第13話 フィールドの、旅は道連れ世は情け/前編
坑道の外は暖かな日差しであふれていた。出口はグランドスルト開拓都市の中央通りから外れた裏の街路だ。
グランドスルト開拓都市は街中に鉱山への入り口が多数ある独特な構造となっている。どうやらそのひとつだったようだ。
∞わんデンから『一旦落ちます』というチャットがあった。忙しそうだ。運営のメールの件があったので心配してわざわざツカサに合わせてログインしてくれていたのだと思う。
(ヤッグスさん、戻っているのかな)
気になって、彫金師ギルドの受付を入り口から覗いてみる。受付にヤッグスはおらず、知らない山人男性がいるのを確認して離れた。
あとはアイギスバード公爵領に戻るだけだ。テレポートしようとして馬の姿が目に入り、一旦やめる。
(馬車に乗ってみようかな)
外観が装甲車の材質のような変わった辻馬車だったのも心が惹かれた。グランドスルト開拓都市周辺の荒れ地を移動するためか車輪が厳つくて大きい。
移動に時間がかかるが、のんびりと景色が堪能できそうである。今日はログアウトも早めにするつもりだったので、特に何もせず散策するだけの日にしようと決めた。
馬車の乗り場は、たくさんの人が列になって順番を待っているぐらい盛況だった。
しかし、プレイヤーの姿はほとんどない。頭上に『【RP】』と名前を隠して表示しているプレイヤーをようやくひとり見かけたぐらいである。
そのプレイヤーとも乗る馬車は別れ、混雑する馬車の中でいよいよプレイヤーはツカサひとりだけになった。
(色々な国の人が乗っているみたいだ)
コート姿の旅人のような人もいれば、ちょっと近所に行くような軽装の人もいる。マタギっぽい人や甲冑の騎士までいて職業も様々のようだ。
ツカサが乗った辻馬車は、グランドスルト開拓都市を出て南の岩場付近に赴いた後、ぐるりと大きくルゲーティアス公国を迂回してネクロアイギス王国の港へと向かうものだった。
(街道ってこんなに枝分かれしているんだ)
通ったことのない道を辻馬車が走る。ゴトゴトと座席から振動が伝わってきた。そんな感触も楽しんでいると、不意にドンッ! と頭上から重い何かがぶつかったような大きな音がした。
ツカサと他の乗客達は皆、無言で天井を仰ぎ見る。すると、天井から声が聞こえてきた。
「……クソ【落下魔法】がよおぉぉっ……!」
絞り出すような女性のうめき声が恨み言を吐いている。
「ちょっ、どっから降りんのコレ! 怖っ、降ろせい!」
大きなひとり言と共にガンッガンッと乱暴に天井を歩く音がした。それが止まると、コンコンとドアノックのような控えめな音が降ってくる。
「もし。乗客の方々、この窮地を脱するすべをご教授してくださる素敵な賢者はご乗車しておられます?」
(きゅうち)
唐突に天井から上品な語りかけがあった。
女性の豹変した声にツカサは呆気に取られたが、息をひそめて警戒していた他の乗客達は肩の力を抜きはじめる。車内は和やかなムードになり「あんたかぁ」という呟きまでこぼれた。
「ねぇ! どっから降りたらいいんじゃこれぇぇぇぇ!?」
「御者のところから降りられんかな」
「天才おる!!」
乗客達は「考えんでもわかるだろう」「なぁ」と顔を見合わせて笑った。
「……ぐぬぬ。いや、凡才だった」
「ほら。ちょっと横によけるんでここに」
「うおっありがとう! よいしょっと」
御者台に降り立ったのは、セミロングでトレンチワンピース姿の平人女性だった。
(プレイヤーだ)
この場にいる人達と親しげに挨拶を交わしている。不思議なことにロールプレイヤーっぽい言動でありながら頭上の名前にその表記はなかった。
(ふちひ……? ううん、そう読まないかも。なんて名前なんだろう?)
表示名は紫色で『不知火』。
彼女はツカサを視界に入れるとそれまで開けていた大口を閉じ、困ったように眉根を下げて小さく微笑んだ。
すると、とても清楚な雰囲気になる。静かにツカサへと目礼した。
ツカサも頭を下げ返す。
「……ところで皆様、お急ぎなのでしょうか?」
「ふっ。一旦停めるから降りな」
「助かるぅ! あ……お手間おかけしますわ」
不知火が丁寧な言葉に直すたびに、馬車内でくすくすと明るい忍び笑いが起こっていた。
辻馬車が停まる。
不知火は降りると、乗客の中にいるツカサに顔を向けた。肩に乗るオオルリを見つつニコッと微笑んだ。
「神鳥獣使いさん、ごきげんよう」
「初めまして、こんばんは」
「今お忙しいですか?」
「え?」
「野良のパーティーが苦手でなければ、フィールドモンスターと戦ってみませんか? 一体だけで討伐が目標ではなく挑むだけが目当てなのですぐ解散します。お時間はそんなに取らないかと」
「僕、レベル13しかないので」
「レベルなんて関係ないない! 参加だけでもおいしいんで一緒に床なめようぜぃ!」
「え……」
「ゴホ! いえ、私も戦闘はク――苦手で数合わせなんです。一緒に挑戦してくれると心強いです」
突然で戸惑ったけれど、せっかくなので不知火の誘いを受けることにした。
それから馬車を降りて向かった先は、ゴツゴツとした岩が点在する場所である。ひときわ大きな大岩の上に、二足歩行のダックスフントが立っていた。頭上に『猟わんわん』と青色の名前があるのでプレイヤーのようだ。
(すごい! 犬そのものの見た目にキャラクリエイトって出来たんだ!)
遠目に見てそう感嘆していたが、大岩に近付くと勘違いだったことに気付かされる。
森人男性で伏せ耳、そして鼻を高くして動物の鼻の形にしているところまでは本当に犬そのものを目指して作ったようなのだが、残念なことに肌に毛がない。仕様上、全身毛むくじゃらで作れなかったのだろう。肌の色を毛色っぽく調節して誤魔化しているのが近付くとわかった。
そんな猟わんわんに向かって不知火が手を振ると、猟わんわんが喋った。
「ワン! ワォン!」
「!?」
猟わんわんの挨拶は、犬の鳴き声だった。吠えられたツカサは驚きと戸惑いがない交ぜになって反応に躊躇する。
続いて彼の隣から、ぬうっとマーブル模様の肌をもつ山人男性が現れて、ツカサは反射的にビクッと身体が震えた。
黒いざんばら髪と白い着物というインパクトのある風貌は、忘れもしないネクロアイギス王国のハウジングエリアで見た姿だ。プレイヤーに抗議活動を行う際に現れる存在だと教わったのを覚えている。集団で活動するという、かのアバターは今ひとりだけのようだった。
(た、たまたま同じキャラクターを作っただけの人かも……)
ツカサの想いを裏切って、青色ネームの『マーブル神さん+E619f』は過去目撃した通り無言でタンクのヘイトスキルのエフェクトを出してくる。
本人は真顔のままだが、空中にはエフェクトと共に満面の笑みの男性イラストが浮かぶ。歓迎されている雰囲気はしたので少しだけ安心できた。
「ツカサさんツカサさん。こちらの段差から登れますよ」
「は、はい!」
不知火がくぼみの位置を丁寧に教えてくれて、大岩の上へと登っていく。軽いロッククライミングのようである。本来は登るべき場所ではなさそうな高いところにたどり着くのは爽快な達成感を覚えた。
頂上ではもうひとり紫色ネームで『九鬼』という平人男性がいて、苦渋に満ちた表情で腕を組んでいた。
大岩の上に居たのはその3人のみ。ツカサと不知火を合わせて5人パーティーということでいいのだろうか。
早速パーティーに入った。リーダーはまさかのマーブル神さん+E619fでレベル30。九鬼はレベル52。猟わんわんはレベル66。不知火はレベル48。
不知火以外の3人も初対面なので、ツカサはまず挨拶をした。
「初めまして。神鳥獣使いでツカサと言います。ほとんど戦闘は初心者でレベルは13と低いです。よろしくお願いします」
「……」
「ワン」
マーブル神さん+E619fは無言で頷き、猟わんわんには何故かひざまずいて頭を下げられた。
(どうしよう……)
「いやー、初めましてこんちわー九鬼です……ハハ。オイ、ちょっと!」
唯一普通に挨拶をしてくれた九鬼が、不知火に「こっちこい」と手振りをする。ふたりはツカサ達と少し離れた位置につくとコソコソ話し出した。
「おまっお前! どうやってあの人を連れてきた!?」
「貴重な野良ヒーラーだよ。見かけたからナンパしてきた。有能~」
「あの人は野良じゃねぇよ! これだから掲示板巡回しない奴はっ」
「自治デイリーなんてやってらんねーのだわ。何なに有名人だった? 良い方と悪い方どっちの? 粛正する?」
「やめろやめろ! ボスのフレンド! そもそも有名配信者の身内で! プラネやってて知らないのはお前くらいなの!!」
「主語デッッッカッ。ほほう、ソフィア様友達いたのか」
「なんてこと言うんだ!?」
「いや、RPの設定的に意外じゃん。後でストーリー聞こ」
離れていても丸聞こえだった。暗殺組織ギルドの人達らしいことが漏れ伝わってくる。
ツカサは極力聞き流して記憶にとどめないようにと、猟わんわんとマーブル神さん+E619fに向かい合った。
(読みはりょう? りょうわんわん……? マーブル神さんの名前の後ろについている文字はどう読んでいいのかわからないけど)
名前の読みを訊ねたいが、どちらもしゃべらないスタンスのようなので困った。どうしようかと頭を悩ませつつも、訊ねるだけはしておこうと思う。
「お名前はなんて呼んだらいいでしょうか。りょうわんわんさん? と、マーブル神さん……さん?」
〝さん〟が被るのでさん付けはしない方がいいのだろうか。呼ぶ方も呼ばれる方も微妙な響きに感じそうで、口にしたものの困った。
猟わんわんは「わんわん」と言いながら笑顔で自分を指さした。
「わんわんさん?」
「ワン!」
(りょうはいらないんだ)
本当にしゃべらないのを徹底している。丁寧なロールプレイヤーだ。
なのに【RP】表記をしていないのは、初対面のプレイヤーに対して名前が隠れている状態にしたくないか、もしくは名前の横に【RP】と付くのが嫌だとか、何かこだわりがあってのことなのかもしれない。
ツカサが感心していると、マーブル神さん+E619fから機械SEが鳴った。彼の胸元辺りの空中にシステムメニューとはまた別のウィンドウが現れて、そこに文字が表示される。一文字表示されるごとにデジタル的なSEが鳴った。
《【マーブル神さん+E619f】
やあ! マーブル神さんはこの世に悪と思った相手が居た時に生まれてくる祟り神だヨ♥ 》
ツカサは目を丸くする。遅れてアナウンスがあった。
《【特殊生産基板〈透明〉】に【アドベンチャーゲーム風テキスト表現:RP用LV1】(30P)のスキルが出現しました》
(!?)
スキル一覧に新しいスキル名が出た。しかもなぜか生産のカテゴリーである。言葉の表現は生み出して作っているというくくりなのだろうか。それにしたって覚えるために必要なスキルポイントが高い。
続けて小枠のメッセージウィンドウがツカサの目の前に現れた。
《1:マーブル神さんとは会ったことありますよね?
2:名前の横にある文字はなんですか?
3:マーちゃんと呼んでいい? 》
明らかにツカサが選ぶようにあるもののようで、恐る恐る《2:名前の横にある文字はなんですか?》をタッチする。
するとデジタル的なSEとともに、マーブル神さん+E619f側のメッセージウィンドウの内容が変わった。
《【マーブル神さん+E619f】
マーブル神さんはこの世界中にたくさん居るんだ。全員同じ名前だヨ。
だから名前の横に区別するための番号がついているんだ。本当なら非表示にできる部分だよ。
でもマーブル神さんはMASAKI創造神に疎まれているのサ。なので神罰をくだされて番号は隠せない呪いを受けているんだヨ♥ 》
そのメッセージウィンドウの内容に目を通して、改めて相手を仰ぎ見る。巨体と不気味な風貌に反して、つぶらな瞳と見つめ合った。
「ぶふぅ!」
背後から盛大に噴き出す声がして振り向く。
そこには口を閉じて上品に微笑む不知火しかいなかった。
不知火のおしとやかRPがボロボロかもしれません。ご容赦ください。




