第6話 サブ派生クエスト『太古の残滓』/前編
「メマさんがわんデンさんのチャンネルを登録していました」
「えぇ……? ありがと……」
ツカサからメマが動画を見ていたと聞き、∞わんデンは軽く顔を引きつらせた。
「ツカサ君、ソレ他の人には話さない方がよいよ」
「え?」
「ロボットに自由を与え過ぎているのも所有者としての責任放棄しているっていうふうに、世間では受け取られることあるからね」
「そう……なんですか」
「ってか事前にアカウント作ってあげてたんだ」
「いえ。自分で作ったみたいです」
「おおう……」
メマと影人デイズの配信アーカイブは一緒に観ようと約束しているので、メマはイベント関連の動画は視聴しないようにしてくれているようである。
なので無限わんデンが常日頃生配信している雑談のアーカイブを中心に視聴をしているらしい。AIロボットは遊べないゲームのため、動画や配信で触れるしかないのだ。
ツカサは自分が遊んでいるゲームの話ができることが嬉しかったので∞わんデンに話したのだが、あまり反応はかんばしくない。
「地味に最近メディアでレトロブームのメカ様事件が掘り返されてるから、シマリスの話題は取り扱いを慎重にね」
「はい」
「動物の方はいくらでもいいぞー」
その時、えんどう豆からメールが届いているのに気付いた。
『差出人:えんどう豆
件名:動画で
内容:心に傷を負ったのでしばらく休止します』
(えんどう豆さん!?)
慌ててフレンドリストを確認すると、えんどう豆は昨日と同じくログインしてアイギスバード公爵領の自宅にいた。
(えんどう豆さん?)
ツカサは首を傾げながら、フレンドチャットをする。
ツカサ :えんどう豆さん、こんばんは
えんどう豆:アッ コンバンハ!!
ツカサ :メール読みました
えんどう豆:魔ガ差シタノデ忘レテクダサイ!!
ツカサ :わかりました
(どうしてカタカナ?)
隣で∞わんデンが肩を揺らして笑っていた。フレンドチャットを見て「意外と鋼メンタルで愉快な子だよ」とえんどう豆を褒める。
∞わんデン:えんどう豆君との動画、普段より再生数伸びてるよ
ありがとう!
えんどう豆:ヒエッ
和泉 :こんばんは! 皆さん薔薇いかがですか!
ツカサ :こんばんは
∞わんデン:出たわね
もういらんのよw
和泉 :採集でまた手持ちが増えてしまって
∞わんデン:どんだけガーデニングスキル上げてるのw
生花系アイテムは用途少ないせいかマケボも捨て値だね
和泉 :ハウジングのお部屋に飾れるよ~
チョコ :飾るのです
えんどう豆:製作に使わないんですみません
和泉 :NPCに渡せるアイテムだから好感度を上げたり下げたりできるよ!
∞わんデン:下がるリスク嫌過ぎない?
ツカサ :もらいます
雨月 :ください
えんどう豆:!!!?
和泉 :ありがとうー!
今日はサブ派生クエスト『太古の残滓』に挑む。通常ソロで進めるミニゲームらしいのだが、パーティーを組んでも遊べるということで、ツカサ、和泉、∞わんデン、チョコ、雨月と一緒にやってみることになった。
∞わんデンが声色を低めに変えて流れるように口上を始める。
「えんどう豆君は欠席です。そしてこちら本日のサブクエ大家のチョコ先生をお呼びしております。チョコ先生、どうぞ!」
チョコが腕を組んで一歩前に出た。チョコもノリが良く、何かを触っているようにあごの下で手を上下に動かす仕草をする。たぶん長いヒゲがある演出をしているのだと思う。
∞わんデンが拍手したのでツカサ達もチョコを囲んでパチパチパチと拍手をすると、チョコが重々しい態度で答える。
「このサブクエストのパーティープレイは初めてなのです。だからチョコも初見勢と思ってくれていいのです」
「大家……?」
チョコの発言に、雨月が考え込むように呟く。∞わんデンがよろりとオーバーに突っ伏し、和泉が肩を震わせて笑いを堪えた。
そんな∞わんデンはすぐに顔を上げると、もうすっかり冷めた表情である。
「よし! 満足した」
「良かったのです」
「チョコさんや、めんどい絡みにつき合ってくれてありがとうね。いやぁ、最近よく配信者と絡むからつい発作がね」
「発作?」
「なんでしょ。相手の画面のために面白いこと言わなきゃっていう強迫観念的なノリ? 配信外でもやってる時点で病気みたいなもんだね」
その言葉に和泉が目を丸くする。
「わんデンさんでもそういうこと気にするんだ……」
「するぞよ。和泉さんだって再生数は気になるでしょ」
「た、多少は……うん」
和泉は、はにかみながらも苦笑する。『異世界転移したクロスト』の存在がSNSでやはり話題に上がるようになり、それと同時にゲーム実況者『黒原シズク』の名前も出回ったらしく、ここのところ和泉のチャンネル登録者が増えている。
ツカサも今朝目に入った数十万の人数にびっくりした。正確な数字は覚えていないが、明らかに万単位で日々増えていた。近いうちに無限わんデンの登録者数に追いつきそうな勢いである。メジャーなメディアで仕事をしていた人の知名度はやはりすごいのだと思う。
ひょっとしたら和泉の兄は、このために〝アメノカ〟とわざわざ公言したのかもしれない。
和泉が皆に薔薇の花をトレードした後、サブクエスト『屋根裏の怪物』の屋敷に向かった。
クエストの指定地点のイングリッシュガーデンに近づくとアナウンスがあった。
《これよりサブ派生クエスト『太古の残滓』を開始します。
戦闘制限のあるフィールドでの6名での探索です。通常、他の5名はNPCになります。「埋もれたお守りの欠片」を5個拾ってフィールドから脱出しましょう。
このフィールド内では、プレイヤーの戦闘行為が封じられています。フィールド内にはプレイヤーを捕まえる敵が一体出現するのでうまく逃げましょう。
捕まったプレイヤーまたはNPCは救助することができます。敵に3回捕まると探索が終了します。
また、全ての探索者が捕まった場合はフィールド探索自体が終了します》
《推奨人数1~6人。プレイヤーはパーティーを事前に組んで挑戦可能。参加プレイヤーのサブ派生クエストのクリア状況は不問。ただしパーティー募集板の使用は不可》
「な、なんか聞いていた以上に他ゲーの殺人鬼から逃げるゲームっぽい!?」
「ほーん。これが常設希望の要望が出されまくってるのに、スルーされているって噂のやつか。基本一度きりなんだよね?」
「はいです」
「そりゃもったいない。季節イベントは何回もできるのにここの運営よくわからんなぁ」
「鬼ごっこか隠れんぼだと思うと、少しワクワクしますね」
「鬼ごっこを……あまりやったことがない」
雨月は、心なしか弱ったようにツカサに応える。
チョコが太眉を上げて同志を見つけたとばかりに目を輝かせた。
「チョコもリアルでは遊んだことないのですっ。スリリングで楽しいのです!」
「スリリングなのか」
「えっ、怖い遊びだったんですか……?」
ツカサも、現実ではカナと2人で何度か遊んだぐらいの経験しかないので村の外では違う遊び方なのかもしれないとドギマギした。和泉も言いがたそうに目を伏せる。
「……確かに、時間制限がないと一気に怖くなるよね」
「いや、『確かに』じゃないのよ」
∞わんデンがツッコミを入れてさっくりと会話を切り上げると、ツカサ達は庭の中に足を踏み入れた。
ダンジョンに入った時のように、外から見えていた明るい緑の庭の雰囲気が変わる。夜中のような空色になり、薄暗く少し前方が暗闇でぼやっとして見えにくい視界になった。庭の入り口は巨大な垣根の壁で塞がってしまう。
そしてツカサとチョコよりも一回り小さな種人種族の少女が、ツカサ達の側に立っていた。
「誰!?」
ほぼ全員がその種人少女に注目した。
「補充で入った6人目のNPCなのです」
チョコの言葉にパーティー欄を見ると『帰らぬ迷子』と知らない名称が並んでいた。
「帰らぬ迷子さん」
「名前がないのか」
「ツカサ君、雨月君。怖い話をしてよい?」
「はい」
「あの子、帰ることが叶わなくなって永久にここにいるキャラなのではないかね……?」
「それは……可哀想です……」
ツカサは気の毒だと思った。雨月も頷く。しんみりとしたら∞わんデンが片手で顔を覆った。
「嘘でしょ。怪談のフリが通じてない……」
「チョコはわかっているのです」
「さすがのチョコさん」
「無限ループして出られない系の迷子なのです」
「さすがではなかった」
∞わんデンは「ループも怖いっちゃ怖い設定なんだけど、違うそうじゃない」とぼやいた。
種人少女は周りを気にしながら忍び歩きでツカサ達から離れていく。その様子に和泉が慌てた。
「私達も早く探しに行かないと……!」
「そうですね」
「一緒に動くより手分けした方がいいのです」
「ああ」
「了解ー」
皆、なんとなく小声で返事をしてそれぞれ探索を開始した。
みんなにうまく伝わらなかった∞わんデンの考察。NPCは地縛霊(死人)設定。
7/15 コミカライズ2巻発売しました。