第1話 パーティーゲームのひととき
「やった~」
「上がりました」
「ここで逆回りなのです!」
「逆回り!?」
「いや、チョコさんや。一対一の盤面で反対回りにする意味あるかね」
現在、傭兵団の全員でウノ対戦台を遊んでいる。
一番にゲームを上がった∞わんデンが横からチョコを眺めてした指摘に、チョコは手元から必殺技のごとく出したカードを、それからつい先ほど上がった和泉と雨月の顔を順に見てから、唯一の対戦者になったツカサを正面に捉えて深く頷いた。
「意味は無かったのです」
「だよね」
「でもここで出したかったのです!」
「おっと、なら仕方ない」
∞わんデンはチョコの主張にからからと笑った。
ツカサの手元にあるカードの数はまだ多く、巻き返しも出来ない状態だ。なのでそこからチョコが順当にルール通り宣言してカードを出し切ってゲームが終わった。
ツカサの目の前には、《負け》の文字が浮かぶ。遊んでいたカードも消え、細かいスコアが目の前に表示されて《リプレイ?》の表示が出る。
「負けました」
初めての大人数のカードゲームはとても面白かった。
アイギスバード公爵領本邸。1階の大広間に、七夕季節イベントで交換したポーカー対戦台とウノ対戦台、かるた対戦台、花札対戦台、すごろく対戦台をそれぞれ設置したので、試しに遊んでみたところだった。
対戦台の見た目はテーブルと椅子のセットで、大広間はテーブルが並びカフェのようになっている。
椅子に座るとゲームを開始のブラウザが現れ、周囲が真っ暗になってテーブルにのみ淡い光の照明が当たる。テーブル周辺以外は見えなくなるので、ひょっとしたらダンジョンのような別の空間に移動させられているのかもしれない。
ちなみにすごろく対戦台は、∞わんデンが『影人デイズ』で交換したものを設置してくれたものである。こちらは記念設置の意味合いが強い。
何故ならすごろく対戦台は『ソロで走っても最低1時間は拘束される』との評判らしく、実際に対戦台に触れると《このミニゲームは長時間のプレイ時間を必要とします。途中の中断が出来ません。時間に余裕がある時に始めてください》と警告文が出る。これには全員が、緩くやめておこうという雰囲気になった。
(やっぱり年上の人なんだなぁ)
先のゲームでは、開始時に大まかなルールを知っていた∞わんデンと和泉が解説をしてくれて、ツカサはそんな2人から自然な頼もしさを感じた。
次に、∞わんデンがポーカー対戦台のテーブルに触れて目を丸くする。
「えっ。ババ抜きが出来る?」
∞わんデンの一声に、ツカサ達も側に近寄った。
「! 大富豪もあるよっ」
「神経衰弱……?」
「スピードというのは2人プレイみたいなのです」
「七並べって何ですか?」
「なんこれ。〝トランプ対戦台〟に改名して!?」
ポーカー対戦台は他のものより種類が多くてお得なハウジング家具のようだ。あまりイベント家具を設置したくないプレイヤー用なのだろうか。
「色々遊べるみたいだから、今度はこっちをやってみる?」
「でも、やるならさっきのが……。せっかくルールを覚えたところなので」
「チョコも新しいのは今度でいいです。そんなに覚えられないのです」
「それもそうか」
再びウノ対戦台のテーブルに皆で戻った。
∞わんデンが自動で配られるカードを眺めながら話す。
「実はこういう対人せ――多人数でパーティーゲームするのってツカサ君と同じく人生初だったりするよね」
「そうなんですか?」
「うん。オンライン対戦しかやったことなかったですわ。まぁ、これもオンラインっちゃオンラインなんだが、個人的には違うカテゴリ感」
「チョコも初めてなのです」
「俺もです」
「えぇ!?」
和泉だけが驚いて、忙しなく皆の顔をキョロキョロと見た。
「こ、子供の頃に兄妹とかと遊ばなかった!?」
「おっと、それは聞いちゃ駄目でしょ」
和泉は∞わんデンの指摘に「あっ」と慌てて口元を手で覆う。
「俺はいいから答えますけども。ひとりっ子ですよ。ハッハッハ! とっくに本名と学歴、昔の住所までネットに情報あるから、この程度のことならノーダメージ!」
そんな状態を、さらりと明るく笑い飛ばせる∞わんデンは強い。
「そもそも兄妹いるとさ、必ずパーティーゲームってするもんなの?」
「する……と思うけど」
自分の手札のカードを出しながら、和泉は困り顔で自信なさそうにぎこちなく首を傾げた。
∞わんデンがフッと口角を上げる。
「和泉さん家って仲良さそう」
「え!? ふ、普通! 普通ですっ」
「当たり前過ぎて普通ってやつじゃない? 昔、クラスにキョウダイとはしゃべらないって話してた奴が2人ぐらいいたけど」
「そ、それは仲悪いだけじゃないかな。仲悪い人達を普通の基準にされても」
「――同じ家で暮らしていて、家族としゃべらないで生活するなんてことがありえるんですか?」
ツカサは想像出来なくて、∞わんデンに尋ねる。
すると∞わんデンは言葉を詰まらせて一旦考え込むように腕を組んだ。どうツカサに話すべきか思案している様子だ。
カードを出した雨月がツカサの疑問に答える。
「家が広いと交流が難しいんじゃないか」
「あ! そうかもしれないですね」
「その結論はちょっと待って!? いや、家の広さは関係なくですね……関係ないよな? あんまりこういうことを言いたくないけど、世の中にはですね、全く口をきかずに生活する家族もいる――らしいのですよ」
神妙に∞わんデンが告げる言葉に、ツカサ達は耳を傾ける。
「キミ達、未知の生物を見る目はやめたまえ」
コホンと、∞わんデンはせき払いをして話題を切り替えた。
「そういえばツカサ君と雨月君は、まいるど公爵領の見学してきたんだっけ。参考になった?」
「はい! 道路を使って土地に鳥の絵を作っていてすごかったです。あんなふうな発想はなかったのでびっくりしました」
「地上絵っぽいのね。住んでるNPCは不便そう」
「ほぼ領地は森林に開拓されていました」
「ほう。森に開拓――カイ……タク……?」
昨日、ツカサはえんどう豆と雨月と一緒にカルガモの所属する傭兵団『まいるど鳥獣戯画』の公爵領を訪問した。
ハウジングの大陸では、まいるど鳥獣戯画公爵領は北東の場所で、西にあるアイギスバード公爵領とは遠く、こちらの高台から見ても全く見えない距離の領地だ。
ツカサは初めて知り合いのプレイヤーの領地に行くということでとても緊張した。他のまいるど鳥獣戯画の団員は、バード協会9とくぅちゃんというプレイヤーだ。
戦争イベントのおかげで顔見知りではあるのだが、それだけでしかない関係で、いざツカサが2人に挨拶した後、どう話せばいいのか全く言葉が浮かばなくて詰まり、内心で大変困ったのだ。
そんなツカサに代わって、えんどう豆が何気なく会話に入ってくれて間を持たせて助けてくれたのだが、突然フレンドチャットが来て、
『タスケテ』
とあったので、慌てて任せきりにしかけた2人の会話に入り直したツカサである。
逆に向こうは、寡黙にたたずむ雨月に対して緊張しているようだったし、丁寧で腰も低かったように思う。雨月が二刀流剣士の職業の姿だったのがPKを連想させたのかもしれない。
そもそも『今日忙しくないならうちに遊びに来なよ』とメールで誘ってくれた肝心のカルガモが訪問時にいなかった。留守だと聞いた時、一体どういうことなのだろうかと、現地で疑問符がいっぱいになったツカサである。
しばらく領地を見回っていたら、いつの間にかカルガモがいたのは驚いた。バード協会9に『遅いー! どこ遊びに行ってた!?』と軽く怒られていたが、笑顔で謝っている姿にマイペースな人なんだなぁと思った。
その領地訪問のおかげで、まいるど鳥獣戯画の傭兵団の人達とは仲良くなれたと思う。けれど、フレンドにはならなかった。
あちらからのフレンド申請というのもなかったが、以前のツカサなら相手が消極的でも積極的にフレンドに誘っていたところだ。
(和泉さんに、迷惑をかけないようにしないと)
和泉が「黒原イズミ」だと知ってから、ツカサなりにフレンドについて慎重になり始めている。嫌な思いをさせるきっかけを、自分が持ち込みたくないと思う。
VRMMO『プラネット イントルーダー・オリジン』は、フレンドが関わる機能が多い。フレンドのみ閲覧出来る称号やフレンドチャット――特にフレンドチャットをツカサが利用するなら、誰彼かまわずフレンドになるのはチャットの参加者を増やすことになり、使いにくくなっていくと考える。
先日参加した七夕季節イベント『影人デイズ』もフレンドを参加者として呼べた。思えば他のコンテンツでもフレンドを救援として呼ぶことが出来るシステムがあったのだ。
このゲームのフレンドは、いわゆるお気に入りやフォローのような軽いニュアンスの機能ではないのである。
「ツカサ君?」
「団長さんの番なのです」
「あっ、すみません」
和泉とチョコに促されて、手札からカードを出す。思い出してぼんやりしている間に、∞わんデンが和泉達にも話の水を向けていた。
「じゃあ、ずっと採掘してたんだ」
「アイギスバードから鉄が出たからつい……。動画投稿を始めると、やっぱりプラネにログインする時間が一日中とはいかなくって夜だけに、とかで。ソロでやるものの時間が取れなくてツカサ君のログイン時間に被ってしまうなぁって今はなってて」
「ん? それって正常なプレイ時間になっただけではないの」
「え?」
「エ……」
チョコが心なしかソワソワした様子で和泉の顔を見上げている。チョコの視線に気付いた和泉がはにかんで笑った。
「わ、私ね、動画投稿を始めたんだ。でもプラネ以外のゲームだから……その、えっと」
「! なるほどなのです」
チョコは納得した顔で、それ以上は聞かずに力強く頷いた。
和泉はチラッとツカサと∞わんデンを見てからチョコに続けて言う。
「チョコちゃん達にも、そ、そのうちに教えるね」
しかし、チョコは首を横に振った。
「無理はいらないのです。チョコは副団長さんとプラネで遊べるならそれでいいのです」
「チョコちゃん……!!」
「和泉さんの声は特徴があるので……、話題に上がっている今の時期は他のプレイヤーと話す時は気をつけられた方がいいと思います」
雨月の淡々としながらも慎重に発せられた言葉に、和泉は目を丸くして彼を見た。
ツカサも驚く。∞わんデンは吹き出すと顔を伏せて肩を震わせた。
「えぇ!? わたっ、私の声ってそんなに特徴的!?」
「どうでしょ。あー、この話題広げるの?」
∞わんデンが笑いながら和泉に尋ねる。
和泉は即座に「ひっ、広げません!」と断った。
「フォローすると、キャラクリのサンプルによく似たハスキー声が複数あるからダイジョウブよ。全然わからないって。雨月君は耳が良いのだよ」
「すみません。言うべきじゃないと思っていたのですが」
「う、ううん。ず、ずっと気を遣わせてた、のかな。ごめんね……」
「いいえ」
雨月はそれ以上、何も尋ねることもなく静かにカードを出す。
何となくそれを視線で追ったツカサは、ふと思い出した。
「コラボ配信の日は、今日じゃなかったですか?」
「今日だよ。そろそろ集合時間かな。何試合かする予定だから長くなりそう。観るなら適当なところで切ってログアウトして寝なさいな。アーカイブは残るから」
「はい」
「まぁ『影人デイズ』だし、俺は集合場所に招待してもらっていつも通り配信するだけ。ホントはすごろく対戦台予定だったんだけど、俺の呼んだゲストがゲストだし、フィールドに飛ばされる仕様がマズいって駄目になったのは残念だったよ。素人ゲスト枠が主催に1番一般人扱いされてないの面白い」
ゲストを連れてきた張本人が愉快そうに笑う。
それを聞いて、和泉が身体を縮こめていた。ツカサはハラハラしながら答える。
「すごい、人ですよね」
「でしょ」
「名前……」
「そこは遠慮なく笑うところ」
(SNSで、プレイヤー名から作曲家の〝雨no歌〟さんじゃないかって予想されてたゲスト)
それが本当なら、和泉のリアルの関係者だ。和泉の心中が心配になる。
小さなブラウザを開いてゲストの無限わんデンの友人の名前を再度確認した。
――『異世界転移したクロスト』
(このプレイヤー名で、普通に遊べているのかな)
素朴な心配も湧いたツカサだった。




