第22話 勇気の一歩/後編
∞わんデンは、深夜にある新作ゲーム発表生放送を観ながら雑談するという配信をするため、今はハウジング内でのんびりしているそうだ。
「ホームがあると、気軽にログインしちゃうもんだね。事前にログインする場所に人目がないってわかってるのはデカいかも。現実でボウッとするのとはちょい違うリラックス感があるわ。ハウジングに対する認識を改めました」
(わんデンさんも、ハウジングを楽しんでくれているみたいで良かった)
「あんまり他ゲーでハウジングはしないんだけども、いよいよ自室もいじってみるかねぇ。マケボ金策から完全に足を洗ったところだし、インベントリに空きがあるうちにでも。ツカサ君てば、俺が稼がなくても今後困ることないでしょって域で彫金儲けてない?」
「はい……すごい収入でした」
「デショウネ。大体ガチのマケボ操作する奴がもう複数人も出てるし、素人がマケボ金策は限界よ。俺はホント独壇場の先行利益で稼げていただけっていう。そもそも疲れました! 飽きた! 金稼いでる時間があるなら動画撮りたい!」
「そうなんですね」
「ツカサ君も無理しないようにね。まぁ、色々周りで言う奴はいるだろうけど、自分がやりたいことを優先したまえ」
「僕も一旦彫金の大量生産はやめようかなって思います。1日でお金はすごく稼げたけど……材料を用意する時間と手間もありますし」
「あー、準備の時間がねぇ」
「それに同じものばかりだと彫金師のレベルも上がらないので、そればかりというのも……。他にもやりたいことがたくさんあって」
「圧倒的に時間が足りないってわけだ」
「のんびりもしたいです」
「うん。のんびりはいいぞ」
∞わんデンとしばらくそんな話をした後、ツカサは今日の行動を考えた。
(僕も自分の部屋を整えようかなぁ)
殺風景な自室の風景が脳裏をよぎる。折角ならベッドを置いて、ベッドからログインやログアウトをするのも生活している感じが出ていいかもしれないと思った。
∞わんデンと別れ、再び自室に戻る。改めて部屋を確認した。
居間と寝室の二部屋、寝室の方は小部屋付き。とりあえず、小部屋にチョコ製作のひな壇を置いてみた。幅的にもぴったりの家具で部屋が少し埋まった感じだ。
(チョコさんにもらった時はびっくりしたけど、物を置いて飾るのにはちょうどいい棚みたいだ)
所持している本を並べたらどんなふうなのか、実際に本を立てて試してみる。本棚のような雰囲気にすることも出来そうだった。本立ての家具はあるだろうか。
(じゃあ必要なのは、ベッドと本立てになる何かと、入って直ぐの部屋にテーブルと椅子――あっ、壁際に大きなソファを置くのもいいかもしれない。敷物もいるかな……?)
二部屋をぐるぐると歩き回りながら、設置したいものを考えて大まかに決める。それから外に出た。
(マーケットボードで家具を買おう!)
彫金師のハウジングアイテムは小物が多く、大きな家具らしい家具というものが少ない。木工師ならたくさんあるのだが。
だからと言って、チョコに全て頼むのは面倒をかけることになり、迷惑になるだろう。
(もう、ひな壇の棚ももらってる。ハウジングの建物や共有の場所の楽器や家具だって、和泉さんとチョコさんが作って置いてくれているんだから、自室の家具まで頼るのは良くない)
チョコも好きなように生産をしてほしいと思うのだ。
坂道を下りながら、《領地掲示板》を見る。お店の販売についてのコメントが多く『【ペットテイム】付きをずっと置き続けてください!!』『絶対お金を用意するので今後も販売お願いします~……!(´;ω;`)』などの要望が並んでいた。
作り続けるつもりはなかったので心苦しい。申し訳なく思いながら、「ごめんなさい」と心の中で謝る。
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321:ルートさん [流浪の民] 2xx1/06/12
イェーイ! 光る棒サンキュー!(^3^)
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(ルートさん! 買ってくれたんだ!)
喜んでもらえたようで嬉しかった。沈みかけた気持ちが浮上する。
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322:memoryさん [フォン男爵家] 2xx1/06/12
ヒャッハア!!
323:九鬼さん [流浪の民] 2xx1/06/12
ヒャッハア!!
324:からしさん [タイムオーバー侯爵家] 2xx1/06/12
ヒャッハア!!
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(えっ……?)
その後に続く謎のかけ声に、ツカサは首を傾げる。からしもいるので、おかしな書き込みではないと思うのだが、さっぱり意味がわからず戸惑った。
滝壺の泉周りは、漁師や領民テザから魚を買ってその場で料理する調理師などがいて盛況だ。いただきもののレリーフも設置したので、ヤドカリやヤマメ、金魚、異星マンボウなど釣れる種類は増えている。海洋生物もいるのはおかしいのだが、「細かいことは気にするな!」と∞わんデンが言っていたので気にしないことにしている。
ツカサがマーケットボードで欲しい家具を検索すると、たくさん色々なものが出てきた。プレビュー画面でそれぞれを見比べて悩む。家具の値段は今、高騰しているようだ。
(カーテン? がついている豪華なベッドもあるんだ。安いシンプルなものが良さそうだけど、現実の家にはない変わったベッドもいいかもしれない)
迷いに迷ったが、結局当初考えていたシンプルな種人用のシングルベッドと本立て、ソファとテーブルセットと白いモコモコの絨毯を14万Gで購入して部屋に戻った。
しかし部屋に設置してみると、どうにも思っていたのと違う。部屋の広さに比べて家具が小さいので、スカスカな印象を受ける部屋になってしまった。家具を置かない方がまだ良かったまである。特に寝室はその失敗感が顕著に思えた。
(種人用にこだわらない方が良かったのかな)
普通の大きさの家具なら、まだ空間が埋まって見栄えも悪くなかった気がする。
ベッドの端に腰掛けて、ごろんと寝転んでみた。確かに種人のツカサの体格には合っているのだが、広さに物足りなさを感じて起き上がると、再びマーケットボードへと向かって一番大きそうなモダンデザインのベッドを購入し直した。
(やっぱりベッドは大きければ大きいほどいいと思う!)
設置すると、種人用のシンプルなベッドと違い、部屋にしっくりくる存在感があってホッとした。ベッド一つで11万Gと余分な出費になったが、これからもずっと過ごす機会のある場所だと思うので妥協はしたくなかったのだ。
家具の設置に夢中になっていたら、領地のアナウンスがあった。
《山の調査に成功しました! 領地に採集可能の鉱山が出来ました。
鉱山によって、好感度に関わらず採掘師ギルドの人物が領地を訪れるようになりました》
(鉱山で採集! えんどう豆さんと和泉さんが喜んでくれそう)
さっそく、傭兵団の《連絡ボード》に鉱山のことをお知らせとして記載し、えんどう豆にもメールをしようと思う。
(あ。でもその前に、どんなものか鉱山を見ておこうかな?)
採掘師ではないので採掘は出来ないが、【鉱石採集(生産)】のスキルはあるので、落ちている鉱石なら拾える。
採集がてら鉱山の様子を見ようと思い立ち、玄関に向かう。未だ和室で寝転びながら外部ブラウザを出して何か作業をしている∞わんデンの横を通り過ぎ、扉を開けて外に出ると、ちょうどチョコと和泉が帰って来たところだった。
「ツカサ君!」
「団長さん、ただいまなのですっ」
「おかえりなさい」
(あれ……? わんデンさんと話し終わってからは家具を買って設置していただけなのに、思っていたより時間が経ってた?)
ツカサは意識していなかった時間の経過速度に、内心でびっくりする。
「チョコさん達は井戸のクエスト終わったんですね」
「はいです。団長さんはこれからおでかけです?」
「領地に鉱山が出来たそうなので様子を見にいってきます」
「鉱山!?」
和泉が驚きながらも目を輝かせた。
「良かったら、これから一緒に行きませんか?」
「う、うん! いく!」
チョコの方は首を横に振る。
「チョコは木材の採集しか出来ないのでいいです。森に落ちている木材を拾いに行くのです」
(木材が落ちている森……)
チョコが凜々しい職人の顔をしたので、拾えるのは木工師の採集スキルがあるからなのだと推察した。
そして森の前でチョコとは別れ、ツカサと和泉は鉱山が出来た場所に2人で向かった。
ハウジングの敷地内から見下ろせる鉱山の入り口は、かなり近場の岩肌の山に出来ている。
鉱山らしき洞窟は自然な状態の、無骨な見た目だった。2人は中を覗き込む。
「……真っ暗、ですね」
「う……、うん」
中は暗闇が広がっている。光源はない。洞窟の大きさや深さが、どこまでどのようにあるのかわからない。灯りのない場所はやはり怖さを感じさせる。
ツカサと和泉は、互いに困った表情で顔を見合わせた。
ツカサはメニューを開き、機能を探しながら和泉に説明する。
「グランドスルトの坑道みたいに、何かライトが壁に設置出来るといいんですが、『ミニチュア・プラネットダイアリー』でカスタマイズは出来ないみたいです」
「ここ、ランプとか……光る雑貨を持ってきた方が良かったのかなぁ。奥の方で採集場所が光っているけど、う……うーん」
「入るのは、今はやめておきましょうか」
「うん」
ツカサは改めて来る際に便利がいいよう、ここまでの道を作って大通りと繋げた。そうすると、領民の何人かが出来た道に興味を示しているようだった。ひょっとしたら、畑のように領民によってそのうち発展していく要素なのかもしれない。
それまでツカサの作業が終わるのを待ってくれていた和泉が、ツカサがメニューを閉じると、意気込んだ様子で口を開いた。
「あ、あのツカサ君! まだ時間……大丈夫?」
「はい」
「――お話を、聞いていただきたく……」
和泉が身体を縮めて、恥ずかしそうにもじもじとしている。心なしかいつもより声のトーンは低めだ。
(どうしたんだろう。言いにくいことなのかな)
ツカサも少し緊張しながら、慎重に頷き返した。
真面目な表情のツカサに、和泉は慌てて手を顔の前で振る。
「うわ、えっとでも! た、たた大した話ではないんだけどっ……その――私的な、リアルのことで!」
「リアルの?」
「う……うん。実は今日の深夜……あ、どっちかというと明日? かな……。ゲーム動画の投稿を始めます……」
「!」
和泉は自分の髪を手ぐししながら照れ笑う。
「その、世間がゲームの新作情報で盛り上がっている隙をつく感じで。ひっそりと活動開始を……ツカサ君には、私のチャンネルを教えたくて」
「和泉さん……」
「そ、それで、すごーくツカサ君に引かれそうなことを聞くんだけど、勿論マズいなら答えなくていいからね! ……えっと、動画サイトのアカウント、持ってるなら……教えて欲しいです」
「え?」
「い、いきなり怖いよね! ごめんなさい! でも、もしツカサ君がコメントしてくれた時には本物だってわかるようにしたいっていうか……友達マークをつけたくって!」
「わかりました」
「わ?! いいの……!?」
「実はわんデンさんにもそうしてもらっているんですけど、僕コメントを全然書かないんです。だから和泉さんにとっても、あまり意味が無いと思います。それでもいいなら」
「ううん、嬉しいよ! ありがとうツカサ君……!」
和泉にものすごく喜ばれた。ツカサも釣られて笑顔になる。
――正直なところ、不安がないわけではない。どこまでゲーム外のことを、フレンドと関わりあっていいものなのかどうか、ツカサはその判断に迷って悩んでいる。
(和泉さんなら大丈夫だと思う。……思いたい)
この段階で∞わんデンに相談するのも違うと思う。何より和泉のことは自分で判断したいと思った。
しかしツカサの線引きは、∞わんデンになる。和泉が∞わんデンの知人だった事実はやはり大きくて、ゲーム外で関わるハードルを下げていた。
「動画は、この『プラネット イントルーダー』ですか?」
「プラネは動画にはしない」
和泉は、はっきりと断言した。
「ここは、私が〝イズミ〟だった最後の場所だから」
「和泉さん……?」
「そ、それに今の私の大事な居場所だから、動画投稿でのごちゃごちゃを持ち込みたくないなって……わんデンさんの動画出てて今更なんだけど。でもここでは、ツカサ君達と気ままに好きなように遊びたい……あっ! 配信者名がプレイヤー名とは違うけど、全然気にしないでね!」
和泉からチャンネルのURLをメールで受け取ったので、VRマナ・トルマリンのホームにお気に入り登録をする。
そしてその日は、不安とワクワクとした高揚感を抱えながらログアウトした。
翌朝、早めに起きた征司は、母とメマが芸能ニュースを見て「えっ、休業じゃなくて退所してたの?」『リスぅ……』とこぼす会話を聞き流し、朝の支度を素早く終わらせてVRマナ・トルマリンを装着した。
ホームでは新着のお知らせが二つきていた。
(『VRMMO『プラネット イントルーダー・オリジン』登録者50万人突破記念のお知らせ』――……すごい! でもこれはあとにして)
もう一つのお知らせの、動画新着のブラウザを開く。その動画の視聴数は、まだ10回ほど。
それは征司が知らないゲームの実況動画だった。しかし、ブロックの土を掘る映像とともに聞こえる自己紹介のハスキーな声は、間違いなく馴染みのあるものだ。
(和泉さんだ! 動画から声がしているのって少し変な感じがするけど)
滋の『無限わんデン』の動画を初めて見た時もこんな感じだっただろうかと思いを馳せる。
和泉は普段よりハキハキとしっかりしゃべっていた。そのせいか、段々と別の人のような気がしてくるから不思議だ。ゲーム内でバグハプニングに遭遇すると『奥深い』という感想で終わらせて、ゲームの悪口や批判的なツッコミは一切言わずに進めていて好意的に話すのが何だか面白かった。
その動画一つに、和泉の人柄が出ているように思う。
ふと、動画に書かれていたコメントが目に入った。次の瞬間、征司は心臓をわしづかみにされたような衝撃を受ける。
『黒原イズミの偽者?』
征司はそのコメントを見るまで、これまで本人から話してもらった様々な事情や共通点、似通った名前を知りながら、「コントロール・ノスタルジック」の〝黒原イズミ〟と〝和泉〟が、全く結びつかなかった自分自身にもショックを受けていた。
配信者名は『黒原シズク』
――それが何よりの答えだった。
【08 簡易版『プラネットダイアリー』復刻編〈終〉】




