第11話 正木洋介からのメール
視界がブレたと思ったらチョコが消えて、目の前には彫金師ギルドの受付のヤッグスがいた。
彼は怒った表情でトロッコの手すりだったような棒状のものを持って、自分の左手のひらにピタピタと軽く打ちつけ苛立った様子だったが、目だけはツカサを見て驚き見開かれていた。
そんなヤッグスの傍にパライソもいる。こちらもツカサに虚を突かれた顔をしていた。
(どうして二人がうちの領地に?)
そう思った次の瞬間に、また視界が暗転した。
《サーバーエラーが発生しました。『プラネット イントルーダー・オリジン』からログアウトしました》
「え!?」
眼前にシステムアナウンスが表示されていた。気付けばVRマナ・トルマリンのホームに戻され、姿もハリネズミのアバターになっている。
再びログインを試みるものの出来なかった。何か不具合に遭ってしまっているようだ。
解決を求めて、公式サイト『プラネット イントルーダー・オンライン』に向かう。
(そういえば、どうして公式サイトの名前は『プラネット イントルーダー・オンライン』のままなんだろう。確か、オンラインゲームを作るって正木洋介さんが発表した時に、仮の名前としてゲームにつけていたタイトルだったはず?)
前に見たオンライン百科事典を確認した。『――VR『プラネット イントルーダー・オンライン(仮称)』を発表――』とある。合っていた。
オープンベータ版は『プラネット イントルーダー・ジ エンシェント』。
そして現在の正式版は『プラネット イントルーダー・オリジン』に変更された。公式サイトの名前をゲームタイトルに合わせないのは何かこだわりがあるのだろうか。
(あ。サーバーログイン障害の情報が出てる。やっぱり何か不具合があったんだ)
しかしチョコを置いてログアウトした形になってしまったのが気がかりだった。
(ログインしないとチャットもできないし……)
公式サイトトップの右端に並ぶ『便利な掲示板アプリをダウンロードしよう!』という広告が目に入った。
ゲームを起動しなくても、ゲームIDがあればゲーム内の掲示板を利用できるアプリだ。
(領地の掲示板にも使えるのかな)
試しに使ってみることにした。すると、アイギスバード公爵領の掲示板も利用できることが判明した。
(じゃあチョコさんに一言残しておこう)
□――――――――――――――――――□
843:ツカサさん [アイギスバード公爵家当主] 2xx1/06/30
チョコさんへ
再ログインできないので今日はこのまま終わります
□――――――――――――――――――□
(……こんな感じで変じゃないかな)
書き込んでから、公の場といえる掲示板で名指しして個人的な伝言をするのは迷惑行為なのではないかと不安になってきた。いくら自分達のハウジングの掲示板だからって、チャットやメール感覚で使用するのはよくない気がじわじわとしてくる。
予期せぬハプニングに慌てて、冷静じゃなかったみたいだ。
□――――――――――――――――――□
844:蔵鉛さん [流浪の民] 2xx1/06/30
うおおおおおお生存確認!!
845:ペンギンオルカさん [流浪の民] 2xx1/06/30
無事で良かった!
846:チョコさん [アイギスバード公爵家] 2xx1/06/30
>>団長さん
チョコもです! だからまた明日です( ̄・ω・ ̄)
847:ロイヤル聖女さん [流浪の民] 2xx1/06/30
お二人ともおやすみなさいませー!
848:まかろにさん [まかろに伯爵家当主] 2xx1/06/30
おやすみ~
849:ミントさん [タイムオーバー侯爵家] 2xx1/06/30
良い夢見ろよ
850:最中さん [タイムオーバー侯爵家] 2xx1/06/30
謎に偉そうな態度やめいw
お隣さんおつかれさまです
□――――――――――――――――――□
どうやら鉱山にいた採掘師とよくうちの領地に遊びに来る近隣領地の人達がツカサのことを気にかけてくれていたらしく、ここをチェックしていたようだ。気安くてあたたかいコメントばかりだった。
(チョコさんも同じ状態?)
もしかしてチョコも強制的なログアウトをさせられたのだろうか。サーバーログイン障害とは、ログインできないだけでなく、強制ログアウトになることも含まれた不具合なのかもしれない。
さらに、公式サイトのトップに《緊急メンテナンスのお知らせ》が表示された。
まだ寝るまである余暇時間は、そのまま勉強に充てることにした。マイルームのロッジで電子問題集をひろげる。
折角増えた勉強時間ではあったけれど、トロッコのハプニングが気になってしまい進みはいつもより鈍く、あまり勉強に集中できなかった。
「緊急メンテが終わると、通常メンテがそのまま律儀に始まって笑った」
学校帰りにコンビニの滋に会いに行けば、メンテナンスを笑い飛ばしていた。
その屈託ない笑顔に征司の肩の力が抜ける。
「昨夜からずっとメンテナンス中なんですね」
「そ。今は事前告知通りにメンテやってるふう」
本日7月1日の8時~18時頃まで実施のメンテナンス作業は、前々からアナウンスがあったものだ。
「プラネ公式SNSが『前からアプデに合わせて予定組んでいる人もいるだろうし、スタートダッシュは皆さん足並み揃えて遊びたいですよね(笑)』って既にメンテ作業自体は全部終わってる匂わせ情報出しててさ。
だから『終わってるなら早く開けろ!!』って一部から怨嗟の声が上がってたり。ここの運営、いつも炎上の種まいててプレイヤーやってると癖になるハラハラ感を味わえるねぇ」
笑っていた滋は、征司がどこか落ち着かない様子なのに気付いた。
「どしたの。何かあった?」
「昨夜の緊急メンテナンスなんですが……その、僕のせいみたいで……」
「征司君は関係ないでしょ」
「それが、運営からメールが来たんです」
「えっ、直接?」
「はい……」
実は朝起きると、メマからVRマナ・トルマリンにメールが届いていると第一声をかけられ、心底驚かされたのだ。そして実際にメールを目にした時は嫌な胸の高鳴りでドキドキした。
「なんて言ったらいいか……」
征司はそこまでで黙ってしまう。メールの内容を思い浮かべながら、どうわかりやすく話せばいいのか頭の中で考えたが、自分でも理解出来ていない内容だったので難しかった。
言葉に詰まる征司に、滋は「無理に話すことはないよ」とつけ加える。同時に首をひねった。
「バグや不具合の原因についての内容なら、第三者に漏らしたらまずいんでないかい。公表できるなら表に出してるでしょ」
「でもゲームストーリーについてでだったので……」
「ゲームストーリー?」
征司は気まずそうに頷いた。
「原因は、僕がトロッコでタイムトラベルしたせいだと書かれてました」
それを聞いて、滋がレジカウンターに突っ伏した。
「確かに強制ログアウト直前に移動した先があって、そこでパライソさん達を見たので、なるほどって思った部分もあったんだけど」
滋は額に手を当ててよろよろと顔を上げた。眉間を指でもみながら征司に確認する。
「それが運営の送ってきたメールだと」
「たぶん。僕には難しくてそのぐらいにしかわからなくて」
「何故ストーリー仕立て!? いやマジでどんな説明だよ!?」
「やっぱりメールを直接見てもらった方がわかりやすいと思います。うまく説明できそうにないです」
「ワァ……。それじゃここだけのことってことで」
征司はコンビニの外で踊っていたメマを呼ぶ。そしてメールを滋の端末に転送してもらった。
『差出人:プラネプロダクション
件名:不具合対処にともなうお願いと補填
内容:VRMMO『プラネット イントルーダー・オリジン』プレイヤー「ツカサ」様、平素よりご愛顧いただきありがとうございます。
さて、この度あなた様のご領地のトロッコが偶然にもワームホールによる時空の歪みの穴となっていました。意識は多世界のアウタースペースに飛び、身体は多世界のスペースデブリへとタイムトラベルしました。
そこで相対性理論ではありえないある特殊な同時刻の絶対性を垣間見てしまったかと思いますが、これはインナースペース世界に存在しない絶対時間の観測となります。
これにより脳にある生物時計との齟齬を懸念し、プレイヤーの安全を考慮して緊急ログアウト措置を執らせていただきました。
つきましては、ご領地のトロッコを撤去させていただきます。
お詫びに、山の一部を崩して海へと出られる道と港を提供いたしますので、トロッコのことは諦めてください。
プラネプロダクション 正木洋介 』
「『諦めてください』じゃないのよ」
滋のつっこみを隣で聞きながら、征司も改めて読み直したがやはり難解だった。
他のサーバーのスペースデブリはいざ知らず、今となっては存在しない幻のサーバー〝アウタースペース〟の名前を出されているのも謎が深い。
「原因説明で何を語っているんだ何を。サーバー名を出してるから、たぶんテストサーバーに飛ぶスイッチ的なのが消し忘れで埋まっていたか誤作動したらしいってのはわかるけども」
「え!? そうなんだ……」
びっくりする征司の反応に、メールの文面に向かって滋は大きく嘆息する。それから、ややトーンダウンした口調で解説してくれた。
「基本的に開発かテストサーバーっていうのが在りましてね。既に大勢のプレイヤーがいる世界に一発勝負の博打でパッチ当てるわけにはいかないから。アプデだけじゃなく動作確認する場は必要なのであるはずなのです。それで今回ツカサ君がそこに飛ばされたというお話みたいだね。
このメールではそのことを、何故か公開している既存の単語を使って世界観にそった説明で話しているから、ややこしい! なんだけど。
あー、でも本サーバーとテストサーバーを繋げていたってことか。あれってそれぞれ隔離しているものと思ってたけど、いや、ここの製作者が独特な運用をするだけなのか……? 監獄も専用のサーバーにプレイヤーを飛ばしているんだっけ」
途中から一人言のような呟きになって滋自身が思案している様子だったが、「まぁ、俺も技術知識があるわけじゃないしな」とあっさり流した。
「とりあえず、正木さんがまずいミスで迷惑かけたとは認識しているみたいだけど、誠心誠意謝罪する気があるようには伝わってこない文面だねぇ。レトロ一徹なところは好きだけどもこれはいかがなものか」
「レトロ?」
「タイムマシンといい古典思想を使ってるんだよね。ワームホールなんて単語久々に見た。渋いわ。絶対時間はニュートンが提唱して否定したやつだったかな。プレイヤーのいないサーバーを絶対時間って言ってるなら冷徹で良いね。ゲームのNPCは人間じゃないから時間の流れがわからない奴らだと定義してるって解釈しました」
知らない単語と知識だ。何もわからず首を傾げる征司に、滋は笑いながらメマへと視線を向けた。
「ここで質問。では時間とは?」
『16時35分であります』
「この話の流れで、まずこうくるわけだ」
滋が大げさに肩をすくめる。メマがかみ合わない返答を、さも当然のように堂々と返した姿はとても印象的だった。
「もしも、この世界のあらゆる時間を計測する機械が今20時になったら、そこのシマリスは何の疑問もなく20時って言い直すよ。でも俺と征司君はさっきまで16時35分だったから驚くし、信じられない。めでたくタイムトラベルを現実で体感出来るってわけ」
「メマさんはいきなり時間が変わったら変だって思わない?」
『リス! 正確でないなら修正します』
「時間は流れてるって感覚、俺達人間が生物だからこそ在るって感覚だったりするんだねぇ」
「それって、プラネの中でも同じなんでしょうか。プレイヤーの時間感覚が、あの世界の人達にはわからない」
(そもそもリアルとゲーム内の時間経過が違うし、クエストの進行度で話が止まっている状態の時間感覚ってどうなって……??)
「……なんだか、よくわからなくなってきました」
「はは。俺はさっきまでなーんにも気にしてなかったプラネのオシャレアイテムの懐中時計が、征司君の発言で意味深に思えてきたよ。こうやってさ、正解かどうかは別としてこねくり回して世界観考察を話すのも、なかなか面白いんじゃないかね」
「思いつきを話しているだけで考察って言っていいのかな……?」
「うむ。感想だって立派に考察でしょう!」
そこで滋が「あ」とふと声を上げた。
「考察と言えば正……って、あぁいや、これ言うもんじゃないな」
「なんですか?」
「うーん……。いや、悪口を言いたいわけじゃないと先に断っとく。製作者の正木さんについてなんだけど、まず前提として、俺は彼を知らないから何もわからない状態なわけだ。だから色々と、人柄を考察するって話で」
「え?」
「征司君、不思議そうな顔するけどキミだって全然知らないはず。俺達が実際に本人を見たのは数分の生放送だけだし、あとは昔のイベント映像の切り抜き動画や過去発言から想定されるオモシロおかしな人柄の伝聞だけだ。身近に感じる存在なのに、どこまでも謎の人物だからさ」
そう言われると、確かにそうだ。なのに征司自身は、何故かよく知っている人のような気がしていた。何も知らないのに。
「掲示板マジック。ゲーム内で名前を日常的に見るし聞くからなぁ。マジで友人並に知ってる錯覚起こすんだよな。人の数だけ正木洋介がいるというか、解像度が違うというか」
「滋さんは、正木洋介さんをどういう人だと思っているんですか?」
「コレ征司君の前で言うの、個人的にアレだわ――」
滋は一旦せき払いしてから力強く言い切った。
「引っ込み思案な人だね。人と関わるのが苦手なのに堂々としてしゃべれるから社交的に見える、他人に理解されないタイプの人見知りだと思ってる」
征司は目を丸くした。
「伝え聞く正木さんの有名エピソードが、海外からのオファーメールをゴミ箱行き。それであの短い生放送の顔出し以降、露出がほぼ無いとくると、俺個人としては村から出ない頃の征司君とどうにも被って仕方ない」
「僕と正木さん、似てますか……?」
「引き合いに出してごめん――って、なんか嬉しそうね」
「すごい人と似てるって初めて言われました」
さらには親近感も湧く。照れ笑いする征司に、滋も苦笑いを返した。