第5話 サブクエスト『屋根裏の怪物』【※一部ホラー的描写有り】
ネクロアイギス王国で釣りをしている間、視界の端に表示される地図のクエストマークが自然と目に入っていた。
ツカサ以外もそれが気になっていたのか、街で未消化のサブクエストが何とはなしに話題になった。
「サブクエスト、そういえばあまりやれてないです」
「大量にあるもんね。俺はコメントで、ストーリーはなくても正式版になってから連続クエになったのがあって地味に拘束時間が長いって言われてから触ってないな」
「私も、全然進めてないです」
「チョコパイセン、手頃なネクロアイギスのオススメあります?」
∞わんデンに尋ねられたチョコは《クエスト一覧》を確認しながら答える。
「チョコのオススメは『墓地の悪臭』なのです」
「それ! その後の『墓地の墓守』がヤバい上にヤバいやつでは!?」
えんどう豆が横から吠えた。彼はグランドスルト開拓都市所属だが、ネクロアイギス王国のサブクエストにも詳しい。
「ほーん、それも連続クエ。単発は?」
チョコが何件か上げてくれたが、クエストを受けていないため知らないものか既にクリア済みのものだった。
「さっき言った『墓地の悪臭』は連続クエストがミニゲームじゃないので終わるのが早いのです」
「は!? ……すみません! ネタバレになりますが一言いいですか!?」
「どーぞ」
どうにも我慢ならないといった様子のえんどう豆が、∞わんデン達に断ってチョコに反論する。
「突然ゾンビとの逃走中がミニゲームじゃないだって!?」
「あれは振り切ったら直ぐに終わるのです」
「まさかミニゲームって全部鬼ごっこなっ……?!」
えんどう豆は途中で言葉を噛んで止まった。その熱のこもった会話はネクロアイギス王国所属のプレイヤー同士のような錯覚をさせる。
ツカサはアイギスバード公爵領の井戸のクエスト『深層起源』を思い出して顔を曇らせた。追いかけられるあの焦燥感は確かに怖いものだ。
「一方的に追いかけられるだけなのはちょっと……怖いですよね」
「うん! だよね」
和泉も強く同意してくれる。
「ミニゲームのクエストは大体追いかけられる隠れんぼみたいなのです」
「そうなんですか」
「閉鎖された場所から脱出する感じなのです」
「へえ、面白そう。チョコさんや、それって『影人デイズ』的なものでもない?」
「違うのです」
手つかずのサブクエストを、折角だからどれかやってみようかという話の流れになった。そこで釣りを堪能した後、地図上にある近くのサブクエストマークの位置に行ったのだ。
そこには建物の壁際で困った表情の平人女性が咳き込みながら肩を落としてうなだれていた。
「そのキャラのクエストなら『屋根裏の怪物』なのです」
チョコがサブクエスト名を教えてくれる。ちなみにクリア済みのチョコの視界にはその女性はいないらしい。
教えてもらった『屋根裏の怪物』を《クエスト一覧》から探して内容を確認した。
《推奨レベル1 達成目標:困っている住民から話を聞き、家の悩みを取り除く0/1》
ツカサと和泉、∞わんデンがサブクエストについて話す。
「家の悩み……。具合悪そうなのにその話じゃなさそうです」
「なんかふわっとしてるね」
「クエスト名でわかりやすく原因をネタバレしてるっぽいけども。さてさて」
チョコとえんどう豆は野次馬的に後方からツカサ達を眺めている。待っているだけだと退屈ではないかと思ったが、えんどう豆曰く
「気にしないでください。あそこ進めてるんだなぁとか、遠くから人の進捗眺めて一緒に遊んでいるみたいな感覚は好きなんで。勝手にニヤニヤしてます」
とのこと。その言葉にチョコも頷いていた。
∞わんデンが「えんどう豆君、MMOを愛してるねー」とからかうと照れくさそうにしていたが、∞わんデンが気を利かせてパーティー申請を出すと満面の笑みを張り付かせて即座に破棄していた。
「でも街中歩いてるなら受注されてるでしょ。一緒に進めてもいいんじゃよ?」
「いえ、俺はグランドスルト民なんで! ネクロサブクエやるときは引退する時と自国に誓っているプレイスタイルです!!」
「自国愛つよ」
ツカサ達3人はパーティーを組んでから、くだんの平人女性に話しかけた。
「あの、こんにちは」
「ああ! あなた達ギルドの人ね!? どうか助けてくれないかしら」
平人女性は合間合間に「ゴホゴホ」とせき込みながら話し続ける。
「ごめんなさいね、少し悪い風邪を引き込んでしまって――私の勘違いかもしれないから他の人の見立ても聞きたいの。私の貸家が、良い家か悪い家か調べてほしいのよ。少し家の中を見学してくれるだけでいいから率直な感想を教えて」
(感想? 達成目標は『家の悩みを取り除く』だから、解決しなきゃいけないみたいだけど……)
「わかりました」
「本当にね、住みやすくて良い家だと思うのよ。家を借りた人達はみんな最初は居心地よく暮らしているみたいなんだけれど、どうしてだかしばらくすると引っ越してしまうの。住みにくくなってしまう原因が何かあると思うのよ……でも私にはわからなくって」
お手上げだと首を横に振りながら「ゴホ」と軽くせき払いをして「とにかく見てちょうだい」とツカサ達を案内し始めた。
彼女の後ろについて路地を歩く。ツカサは路地の舗装がレンガから石畳、そして砂が混じる砂利道になっている小道や家屋の間隔に目がいく。ハウジングを始めてから、他所のハウジング領地の配置や街がどういうふうに作られているのか意識することが増えた。
∞わんデンが小声でこっそりと呟く。
「妙なNPCだね」
「え?」
「頭のかぶり物」
言われて布で覆われた彼女の頭を仰ぎ見た。和泉も気になっていたようだ。
「だ、だよね!? この街の西洋ドレスにターバンしているファッションのNPCって他には見たことないかも……!」
「プレイヤーの装備みたいなちぐはぐ感よ。服装手抜きキャラって印象も受けないし、わかりやすく頭を隠してる理由はなんだろうね」
(ひょっとして平人じゃない……とか? でも尻尾はないみたいだし違うかな)
目的の家に着いた。貸家と聞いていたのでアパートのような集合住宅の建物を想像していたが、2階建ての大きな一軒家だった。さらに建物の奥にはイングリッシュガーデンが広がっていて、ツカサ達は門の前で広大な敷地に唖然としてしまう。
「……貴族の屋敷?」
「良い家でしょう! 良い家なんです」
∞わんデンの呟きに、平人女性は当然と言ったふうに肯定を返す。しかし疑問の答えにはなっていない台詞に、∞わんデンは困ったように眉根を寄せた。
門の先の地面には点線と矢印が現れていて、それが家の中に続いている。3人は矢印に導かれるままに家の扉を開けて玄関に入ったが、平人女性は門の前から動かないでこちらの様子を窺っている。
そしてその隣には関係者のような表情のチョコが、彼女を元気づけるエモートをしていた。どうやらチョコは、ついていく自分達の存在でサブクエストの雰囲気を壊さないように演出しているようだ。
「チョコちゃん達にはお隣のキャラ見えていないはずだけど」
「位置監修、えんどう豆君じゃない?」
「あ。じゃあ、えんどう豆さんもクエストが進んでしまっているんでしょうか」
「声かけてないしパーティーにも入ってないのになぁ。距離近かったから判定入っちゃったのかね」
えんどう豆の顔色が悪い。やらないはずのサブクエストが進んでいるせいだろうか。チョコにつき合って場の雰囲気に合わせているのとは違いそうなので心配になった。
「僕達だけで家の中を探索していいんでしょうか」
「何も言われないしそれでOKっぽいね。じゃあ一応1階を探索してから2階に進もうか」
地面の矢印は階段を指し示していた。
家の中は薄暗い。どの部屋にも布を被った家具が置かれている。
「みんな布をかけてますね」
「どんな家具かな」
ツカサと和泉は布を軽くめくって中を見てみる。それは机上の中央に羊の彫像がある丸いテーブルだった。猫脚がオシャレだ。
それから部屋をひと通り回って、特に何もイベントがないことを確認した。
「やっぱ1階には特に何もなさげだね。おふたりさん、2階に行きましょ」
∞わんデンの一声で階段へ向かった。
「微妙に上りにくっ」
「種人用みたいです」
「コ、コレが原因なんじゃ……?」
階段を上がると、2階廊下の突き当たりにある小窓の床下一画がチカチカと光っていた。それは一旦置いておいて、1階と同じように2階にある部屋をひと通り見て回った。
2階はさらにひんやりとした温度を感じさせる静寂と薄暗さがあったが、窓から差し込むオレンジ色の光はまばらに室内を照らしている。1人だった場合、一抹の心細さや寂しさを感じさせるような雰囲気があると思った。
(和泉さんとわんデンさんがいるから心強い)
∞わんデンと和泉が部屋を見渡して話す。
「うちの自室に足りない物がわかった気がする。壁紙だわ。ハウジングでいじれるんだっけ?」
「いじれますよー! 私も後で変えようかなぁ」
「僕も家具の配置を――」
不意にヤシの実が床に置かれた雨月の自室の光景がツカサの脳裏をよぎり、言葉を詰まらせた。
「おすそわけ……」
「なんて?」
後回しにしていた目的地の光る一画に向かった。
その小窓は開いていて、外の門前がよく見渡せる。平人女性がツカサ達に気付いて微笑み、3人へと声を張り上げた。
「いかがです? 良い家でしょう!」
「はい!」
「うん」
「だね。……ってかこれ同意以外の答えは必要とされてないな」
3人の返答に、外の平人女性は満足そうに頷いた。
《サブクエスト『屋根裏の怪物』を達成しました!》
《達成報酬:経験値300、通貨100Gを獲得しました》
《サブ派生クエスト『太古の残滓』を受注しました》
《推奨レベル1 達成目標:埋もれたお守りを拾って民俗学者に渡す0/1》
アナウンスによって、今回のサブクエスト名を再び意識する。ツカサ達は自然と天井を見上げた。
「屋根裏は何だったんでしょうか」
「どの部屋の天井にも、入り口っぽい場所は見当たらなかったよね」
「ハシゴも無かったな。――すみませーん。この家に屋根裏部屋ってありますー?」
∞わんデンが小窓から尋ねると、平人女性は訝しげに首を傾げた。
「そんなものありませんよ」
「アッハイ」
ツカサ達は顔を見合わせて苦笑する。疑問に思いながらも薄暗い階段を下り始めた。
「1人探索の不気味さを感じる系のホラークエっぽいし、多人数でやるもんじゃなかったかもね」
「次のクエストはこの家の庭みたいです」
「続けてやる? でもそろそろログアウト時間か。ここが切りどきかね」
「もうそんな時間! 明日に……わっ」
足を踏み外しかけた和泉が慌てて手すりをつかみ事なきを得た。∞わんデンも釣られて身体を揺らしていた。
「大丈夫ですか!?」
「あ、ああ足下が一瞬見えなかった……っ。びっくりしたぁ!」
「種人以外は下りる時に難易度上がるわ。暗くて見づらいな」
階段付近は壁ばかりで窓がない。日の光が入ってこず、影が重なってひときわ暗いのだ。
∞わんデンは少し期待外れだったのか、残念そうに呟く。
「でもこの階段、ホラー特有の『ギシギシ』って踏む音は鳴らないんだなぁ。家鳴りとかの効果音でビビらすのって結構定番だと思うけど、そこは外すわけか」
全員が階段を下りると、ツカサは微かな音を拾った。
「……ゴホ……」
驚いて音がした頭上を仰ぎ見る。∞わんデンも目線を上に向けた。
和泉は恐る恐る階段の手すりに触り、下から2階の天井を覗き込むように見上げる。ツカサも和泉も、そして∞わんデンもしばらく身じろぎせずに沈黙した。
少しの間待ってみたが、それ以上の音は聞こえない。ツカサは声を潜めて、和泉と∞わんデンに確認する。
「あの、さっき誰かがせき込む音がしましたよね……?」
「うん……し、したね」
「屋根裏部屋がない家の屋根裏に、誰かいるのかね」
∞わんデンが告げた事実に、ツカサの背筋が凍った。和泉は震えながらゆっくりと後ずさる。
「え……。怖いです……」
「ききき気持ち悪いよぉっ。リアルでホントに起こりそうなのやめてほしい……。知らない人が家にいる事件……!」
「ハハッ、俺が昔リアル住所バレした時の話をします? うーわー……クエストで解決しないっていやらしいな。説明されない方がモヤモヤする」
確認のために再び2階に上がる気にはなれなかった。
ツカサ達は互いに顔を見合わせて頷く。背後を警戒しつつそのまま家から出た。
すると門前にはチョコとえんどう豆の姿しかない。
「あれ? クエストの人がいなくなってます」
「ホントだ。チョコちゃ――は見えてなかったんだよね」
「クエストクリアしたなら、たぶん勝手に帰ったのです」
「なんかNPCの対応が雑なサブクエだな。それとも消えていることで軽くホラー感を出している演出なのかね」
∞わんデンがメタ的な感想を述べると、えんどう豆が素直につっこむ。
「俺の視界にはいますけど」
「えんどう豆君は突然怖い話を振ってきますな」
「いや、ただのゲーム的な事実なんで!?」
「えんどう豆君もいっそのこと終わらせない? 俺は時間あるしつき合うよ」
∞わんデンの言葉にえんどう豆は驚嘆すると、次に深刻な表情になって重々しく話し始めた。
「俺のクエがここまで進行していると……お気付きになりましたか……」
「お気付きになりましたね。ってか今、自白してたよ」
「……実は以前、魔が差してここまで進めてしまってたんです。果樹林クエで油断したというか、案外普通のサブクエあるんじゃないか? とサブクエを消化したい欲に駆られて」
「なるほど」
「結局ネクロアイギスはどこまでいってもネクロアイギスだな!? グランドスルトの正統派お使いサブクエ見習えよ!? ……と1人で無人の家の中に入れって誘導された瞬間思いました」
「まぁ、怖がりな人には無人の家探索は無理かもなぁ」
怯えるえんどう豆に、チョコが平人女性にもしていたポンポンと肩を叩くという元気づけるエモートをしている。種人の身長では肩は叩けていない。
「えんどう豆さん、最後以外はほとんど怖くなかったですよ」
「そ、そうだよ。怖い要素なかったよ、最後以外は……」
「最後には何かあるんですね!?」
そして怖さを半減するために実際の体験のネタバレを聞きたいえんどう豆を加えて、先ほど遭遇したものに対してみんなで軽く考察した。
結論は、これは屋根裏に誰かがいるから借りた人達が気味悪がって引っ越したお話で、さらに〝屋根裏の誰か〟は平人女性の風邪が移る――もしくは移せるほど身近な人物だろうとなった。気味の悪さが上がるお話である。
クリア済みのチョコは、3人の考察を驚きながら聞いていた。
どうやら何らかの移動手段で平人女性が屋根裏にいて、入居者と一緒に暮らしていたクエストだと考えていたらしい。それはそれで怖い考察だと思う。
「……俺はそんな恐ろしい人間が潜む家にこれから踏み込むんですか」
「大丈夫。ただのお宅拝見で全然怖い要素なかったからね」
「人間が1番怖いって話をしてませんでした!?」
翌日。無限わんデンのチャンネルで、緑のモザイクのプレイヤーが自分の尻尾が壁や家具に当たって物音がするたびに『ギャーッ!!』と叫んだり、∞わんデンが廊下に出て部屋に1人になった途端に『わんデンさんそこにいます!?』と悲鳴を上げる動画が上がっていた。
朝から居間でその動画を再生しているメマに、征司は目を丸くしたのだった。