第3話 友人・家族との団らん
――『異世界転移したクロスト』
影人デイズに参加してくれていた『I』のこのプレイヤーネームをツカサが知った時、まずゲームキャラクターがこの名前を呼ぶことを想像して戸惑った。
(毎回「異世界転移したクロストさん」って呼ばれてびっくりしないのだろうか)
プレイヤーにも名前のことで声をかけられて嫌な思いをするのではないかと、神鳥獣の大きさで怒られた経験を思い出して他人事ながら心配になった。
かくいうツカサ自身も、もし次に異世界転移したクロストに会ったらフルネームで呼んでいいのか悩ましいところである。いきなり「クロストさん」と名前を短縮して呼ぶのは失礼にならないだろうか。
ネタネームというのはよくあるものらしいが、身近にはあまりいない――『えんどう豆』や『∞わんデン』がその類いの名前だと言われたらそれまでなのだが。
∞わんデンの友人で、和泉の身内だろう人間に悪い印象を与えたくないのだ。
(よく話に出ていたお兄さん本人、……で合っていると思うんだけど)
「コントロール・ノスタルジック」の作曲家〝雨no歌〟だとネットで断定されていた情報を幾度も目にしている。しかしその確証を得るためだけに、わざわざ∞わんデンや和泉に尋ねるのも無神経な行為のように思えた。
だから直接問いかけてはいない。それでもツカサが察しているということを2人はちゃんと知っている雰囲気で、ふわっと曖昧にバラしている態度や言動をしている。
(いつか和泉さん達からバラすかもしれないし、その時までそっとしておこう。一緒に遊ぶのには何の関係もないんだからこのままでいいんだ)
ツカサがそんなふうに一区切りついた心境でいたら、目の前の外部ブラウザの無限わんデンの生配信画面から『アメノカさんはプレイ済み?』『一応ね』と聞こえてきて目を丸くした。
「……」
一緒に配信を見ている皆も反応に戸惑った様子で目を泳がせ、互いに顔を見合わす。和泉だけ両手で顔を覆って俯いた。
現在、ツカサは和泉とチョコと雨月、そしてえんどう豆と共にハウジング本邸の和室で∞わんデンが参加するコラボ配信を一緒に視聴していた。眠くなる、または就寝時間になったら各々自由にログアウトする形のゆるい集まりである。
「いやあ……その、いいのかな、そのざわつく呼び方……。ヤベえのでは……?」
えんどう豆が半笑いで口元を引きつらせながらも、なんとか感想をしぼり出した。あぐらをかいた足の上には子猫が1匹乗っている。揺れるイグアナの尻尾にも1匹飛びついている子猫がいて大人気である。
本人も配信画面から目を離さないまま手慣れた様子で子猫を撫でていて、雨月がその様子に何度か視線を向けているようだった。
「ご本人が気にしてないみたい、だし……」
ツカサは遠慮がちに言い添える。配信画面内の異世界転移したクロストは、人好きのする爽やかな笑顔で快活に受け答えしていた。
ツカサ達と影人デイズをした時の、多少癖のある絡み方は鳴りを潜め、落ち着いた大人のように見える。ツカサの目には、この場に性格まで合わせたかのような変わりように映った。
彼は人と話すことに対して身構える気配がなく、常に堂々としている。苦にならないのだろう。その姿は自信に溢れているといってもいい。
(人と話すのが好きな人――なのかな)
ツカサは、初めて話す人達と気負いなく接することはまだ難しいと、まいるど鳥獣戯画公爵領でバード協会9達相手に言葉が浮かばなくて困ったことを思い出し、そっと溜息をこぼした。
(こんなふうで、人がたくさんいる高校に行くのって大丈夫なんだろうか)
ふと、不安になった。今まで高校を受験することばかりに気をやっていたけれど、通うことになった後の状況にまともに目を向けて考えていなかった。
顔を上げて周りを見る。
異世界転移したクロストがしゃべる度に顔を両手で隠したまま前のめりに背を丸めていく和泉、戸惑いをにじませた難しい顔を作っているえんどう豆、無表情で子猫の動きを眺めている雨月、腕を組んでキリッとして配信を見つめるチョコの顔に肩の力を抜いた。
(……大丈夫。みんなも普通に通っているはずだから)
むしろ皆と違う学校生活しか知らない蘆名征司が特殊なのだろう。
(僕は普通の学校に行ったことがないんだ)
改めて思う。
(でも普通ってなんだろう)
たぶん征司は、人から〝普通〟とは言われないのだ。そういう毎日を過ごしているのだと思う。
ずっと意識せずにいたが、人と違う生活はダメ――なのだろうか。
配信画面に映る∞わんデンと隣の和泉を見る。そして腑に落ちた心地になった。
(ダメなんかじゃない。だから、別にいいんだ)
最初の影人デイズは、∞わんデンと海幸彦が影人役だった。なので、主催者のふすまの配信の方は見ていないが海人だと思われる。
8名のプレイヤーは、ふすま、桜、無限わんデン、異世界転移したクロスト、陸奥、海幸彦、ぎん教授、まかろに。ツカサでも顔に見覚えがあるプレイヤーが多い気がする。配信者に詳しくはないが、みんな有名な人達なのだろうと思われた。
だが誰が誰なのか、ツカサにはまだ判別がしづらい。試合が始まるとイニシャル表示にもなり、∞わんデンが画面に別途表示してくれている参加者の名前付きアイコンと名前表示を照らし合わせながら見た。
コメント欄では『どうせならもっと人を集めて13人対戦が見たかった』といくつかコメントがあったので、この人数が多いと感じるのはツカサぐらいのようだ。
海幸彦という平人男性プレイヤーは、低い声音だが担任の理世子先生のような柔らかい話し方をするので優しそうな人柄だと思った。何故だかチョコや雨月がびっくりしている様子で、えんどう豆も目を丸くしている。
「中の人、女だったのか」
「?」
「いや、男の見た目なのに女の話し方ってさ」
ツカサは引っかかる部分がわからず首を傾げた。えんどう豆は不思議そうなツカサの様子に面食らって口を閉じる。
そうこうしている間に、何故だか陸奥に投票が集まって処分が決まり、次の場面になっていた。
「……まぁ、邪魔だったからな」
「邪魔」
雨月の一刀両断な指摘に、ツカサはぽかんとした。
えんどう豆が苦笑いする。
「借りてきた猫というか借りてきたファン的な。配信者の中に1人ファンが混じっているみたいになってたし。陸奥って人、普段のソロ配信だとああいう感じじゃなかったんだけど」
「チョコは異世界転移したクロストさんが博士だと思うのです」
「あー」
「確かに。前に俺達とやった時と違って、最初からよく喋っている」
「あ、あの時は……。――あの人、普通にただうるさいだけじゃない」
和泉の辛辣な一言に、えんどう豆は吹き出して笑った。
(楽しい)
皆で同じものを見ながらわいわいとしゃべるのが新鮮で、普段動画などを1人で見ている時とはまた違った面白さに胸がいっぱいになった。
次の日。昨夜は早めに切り上げてログアウトしたのであまり見られなかった配信の動画を見ようと思っていた征司は、昨日の余韻もあって北條カナを誘ってみた。
「いっしょに見るのってゲームだよね」
「うん」
「キョーミないなぁ」
「滋さんのだけど……」
「知らないゲームだし」
「そっか」
「ごめんね、セイちゃん」
「ううん」
あっさりと断られてしまった。残念に思っていると、すっと征司の隣にふさふさのシマリスが並ぶ。その顔を見上げれば、メマが瞳を輝かせていた。
「え! 本当に光ってる……?」
『ライトオフオン!』
物理的に瞳から光が消え、また輝きが復活した。
「ちょっと……怖い」
『吾、夜間ライトにもなり候』
「暗くなってからなんて出歩かないよ」
腰に手を置いて胸を張るメマに、征司は笑った。村の夜道は光源を持っていても少し先も見えないものだし、非常に危ないのだ。征司もカナも夜の山の恐ろしさはよく身にしみているので、滅多なことでは出歩かない。
メマは鼻を動かしてヒゲをそよがせると意気込んだ。
『若様、吾と一緒はいかがです?』
征司は驚いてメマの真意を探るように見つめる。VRMMO『プラネット イントルーダー・オリジン』は、アンドロイドの宮本サンがロボットを排除していると怒っていたゲームだ。
「メマさん、興味が出てもその……メマさんは遊べないゲームだよ」
『承知しております。それでも見たことのないゲーム世界を知覚するのはワクワクします』
ご機嫌な様子でゆるく踊り始めたメマに面食らいながら、学校から帰ると居間で一緒に動画を見ることにした。ソファに腰掛けて自身の尻尾を折りたたむメマの隣に座った征司は首を傾げる。
(和泉さん達と一緒に見た時とは、少し感じが違うかも)
『画面はこの辺りに、20型が良いです?』
尋ねられた大きさがわからずに答えられないでいるうちに、目の前には動画配信サイトの映像が浮かんだ。
「メマさん、動画の映像も出せたんだ」
『シマリスの頬袋からは拡張現実ブラウザも出るものなのです』
メマが笑顔でグニッと両頬を伸ばす。たぶん、頬袋からはその機能は出ていないだろうと思われた。メマなりの冗談だ。そして征司に頬を近づけてきたので、征司もふさふさの頬を撫でた。メマは嬉しそうに目を細めてニワトリの曲を口ずさむ。
征司は無限わんデンの配信のアーカイブを見ようとして、関連の動画の一覧に他の参加者の動画が並んでいることに気付いた。
(あれ? ゲームキャラクターの動画がある?)
動画のサムネに『プラネット イントルーダー・オリジン』のゲームキャラクターがいた。後半はNPCとの対戦をそれぞれ個別にしたのだろうかと概要欄を読んだところ、13名の対戦も遊んだらしかった。足りない人数はNPCの補充で進めたそうだ。
ツカサは初回しかやっていないので知らなかったが、ゲーム開始時に参加者の細かい設定が出来るようである。
(ルゲーティアスのパライソさんだ)
他国のNPCでも、印象深く何かと名前が挙がるNPCのためすっかり覚えてしまった人物が単独でサムネになっている動画がちらほらあった。
『若様、どれから見ていきます?』
「全部は見られないよ」
メマが身体を揺らして非常にわくわくしているのがひと目でわかる。ご機嫌だ。
(そういえば、最初に皆が集まった時の映像は動画の人の方だと入っているのかな)
∞わんデンの配信は影人デイズが始まってからだった。最初の試合で彼の相方だった海幸彦の動画を試しに再生する。
主催者のふすまが『簡単な自己紹介から始めていきましょう!』と言ったところから動画は始まっていて、参加者が挨拶をしていた。
『初めまして、異世界転移したクロストです。フツーの一般人ですが、わんデンさんにお呼ばれして今日は来ました~! 一応その昔に、アメノカって名前でTRPGや人狼の配信に参加したことがあります。だからアメノカ呼びでもいいですよ。久々の公で緊張してます! よろしく!』
(ああ、ここで名乗っていたんだ)
陸奥達が『アメノカ』と呼んでいた謎が解けた。事前に参加者は裏である程度そのことについて話があったのか、特に彼の名前について過剰に反応したり突っ込むこともなかった。
動画のコメント欄ではさすがに『雨no歌!?』と騒がれていたが、「コントロール・ノスタルジック」に関して一切動画内で触れられていないらしく騒ぎはコメント内だけで終わっているように思う。
そのうちこの動画のことがネット記事になって騒がれるかもしれないが、ここから得られる情報は、ただ雨no歌が∞わんデンの友人で一緒にゲームをしていた――それだけである。
(うわっ、わんデンさんの配信5時間ある!?)
「毎日少しずつ見ていこうか」
『リス!』
昨日見たところも最初からメマと一緒に視聴した。やはり和泉達と喋りながら見ていた時とは少し違っていた。
(なんだろう、この感じ)
喋り合うよりもメマが隣で笑ったりする、その反応が気になる征司がいた。お互い話をするでもなく黙って動画を見ているだけ。どこかこそばゆい心地にもなるのに、これからもメマと一緒に見たいなと、そう思える時間を過ごした。




