第12話 不思議な魔女との遭遇
夕方、ニュース番組で『VRMMOプラネットイントルーダー・ジ エンシェント』のテロップを目撃した。オープンベータ版の時のタイトル名で懐かしい。
どうやらゲーム自体の話ではなく、裁判の報道に付属する情報として名前を出されているようだ。
その裁判は、救急車を呼ばなかったロボットの過失が製造会社にあると、被害を被った子供の両親が製造会社に起こしたもので、その子についての人柄の情報として普段遊んでいたゲームが紹介されていたのだった。だから『プラネットイントルーダー』以外の他のゲームの名前もテロップで出ていた。
「またこの話をしているのね」
母はどこかうんざりとしていた。
「このニュースは前から?」
「ええ。こう何度も名前を出されるゲーム会社もマイナスイメージがついて気の毒だわ」
「そんなにしているんだ」
「裁判に決着がつくまではしばらく取り上げ続けるんでしょう。それにしても、昔の配信ロボットの事件を前例として出す流れまで、毎回一緒だなんて」
確かに、ニュースでは代表的な昔のロボット事件として『メカ』とは名前を出さずとも違法ダウンロード配布事件の話を紹介していた。
「マスコミはあの事件で、無断で所有ロボットの映像を流したと持ち主に訴えられたことを未だに根にでも持っているのかしら」
そういえば、最近メカの一件が話題になっているから気をつけた方がいいと滋に言われていたことを思い出した。このニュースのことだったのかと腑に落ちる。
紹介されていた『プラネットイントルーダー』がどんなふうに反応されているか気になってSNSの反応を探してみた。
『プラネっての以外全部ホラーゲームで笑った』
『親に事件にされるとDLゲーム履歴まで公開処刑されるの悪夢』
『メディアは訴訟バーサーカーに殴られ待ちしてんの何????』
『なんでメカ飼い主の青年実業家を特集しないんだろう。メカの賠償金払ってなお訴訟やりまくれる資金源がよっぽど事件だろうに』
『メカ事件は政府関係者が真実を隠匿しているとかいう陰謀論あるw』
『処理済みで全部終わった話をいつまでこすってんだよ。他に話題ないわけ?』
あまりゲーム自体を語るようなものは見当たらなかった。
ニュース番組の方では話題が移り、国有のロボットを管理していた下請け会社による不祥事の話が流れる。映像ではどこかの偉い立場の人達が頭を下げていた。
『これ吾が脱走した倉庫の話です』
「わっ」
「メマ、やめなさい」
画面を指さしたメマを、母がたしなめた。
メマは従順に指さしをやめて口を閉ざす。だが鼻をヒクヒクと動かしてヒゲを小刻みに揺らし落ち着かない様子だ。話し足りないことは、征司にも伝わってくる。ただ、この話はこれ以上してはいけない話だ。怒られてしまう。
「メマさん、滋さんの配信のアーカイブの続きを一緒に見ようよ」
『リス!』
今日は運営が対応してくれた事柄を確認するために、勉強する時間を後に回してまずログインする予定なので隙間時間がある。その時間でメマと途中まで視聴していたコラボ配信アーカイブの続きを見ることにした。
∞わんデンの配信アーカイブは、本編のコラボの内容は1時間半ぐらいで終わっていて、そのあとは時間のある人達のみ残って『影人デイズ』を何試合か遊んでいてそちらが長時間だった。
プレイヤー人数が少ないためゲームキャラクターが混ざって行われる試合は、和気あいあいさは鳴りを潜め、手に汗握る真剣な雰囲気だ。コメントでも『ガチ人狼』『エンジョイ村どっか消えたw』『みんな役職ロールプレイしてるのいいな~』と言われていた。
最後の試合は、影人であることを指摘されたゲームキャラクターが微笑んで幕引きしていた。
『処刑か。――その結末なら知っているよ』
退場時の台詞が格好良い。とても見応えがあった。
不意に、隣のメマに訊ねられる。
『この者、誰でしょう?』
「パライソさんってキャラだよ」
『天国』
それ以降、メマは首をかたむけた仕草のままパライソのシーンを何度も再生しては繰り返しじっと見続けていた。
18時。メンテナンスが終わった。期待半分不安半分な気持ちでログインする。
新しい街の実装直後なので、やはり混雑していた。少しのログイン待ちがあった後に無事ログインできた。
「……あれ?」
ツカサが目を覚ましたのは、トロッコの中だった。
(撤去されたはずじゃ……?)
首をかしげながら背伸びして、そうっとトロッコの中から顔を出す。
坑道だった。しかしアイギスバード公爵領の鉱山ではない。灯りのランプや天井の高さ、岩の色合いがかなり違う。湿気った匂いもしていた。
――《グランドスルト開拓都市》――、と突然目の前に文字が浮かんで消えた。
(グランドスルト?)
肩にいた小さな姿のオオルリと顔を見合わせ、一人でないことにほっとする。
ぴちゃんっと、水滴が落ちる音ばかりが坑道内に響いていた。それが背後から聞こえる気がして振り向く。
すると、しゃがんだ姿勢で暗闇からツカサを見つめる女性がいて目が合った。ビクッと身体を震わせる。人がいると思わなかったのでとてもびっくりした。
女性はツカサを見つめたまま、顎に手をやり、何か考えている様子で黙っている。こちらから話しかけるべきだろうかと迷う。
(この人、彫金師ギルドのキャシーさん……?)
名前が合っているか戸惑って《NPC友好度一覧表》で確認した。
『キャシー(ベナンダンティ)』、たぶんこの人のはずだ。
(えっと、身体はキャシーさんだけど一緒に表記されているベナンダンティさんになっている、でいいのかな……?)
前にキャシーとして彫金師ギルドで会った時とは明らかに雰囲気が違う。きらびやかで明るかった表情はなく、真顔で鋭い目つきだ。なんだか話しかけづらい。
それに服装も以前と違い、パレオに似た中東風の姿ではなく、肌を極力隠したシックな紫色のローブ姿で、まるで童話の中から出てきた魔女のようだった。
薄暗い中、そんな魔女がこちらを無言でじっと見つめてくる。
「……」
「……」
目がそらせない。目が合ったらまばたきもせず相手の目を見続け、先に目をそらした方が負けになるという犬とにらみ合った時の対処法を、なぜかツカサは実践してしまっていて目をそらすタイミングを逃してしまった。目力が強い彼女の方も一切そらそうとしてくれない。
二人の間に奇妙な沈黙が続いた。
不意に、坑道内で足音が響く。その音にベナンダンティは静かに立ち上がると、壁際に転がる大岩の影に身を隠した。
それを見てツカサも慌てる。サブ派生クエスト『太古の残滓』が頭をよぎり、同じように隠れなければと反射的に思って動いた。急いで所持品から種人用の脚立を取り出しトロッコから降りると、トロッコの影に隠れる。
入り口の方向から近付いてきた足音は、トロッコの前で止まった。トロッコと何者かの影が重なる。反対側の物陰に隠れているツカサは鼓動が早くなった。
ほのかな光で地面にできている影の動きで、かの人物が屈んだのがわかった。ジャリッという土を踏みしめる音とともに、長い棒を影が拾い上げる。
「噂を広めるだけでこうもたやすく動くとは。ゾディサイド様のおっしゃった通り、傭兵とは単純な輩どもだな」
(ヤッグスさん!!)
知っている声とピタピタという音。彼がトロッコの手すりらしき棒を手のひらに打ちつけている姿が、見ていなくてもはっきりと頭に浮かんだ。きっと昨日強制的にログアウトする前に見た姿と同じだろう。
こっそり《NPC友好度一覧表》を出し、パライソのフルネームが『パライソ・ホミロ・ゾディサイド』なのもしっかり確認する。
(傭兵は僕達のこと。パライソさんは今日はここにいないみたいだけれど……じゃあ、昨日最後にいた場所もグランドスルトだった?)
あのバグの時、驚きが先に立って気付かなかったがトロッコからツカサが顔を出したあそこはアイギスバード公爵領ではなかったのだ。あの時点で別のサーバーの別の国に移動していたということだろうか。
そのことを忘れないうちに、と∞わんデンに個人チャットで伝える。
「フン。いくらでも自分達で自身の評判を落とすがいいさ」
ヤッグスは傭兵を嫌っているようだ。これはツカサの彼の好感度が低いからこう言っているのか、それとも元々プレイヤーを嫌っている人物だからなのか、判断がつかない。
ガショッと何かをはめた音とともに、トロッコから微かな振動が伝わる。
ふと、このトロッコはタイムマシンではないにしても何かの機械装置ではないかと思った。トロッコに見せかけているだけの別の用途の物なのだ。
(わわっ!)
トロッコがヤッグスの方に引かれる。位置を動かされてツカサも焦りながら身体をさらに伏せ、追随するように動いた。少し引いた後でトロッコが固定されたような音と振動がして止まった。
地面の影がひるがえり、トロッコから離れていく。影が形を変えて小さくなっていくとともに足音も遠ざかっていった。
息をひそめて緊張しているツカサに、∞わんデンのチャットが連続して届く。
∞わんデン:メールの状況整理。こうだったかな?
①『意識は多世界のアウタースペースに飛び』
→非公開開発サーバーのグランドスルトにツカサ君が飛ぶ
②緊急ログアウト
③『身体は多世界のスペースデブリに』
→プラネを落とした後に確認したら
何故かデブリサーバーの方にツカサ君のアバターがあった?
④正木さん「どうして」
⑤元凶のハウジング領地のトロッコを消す
⑥本サーバーにツカサ君のアバターを戻す
⑦戻す際、下手に別の場所に置くと怖いから
グランドスルトに放置
∞わんデン:正解の解読できたかな
∞わんデン:謝罪メールを解読とは?w
自問自答している∞わんデンのチャットに、ツカサの肩の力も抜けた。
それに、いつの間にか足音が聞こえなくなっている。どうやらヤッグスが坑道内から去ったようだ。
岩陰からベナンダンティが出てきたので、ツカサもトロッコの影から出た。
ヤッグスが立っていた側のトロッコの箇所を見ると、取っ手がはめられている。しかも回路のような模様を浮かべて光っていた。
「何故隠れたんですか?」
「え?」
ベナンダンティに心底不思議そうな声音で訊ねられて、ツカサは目を丸くした。
「ベナンダンティさんが隠れていたから」
「……あぁ」
平坦な相づちが返される。それは、なるほどという納得の感情ではなく、どこか納得したくないような抵抗がある声音に感じた。
どうやらツカサは、隠れずにヤッグスと会話するべきだったのかもしれない。
(これは何のイベントなんだろう。彫金師ギルドかな?)
ベナンダンティが近づいてきてトロッコの光る取っ手に触れる。
「これはかんぬき。連動する位置で取ると古代の建造物の扉が開く。今ごろ海人の研究所から怪物が外に這い出てきている」
「怪物?」
(あ! これってチョコさんが前に言っていたレアモンスターが出るトロッコギミックの話じゃないかな!?)
このトロッコが噂のものなのかとまじまじと見た。
(でもチョコさんはギミックのことはよくわからないって……。このイベントを見ていないのかな)
「あの、ベナンダンティさんはいつもここにいますか?」
ツカサは訊ねてから、変な問い方をしたと思う。
しかし意図はしっかり伝わっていた。
「いない。ただ、ヤッグスの方は扉の作動を察知するたびにその痕跡を隠蔽しに出入りしているのでしょう」
(そっか。トロッコギミックをやった後すぐにここを離れると、ヤッグスさんと鉢合わせできないのかも)
「犯人は現場に戻ると言うのに、動かした者はどうして確認しないのか――」
「そうなんですか?」
「……」
「……」
「知らないか……?」
「えっと、あまり……。有名なことわざなんでしょうか」
ツカサは訊ねてからまた失敗したと思った。ベナンダンティの鋭かった目が泳いでいる。
「――さあ、あちらが出入り口です。行きなさい」
突然ベナンダンティは脈絡も無くそう言い放ち、ヤッグスが去った方向を指さした。
会話をぶつ切りにされたツカサはぽかんとする。
「……」
「……」
また、沈黙が生まれてしまった。
ベナンダンティは指さした方向に真っ直ぐ顔を向けたまま、それ以上何も言うことはないようで微動だにしない。この世界で初めてあからさまなゲームのキャラクターっぽい言動に遭遇した気がした。
(あっ、ローブの影にニホンアナグマがいる。かわいい)
どうやら彼女の足元付近に隠れていたようだ。小さい。リアルだと警備ロボット達が畑に入ってこないように山に追い返すことを続け、今はもう村周辺で見かけない動物だ。
ツカサは戸惑いながらも動き出した。ベナンダンティにぺこりと会釈して出口へと向かう。
少し歩いてから振り返ると、ベナンダンティの姿はそこになかった。まるでプレイヤーがログアウトしたかのように消えていた。
彼女のことが気になったので、攻略サイトのキャラクター情報をネタバレは気にせず確認する。
『グランドスルト開拓都市メインクエスト「巨万の三宝」に登場する山人女性・キャシーの前世人格とされる海人。トランスするシャーマン系? のオリジナルジョブと思われるバフヒーラーと推測されている。
だがごく稀にタヌキらしき小動物を連れている目撃情報も有り、オリジナル秘儀導士の可能性も。
性格はおっとり。天然な不思議ちゃんで、パライソが苦手にしている人物』
(おっとりしている人?)
口数こそ少なかったが、はっきりとした物言いで眼光鋭く凜々しかった印象だ。
攻略サイトの印象とのくい違いを、ツカサは不思議に思った。




