第8話 にわかにざわめくアイギスバード公爵領
「そもそも前提クエストの方もβ版と正式版でクエスト内容が違うんだな」
アイギスバード公爵領本邸の大広間。
∞わんデンはポーカー対戦台のテーブルに頬杖をつき、外部ブラウザで表示する解説記事を読んで感想をこぼす。
『【サブクエスト『屋根裏の怪物』4つの謎】
◆謎① 平人女性に見える謎の家主
・日がよく当たる角度で見ると、ターバンの布に羊の角らしき影が透けて見える。平人種族ではない。
・尻尾がないので、森人・砂人種族でもない。
・会話がふわふわ。微妙にかみ合わない。実はプレイヤーと会話していない疑惑有り
・限定特殊クエスト『王の薔薇の住処』進行中でローゼンコフィンの薔薇が手元にある場合、薔薇を見せると逃げ出す。薔薇は赤黒い色になる(※色は戻らないので神鳥獣使いは絶対試さないように!!)
◆謎② オープンβ版と正式版で達成条件のニュアンスが違う
・β版《達成目標:困っている〝住人〟から話を聞き、家の悩みを取り除く0/1》
↓
正式版《達成目標:困っている〝住民〟から話を聞き、家の悩みを取り除く0/1》
β版だと現在貸家に住んでいるとはっきり示される単語だが、正式版だと「住民」で近隣も含まれるニュアンスに変更されている。
正式版で追加された派生クエスト『太古の残滓』による変更? あのクエストがあると、貸家に住めない存在なのかもしれない。
◆謎③ 貸家が貴族屋敷
・種人仕様の貴族階級の建造物。家主はどのように手に入れたのか経緯不明。
◆謎④ 屋根裏の咳
・β版……家主の声に似ている咳。実際家から出ると家主は姿を消している。
・正式版……性別不詳の咳の音。
次の派生クエスト『太古の残滓』に登場する民俗学者が正体の最有力候補。クエスト後周辺で住民に聞き込みをすると家主を探っているような言動と侵入の形跡有り』
「それで『太古の残滓』の方は――っと、現場の機械カプセルは公式便利キャラの匂わせだったらしい」
「便利キャラ?」
ツカサと雨月はポーカー対戦台で遊べるスピードをしている真っ最中だ。スピードは2人対戦の遊びである。カードを出し続けるので一戦一戦の時間がとにかく早い。
目まぐるしく終わっては始まる二人の対戦を、∞わんデンは解説記事を読み続けながら眺めていた。
「公式のパッチノート動画で朗読している御方よ」
「あ!」
ツカサが頭の中で動画を思い浮かべると、
「鍛冶師ギルドのシーラカン博士」
雨月が正確な名前を補足してくれた。
「そそ、死亡済み設定のキャラね。生前タイムトラベルしていたって理由で現在のクエストによく関わってくるそうだ。鍛冶師やってないとわからないキャラなのに、他国のクエストでしれっと足跡が出てくるのが常。『太古の残滓』もその一つだってさ。
その博士が、『幻影のイクチ』の培養カプセルをこの時代に捨てて別の時間軸に旅立っているという、この事件の根本的な元凶らしい」
「えっ!」
「鍛冶師だとフィールドにあった壊れたカプセルに見覚えがありすぎるんだと。ほぼ骨の不法投棄の犯人は博士で確定だってね。
あと、メタ知識になるけど前作『プラネットダイアリー』に惑星開拓のお邪魔キャラで『イクチ』って名前の害獣がいたから、それの骨の幽霊が化けて出た設定の話じゃないかって」
そこで、
《これは『古代原獣イクチの骨の鉱物』。『肉食獣アンモーン』を追い払う種人種族に伝わる魔除けのお守り》
というアナウンスを思い出す。
「害獣ということは野生動物のくくり、ですよね」
「みたい。『太古の残滓』での姿は二足歩行で人類っぽかったけど、前作プラネだとアレは獣で、プレイヤーが惑星原住民の集落を作るとたまに原住民を誘拐していく野生動物だったとか」
「誘拐!?」
「自分の子供として巣で飼う、托卵の逆バージョンをする生き物だったとか。いちいち救出部隊を送る手間がいるからプレイヤーにとっては面倒なお邪魔キャラだった模様。
ただ原住民を捕食する肉食獣が別にいてそれの天敵な獣だから、惑星から肉食獣を駆逐する目処が立つまで絶滅させないよう調整してプレイを――今更だけど、やってみたいなこのSLG。もうストアで販売していないの残念だ」
「肉食獣の名前はアンモーン?」
「ちょい待ち。……ああ、その名前だね」
∞わんデンは一旦言葉を止めて、外部ブラウザを出していないツカサを不思議そうに見た。
「ツカサ君、今その知識をどこから出してきたのかね」
「お守りを拾っている時に、説明のアナウンスがありました」
「ログ残ってる?」
「えっと、はい。あります」
「画像ください」
ツカサからメールで送られてきた文字ログのスクリーンショットを見た∞わんデンは「は?」と幾分低い声をこぼし、外部ブラウザを操作して眉間に皺を寄せた。
「どこの攻略考察サイトも画像なし。自分達の推測としてしかこのアナウンスと同じ情報を載せてないんだが」
「上位スキルが必要だからでしょうか。たぶん生産だけじゃなくて採集の上位スキルを持っている人でも出ると思うんです」
「和泉さーん。お守りで説明アナウンス出たー?」
和泉とチョコは少し離れた位置で木琴と鍵盤ハーモニカの音を鳴らし合っていた。このゲームは楽器の種類が本当に豊富である。呼ばれた和泉は顔をこちらに向けて答える。
「あ!? そもそも触ってない……」
「触 っ て な い」
和泉の返答に∞わんデンは吹き出した。
「そーいえばチェイス担当でしたわね。ツカサ君、これ俺のSNSに上げていい? 不特定多数に画像配るのはOKかい?」
「かまいません」
それを聞いた和泉が提案する。
「わ、私が古書店主さんに送りましょうか」
「やだ」
「?!」
笑顔で∞わんデンに提案を断られて、和泉は驚いた。
「ライターと裏でつながるのはほどほどに。友人じゃないんだからやり取りは表に出しとこ」
「慎重、なんですね……」
「キミ達兄妹が豪胆すぎるのだ。ノーガード戦法は端で見ててヒヤヒヤするよ」
「ノ、ノーガードってわけじゃないんだけど」
「名前がねぇ。まぁ、よくある名前ですって、とぼけられたはずだったんだけど。こう、ほのめかしの繋がりが多いとさすがに厳しいわ」
どうやら異世界転移したクロストが、外で和泉に絡む発言をしてしまっているらしい。
「……すみません」
「や。全肯定オープン野郎が身内だと大変だね色々」
「昔から、家で何もかもフルオープンの人だったので……」
「やっば。地獄のようなお話よ」
『影人デイズ』のコラボが予想以上に外部で拡散共有され、∞わんデンは配信内での線引きを改めるか悩んでいる様子で、ツカサも人ごとではなかった。
『aaaaaさん [流浪の民] 2xx1/06/28
和泉ってキャラもコントロ身内? まさか黒原イズミ本人??』
アイギスバード公爵領の掲示板に、このような質問か断定する書き込みが、プレイヤー名は違えど何度もあった。和泉に触れてくる内容にとてもヒヤッとするし、わざわざこのためだけにゲームキャラクターを作ったと思われるプレイヤー名が多くて困惑している。
(和泉さんのことを聞いてくる人はブロックしているけど)
アイギスバード公爵領の掲示板に『領地に関係ないコメントをした人はブロックします』と警告は書いているが、未だにポツポツと書き込みは続いている。
ただ、そういう書き込みがあった後はアイギスバード公爵領内によく滞在しているプレイヤー達が領地への要望や感想などを書いているのでブロック対象の書き込みは目立たなくなっている。たぶん、書き込みを流すためにわざわざコメントを残してくれているんだと思う。無言の気遣いは嬉しかった。
和泉が木琴の一音を鳴らす。
「だ、だけど古書店主さんや他にも世界観考察している人達って本当すごいよね。私、何も考えずに場当たり的にゲームしているなっていつも思うよ」
チョコが同意するように鍵盤ハーモニカを鳴らし返した。
そういえば、探ってくる掲示板の書き込みに対して意外なことに和泉自身があまり動揺していないように見える。平気そうな様子に一安心だ。
「ところでツカサ君」
声をかけてきた∞わんデンは、ジト目で呆れた表情をしながら頬杖をついていた。どうしたんだろうと目を瞬かせる。
「まだ雨月君をボコボコにするのかね」
「えっ」
言われて正面に向き直る。10勝0敗の表示に、そんなに繰り返していたのかと驚いた。しかし即座に《再挑戦》が相手から申請されて反射的に《OK》を押してしまう。
すぐに次のスピード対戦が始まってしまった。
「雨月君、楽しいのかい?」
「かなり」
「夢中じゃん」
∞わんデンのジト目先が、カードから目を離さない雨月の横顔に移った。
そのうち21戦目が始まる頃合いになると、∞わんデンが2人の間に割って入る。
「はいはいはいッ終わり終わり! ツカサ君を解放してあげてね」
「わっ。もうログアウト時間に」
「すまない。これ無限に遊べるな」
「嘘でしょ何言ってるのこの子……!」
「僕こそ面白かったです。おやすみなさい」
「おやすみ」
和泉さん達とも挨拶を交わしてから、慌ててログアウトした。
リアルに戻って、かなり白熱していたなぁとスピードの対戦を頭の中で反芻する。対戦回数を重ねるごとにカードの減り方が変わっていた。きっと雨月の方は、次第に引き分けに近い負け方になり始めていたから手応えを感じていたはずだ。
(雨月さんはやっぱりゲームが上手いなぁ)
ツカサはカードの数字を即座に確認できる速さのおかげで勝てていただけだと思う。手の動き自体は雨月の方が素早かったのだ。
それと、観戦に徹していた∞わんデンが相手だったなら負けていただろうと声をかけてきたタイミングの的確さで感じた。既にひとかどのゲームの腕前の人は、どんなものでも人並みを軽く超えられるから凄いと思う。
その後、無限わんデンがSNSでアップした画像は様々な攻略サイトに共有され、『太古の残滓』のページで見かけるようになる。情報提供者の欄にツカサの名前が記載されているところもあって何だか気恥ずかしかった。
次の日。公爵領掲示板の要望に応えようとツカサは動く。
ハウジング領地を充実させたいと思った。和泉がフィールドに出にくい時でも気楽にログインできて遊べる場所であり続けたい。目指すは採集がもっとできてよく使うクラフト素材が領内でまかなえる場所を造ることだ。
(鉱山にトロッコ設置の要望があるけど、『ミニチュア・プラネットダイアリー』だと山の中のカスタマイズはできないはず……あれ?)
確認してみると、いつの間にかトロッコの設置ができるようになっていた。鉱山を探索した領民からの要望という形で設置機能が解放されていたらしい。
さらに《鉱山を探索した領民達が、通路にマイナーズランタンを複数個設置しました》と領地ログにもあって、光源も追加されているようだ。発展している。
他のプレイヤーの方が、ツカサより領地の現状に詳しい。
(でもプレイヤーにとってトロッコの用途ってなんだろう。プレイヤーは採集品を所持品に入れるだろうし、使わないような……。効果はなくても領民のために置いて欲しいって要望だったのかな)
ツカサはえんどう豆しか土地の一角を譲っていないのだが、どうもここの領民になりきったプレイをしている人達がいるようなのだ。領民と同じ行動をして暮らしているとのこと。これはえんどう豆が引きつった顔で教えてくれた情報である。
本邸の玄関で設置設定をしていると、∞わんデンから「掲示板をのぞかない奴もいるから看板立てません?」と希望されたので公爵領地の入り口付近に木の立て看板を設置することにした。
「おしゃれですね」
「カフェ感 出ちゃったねぇ」
「ハウジング領地内での注意事項を書くなら茶色から黒色に変えた方がいいでしょうか?」
「どっちにしても本日の定食メニュー表記が合いそうな見た目にしかならんね。このデフォのままでいいよ。もうちょい大きくできる?」
「大きさ最大のものだと山人身長サイズになるみたいです」
現れた立て看板を2人で仰ぎ見た。足元では白くてふわふわの犬のミニサモエド2匹が匂いを嗅ぐ仕草をして尻尾を振っている。
「でか! 山人プレイヤー最大身長より高くない? これでホントに山人サイズを名乗っているのか」
「迫力、ありますね」
「視覚的な威圧効果は確かに抜群だわ」
∞わんデンは巨大立て看板に、
『ゲーム実況者が所属する領地なので配信・動画への映り込み配慮しません。
つきまといには即時通報とブロックをしているよ( ¯ ꒳¯) 』と記した。
その後も「こうかな……? こうかも?」と独り言でうなりながらシベリアンハスキーをデフォルメした可愛い絵を文末に描き添えていた。滋と同居している警備ロボットの『オオカミさん』の似顔絵だと思う。
そこで初めて、人並み以上に絵が上手い人なんだと知った。どうして普段全く絵を描かないのか不思議なくらいだ。
(特別好きなことでもないからやってないのかな)
ツカサからすれば特技の域に達している腕前に見えるのだが、これまで特に話題にしていない辺り、∞わんデンにとっては特技とは言えない域なのかもしれない。
人に自身の長所や特技を聞かれたとしても、何も浮かばないツカサとしては羨ましい。
受験の面接のことが頭をよぎって、密かに溜息をこぼす。短所ならいくらでも出てくるのだけれど。
「……こうやってはっきり対応していれば、和泉さんがきっと過ごしやすいですよね。僕も団長としてできるだけのことをしたいです」
「ツカサ君」
呼びかけられて振り向くと、満面の笑みの∞わんデンが自身の顔を指さしていた。ツカサは意図がわからず、きょとんとする。
「俺は?」
「え?」
「助けてくれないのかい団長さん」
それから∞わんデンは人差し指を顔から外してくるくる回す。
「チョコさん。それに雨月君。傭兵団員は和泉さんだけじゃないよ」
意識から抜け落ちていたことをやんわりと指摘されてハッとした。
「すみません! わんデンさんは何か困っていることや要望はありますか!?」
「ありませんよ。ありがとー。まぁ、俺と雨月君は傭兵団やハウジングに不満持つことはないかな。普段ソロの戦闘職だし」
ツカサはほっとして胸をなで下ろす。
∞わんデンはその合間に、足へと抱きついてきたミニサモエドから逃れるように一歩横に動いた。
「しいて言うなら――チョコさん。和泉さんがフォローしているみたいだけど、ツカサ君も気にかけてあげた方がいいかな」
「チョコさんを?」
「ほら、この間の釣り大会の時、チョコさんだけフレンド申請だので絡まれまくっていたでしょ」
「ワン!」とミニサモエドが吠えた。∞わんデンは笑顔を引きつらせながら弓を手に出現させると、矢ではなく木の枝をつがえて放った。
枝が、矢のように飛んだ。ミニサモエド達がそれを追いかけて嬉々として森へと遠ざかっていく姿を、二人で見送った。
「俺と元々繋がりもなければリア友でもない、一般の女の子キャラだからねぇ。同じ配信者ならまだ絡めるんだけど。男の配信者が突然女キャラに特別配慮し出すのは、非常に燃えそうで恐ろしいことなんですよ。俺とチョコさんってお互い深く手助けできない絶妙にビミョーな立ち位置の関係性です」
∞わんデンの顔は憂いを帯びていた。しみじみと呟く。
「チョコさん……いい子なんだよなぁ」
――結論から言うと、∞わんデンの心配は杞憂で終わった。
チョコは、とんでもなく心強い人だったのである。