第4話 釣り大会ぶらり見学
コミカライズ1巻発売中です。
《8月に実装を予定していた三国共同運営国家「ネルグ」が、ルゲーティアス公国とグランドスルト開拓都市の「交渉テーブルゲーム」の目標達成により7月1日の18時からの実装になりました!
これに伴い、新しい職業として舞踏家、刀剣家、銃魔士、技療師使い、絵師、園芸師が実装されます》
《7月1日の8時~18時頃までメンテナンス作業を実施します。その間ゲームをご利用いただくことが出来ません。ご了承のほどよろしくお願い致します》
ツカサがログインするとアナウンスが流れた。ハウジング領地がある大陸中央の空き地に出来る〝ネルグ〟の告知だ。
(新しい街が来月出来るんだ)
どんな街並みなのか楽しみである。早速えんどう豆にその話を振ってみたら、どこか渋い表情で返答があった。
「新しいコンテンツのぶっ込み早くて忙し過ぎじゃないですか。β勢に一生追いつける気がしないというか」
「追いつかないといけないんですか?」
最近は特に限られた時間でその日やりたいことを優先しているツカサは、えんどう豆の言葉には共感出来なかった。
えんどう豆の方もツカサに尋ねられてから少し考えて首をひねった。
「あー、確かに別に追いつく必要はないんですが、でもなぁ、なんかなぁ……。俺、鍛冶一本って決めたけどまだ他のジョブに未練あるからモヤってんのかな」
「えんどう豆さんは鍛冶一本に?」
「掲示板で、まぁ見るなって話なんだけど目に入ったんです。俺の鍛冶レベルが低過ぎだっていう文句のやつ。罵倒されてたわけじゃないけどそれなりに凹んだんで」
「ああ……」
「あと普通に腹も立ちましたし」
互いに溜息をついた。
ツカサも決して彫金師のレベルが高い訳ではないので、アイギスバード公爵領の掲示板に『レベル100の指輪を置いてほしい』と何度か書かれることがあって申し訳ない気持ちになることがある。
∞わんデンからは何があろうと一切応える必要はないと言われているが、やはり頭の片隅に期待に応えられないことへのモヤモヤした気持ちが微かにあるのだ。
「俺それ以前に、他ゲーでも浅く広く戦闘も採集もハウジングも触っていた人間なんで、結構厄介な中間層の思考を患ってる自覚はあるっていうか。最新コンテンツを走っている奴らを見ると羨ましくなる瞬間はやっぱりあって。なんで自分はやれないんだー! って謎の理不尽さをいつも勝手に感じてしまう厄介なやつなんです。何度だって主張させてください! 俺は厄介な中間勢!!」
えんどう豆は自虐的に一気にしゃべり通すと、再び大きな溜息を吐くと顔を上げた。
「初日の祭りは面白そうなんですが、ネルグは落ち着いてから行こうと思ってます」
「祭り、ですか?」
「きっと18時直後は混んでログイン戦争祭りになりますよ! 新しい街も人が殺到して重くなってそうじゃないですか」
「センソウ」
「初日にしか体験できない街中の混雑具合は楽しいっちゃ楽しいんですよね。CS……『クロニクルアーツ・スカイ8』のパッチあたった時とかも凄いんで」
えんどう豆は他のゲームの光景を思い出して目を細めて笑った。
「そういえば影人デイズのコラボ、動画で見ました?」
「はい!」
「NPCと睨み合いしてる無限わんデンさん面白かったですよね!」
「あっ、そこまではまだ観てません。けどそんなことがあったんですね」
初めて聞いたと言うツカサに、えんどう豆はサッと顔色を変えて手で口元を隠す。
「お、おおお俺ネタバレをっ……!!」
「え? あの、平気です」
「いやいやいやいや! ホントごめん!!」
平謝りするえんどう豆に、ツカサも慌てて謝り返した。しかし互いに謝っているとなんだか収拾がつかない。
「キミ達、何をやっとるのかね」
呆れた様子で横から会話を断ち切った∞わんデンの登場に、ツカサとえんどう豆は感謝する。
「ありがとうございます」
「ありがとうございます……!!」
「ハイハイ。んじゃネクロ港に行きましょ」
この日はネクロアイギス王国の港で、プレイヤー桜によるユーザーイベントの釣り大会が行われていた。制限時間内に多く魚を釣った上位10名に主催者の桜が景品を出すというイベントだ。採集職業の漁師か、スキル【釣り人】を持っているプレイヤーが対象なので、魚の種類では競わない。
ツカサが想像していた以上に現地の港にはプレイヤーがたくさん集まっていた。影人デイズのコラボ動画が宣伝にもなったのだろう。
ツカサ、和泉、∞わんデン、えんどう豆、チョコは別の混乱を呼ばないよう配慮して直接の参加は見送り、釣り大会をしている港の隅で釣りをしてユーザーイベントの雰囲気を感じるという緩い参加をする。雨月は採集関連に興味がないとのことで不参加だ。
ツカサは最初、参加もしないのに離れているといっても見える範囲で釣りをするのは迷惑行為になるのではないかとハラハラしたのだが、意外にもツカサ達のように釣りをするプレイヤーが居て、何より桜自身が「騒がしくしてすみません! 私達は気にせず、他のプレイヤーさん達は自由に釣りをしてくださいねー!」と言って回っていた。
その声に∞わんデンが海を眺めながら頷く。
「ユーザーイベントだしね。個人的なものだから主催は一般プレイヤーの妨げにならないように配慮する精神が基本です。ま、お互い邪魔にならないようにね」
「はい」
∞わんデンの言葉を聞くツカサの背後では、何人かに無言でフレンド申請を投げられたチョコが眉間に皺を寄せて却下している。それにいち早く気付いたえんどう豆は「ウワッ……」と若干引いた声を出してチョコから微妙に距離を取ったりした。
それからはみんな思い思いに間隔を空けて好きな場所で海へと釣り糸を垂らす。人の喧騒も騒がしいほどは届かない距離で、波の音やちゃぷちゃぷと揺れる水面の音が周囲でしていた。
和泉が緩んだ顔で呟く。
「のどかだねぇ」
「眠い」
ふわぁと、あくびで応えるのは∞わんデンだ。
(釣り竿を新調した方が良かったかもしれない)
ツカサは周りで釣りをしているプレイヤーが持つ立派な釣り竿と、自分の木の釣り竿を見比べて、その無骨さが気になった。
「チョコは木工をするのです」
「!?」
「チョコさんや、良さげな釣り竿作れるなら作ってくれません?」
「お任せなのです」
「あぁ……鍛冶職人宣言した先から釣りしてんなぁ俺……」
「そういえば他にもここで生産をしている人いますね」
港で生産作業をする意味はないと思うのだが、何故か生産をしている人がちらほらいる。チョコもその1人となった。
ふと、ツカサの近くで「あ。エサが切れた」という声が耳に入る。自然と声の人物に話しかけていた。
「餌なら少しお分けしましょうか?」
それは神鳥獣使いの初期服姿のプレイヤーだった。新規に始めたばかりなのかもしれない。相手は目を丸くしつつも「ホント!? ありがとうございます!」と破顔した。
生餌のキューブは以前から持っている川用に加えて買い足した海用のものが90個ある。ツカサからは生餌30個を、相手は通常価格が1個30Gなので900Gと『薬草茶HQ』2個をおまけとしてツカサにトレードした。
「マケボまで行かずに済んだので助かりました、先輩!」
先輩と呼ばれ、ツカサはチョコに振り向いた。チョコは腕を組んで匠のような顔つきでツカサに相づちを打つ。和泉は、以前ツカサ達が生産しながらチョコを先輩と呼んでいたことを思い起こしてハッとした。
「あの関係まだ続いてたんだ」
「何その語弊ある発言!?」
竿が引いた。ツカサは勢いよく引っ張り上げる。バシャッという水面の音と共に釣り上げた獲物が逆光を背負って姿を現した。
《「異星ナマコ」×1を手に入れました》
「ヒッ」
「ぎゃあ!?」
和泉とえんどう豆が小さく悲鳴を上げて飛び上がる。べちょっと陸地に上がったのは、ブヨブヨとした弾力のありそうな長い生物だった。
ツカサは目を丸くする。
「さか……な? 魚……?」
頭の中で疑問符がいっぱいだ。小魚が釣れると想像していただけに驚きは大きい。
ツカサとチョコそして∞わんデンが近づいて輪を作り、異星ナマコを囲んで上からのぞき込んで観察した。
「なんぞ?」
「異星ナマコ、だそうです」
「これは調理師の素材なのです。マケボで売れます」
「ほほう、食材。リアルでも食えるもんなのかい? ――あ、食べられますねぇ。ポン酢が美味そう」
∞わんデンは即座にネットで検索して疑問を解消する。ツカサ達だけでなく、周りからも同じように異星ナマコが釣れて「えっ、グロ!」とにわかに騒然となった。
そんな中、異星ナマコに騒ぐプレイヤー達を微笑ましそうに眺めながらアジやウニらしきものを次々釣り上げているプレイヤーもいる。どうやら彼らは漁師らしい。
「【釣り人】スキルだけの民、海ではグロ生物しか釣れないのでは」
「ヤベースキルじゃないですか」
えんどう豆が蒼白になって身震いした。ツカサも別の懸念を持った。
「みんな同じものを一気にマーケットボードに出すとしたら、この魚すごく値下がりしそうです」
「それも狙いのユーザーイベントなのかもね。釣りが関わる素材、高騰したらまず値段が落ちなくなっているんだよな。新規は増えてるのに、漁師ジョブをやる奴の少なさよ」
「稀少ジョブ化してんですか?」
「取る奴はいる。本腰入れて続ける奴が少ないらしいよ。他にやることいっぱいあるからね」
「わ、私も他の人があまり採集しない高レベルなものを採集したいし、高レベルの漁師なら金策でもわざわざ初期の釣り場に戻らないかも……」
「初期素材を触らなくなるのは生産でもスゲーわかります」
《「異星ヒトデ」×1を手に入れました》
《【釣り人】がLV5に上がりました》
(やっとナマコ以外が釣れた!)
あまりに異星ナマコばかりの釣果が続いたため、ツカサ達は異星ナマコ以外が釣れたら釣りをやめられるという別の我慢大会を繰り広げていた。
ただ、ツカサが釣り上げたのは鮮やかな赤色の異星ヒトデで、こちらも魚を釣った気がしない見た目だった。
「取り憑かれてる!?」
意外なことに、最後まで他のものが釣れなかったのは採集が好きな和泉だった。