第9話 チャレンジ精神旺盛なチョコ!
ツカサの中からチョコへの心配が抜け落ちていた原因は、やはりオープンベータからの古参プレイヤーという事実のせいだと思う。
∞わんデンからの指摘のおかげで、無意識にチョコへの配慮をおろそかにしていたのだと気付くことができた。
翌日、ログインしてすぐにそれとなく困りごとや要望がないかとチョコに個別フレンドチャットで尋ねてみた。
「こんばんはです」
「わ!」
チャットしてすぐに背後から声をかけられて驚く。振り返ると生産装備風のラフな格好をしたチョコがいた。
「こんばんは、チョコさん。木工ですか?」
「はい。楽器作りなのです」
まだまだ広間に楽器を増やす予定らしい。木工師で作れる楽器がそれほどあることに感心する。宝飾が主なレシピの彫金師とは方向性が全然違うと思った。
「次はハープなのです」
「ハープ……!!」
竪琴を作るという。映像でしか見たことがない楽器が広間にある姿を想像するとワクワクした。
チョコの様子をよく知りたかったので一緒に生産することにした。
まず《簡易生産》でLV30ターコイズの銀の指輪HQを30個作る。レベルが上がらないので簡易製作はしばらくやめようと考えていたが、個数と18時間の制限があるのだから彫金をする時に作っておいてもいいんじゃないかと思い直したのだ。
今回は【幻視デコイ】のスキル付きを。29個はマーケットボードの『ハリネズミ』名義で売る予定である。1個は自分用だ。
それとは別に、通常製作で【空中ジャンプ】と【魔法攻撃反射】のスキル付きの指輪を試しに1個ずつ作ってみた。
出来てからスキルを調べたところ、【空中ジャンプ】は主にPVP用で、【魔法攻撃反射】はPK用だった。特に【魔法攻撃反射】は敵味方区別なく周囲に受けた攻撃を反射するらしいので微妙なスキルらしい。
《彫金師がLV31に上がりました》
レベルも上がった。
ステータスを確認する。以前にレベルが上がったスキルにも上がった表記がついたままだったので、久しぶりに開いているようだ。
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名前:ツカサ
種族:種人擬態人〈男性〉
所属:ネクロアイギス王国
傭兵団:ネクロアイギス王国「アイギスバード」団長
称号:【影の立役者】【五万の奇跡を救世せし者】【深層の覚醒者】(New)
フレンド閲覧可称号:【カフカの貴人】【ルビーの義兄】【ベナンダンティの門人】【パライソの知人】【深海闇ロストダークネス教会のエセ信徒】【名工国宝】
非公開称号:【神鳥獣使いの疑似使い手】【彫金師の修業者】【死線を乗り越えし者】【幻樹ダンジョン踏破者】【ダンジョン探検家】【博学】【密かなる脱獄者】
◆現職:「神鳥獣使い」
職業:神鳥獣使い LV13
階級:5級
HP:160(+40)
MP:700(+320)
VIT:16(+4)
STR:6
DEX:17
INT:20(+3)
MND:70(+22)
サブ職業:彫金師 LV31(↑1)
スキル回路ポイント〈6〉(B6/C0/P)
◆戦闘基板
・【基本戦闘基板】
|_【水泡魔法LV6】【沈黙耐性LV4】【祈りLV30】
【魔法速度LV5】【魔法防御LV1】【即死耐性LV1】
・【特殊戦闘基板〈白〉】
|_【治癒魔法LV8】【癒やしの歌声LV7】
【喚起の歌声LV5】【鬨の声LV2】【復活魔法LV7】
【サークルエリア】【郭公のさえずり】
◇採集基板
・【基本採集基板】
|_【釣り人LV5】(↑2)
◇生産基板
・【基本生産基板】
|_【色彩鑑定LV15】【外形鑑定LV15】【硬度鑑定LV18】
【化石目利き(生産)LV2】【鉱石採集(生産)LV2】
【金属知識LV17】【金属研磨LV17】
|_【古代鉱物解析LV1】【古代岩石解析LV1】
・【特殊生産基板〈銀〉】
|_【測定切削技法LV16】【打ち出し技法LV18】
【延ばし加工LV18】【毛彫りLV17】【丸毛彫りLV17】
【片切りLV17】【蹴り彫りLV17】
【宝石知識LV14】【宝石研磨LV13】【石留め技法LV11】
・【特殊生産基板〈白銀〉】
|_【造花装飾LV2】【金属装飾LV18】
・【特殊生産基板〈透明〉】
|_【彫刻LV18】
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製作の合間にこっそりとチョコをうかがっていたが、ごくごく普通の様子に見えた。精神的に疲れていそうな顔色や憂いがある雰囲気はない。
むしろ、今日は普段よりはつらつとしていて明るかった。
「路上のトレード販売でとんでもない一品を見つけてしまったのです。値段は億万長者だったのですが……!」
「億単位だったんですか」
「はい。でも交渉したらお金を工面出来るまで取り置きしてくれることになったのです」
「良かったですね」
「うん!」
いつもキリリッとした頼もしいチョコが表情を緩めてとろけている。
(一体何のトレードなんだろう? 聞いていいのかな)
「何を買うんですか?」
「リュー戦のコラボハウジング家具です。電子キーボードが存在しているのです」
「えっ」
「ここだけの話なのです」
「は、はい」
(ひょっとして和泉さんに……?)
「――それに今、ハウジング品のトレードでは闇が広がっているのです」
低く声を潜めたチョコの言い回しに、ツカサはかなりの不穏さを感じた。チョコを真似て声を低くして訊ねる。
「闇って……?」
「現実のお金を払うリアルマネートレードの闇取引です」
「!?」
「団長さん安心してください。チョコの取引相手は犯罪に手を染めていないのです」
チョコのしっかりとした断言に、ツカサはほっと安堵の息を吐いた。
「お相手はちゃんとゲーム内通貨でのトレードをしてくれる誠実なプレイヤーなのです」
「そうなんですね」
二度と手に入らない代物だからこそ高額になっているようだ。「これからしっかりお金を稼ぐのです」と決意を語るチョコは、しかしハープを作っている。木工では稼がないのかなと首を傾げた。
(そういえば、トロッコを鉱山に設置してまだ見てないや)
立て看板の位置にこだわって微調整を繰り返しているうちにすっかり忘れてしまっていた。あれから領民達は利用してくれているだろうか。
領地のログを確認してみると、トロッコ設置後に鉱山から取れる鉱石の種類がたくさん増えていた。
その状態になるまでの並々ならぬ領民達の奮闘も領地ログにある。軽く流し読んでみたところ、採掘師プレイヤーを巻き込んでの発破事件や落石事故もあったらしく、そのプレイヤー達が戦闘不能になったという赤文字を読んだ時は嫌な意味でドキドキした。とても心臓に悪い。
(うちの領民がPKしてる! ごめんなさい!)
心中で謝りながら、その件について苦情や怒りのメール、または領地掲示板への書き込みがなかったか入念に確認する。しかし特に見当たらなかった。
反応がないのも何だか気になる。今の状態を見に行こうと思い立った。
チョコに断りを入れると、チョコも鉱山を見に行きたかったらしく一緒に向かうことになった。
「団長さん、チョコの声は好きです?」
森を歩く道すがら、突然そんなことを訊ねられた。
チョコの声はいわゆるウィスパーボイス。心地よい不思議な声音である。
「とても綺麗な声だと思います」
「……!!」
チョコの太眉の眉間がぐっと寄る。非常に照れての仏頂面になり、意を決したかのように話し始めた。
「チョコは……変わっている声のことがなくても元々人に絡まれやすいのです。ベータ時代は、チョコにだけ文句を言ってくる人とかよくいました。特に種人だったから迫力もないので絡みやすかったみたいなのです」
ツカサも覚えがある。他の種族に比べて、見知らぬ相手から話しかけられる頻度は高いと思う。
「他人を気にして種族は変えたくなかったのです。だからチョコはがんばって絡まれにくいプレイヤーになったのです」
「絡まれにくいプレイヤー?」
「絡みたくなくなる人になればいいのです。つまり関わるのを避けられる迷惑プレイをする人になったのです」
目が点になった。対応の仕方が、目には目を、な斜め上の対応だった。
「迷惑プレイを……」
「団長さん、チョコはゲーム内掲示板でこだわりを押しつける迷惑コメントをし続けているプレイヤーなのです」
「あの顔文字のことですか?」
「ふふふ。一部の人以外は直接絡んでくる人はそれなりに減ったのです」
「わっ。チョコさんすごいです」
効果があったのだ。しかしチョコの誇らしげな顔にはすぐに影が差し、うつむいた。
「……でも最近、その効力の限界を感じています」
ツカサはハッとする。きっと和泉に関することで不特定多数から絡まれだしたのだろう。今、その相談をされているのだと思い至って、こちらも真剣に耳をかたむけた。
チョコが顔を上げて言う。
「だからチョコは動画投稿者になろうと思います」
告げられたツカサの思考が止まった。
「有名配信者の隣には有名配信者だと納得があるのです。きっとチョコが有象無象の一般人だから気に入らないし文句を言ってきやすいのです。チョコにも〝フレンドで納得〟の威嚇が必要なのです」
ツカサはチョコの言葉に混乱しつつもなんとか理解する。その論調だと、ツカサも配信者にならなければならないと思った。
「団長さんはわんデンさんの身内だから大丈夫なのです」
チョコからは力強く断言される。
しかし有名ゲーム実況者『無限わんデン』とツカサは、和泉とチョコの立ち位置と似た友人関係だと思うので、何が違うのかよくわからなかった。
(リアルで友人だから大丈夫ってことなのかな?)
「その……目立つと余計に絡まれたり、しないでしょうか……?」
「チョコの経験上、増えるよりは質が上がるのです」
「質があがる」
「絡んでくるのはグレードアップしたヤバい人ばかりになります」
「それは怖くないですか!?」
顔色を蒼くするツカサに反して、チョコは平然としていた。
「わんデンさんや副団長さん、雨さんだって相手にしている人達です。それにチョコはみんなに助けて欲しかったらそう頼もうと思っているのです。団長さんの方も、チョコの頼みごとは面倒ごとなので嫌だったらちゃんと断ってください。
――そんな団員チョコを、これからもよろしくお願いします」
チョコにぺこりと頭を下げられて、ツカサは慌てて頷き返す。
「それじゃあ、チョコさんもゲーム実況を始めるんですか?」
その問いに、チョコは難しい表情で首を横に振った。
「チョコはプラネしか……遊ばないのでゲームプレイ動画は投稿しないのです。なので歌う動画を投稿しようと考えています。チョコの声、悪くないみたいなのです」
チョコは気恥ずかしげに照れ笑った。音楽ジャンルは和泉が喜びそうだとツカサも笑顔になった。
「チョコはリアルで楽器や機材を持っていないので、プラネ内ですませようと考えているのです。その時はプラネ内の映像は出さないようにしようと思ってます」
「じゃあ、さっき作っていたハープもその時に使う用だったんですね」
「はい! 何を使ってみたくなるか使ってみないとわからないのです。だから楽器を集めているところなのです。色々な音に触れてみたいのです」
語るチョコの目は輝いていた。
「だから電子キーボード家具も買うのです! 悪徳高額商人の手から!!」
「相手は誠実なプレイヤーの人なんじゃ……?」
鉱山に着くと、出入り口にレールが敷かれていて感動した。壁沿い周辺には、離席中と思われるプレイヤーのテントやたき火、敷物や椅子が散在している。
そしてツカサ達を、何人かが木の陰からひょっこりと顔を出して隠れて見ていたのでビクッとした。目が合うと、彼らは愛想笑いを浮かべてサッと木の陰に隠れる。ログアウトしたプレイヤーもいた。
ツカサは彼らの様子に戸惑い胸中で身構えていたが、隣に並ぶチョコが素知らぬ様子で流していたので安心する。頼もしかった。
「採集場所に新しいものが設置された時は、まず団長さんが入らないと他のプレイヤーが利用できないのかもしれないのです。だからここで解禁を待っている人がいるのかもです」
「え!?」
(じゃあここにいるみんな、僕が来るのを待っていたんだ)
「まさか井戸のようにクエストがあるものだったんでしょうか。そんなに重要なものだと思ってなかったです」
「トロッコだしクエストはたぶんないのです……? チョコもよくわかりません。大きな山があるハウジング領地はあまりないので情報が出そろってないのです」
それからチョコがトロッコ豆知識を披露してくれた。
「グランドスルトには、とあるトロッコを動かすとフィールドにレアモンスターが出現するというギミックがあるのです。だからハウジング領地もレアアイテムが出るギミックトロッコの可能性もあるかもしれないのです」
「あぁ、だからこんなに人が集まっているのかな」
トロッコの要望もその知識が前提となっているのかもしれない。
「ただグランドスルトではそのトロッコスイッチでプレイヤー同士横取りのケンカになることがあるので物騒なのです」
「揉め事に……」
「チョコも横取りに遭った経験があるのです。その時はパーティーメンバーが怒って口ゲンカになって揉めました」
怖いと思っていたら、既にチョコが当事者になった経験があったようだ。
「大丈夫だったんですか……?」
「チョコは見守っていただけなので大丈夫です」
「? 見守っていた?」
「高みの見物だったのです」
「高み」
心配するような事態ではなかったと思える一言だった。
領民達が、既に鉱山内で採掘をしていた。プレイヤーと違って制限を受けて入れないなんてことはなかったようだ。
足を踏み入れたツカサ達は、彼らに「公爵様」「チョコ様」と呼ばれて頭を下げられる。照れくさくって足早に奥へと進んだ。
「トロッコは領民の人達が掘った鉱石を運ぶのに使ってますね」
「チョコ達も使っていいのです?」
領民の一人がチョコの問いに「どうぞどうぞ」と笑顔で使用を勧めてくれたので、彼らが使用していない別のレールにあるトロッコに近寄った。
「このトロッコ、グランドスルトのギミックトロッコと位置が同じなのです」
「じゃあ、同じように動かすと何か起こるでしょうか」
「でも外す手すりがないのです。このトロッコは手押しできない不良品なのです?」
「外す手すりが……。外す? えっ!?」
「いつもプレイヤーが壊しているのです」
「どうして!?」
「レアモンスターがポップするからなのです」
「どうして……」
「そう言われると、あんまり湧く理由を考えたことがなかったのです。ひょっとしたら、手すりを壊されてモンスターが怒っているのかもしれません。だから姿を現すのです?」
「そんな……なんだか気の毒です」
二人でペタペタとトロッコを触ったり、ぐるりと周りを回って見た目を確認したりしたが、押すのに必要な手すりがない以外は変哲も無いトロッコだった。
互いに首を傾げていると、がやがやと騒がしくなる。先ほど外にいたプレイヤー達が入れるようになったらしく入ってきていた。
採掘道具を持っているところを見ると、みんな採掘師だったらしい。ツカサ達にへらりと笑いながら会釈して、それぞれが思い思いに散らばり黙々と採掘を始めた。
ツカサは利用者の多さに面食らう。チョコがこっそりと理由を教えてくれた。
「フィールドと比べると、ここは1カ所で掘れる回数や個数が多いのです。移動も楽で便利なので穴場らしいのです」
採集や採掘は、効率を求めると移動が1番のネックだという。素材の数を確保するために繰り返し採集場所を周り続けていると、次第に億劫に感じて挫折してしまうのだとか。
移動の作業感に対する面倒さは、なかなかに厄介なものらしい。
「採掘と言えば、拾うだけだったんですけど彫金師ギルドでも体験しました」
「彫金師は種人以外の種族だと、雑用させられている感がより強いって聞きます」
「そうなんですか?」
「他の種族だとトロッコに乗せてくれないそうです。同じくらいの深さなのかな……」
つま先立ちで中を覗きこんでいるチョコの足元に、種人用の脚立を所持品から取り出して置いた。
しかしチョコには遠慮されてしまう。なのでツカサがあの時のように入ってみせた。
「こんな感じ、ですよね。ちょっと恥ずかしいですけど」
「そう! すっぽり入るのです! ぴったりなのですっ」
何故かチョコは目を輝かせて喜んでいる。外側からどんな姿になるのか見ることができたのが嬉しかったらしい。
次の瞬間、不意に視界がブレた。
チョコの前から、トロッコに入っていたツカサが消えた。
チョコは驚きすぎて声も出なかったが、周りでツカサ達を密かに観ていたプレイヤー達は即座にざわつき、チョコとトロッコを囲んで叫ぶ。
「き、消えたあああぁぁぁッ!?」
「ツカサ君消えたぞ?!」
「ちょっ、ログアウトした感じじゃなかったよな!?」
「テレポでもない! 電源落としたみたいな怖い消え方した……!」
「回線落ちか!?」
「我らの神が消えたんだが!? 神隠し?!」
「正木ぃぃぃぃぃ!!」
続いて、ふっと蝋燭の炎を消すように世界もブラックアウトした。