第12話 メインクエスト序幕終了と自室機能解放
《サブクエスト『閃け! 新商品』を達成しました!》
《達成報酬:経験値200、「薬草茶」×2を獲得しました》
料理人の男性に『果樹林のハーブ』を渡してクエストを達成した。
それから黄色の天幕に行き、同じくハーブと木苺を受付の女性に渡す。
《メイン派生クエスト『初めての近隣の果樹林へ』を達成しました!》
《達成報酬:経験値100、通貨200Gを獲得しました》
「あのコウモリのお肉屋さんの報酬金額の方が高い……」
「和泉さん、それはもう忘れませんか……」
微妙に肉クエストを引きずっていたので、肉クエストの報酬金額500Gを丸々使って食べ物を買うことにした。ツカサと和泉は、一皿500Gという『卵と野菜煮込みのおかゆ』を大鍋で作って小売りにしている屋台を発見して購入し、中央広場へ向かう。
中央広場では赤色ネームの『桜』というプレイヤーが大声で叫んでいた。
「ネクロアイギス民の方々! 今夜0時、このネクロアイギス王国中央広場で一緒に最後の夜を過ごしませんかー!? 参加自由、というかゲームを運営に落とされるまで一緒に過ごすだけでーす! まったりみんなで最後を迎えましょー!」
(最後の夜?)
「べ、ベータ版今日で終わりらしいもんね。明後日から正式版になるんでしょ? 私、滑り込みで登録して得しちゃった。ベータ版は正式版より1000円安かったし」
ツカサは、はっとする。正式版の件で思い出した。和泉に今後のことを言っておこうと思っていたのだ。
「あの、和泉さん。今日で連休も終わっちゃいます。僕はこれからは夜だけのログインになって、日によってはログイン出来ないこともあると思います。
正式版の当日も直ぐには遊べません。だからログイン出来るなら、僕のことは気にしないで進めて下さい。それで後から色々教えてくれると嬉しいです」
(いくら難しくない通信高校でも、受験勉強はしておかないといけないから)
「う、うん! 今度は私がツカサ君に教えちゃうよ!」
ゲームと受験の両立は結構大変かもしれない、とツカサは思った。でも両親からゲームを薦められた事実のおかげで気がとがめることもなく遊べる。
「つ、ツカサ君……あの、折角だから最後の夜、ここに来て過ごしてみる……?」
「そうですね、記念になりそうだし」
「だ、だよね! へへ」
まだまだ先の時間の話なので、クエスト進行へと戻ることにした。中央の噴水の縁に、ぐったりとした様子で寝転がっているボロボロの女の子の元へ行く。
「あの、これを」
恐る恐る卵と野菜煮込みのおかゆの器を差し出す。彼女はピクリと肩を揺らし、のっそりと上半身を起こした。
気付けば、共に話しかけたはずの和泉の姿がない。通りにいた他のプレイヤーの姿も消えている。
(メインストーリーは個別に進める形になってるんだ)
女の子は器を両手で持つと、おかゆをすすって呑むように少しずつ食べ始めた。
「あったかい……おいしい……」
人心地ついたのか、ほうっとため息を零して顔をほころばせる。そしてツカサに「ありがとう……」と礼を述べた。
「お兄ちゃんはこの国におうちがある人……?」
「えっ。ううん、家はないよ」
「じゃあ、わたしといっしょだね……」
力なく笑みを浮かべる女の子に、ツカサはどう答えればいいのか、声を詰まらせる。
「この国が、どこか知っている……?」
「えっと、ネクロアイギス王国」
「知らない国……どこ、なんだろう」
「君はネクロアイギスの子じゃないの?」
「わたし、ルビー。あらしで海に流されて、船の人が助けてくれてこの街につれてきてくれたけど、わたしの住んでた場所じゃない……」
「家がどこか――国の名前とかわかる?」
ルビーはゆっくりと首を横に振った。
「僕も、船でこの国に連れてこられたばかりだよ」
「お兄ちゃんもまいご……いっしょだね」
(あ。そういえば称号も【深層の迷い子】って――)
「じゃあお兄ちゃんとわたしのおうち、いっしょに探そうよ……!」
ルビーは笑顔になる。少しふらつきながらも立ち上がって、ツカサの手を握った。
ツカサは温かい体温を感じる手に驚かされる。
(ここまでリアルに再現されてるんだ!?)
ゲームキャラクターがまるで現実の人間そのもので、ゲームってこんなに凄いんだと、ツカサはただただ尊敬の念を持った感想を抱いた。
「――もし。そこのおふたり」
ルビーとツカサに声をかけてきたのは、黒い詰め襟のローブを着た上品な老人だった。老人は逆光の中、沈む太陽の光を背にして柔らかく微笑む。
「ネクロアイギス王国で見かけぬ隣人ですね。旅をなさっておいでの方々かな?」
「お兄ちゃんとわたしはおうちを探しているの。あらしのせいでどこなのかわからなくなっちゃった……」
「なるほど、昨日の嵐で流れて来たのですね。それではこの国で頼れるよすがもないのでしょう。良ければ教会に来ませんか? 迷える子羊に救いの手を差し出すのも〝深海闇ロストダークネス教会〟の神父としての務めです」
ルビーが判断を仰ぐ視線をツカサに向けた。
何故この神父は突然話しかけてきたのだろうか。神父の視線はルビーに注がれていて目当てはルビーの気がする。ためらいを覚えたが、他に手はないようなので頷いた。
ツカサの答えに破顔する神父に連れられて、広場の傍にある石造りの教会に行った。神父は教会の一室をツカサとルビーに貸してくれるという。
案内された個室は、木の2段ベッドとシンプルな木のデスクと椅子が設置されていて、デスクの上には書見台があり、この世界の文字で書かれた本が置かれていた。壁には白のチョークで何か数字の書かれた黒板がかかっている。
「その、ありがとうございます」
「ご自由にお使い下さい」
ツカサとルビーが頭を下げて礼を告げると、神父は微笑みながら去って行った。
すると、シャン! と鈴の音が鳴る。
《ネクロアイギス王国の「自室」を手に入れました!》
《「自室」では簡易生産、マーケットの取引と倉庫が利用出来ます》
《簡易生産は、生産ギルド所属後に書見台の本へアクセスすることで簡易生産を可能とします。
マーケットは、黒板にアクセスすることでプレイヤー間のみの匿名の取引が可能になります。出品出来る個数は30です。
基本的に生産品とそれに関わる雑貨や材料のみで、ダンジョン産装備を出品することは出来ません。そちらは店や屋台を持つか、個人個人で直接トレードを行い、取引をして下さい。
倉庫は、ベッドにアクセスすることで100個の収納が可能になります》
(自室! じゃあ神父さんについてきて良かったんだ)
《五国メインクエスト、ネクロアイギス王国編『影の興国』――序幕『天涯孤独の少女を救え』を達成しました》
《達成報酬 : 経験値500、「質素な革のベルト」を獲得しました》
《称号【深層の迷い子】が【影の迷い子】に変化しました》
《称号【ルビーの義兄】を獲得しました》
《称号【深海闇ロストダークネス教会のエセ信徒】を獲得しました》
《称号の報酬として、【基本戦闘基板】に【祈りLV1】(5P)のスキルが出現しました》
《神鳥獣使いがLV4に上がりました》
称号の詳細を見てみると【ルビーの義兄】は、ルビーの好感度が高い状態で初期クエストを達成するのが条件だったらしい。おかゆが良かったみたいだ。
そのルビーは二段ベッドのはしごを登って喜んでいたが、いつの間にか布団にもぐりこんで寝息をたてて眠っていた。体調がよくないせいで身体が休息を求めているのだと思う。
ツカサは黒板にアクセスし、所持品の中の『カジュコウモリの羽』と『果樹林のハーブ』の残りを全て出品してみる。初期のアイテムのせいか、今は他に出品者がいなかった。
過去の取引値段のログが閲覧出来たので、その値段に合わせて各50Gで出品する。
気付けば、ツカサの足下に矢印が出ていた。
室外へと続いていて、地図を見ると教会の本堂に「!」がある。メインクエストの続きはそこからのようだ。
自室から出て、教会の外に一旦出た。手に入った『質素な革のベルト』を装備すると、VITが+2上がる。見た目もロープからちゃんと革のベルトになってなかなか良い感じだ。
「おーい、ツカサ君!」
「和泉さん」
手を振って、和泉が笑顔で駆けてきた。ツカサはその時点で「あれ?」と不思議に思い、背後の教会を振り返る。
「和泉さんは教会から出てどこに行ってたんですか?」
「え? あ! ツカサ君はあの神父についていったんだ!? 私、うさんくさくてついて行かなかったよ」
「じゃあ「自室」はもらえなかったんですか?」
「じ、「自室」? 私は神父の人を断ったら、あの最初にマルシェで話しかけてきた野菜の屋台のおばさんが自宅庭の小屋を貸してくれる流れになって……その「借家」が拠点になったよ。ツカサ君の「自室」っていうのも、マーケットや倉庫が使える場所?」
「はい。じゃあ、機能としては同じものなんですね。チュートリアルの説明で、メインストーリーは変わらないってあったからお話は一本道だと思ってたんですけど」
「分岐、するんだねぇ」
称号も違った。和泉は【八百屋の居候】を取得していて、報酬の発現スキルも【胆力】というもの。
攻略サイトで調べると、【胆力】は【死線を乗り越えし者】が発動直後に、無敵時間を作るというタンク御用達のスキルだった。和泉はそれを知って直ぐにスキルを取る。
もしイベントで【胆力】を取り逃した場合、スキルブックがあるのでマーケットで買うか、直接ダンジョンに取りに行くように攻略サイトには書かれている。
同じく【祈り】も深海闇ロストダークネス教会に数日間通うと、誰でもスキルが発現出来る救済措置があるそうだ。
ただ【祈り】は《深遠を想う》としか詳細が説明されておらず、何のスキルか分からない。
しかも攻略サイトの説明もバッサリだった。
『【祈り】効果なし。バグスキル』
「……バ、バグ……!?」
攻略サイトに書かれた説明に、ツカサは慌てて『ネクロアイギス古書店主の地下書棚』ブログでも確認した。
『【祈り】……効果不明。バグともされるが、いつまで経っても運営AIに修正されないため、判明していない効果があるのではないかとされている。
その名称や取得経緯からヒーラーに関わるスキルと推測され、お守り代わりに取得するヒーラーがいる。しかし、【祈り】をレベルMAXにしたところでヒール量が上がるでも、MP量が増えるでもない。何も変化は無い。
しかも【祈り】はPKまたはPKKを1度でもすると取り上げられ、消費したスキル回路ポイントも戻ってはこない』
「……効果、本当にないみたいです」
「変なスキルだね」
「和泉さん。僕1度ログアウトして寝る準備したいので、0時前に中央広場で集合にしませんか?」
「あ。わ、私も夜ご飯食べなくっちゃ」
「じゃあまた後で」
「うん!」
ツカサと和泉は落ち合う約束をして、一旦ログアウトした。




