後編・下 七夕季節イベント『影人デイズ』
会議室にいたプレイヤーは全員自動的にテレポートで移動させられた。
場所が変わって、ツカサは辺りを見渡す。他のプレイヤーの姿は見当たらない。
そこは壁と床が透明の通路で、外の暗い海の様子が眺められる。綺麗だが、暗いと寒々しくて心細くなる景色だ。
床の一部は硬い金網が敷かれていて、床に思えず一歩一歩、足を踏み出すのに慎重になる。足下を見ながらツカサは呟いた。
「ここは……?」
『会議室の外だよ』
『よりによって透明通路エリアかー』
『ここキライw』
『Sさん、1人でやれるから俺達の声はT君視点のみにしてくれってさ』
『はい』
『かしこまり』
『別場所2人の同時実況は聞いてて混乱するもんな』
『頭がバグる』
『要するにSさんは俺らが邪魔とw』
『プレイヤーのテレポ排出先は毎回ランダム~』
『このエリアで自キャラのスクショ撮りたいんだよな』
『イベント終わったら観光用のコンテンツとして場所開放してくれないかなぁ』
『通路が入り組んでても遮蔽物が少ないからキルを目撃されやすい。はよ別のエリアに移動した方がいい』
『ともかくわんデンだ! わんデンを見つけて始末しようぜ!』
『いや、まだキルスキルはクールタイム中だって』
ツカサは遠方に人影があるのに気付く。近付こうと動くと、思わぬところで透明の壁に阻まれた。そして左右に横道があるのに気付くが、どちらを進めば目的の場所にたどり着けるのかわからない。迷路のようになっている構造で困った。
『何やってんの?』
『地図ありまっせ』
『左端にミニマップ出てるよー』
(本当だ)
「ありがとうございます」
『ウヘヘ』
『いいってことよ』
『教えた人以外がドヤってるの笑うわ』
『手柄ドロボー警察だ!』
『Sさんも実況聞いて笑ってるw』
『おい、また脱線しかけてっぞ。気をつけろ』
ミニマップを確認しながら慎重に進む。なんとかたどり着けそうだ。
『おっ、海人だ!』
『なんでいるってわかった?』
『意味不明の直感スキル』
『チートかぁ?』
『いや、人影見えてただろw』
『あった?』
『なかった』
『知らん』
『見えてた奴の視力やっば』
『見逃しただけかも』
(チョコさんだ)
小さな人影はチョコだった。彼女は立ち止まってぼうっとしているようにも見える。
ツカサに気付くと、チョコは傍の透明の壁をトントンとノックした。不思議と硬質な音はしない。
ツカサも近くの壁をコンコンと叩いてみる。すると、離れた位置にいたチョコがまたトントンと叩く。続けてツカサがコンと叩くと、チョコもトンと音を出す。交互にコン、トンとしばらく鳴らした。
頃合いに、チョコがツカサに振り向く。チョコは得意げな表情で、ツカサは笑顔で互いに笑い合った。
『はっ……何この、何……?』
『俺達は一体何を見せられて……?』
『はーとふるぅセッション、ですかねぇ』
『きゃわわ……?』
『みんな反応していいか不安になってて草』
(そうだ、他の人が見てるんだった!)
気恥ずかしくなり、ツカサは急いでチョコに挨拶する。
「こんにちは、Cさん」
「こんにちはです」
ツカサが一歩進むと、チョコが一歩下がった。2人の間に緊張が走る。
『警戒されてるw』
『リーリー、リー!』
『笑っちゃうからそのかけ声やめてwww』
『いやまぁ、わんデンに疑われていたわ、スキップしないわで公爵サマ怪しいしな』
『スキップは全員しなかったが』
『ここに覇王の墓を建てよう』
『何故ここでぼっ立ち? 怪しいじゃん』
『この透明エリアには何もないんだっけ』
『ひょっとして何か操作してたかw』
『役職の行動操作するならロック解除場所でやらないとあかーんw』
『ああ、壁に興味あったってことで立ち止まってたのを誤魔化そうとしていたのか……?』
『えっ』
『何それ』
『わからんかった』
『誤魔化し下手くそかw』
『みんなのコミュ理解度がエグくて震える』
『解説ありがとう』
『Tさん、ロック解除してないのを突っ込んでいこ。疑い返しだ!』
『こっちから疑うと、相手からは白く見えるようになるよ』
(わかりました!)
「Cさんは、ロックを解除しに行かないんですか?」
様子を窺うツカサの質問に、身構えていたチョコが肩の力を抜いた。警戒を解いてくれたようで、ツカサが距離を縮めても後退しない。
(でも僕が影人なんだ)
信用してもらったが、なんとも言えず複雑でツカサは困ったように苦笑いする。
それが不安そうな表情にチョコには見えたのか、チョコがキリッと太眉を上げて胸を反らすとその胸元をトンと叩いた。
「チョコを信用してくださいです。みなさんをお守りするのです」
『がががガーディアンだあ!!』
『こいつ……匿名なのに名前まで……w』
『信用取りに役職匂わすのはマズいですよ!www』
『せめて会議室でやってwww』
『いやぁ、初心者のぽんこつムーブ浴びるの楽しい』
『種人ズルいわぁ。やらかしてもきゃわわなんだもん』
『カワイイの権化』
「ありがとうございます……?」
『この人って掲示板で顔文字の人?』
『詮索行為はやめなさい』
「チョコのお仕事はこの先なのです。団長さんもです?」
「えっと……」
『困った時はすかさず地図をチェックするフリだ!』
『ちーず! チーズ!』
『お腹空いた』
ツカサはドキドキしながら地図を見る。影人にもロック解除の妨害場所らしきものは記されているが、海人と同じ場所なのかどうかは今のツカサにはわからないので、素直に言っても大丈夫なのかドギマギする。
「ひょっとしたら同じところかもしれません……?」
『種人あざとかわいいなぁ。課金して森人から種族変えようかなぁ』
『セクシー衣装が似合わなくなるから気をつけろ』
「じゃあ、一緒に行きましょうです」
『プラネのキャラクリ課金額は頭おかしい』
『今なら本体300円。なのにキャラクリやり直し1回5000円……』
『月額500円なのにねw』
『でもファッション感覚でキャラクリ課金を頻繁にやっている猛者もいる世界なのよ』
『キャラクリ沼』
(観戦者さん達とチョコさんの会話が混ざって、何を話しているのかわからなくなってきた……!)
頭の中でこんがらがりながら、ツカサはチョコと一緒に透明な通路のエリアから出た。
次の場所は、ネズミ色の壁で先ほどの通路の一部にもあった金網の床が全面になっている部屋だ。そしてまた別の場所に続く廊下もある。大きな箱のような機械とカプセル、物を運ぶコンベアらしきものが部屋を仕切るように配置されている。
機械の操作盤らしき前にチョコが立つ。手を動かし始めた。
『他人には相手の作業内容が見えないよ』
『海人同士でも同じ』
『俺らには影人さん2人のは見えますぅ』
『Sさんはやらない模様。スゲー移動優先するじゃん』
『わんデンをスルー!?』
『ガーディアン警戒でしょ』
『Cさんならわんデンさんを守ってそうだもん』
『妨害しよー。当たりミニゲームだといいなw』
『Tさんもその解除場所で別の場所のロック出来るよ。解除も妨害も、1つの場所で1回だけね』
(隣で操作は――……あ、少し離れてても出来るんだ)
『ロック解除してる横で、よそのロックするって鬼畜の所業なの草』
『生産職業のミニゲームがランダムに出るからガンバッテ』
『恐ろしいことに自分の持ってる職業が出やすい』
『とりあえずで彫金取ってた脳筋戦闘職とライト生産職が死ぬゲームw』
『絶望のハズレwww』
『巨匠なんだよなァ』
『先生のこと知らないやつ多いのか』
『大丈夫。五回失敗したら別のミニゲームに変更される』
『その救済機能は彫金にデフォで搭載しろ正木ぃ!』
『残念ながら、これは功罪神・鳴島の品』
ツカサがよく知る曲が流れ、記号付きの円形のゲージがパネルの中に表示された。観戦者の音声から悲鳴が上がる。ト音記号とヘ音記号が上下からパァンと飛び出した。
(うわ!? いつもより遅い!)
難易度が下げられているのだろう。しかしその配慮には逆にやりにくさを感じ、とっさに何とか成功させられはしたが、いつもの何倍も難しくて失敗しかけ肝を冷やした。
《成功! 解除済みの実験棟のセキュリティが再びロックされました!》
『えええええぇぇぇ!?!!』
『ハア!?』
『ぶっつけ1回で成功!?』
『すっご』
『何この子コワい……』
『ヤバ』
『さすが巨匠』
『わんデン弟じゃなく陸奥弟なのでは……?』
『やったー! Sさんキルした!』
『T君もキルクールタイム終わってるよ!』
『ヤりましょうヤりましょう!』
(え!?)
急かされて、つい反射的にスキル【ブラックシャドウボックス】をタップする。『ちょっと待った。周りを確認し――』という言葉が耳に届いた時には既に発動していた。
一瞬で黒い空間になり、目の前に四角い額縁が浮かぶ。チョコの姿が複数体に分裂していてそれが全て黒い影に包まれ額の中へと吸い込まれた。
サアッと波が引くようなSE音と共に黒い空間が消える。その場にチョコの姿はなく、立体的に『C』という文字を納めている額縁が落ちていた。
「ああ!?」
「!?」
驚きの声に背後を振り返ると、こちらを指差して驚愕しているジョンと目が合った。ジョンはツカサと目が合った途端、身体を翻して逃げ出した。
『見られたー!!』
「えっ、あの……?!」
『追いかけるんだ!』
『違う、逃げろッ!!』
『キルクールタイム中! 海人2人連れてこられたらこっちが処刑されて終わる!!』
『逃げてー!』
『早く早く!!』
「はいっ」
ジョンが走り去っていった通路とは反対方向の通路に走った。心臓がバクバクする。
《2回目の会議です。議論時間は3分となります。話し合い、または投票が不要の場合はスキップアイコンでスキップしてください》
会議室にテレポートした。∞わんデン、和泉、ソフィア、ジョン、ツカサの5人だ。減った人数に和泉はギョッとして、∞わんデンは「早いなぁ」と楽しそうに笑った。
直ぐさま、ジョンが前のめりな姿勢でツカサを指差して叫んだ。
「Cさんを作業室で殺しているところを見ました! 影人です!! 影人影人!!」
『うん。ソウダネーw』
『鬼の首取ったように言うじゃんw』
『ジョンがイキイキしていられるのも今のうちよ』
『コイツが信頼しているボスも影人なのよな』
『Tさん、一応Jに反論しよ? Jの方が影人だって主張は有りだよ』
(どうしよう……。そんなふうに言っても、その後うまく話せるかわからない)
会話運びの想像がまるでつかなかった。他人に嘘をつきながら話すなんて経験はない。それに、下手に話してソフィアの足を引っ張ってしまい迷惑をかけないだろうかという心配の方が勝った。
『初心者にはハードルが高いって』
『無理だよな。まぁ1人キル出来たし良かった良かった』
∞わんデンが、ツカサの主張がないことを待ってから話を進めた。
「T君に今回投票するとして、殺されたのはCさんとIだね。Iを見た人いる? 会議室からテレポートして直ぐに見かけた時は研究室にいて、それっきり俺は見てないんだよね」
「ずっと実験棟エリアにいたから見てないの」
ソフィアの言葉に、微かに首を傾げる和泉の仕草にツカサは気付く。
「わたっ、私も実験棟エリア付近に……。でも見てなくって」
「知りませんね。遺体も見てません」
「誰も見てないところで死んだのか。情報出ないなぁ」
(和泉さん……? 何か言いたそうに見えたけど)
ツカサはもう巻き返しが出来ない処遇が決まったことで、黙って成り行きを見守っていた。ソフィアには申し訳ないが、役割の緊張感がなくなって気楽な気持ちになれている。
『男のIを消したSさん』
『愛?』
『金髪ロリっ子いいよね。わかるよIさん』
『やはり種人しか勝たんのよ』
『言いたい放題言うw』
『でもIはかき回してくれそうだったから消したの惜しいな』
『そうか? リア狂はどっち側の議論でも邪魔だぞ』
ソフィアが軽く右手を挙げた。
「この辺で情報出すね。実は博士なの。遺伝子を調べたのはT。影人だったの」
(!?)
『身内切りだーッ!!』
『相方いなくなるのに博士を騙るの!?』
『ヒエェッ』
『この場面でこれは怖くて真似出来ないw』
『はえ~RP勢って心臓強いのな』
∞わんデンはジョンと和泉の顔を見て尋ねた。
「対抗はいない感じかな?」
「わ、私、普通の海人です……」
「私も博士じゃありません」
『あれっ、本物の博士死んでる!?』
『潜伏してたりしない?』
『いやいや、ここで名乗り出てないと後からじゃ偽者になるしそれはないだろ! ……ないよな?』
『初心者部屋だからわからーんw』
『とにかく役職乗っ取り成功おめ!』
(そうなんだ)
ツカサは感心しながら、観戦者の話を聞いていた。
ソフィアが小首を傾げて困った表情で微笑む。
「うーん、2人ともとても白くて海人っぽいの」
そしてチラリと上目遣いで∞わんデンを見た。∞わんデンは半笑いになる。
「つまり、俺が疑わしいと」
「2人はMの姿をどこかで見てる?」
「見てませんね」
「み……見てない……」
「単独行動になる仕様でマップが広いから、この人数だと俺の姿が誰にも見られてなくてもしょうがなくない?」
「それだけじゃなくて、最初から話し合いでみんなを誘導しているのかな? って雰囲気があって心配なの。スキップを自分から提案しておいてしなかったもの」
「ソレ、Sさんもしなかったよね」
「ふふっ、全員スキップしなかったの。じゃあ次はあなたを調べてあげるの」
「次があればいいけどねぇ。流れ早いし、ほぼ次の会議かその前で終わりになりそう。それじゃ、T君に投票よろしく」
和泉がやはり何かを言いたそうに小さく口を開けていたが、結局何も話さずに投票をしたようだった。
∞わんデンがツカサに尋ねる。
「最後に何か言いたいことあるかい?」
「その、大変でした……。皆さん、頑張ってください。参加してくださってありがとうございます」
「うむ」
《議論時間は終了です。投票された票数を表示します。
◇I:0票
◇J:0票
◇M:0票
◇S:0票
◇T:4票
◇スキップ:1票 ――投票の結果『T』を処分します!》
目の前の視界が巨大なカプセルの内側に変わった。フッと暗転し、視界が戻ると最初の白い部屋と似た構造の、グレーの部屋にツカサはいた。
中央にはモニターが浮かんでいて、生き残っている人達のそれぞれの視点の映像が流れている。
そこには雨月とチョコ、Iの3人がいて、チョコが「お疲れさまなのです!」と笑顔で迎えてくれた。
「ここって?」
「脱落した人が待機する場所なのです。観戦も出来ます」
「そうなんですか。チョコさん、さっきはいきなりすみません」
「真剣勝負に遠慮はいらないのです。それにチョコもやらかしたのです」
チョコは雨月を仰ぎ見る。
視線を受け止めて雨月は頷いた。
「誰を調べるべきか観察していたら最初に投票されてしまった。目立たない方がいいと思っていたが、しゃべらないと駄目だったんだな」
「ひょっとして雨月さんが本当の博士だったんですか?」
「ああ」
「チョコはガーディアンだったのです!」
「だからチョコさんが頻繁に全員の顔を見ていたのだとここで知って驚いた」
「会議室でですか? 気付きませんでした」
「チョコは獲物を物色していたわけではないのです。守る人を選んでいたのですが、怪しかったみたいなのです」
「えもの」
ツカサは、よくよく考えると自分から積極的に役割のために動いていなかったと反省する。それぞれが真剣にやるからこそ面白いゲームだったはずだ。
3人で感想を話していると、不意にIがツカサの側に近寄ってきた。隣に来ると軽く中腰になって、ツカサの顔を覗き込むように見てくる。
その行動にツカサが目を丸くすると、Iはニッコリと笑った。
「良いアバターだ」
「え?」
突然の言葉にツカサはびっくりして固まった。
Iは顎に手をやって何度か満足そうに頷く。
「わかってるキャラクリ」
「……え……?」
何故か見た目を褒められている。だが、ツカサの姿は数あるモデルサンプルから選んであまりいじらずに作ったものなので褒められても困ってしまう。
Iはそんなツカサの反応には全く頓着しない様子で、
「他人を褒めることしかしない男」
と自分で自分を称した。ツカサもチョコもポカンと口を開ける。雨月だけ表情を変えず真顔だ。
そしてIは、折り目正しく挨拶してくる。
「初めまして、お疲れ様です。今回は参加させてもらって、お世話になりました」
「! はいっ、こちらこそお世話になりました。初めまして――」
(Iさん、って呼ぶままでいいのかな)
ツカサの逡巡を察したIは含み笑いをこぼすと、ズイッと指を三本立てた手をツカサの前に出す。
「三択問題です。ワタシの名前はなんでしょう? 当てたら手持ち一曲プレゼント」
「え」
「ヒント、死ぬほど名前を考えるのが苦手な人間がつけました」
「――いや、肝心の三択を早く出してあげて。答えられんでしょーが」
「わんデンさん!」
ツカサが声のした方に振り向くと、∞わんデンが苦笑いしていた。
「いやあ、影人が誰かわかっていたのにやられましたわ」
映像から目を離していた間に、ソフィアに∞わんデンが倒されていた。残りは和泉とジョンとソフィアだ。
チョコが「わんデンさん、スキップを提案していたのはSさんだったと思うのです」と言う。
「あー、そうだっけ。じゃあ否定するところを間違えたな。ミニゲームを挟んだせいで記憶を曖昧にされた感。ってかもうゲーム自体も終わりだね」
Iがフッと口角を上げる。
「まさに忙しい人向けの人狼ゲーム」
「うん、そんな感じ。周回前提のアイテム交換があるイベントなんでスルッと終わる仕様なんだろうな。それでツカサ君に名前の続きは?」
「元々名乗る気ないよ」
隣にしゃがむIが、涼しい顔をしてしれっと言い切る。
ツカサは目を瞬いた。
「匿名を楽しむゲームで無粋無粋。ゲームマスターのルールに遵守せよ」
「左様で」
Iは素っ気ない返答の∞わんデンを仰ぎ見て、口元を手で隠しながらツカサに小声で言う。
「この有名実況者、人気あるからって慇懃無礼ですわよ旦那! しばらく絡まないうちに中の人が変わってない? 人間強度アプデいつリアルに実装されたんだろうね……ヒソヒソ」
「にんげんきょうど……?」
「そこ、うちの団長に変な言葉を教えるのはやめてくれませんかね」
「スゴイ。本当に保護者面してる。絶対ビジネス身内だと思ってた」
ハァッと∞わんデンは嘆息した。
「そんな煽りを言うから『天から二物を与えられなかったクズ野郎』だってSNSで松奈にののしられたんじゃないの」
「えぇっ? 初見から〝実は妹を毛嫌いしてる兄〟でキャラ設定決めて頑張っていたのに、妹切り捨てで設定を無にされたのはこっちだよ。彼女には完敗さ。俺は一生涯やりたかったキャラロールを完遂できなくて悲しい……」
「うわっ……邪悪」
「大体、一物も無い一般モブ男を過剰に持ち上げて罵倒するなんて、芸能人怖いヤバい」
「キミも微妙に一般人じゃないから、配信出る時は本気で発言には注意してください」
「りょ!」
そうこうしているうちに、3回目の会議室の議論が始まった。和泉、ジョン、ソフィアの3人のみで、ソフィア以外が減った人間にギョッとしている。
ソフィアは変わらない笑顔で「Mは海人だったの」と告げた。それを聞いた和泉が意を決したように発言する。
「ぜ、前回の話なんですけど、やっぱり記憶違いじゃなければ、実験棟エリアにSさんはずっといなかったと思います! こ、後半の方に、研究室のエリアから来ていた姿を見た気がしてて……! だ、大体Mさんがいなくなったなんて、本物の博士か怪しいです!」
「はい!?」
ジョンは和泉とソフィアを交互に見る。ソフィアはニッコリと微笑むばかりだ。ジョンは「やらかした……!」と頭を抱えてテーブルに突っ伏した。
和泉が率先して話す姿に、ツカサは胸が熱くなった。自然と観戦にも力が入る。
「和泉さん、頑張れ……!」
ふと、隣から視線を感じた。振り向くと、Iがこちらを眺めていた。
「……今度は、まともそうなの見つけたなぁ」
《議論時間は終了です。投票された票数を表示します。
◇I:1票
◇J:0票
◇S:2票
◇スキップ:0票 ――投票の結果『S』を処分します!》
《――深海施設内の全ての異物が排除されました! 「海人」側の勝利です!》
《あなたは負けました。報酬として、短冊を100手に入れました。
短冊のアイテム交換は、グランドスルト開拓都市・鍛冶師ギルド路地の子供達から出来ます。
七夕季節イベント開催期間中は、メニューに『影人デイズ』の項目が追加されています。繰り返し遊ぶ際はそこから選んでください》
視界が暗転して、ツカサは自室にいた。今、他の人もハウジングの家の中にいるだろうかと、急いで部屋から出る。
ちょうど階下には和泉がいた。ツカサは階段を降りる途中で思わず呼びかける。
「和泉さん」
和泉が目を丸くした。バツが悪そうに眉を下げて愛想笑いを浮かべながら口を開きかける。
ツカサはそれを遮るように先に口を開いた。頭の中では先ほど聞いた言葉が反芻する。
『匿名を楽しむゲームで無粋』
プレイヤー名〝和泉〟も〝ツカサ〟も架空の名前で、あのイニシャル表記と同じだ。そんな状況で、和泉は現実の情報が特定出来る配信者名をツカサに隠さなかった。
ずっと頭の中で用意していた動画の感想や、さっきまでのイベントの話――たくさんあったはずの言葉は出てこず、気持ちだけが飛び出した。
「チャンネルを教えてくれて嬉しかったです。ありがとう」
和泉は一瞬何を言われたのかわからなかったようで、呆けたように立ち尽くした。
だが徐々に顔を赤らめていき、身体を縮こませると俯くように頷いた。
「……うん」
真っ赤な和泉に釣られて、ツカサも照れる。
――ツカサは、和泉の信頼の気持ちをちゃんと受け止めて返せただろうか。
【09 七夕季節イベント『影人デイズ』サプライズ編〈終〉】




