈白〉】をくれた人物だ。
(確か、称号【カフカの貴人】の人だから、名前はカフカさん)
カフカはツカサを見ると淡く微笑み、立ち上がった。そして胸に手を当てて、ツカサへと頭を下げる。
ツカサもぺこっと軽く頭を下げた。
(これ、イベントだよね……?)
「わが君。ネクロアイギス王国の王の名を冠するローゼンコフィンの薔薇をご存じでしょうか?」
「は、はい」
「風の噂に聞くところ、市場でその薔薇の話が流れているようです。売られているとしたら1本1万Gはくだらないでしょう」
(あ! これひょっとして限定特殊クエストの発生条件!? ここで教えてもらえたんだ……!)
「ローゼンコフィンは不思議な薔薇。まるで鏡のように、摘む者自身の力が強ければ強いほどにその大輪は赤黒く染まり、力が無ければ無いほど色は薄まります。色の無い薔薇、やはり価値が高いのはそちらでしょう。
2桁に届かぬ未熟な使い手であれば、色の無い薔薇を手に出来るやもしれません。私も1度拝見してみたいものです」
「あの、その薔薇ならここに」
所持品から『真なるローゼンコフィンの薔薇』を取り出して、カフカへと渡した。
カフカは微かに目を見張ると、渡された薔薇をしばらく見つめ、丁重にツカサへと差し出す。
「わが君、願いを叶えていただいたこと、誠に感謝致します」
ツカサが戸惑いながらも返された薔薇を受け取ると、カフカは微笑んで静かに神鳥獣使いギルドから去って行った。
《【特殊戦闘基板〈白〉】に【喚起の歌声LV1】(3P)のスキルが出現しました》
(スキルが出た!)
薔薇の限定特殊クエストクリアには直接関係は無かったようだが、スキルが増えたのはとても重要なことだと思う。
現在スキル回路ポイントは9。レベルが1つ上がるごとにスキル回路ポイントが3ずつ増えている。
次に取るスキルは、雨月が使っていたパーティーメンバー全員の攻撃力を上昇させる【鬨の声】にしようとツカサは思っていたが、【喚起の歌声】の説明の《【喚起の歌声】神鳥獣の警戒の声。パーティーメンバー全員の精神的状態異常(沈黙・混乱・狂心・恐怖)を回復する魔法をかける歌》に、こちらを先に取った方が戦闘が安全だと考えて方針を変えた。
《【基本戦闘基板】の【祈りLV1】を取得しました》
《【特殊戦闘基板〈白〉】の【喚起の歌声LV1】を取得しました》
中央広場へと戻った。
和泉を待ちながら、試しに【祈り】を使ってみる。肩のオオルリがバサッと翼を広げた。ただそれだけで特に何も起こらない。だけど、誇らしげに胸を反らすオオルリの仕草は可愛いに尽きる。
それから、今は誰も利用していないからと1度閉じた《神鳥獣使い掲示板》を開くことにした。
当時を辿って読んでいく。1年前の神鳥獣使いの人達の、検証や試行錯誤の会話がそこにはあった。
(あ。これだ)
□――――――――――――――――――□
449:リッチさん[ネクロアイギス所属] 2xx0/04/22
チュートリアル後にギルドに行かない奴大杉問題
450:アリカさん[ルゲーティアス所属] 2xx0/04/22
これ次からテンプレにしろ
●チュートリアル後に神鳥獣ギルドに行くのは義務
●レベル9以下パーティーで、幻樹ダンジョンクリアは最低義務
●PK禁止。殺人犯と過剰防衛奴は諦めて転職しろ。カフカと教会が許すことは無い
●鳥が可愛いから無意味に【祈り】も取れ
451:ガルストさん[ネクロアイギス所属] 2xx0/04/22
義ww務wwwウエッwwww
452:アヒルの子さん[ネクロアイギス所属] 2xx0/04/22
聴罪師カフカはネクロアイギスの上位存在NPCだからな
プレイヤーから積極的に関わっていかんと
453:くぅちゃんさん[ネクロアイギス所属] 2xx0/04/22
待ちの姿勢とか、お前の方が王様かよっていう
454:カルガモさん[グランドスルト所属] 2xx0/04/22
ネクロアイギス所属なのに、カフカに関われなくて血涙流してる純タンクと純アタッカーだっているんですよ!w
455:バード協会さん[ネクロアイギス所属] 2xx0/04/22
いや、アタッカーオンリー奴でもカフカ称号持ってるのがたまにいるよ
神鳥獣ギルド以外でもどっかで接触出来るっぽい?
□――――――――――――――――――□
(神鳥獣使いの間では、ちゃんと情報が出てたことなんだ)
あとはさらりと目を通したが、それ以上の収穫はなかった。後半はほぼ、他のヒーラーに落ちる性能なのは何故か、その話題に終始していた。
「ツカサ君っ、お待たせ!」
和泉がログインした。2人で中央広場の隅にある石のベンチに座る。
「和泉さん、神鳥獣使いはあまり役に立たない職なんだそうです。これから迷惑をかけることになるかもしれません」
「え!? い、いいよ。そんな気にしなくって! 私もヘボタンクだから……」
何故か和泉の方が申し訳なさそうに肩を落とし、ごにょごにょと声をすぼませる。
「……ツカサ君こそ、私のダメさに嫌になるかもしれないよ。信じられないくらいトロくさくてぶきっちょなの……」
ハスキーな声のせいか、擦れた声音はとても暗い響きを帯びているように感じた。ツカサは和泉が何かに潰されそうになっている風に思え、精一杯勇気を出して励ましの言葉を口にする。
「じゃあ、お互い様ですね。僕も和泉さんも迷惑かけあって打ち消し合いながら遊びましょう!」
「ツカサ君……」
非常に照れくさい。格好をつけすぎた感がいなめない。ツカサは頬が赤く火照るのを自覚しながらも、それに気付かない虚勢を張って和泉に笑いかけ、自分なりに平然とした顔を作って夜空を見上げた。心臓はかなりバクバクとうるさい。
(年上の女性に偉そうなこと言ってる……! うわーうわー!)
「あ……ありが、とう……」
和泉は顔を伏せていた。その声は少し鼻声になっていた。
そうこうしていると、皆に呼びかけていた桜というプレイヤーがこちらにやって来る。
「やあやあ、そこのお2人さん。これどぞー!」
《「桜」から「打ち上げ花火(小)」のトレード申請を受けました。承認しますか?》
「え、あの」
「みんなに配ってるから受け取って!」
「は……はい。ありがとうございます?」
ツカサと和泉は『打ち上げ花火(小)』をもらって目を丸くする。中央広場にはぽつぽつとプレイヤーが集まっていて、彼らはそれぞれ花火を打ち上げ「必殺☆花火乱舞ぅ!!」「ぎゃ! やめーや!」「打ち上げすぎだろ!」「チョコぉぉぉぉー!! 貴様のもふもふ召喚獣出せやああぁ!」と楽しげに笑って騒いでいた。
ツカサと和泉も、打ち上げ花火を使う。ヒューと上がる音がして頭上の少し上くらいの高さで小さな花火がポンポンと上がった。綺麗と言うより可愛いらしい花火だ。2人は互いに頬を緩ませて笑い合った。
「みなさん、ベータ最後の記念撮影しましょー! SNSに上げてもOKな人は中央噴水の前に集まってー!」
桜の一声に、プレイヤー達が噴水前に集まりだす。ツカサと和泉もそちらに行った。すると「うおぉ……っ」と謎のどよめきが上がるが、桜がテキパキと「種人は小さいから前。砂人はその後ろねー」とツカサと和泉の場所を決定してくれる。
(テレビで見たことあるクラス写真みたいだ)
2列に並んだ光景に、ツカサは感動する。在校生2人の学校では、こんな風に並んで撮るようなことをしたことがなかった。
プレイヤーそれぞれが思い思いに撮影をし始めたようだ。ツカサは撮り方がよく分からなかったが、近くにいた『嶋乃』というプレイヤーが、メニューにあるスクリーンショットと動画機能を丁寧にツカサと和泉に教えてくれた。
「もうすぐ0時だよー! ラグ考慮してカウントダウン30秒からね」
「ほーい」
「おっけおっけ!」
「30……29……28……27……26……25……24……23……22……21……20……19……18……17……16……15……14……13……12……11……10……9……8……7……6……5……4……3……2……1……0!! 終末!!」
「世界の終わりじゃー!!」
「滅んだー!!」
「正木ぃぃぃい!!!」
「また次の世界で会おう!」
「ではでは!」
「正式版でまたねー!」
皆が好きなように叫ぶ。同時に花火を上げる人もいた。
次の瞬間、ふっと真っ暗になった。暗黒の世界の中、目の前にウェブブラウザが出る。
《メンテナンス作業のため、強制ログアウトされました》
ゲームを終了し、征司はVRマナ・トルマリンを外した。自室でほうっと息を吐き、そのままベッドに寝そべる。
(楽しかった)
ゲームを、VRMMO『プラネット イントルーダー・ジ エンシェント』を始めて良かったと心の底から思いながらまぶたを閉じて、先ほどまでの広場での光景を反芻した。
(ちょっと喉渇いたや。お水飲もう)
自室から廊下に出ると、リビングのドアのガラスから明かりが漏れている。両親の話し声が聞こえてきた。
「……町に服を。良かった、少し安心したよ」
「でも私達、本当に随分とわがままを言わない息子に甘え過ぎてたわ。小さい時から遊びにも連れ出さないで、自分達の仕事ばかり優先して。今だってそう。
――通信高校しか征司には選べなかったわ。そうさせたのは私達……あの子の将来をせばめたのよ。親失格だわ」
「ああ、もっと昔から外の経験や物を与えるべきだったな……。自分達が拒絶した都会の生活だって征司には――いや、それ以前の問題だ。知る機会を息子に与えなかったんだから」
「ええ……」
両親の気落ちする声音に怯えて、征司はそっと物音を立てずに部屋へ戻った。胸中にズキズキと痛みが走る。
(父さんと母さんのせいじゃないよ……)
しいて言うなら、臆病で引っ込み思案な自分のせいだと、征司は思う。町の高校に行かないと考えたのも決めたのも征司自身なのだから。
(父さんと母さんは何も悪くない。僕がわがままで……ごめんなさい)
気落ちしたせいか眠気が飛び、直ぐには眠れなくなった。
なので、VRマナ・トルマリンを再び装着する。ホームへ行くと、満天の星空が綺麗だった。
滋が『遠征準備中』と称して夜中に生放送をしているのに気付く。キャリーバッグに衣服を詰め込みながら雑談をしている生放送に、おっかなびっくりに『大会、頑張って下さい』と人生で初めてコメントをしてみた。
すると、滋が一瞬動きを止める。
即座に『?』『どうしたわんデン?』『わんデンさん?』と他の視聴者から訝るコメントが上がった。
『モチロンッ、これ着て頑張りますよ!』
滋が朝方買ったTシャツを指差しながら、カメラ目線でニカッと笑った。どうやら征司のコメントだと気付いたらしい。
事情を知らない視聴者からは『大会のスポンサー企業じゃないゲーム会社のTシャツで出るな!www』『出禁になりそうw』『大会嵐の無限わんデン』『いっそ頑張らんでいい』『意表を突いて予選で負けろ』『応援なさ過ぎて草生える』『わんデンに求められているのは芸人要素なんだよなぁ』と賑やかなコメントがなされる。
何だか視聴者の人達が自由に言いたい放題過ぎて、征司は笑ってしまった。いつの間にか落ちこんだ気持ちもどこかに消えて、明るい心境になれた。
――VR機器と初めてのMMO。2つの出会いによって、征司自身が新たな未来へ足を踏み出し始めていたが、本人はまだそのことに無自覚だった。
【01 オープンベータ版『プラネット イントルーダー・ジ エンシェント』再始動編〈終〉】
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