後編・上 七夕季節イベント『影人デイズ』
《あなたは進化の棺から【影人】として目覚めました。もう1人の影人仲間と協力して、他の海人をこの世から消し去りましょう!》と出たブラウザの『【影人】』部分に指が触れると、ブラウザが別に出て説明が表示された。
《『影人』――他の生物の姿形を影のように模倣する正体不明の生命体。共生する惑星によっては、影法師から始まりドッペルゲンガーとも揶揄されるほど、うり二つに変化する。
この特質に関わる物質を分解・消滅させる技術と兵器を所持するのが海人である。彼らを殲滅しなければ、影人は種の存続を未来永劫おびやかされることになるだろう》
(難しい単語が並んでいるけど、自由に色々な種族の姿になれる人達が『影人』。キャラクタークリエイトみたいな能力ってことでいいのかな)
試しに『海人』の文字もタップすると同じように説明が出た。
《『海人』――超常的な機械テクノロジーを個体が保有する生命体。理想の安住の地を造れる惑星を探して宇宙をさすらっている。
遺伝子または機械技術に優れており、度々惑星に降り立っては採取と解析を行い、新たな種族を生み出して去っていく。原住民には神とも悪魔とも呼ばれる。倫理など、彼らの宇宙にはない》
(機械技術と解析……。解析は、確か最初に神鳥獣使いになった時にアナウンスにあったから、プレイヤーの正体はこの種族? でも影人の方もプレイヤーっぽい)
ツカサは、ステータスの『種人擬態人』という種族名を確認した。プレイヤーの種族名は不明だ。
(擬態って表記されると影人みたいだけど……正体を隠していることを擬態って表現しているだけなのかもしれないから、どうなんだろう。そもそも僕自身が、キャラクタークリエイト前はどんな姿をしていたのか気になる)
ブラウザを閉じながら、この単語の説明機能は普段から欲しいなとツカサは思った。
「こんばんは」
聞き覚えのある声に振り向くと、そこには見知ったフレンドのはずなのに初めて会うような錯覚を覚える青白い肌の美少女が、白いワンピースの裾を持ち上げ微笑んで会釈していた。
長い髪もうっすらと青みのかかったグラデーションのある褐色で、記憶の中にある金髪とは違う。瞳の色だけがいつもと同じ碧眼だ。
頭上に浮かぶプレイヤーの名前も『S』と黒色で表示されていて、戸惑いながら確認する。
「ソフィアさん……?」
「そうなの」
いつもと変わらない優しいソフィアの笑顔に、ツカサはホッと安心した。
「こんばんは、ソフィアさん。来てくれたんですね」
「ソフィアはログインする時にこのイベント参加は断ったんだけど、折角のツカサの招待だったからOKしちゃった」
(そっか。ちゃんとフレンドでも参加するのが嫌だったら断れるようになっているんだ。良かった)
「ありがとうございます」
「ふふ。ツカサもいつもと違って新鮮な姿だね」
ソフィアの指摘に、ツカサも自分の変化に気付く。目の前のソフィアと同じ髪の色と青白い肌、服装は白いワンピースと膝までのパンツになっていた。
「これって……、ひょっとして動画のキャラクターと同じ色合いでしょうか?」
「うん。参加者はシーラカン博士ベースの容姿の色にされるみたいだね。プレイヤーネームも強制的にイニシャル表示だから、匿名性が上がっているの」
ソフィアはその場で一回転して、ふわりとワンピースをなびかせて止まると笑みを浮かべた。
「ソフィアさんの服は、ルビーが最初に着ていた服に似ている気がします」
「そうだね。あの子の綺麗な初期服バージョンっぽいの」
《この『影人デイズ』は、深海施設の進化の棺から目覚めた海人達が、停止している施設を稼働させて地上を目指すゲームです。
一定時間経過ごとに、全員が状況確認のために会議室に瞬間移動します。その際に投票によって1人をカプセルで処分出来ます。
海人側の勝利条件は、影人2人を全員処分するか、地上へのルートを開くことです。
投票によって1人ずつ処分するか、自由行動時に見つけた影人を手持ちのレーザーガン(海人3人の同時攻撃で有効になる)で処分してください。
海人と影人の人数が同数になると、海人側の負けとなります》
ブラウザアナウンスが出ると、視界の隅に『レーザーガン』のアイコンがひょっこりと出現した。
だが、ツカサの視界にあるレーザーガンは赤色の×マークがアイコンの上にある。どうやら影人側は使えないようだ。
ソフィアは「パライソが持っている武器、元々は海人側の武器だったの」と動かないアイコンを指でツンツンとつつく。
《影人側の勝利条件は、正体を隠して海人の人数を同数まで減らすことです。
自由行動時に施設の稼働を停止したり、スキル【ブラックシャドウボックス】で海人を殺害出来ます。
このスキルで1度に殺害出来るのは1名のみ、連続しては使えません。30秒のクールタイムがあります》
《海人側には特殊な役職を持つ者がいます!
初回8人対戦では、【博士】、【ガーディアン】が各1名ずつ。
13人対戦では、【博士】、【ガーディアン】、【司祭】、【ゴケ宿主】が各1名ずついます》
《・【博士】――会議室集合時に1人の遺伝子を解析出来ます。解析した人物の種族が正確に判明します。ゲーム開始時の会議室ではまだ解析が出来ません。
・【ガーディアン】――自由行動時に防衛システムにアクセスして影人のスキルから1人を守ることが可能です。自分自身を守ることは出来ません》
ツカサは次々と表示されるルール説明に目を白黒させた。ソフィアにも同じように表示されていて、彼女は口元を手で隠しつつ口をすぼめる。
「覚えることが、多いですね……」
「ここでは説明がないけど、【司祭】が霊媒師、【ゴケ宿主】が狂人の役割だと思うの。そのまま人狼ゲームみたいだね。苦手な人も多い対人戦を季節イベントにするのは、嫌がらせになるからやめてほしいの」
「じんろうゲーム?」
「そっか。ツカサは知らないんだね。よくわからなくても影人側の役割だけ覚えて行動すれば大丈夫だよ。気楽に遊ぼっ」
「はい!」
《アシスト観戦モードをオンにしますか?
オンにすると、他のプレイヤーが試合を観戦出来ます。そして観戦者の音声チャットが流れます。
※この機能は影人側にしかありません。影人だけに観戦者の音声が聞こえます。海人側に気付かれないように他のプレイヤーからアドバイスをもらって勝利を勝ち取ってください》
「アシスト観戦モード……?」
「戦争イベントにあったっていうものと似たものなのかなぁ。オンにしちゃおう。ツカサは他の人達のアドバイスをもらって行動した方が、わからないなりに遊べると思うの」
「じゃあ、オンにしてみます」
一瞬、参加してくれるフレンドの皆が嫌がらないかと不安がよぎったが、ツカサがアシスト観戦モードをオンにした通知が、ソフィアにきたそうだ。
そして再度この設定で参加するかを尋ねられたらしいので、ひとまず安心した。他人に観られている状態が苦手な人は退室してくれているはずである。
ほどなくして、頭上から声が降ってきた。
『初心者部屋だああああ!』
『よし! 風呂入ってくる』
『お前のせいでここに入れなかった奴いるのにひでえw』
『初回8人編成が一番カオスで面白いのに人数制限あるのよなぁ』
『初心者への暴言はアカウント停止対象だから、13人部屋から流れて来た奴は特に過剰な指示発言は気をつけろよ』
『マイルドを合い言葉に』
『影人が種人2人って迫力ないなぁ』
『カワイイ』
『あー!! 待って待ってわんデン弟君じゃ!?』
『うわっマジか! 神引きした!?』
『成し遂げたぜえええ!』
『ってことはわんデンいるぞコレwww』
『突然配信を休憩中にした時点で、絶対身内に招待されて来てると思ってた。無限わんデン卓、リアルタイムで観たかったんでうれしい』
『生配信で見せろ!』
『団長をこそこそ隠してんの草』
『キャーッ公爵様ガンバッテー』
『俺が! 俺達が領民だ!』
(わんデンさんのフレンドだってバレてる)
あまり匿名機能が役立っていない。はやし立てる声に、ツカサはソフィアが心配になる。ソフィアは、ニコッと笑みを浮かべて「大丈夫」と小声で言った。
目の前に大きく《ゲーム開始まで10》の文字と数字が表示され、数字が《9》……《8》……と変わってカウントされ始める。
それが《0》になった瞬間、シュンッとSEが鳴って中央に円卓がある部屋にテレポートしていた。参加した8人のプレイヤー全員がそれぞれの席に座った状態になっている。
《深海施設内にて、2つの異物の存在が確認されました。異物を排除してください。
これにより全てのセキュリティがロックされました。施設を再稼働するためにロックを解除してください。
最初の会議です。議論時間は3分となります。話し合い、または投票が不要の場合はスキップアイコンでスキップしてください》
「3分って短くない?」
最初に口を開いたのは、見知らぬプレイヤーだった。平人男性風のプレイヤーの頭上には『I』と表示されている。
「いやいや、十分でしょ」
答えたのは、『M』と表示されている∞わんデンらしき人物だ。∞わんデンとIは親しそうに見えた。
(わんデンさんのフレンドの人なのかな)
『ん? コイツがわんデン?』
『このお声は、間違いなく無限わんデンさん!』
『色味が変わるとだいぶイメージ違うな。一瞬誰なのかわからんかった』
『いや、変わってるの色味だけじゃないから。動物的な特徴のキャラクリ部分は全部消される強制仕様だから、アバターや種族によってはもはや運営にいじられて別キャラ状態』
『ケモナーに厳しい』
『海人に動物要素のキャラクリ部分があるのは世界観設定がなぁ』
『おい、種人の身長スルーはどういうことだ。海人は高身長の種族だろ。修正しろ』
『種人は! そのままが可愛いから!!』
『例え世界観が壊れようとも、種人の身長変更は正木が許さない』
『製作者が私情で世界設定を無視するなw』
観戦者の雑談を耳に入れながら、ツカサはここにいる全員のイニシャルと顔を確認する。
『M』――∞わんデン、『U』――雨月、『C』――チョコ、『I』――和泉、と後は『J』と∞わんデンのフレンドと思われる『I』だ。最後に『S』――ソフィアと目が合い、ウィンクの返しがあった。
(和泉さんがいる! 雨月さんと、チョコさんも……!)
∞わんデン以外、参加してくれるとは思わなかったので驚いた。ただ、誰もが普段と姿が若干違うので、知っているのに初対面のような気持ちになり、声をどうかけるか躊躇する。
Jがソフィアに向かって口を開いた。
「何を話し合いますかギルド長」
「J? 名前表記をまず見てほしかったの」
「あっ」
『アッじゃねぇw 遅い!』
『この2人は暗殺ギルメンか。暗殺RP勢初見だわ』
『ジョンじゃん』
(ひょっとして、戦争イベントにギルド長として来ていた人?)
ツカサが素顔を見るのは初めてだった。
『今、ギルド長って言った!?』
『初見は当然。普通にプレイしたら公式PKKに遭遇しない、世話にならない』
『覇王!? 覇王いるよねぇっ!?!!』
『うるさい叫ぶな』
『地獄の人質コントメンバーが地味に揃ってるの笑う』
『聖人ギルドが敵の影人役って何の冗談よ』
『カフカ様が死ぬ』
『死ぬは草』
『ショック死かな?』
『えー、あのキャラそんな感じだっけ?』
『元ギルド員のタレ込みだと、パライソ相手にはレスバつよつよ鉄壁メンタルだが、プレイヤー相手には豆腐メンタルなカフカ』
『パライソとカフカイベント、一般プレイヤーにも体験させてください……』
『暗殺ギルドイベの一部なら録画OK範囲の動画上がってるから見ろ』
『あの動画見てると上位NPCの戦闘力が、カフカ最強、次点ベナンダンティ、最弱パライソに思えてくるから困る』
『ベナン? って誰』
『キャシー姉御の光人格』
『ひwwかwwりwww』
『雑談控えろよ』
『海人は基本ピュアピュア善人しかいないから』
『倫理観はド畜生なんだが?』
『強さはラスボス最強、カフカは非戦闘員で最弱よな。戦争イベで名前があったの変だった』
『カフカ参戦はお祭り措置だったと思ってる』
『何故かカフカの顔色は窺うパライソ』
『姉御にも気を使ってあげてよぉ!』
『あいつ不思議ちゃんが苦――』
「――どうかした?」
∞わんデンに声をかけられて、ツカサはハッとした。ついつい観戦者の会話に耳を傾けて、挨拶もせずにぼんやりしてしまっていた。
「あ、えっと……」
とっさに言葉が出てこない。内心で慌てた。
『お前らが余計な話ばっかしてるからだぞ!』
『初心者なんだから、マジでアドバイス以外しゃべるの控えろ! 影人バレする!』
『ルール説明を読んでたって言うんだ!』
『説明読んでた! 押し通せー!』
「ル、ルール説明を……読ん、読み直してましたっ……」
「そっか。わからないところある?」
「大体は、何となく……わかった、かなって」
「そ」
ツカサはドギマギしながら答えた。納得してくれたようでこっそりと安堵したところ、∞わんデンがニッコリ笑顔で言う。
「――T君、役職持ってるでしょ」
(!?)
『勘の良い無限わんデンは嫌いだよ……』
『やっぱり普段と態度が違ったかw』
『バレてるぅ!!』
『やばばば』
『これ終わったら真っ先に殺るしかない』
『メタ推理は卑怯じゃないですかね』
『早くわんデンを始末しないとマズい』
すかさずソフィアが助け船を出してくれた。
「待って。今、役職持ちを特定するのは危ないと思うの。影人にその人達が狙われちゃったら、次の会議で情報が出なくなっちゃうから困るよ?」
「あ、そうね。ごめんごめん」
「この段階のあぶり出しは怪しいのー」
「おっと、そうきますか」
「確かに怪しいですね」
ジョンがソフィアに同意する。そして、ソフィアと∞わんデンが互いに探り合いの会話を繰り広げ、他の人達もその話を大人しく聞く流れに移っていった。
『相方つよい』
『Sさん、やるやん!』
『助かった』
『しかし聖人が目立ってしまった。投票対象になってるかも』
『公爵サマはこれ以上疑われないように黙ってようか』
『話題逸れてるし、Sさんに任せて潜伏しとこ』
『覇王、今なんで巨匠の方を見た?』
それを聞き、ツカサは雨月を見る。
しかしその時には、太眉を上げて難しい表情のチョコを一瞬見てからスッと∞わんデンとソフィアへと視線の先を変えている雨月の横顔しか確認出来なかった。
『覇王なんか怖いな』
『役職持ちなのか、覇王特有の普段通りの警戒行動なのか……どっちかわからんw』
『覇王はフィールドで標的見つけた時もあんな感じじゃない?』
『ぶっ』
『覇王に投票も有りだな』
『わんデンさんか覇王さんのどっちか消しておきたいね』
スッとIが片手を上げる。それまで黙ってソフィアと∞わんデンの話を聞いていた彼が、2人の会話を制しておもむろに口を開いた。
「Iが2人ってまぎらわしいから、1人消そう!」
ハキハキと爽やかな笑顔でそう言いながら、和泉を指差す。
和泉が「!?」と仰天した。
「ちょっ! なっ、何言うの……!!」
(えっ)
和泉は顔を赤くして怒ったようなむくれた表情でIに言い返す。さらにIを指差して、
「この人! この人の方が邪魔だと思う!」
とはっきり断言した。
ツカサは驚いて目を丸くする。言い返す和泉が、とても自然体で素直に感情をぶつけている様子なのだ。緊張している素振りもなく、気安さすら感じられる。
(このIさんは、和泉さんも知り合い……?)
Iはどこ吹く風で「えぇ? 情報出しそうにない寡黙なIさんの方がいらないのではー?」と口笛を吹く。
和泉の目が据わった。また見たことのない和泉の表情を見て、ツカサはポカンとする。
そこにチョコも参戦して「そんなことはないのです!」と和泉の味方になった。
『海人同士のつぶし合い助かる。けど、このIの男は薬でもキメてんのか』
『リアル狂人なの草』
「とりあえず、今回はまだ様子見で投票せずにスキップでいくの」
「ま。そーね」
ほぼソフィアと∞わんデンが仕切り、最初の会議を終わらせることに決まった。
『と言いつつ、影人側はここで覇王に投票しておこう』
『投票先は誰が入れたかわからないようになっているから安心してね』
『わんデンに入れると、SさんとT君が疑われるからなぁ』
『スキップ数より投票数が多いと処分出来ますw 影人2票だけじゃ無理だけどw』
『まぁ、惑わせる牽制はしとこ』
アドバイス通りに、ドキドキしながらこっそりと雨月に投票した。
《議論時間は終了です。投票された票数を表示します。
◇C:1票
◇I:1票
◇I:0票
◇J:0票
◇M:1票
◇S:0票
◇T:1票
◇U:4票
◇スキップ:0票 ――投票の結果『U』を処分します!》
「え!?」
突然、巨大なカプセルの中に雨月は閉じ込められて姿が消える。一瞬の出来事だった。
『ぶあっはははっ!!』
『腹痛いっ誰もスキップしてねぇw』
『ノリで入れやがってwクソwww』
『覇王かわいそうじゃねーか!』
『漁夫の利GGですぅ!』
『海人マジぽんこつで笑う』
(雨月さん……!)
最初の会議は、何故か雨月が退場して終わった。勢いがすごかった。




