第11話 近隣の果樹林の探索
5月6日、夕方。早めに夕食を済ませた征司は、自室でVRマナ・トルマリンを装着する。
今日買ったコラボTシャツに付いていたコードは、ゲームストアでそのコード番号を打ち込むとホームの家具がもらえた。
家具は設置型クローゼット。クローゼットを開けると、買ったものと同じ柄のTシャツがハンガーにかけられている。複数買っていた場合、クローゼットの中のTシャツを移動して1つのクローゼットに纏められる。
更にはアバターが着ることも出来た。ハリネズミのアバターに、ハリネズミのTシャツを着せると上半身に服を被っている見た目になるので、世界的に有名なクマのキャラクターと似た格好になる。でも悪くないと思った。
《星空の部屋》が野外なので、木枠のロッジ舞台と一体化したクローゼットは一見庭の物置みたいになる。カントリーハウスの家を設置したいが、あまりホームにお金をかけるのも気が咎めたので、そこはぐっと我慢した。
ハウジングというらしいこの部屋作りの要素がとても楽しい。もっと色々と出来ないものかと頭を悩ませつつ、『プラネット イントルーダー・ジ エンシェント』にログインした。
途端、目の前に青い半透明のブラウザが現れる。
《オープンベータ期間終了のお知らせ。
オープンベータ版『プラネット イントルーダー・ジ エンシェント』は2xx1年5月5日をもって配信を終了致しました。
沢山のダウンロード、ご協力のほどありがとうございました。つきましては、オープンベータ版のご利用も2xx1年5月6日に終了とさせていただきます。
翌5月7日は全体メンテナンス作業の実施のため、休止します。
2xx1年5月10日、正式版『プラネット イントルーダー・オリジン』を発売致します。ゲームストアでの配信販売価格は2000円です。
ベータ版に登録された方は、2xx1年5月8日、9日に正式版をダウンロードして遊べる2日間先行のアーリーアクセスの権利が特典としてございます。更にアーリーアクセス期間のログインによる特典があります。
また、長きにわたるベータ期間延長により多大なご迷惑をおかけしたため、正式版を無料配布致します。
ベータ版登録者はストアで購入しないようお気を付け下さい》
(アーリーアクセス? 本当に発売されるんだ)
これから本腰を入れて遊ぼうと思っているゲームの正式版が出るのは素直に嬉しい。長く遊べるなら、それに越したことはないと思う。
運営のお知らせ以外にもメールが届いていた。昨日パーティーを一瞬だけ組んだSkyダークからだ。
『差出人:Skyダーク
件名:パーティーを抜けた件について
内容:昨日は勝手にパーティーを抜けて悪かった。
自分の抜けた後に入った人に迷惑をかけたはずなので、
謝っていたことを伝えて欲しい。
ただ、はっきり言ってそっちのパーティー募集板の使い方も悪い。
初見かどうか、レベル差はどの程度許容かを記載すべき。
他人のために自分のプレイ時間を消費してもいいという
お人好しばかりが遊んでいる訳じゃない。
人に迷惑をかけるなら事前に事情を口に出すのがマナーだ。
とにかく自分の穴埋めをしてくれた人に謝罪の連絡を頼む』
無言で抜けられたために怖い人の印象があったが、パーティー募集板の使い方を教えてくれる辺り、真面目な良い人だ。何よりマナー違反をしていたのはツカサの方なので、Skyダークにも嫌な思いをさせてしまって申し訳なく思う。
早速、雨月と和泉にSkyダークから謝りのメールが来たことと、ツカサの募集の仕方が悪かったこと、そして昨日は助かったことを再度メールで伝える。
すると、直ぐに和泉からチャットが来た。
和泉 :こんばんは。メール見ました!
そっちに行っていいですか?
ツカサ:こんばんは。
いいですよ!
昨日より遅く、夕方からのログインなので和泉を待たせてしまったのだろう。ほどなくして、東の城門付近の石のベンチに座るツカサへと、和泉が笑顔で駆けて来る姿が見えた。
ツカサは立ち上がると、開口一番謝る。
「ログインが遅くてすみません」
「い、いいのいいの……! ログインなんて、すっ、好きな時間にするものだし。わっ、私との約束も、ログイン出来た時に時間が合えば遊ぶってぐらいの感じで……っ! ゲームだもん。気軽に遊ぼうよ!」
「そうですね、気軽に……。ありがとうございます」
「へへっ」と和泉は照れ笑う。
和泉の優しい言葉にツカサも、ほんわかした。
「きょ、今日は昨日の続きで近隣の果樹林に行く? それとも先にツカサ君のクエストクリアしよっか」
「先に近隣の果樹林に行きませんか?」
「行こう!」
パーティーを組んで東の城門を出ると、和泉が辺りを見渡し、気持ち少しだけツカサの前に出た。
「このゲームPK出来るらしいから、わっ、私がツカサ君を守るよ」
「和泉さん、頼りにします」
「任せて……!」
和泉が胸を張って嬉しそうに、はにかんだ。和泉を見上げるツカサも自然と笑みが零れる。
(そういえば雨月さんはそのPKの人だと思うんだけど、親切だし、全然そんな怖い感じじゃないなぁ)
雨月の称号を思い出す。【脱獄覇王】【無罪となった極悪人】【千の虐殺者】【殺人鬼】――正直、一体ゲーム内で何があったのかと驚愕する称号名だが、雨月自身は普通に鳥が好きな優しい人だとツカサは思う。それにコウテイペンギンの雛もとても可愛かった。
「公式サイトで戦闘不能のペナルティを調べたんですけど、衰弱のデバフ? がついてステータスがしばらく半減するみたいです。あとアクセサリーの装備品が1つ壊れるか落とすことになるそうです」
「そ、それってPKもかな?」
「多分」
「じゃあ、今はアクセサリーつけてないし、あんまり心配ないね」
「は――」
ツカサは頷きかけて、腰のロープのようなベルトに下げられた明星杖を見た。
「僕、雨月さんからもらった杖を持ってました」
「あ!? そ、それは気をつけないと!」
「外しておきます」
ツカサがベルトに触ると、和泉が慌ててツカサの腕を止めるために掴もうとした。しかし、スカッとすり抜ける。
プレイヤー同士の身体は透過されて触れられないのだ。PKやPVPなどの攻撃だけが、接触に近い形で透過されずに判定が出るのである。
「ツカサ君、それは……雨月さんが悲しい、と思う。つ、使ってこそだよ」
和泉が眉を八の字にして何故か寂しげに呟いた。
確かに雨月から装備するために渡されたものなのだから、装備してこそだとツカサも思い直す。そのままアクセサリーとして装備しておくことにした。
近隣の果樹林に到着した。様子を見ながら果樹林にそうっと足を踏み込む。昨日のようにダンジョンへの文言も出ず、移動することもなかった。
青空を遮るように枝を伸ばし、薄暗く鬱蒼とした空間を作っている木々。進むと迷子になりそうな雑然とした長い背丈の雑草。空気まで何だかかび臭いというか、青臭いというか、正直匂いのリアルさに現実世界と錯覚しそうだ。
「果樹林って名前だけど、雑木林っぽいですね」
「ゾウキバヤシ?」
隣でポカンとしている和泉を、ツカサも目を丸くして見上げる。
「空き地の方の雑木林とかに入ったことないですか?」
「雑木林って空き地にあるの?」
「えっ」
「え?」
和泉が心底不思議そうに首を傾げた。ツカサも不思議な夢心地の気持ちで和泉を見つめた。
村では果物だけを育てている農業の人もいるので、ツカサの中では明確に雑木林と果樹林には違いがある。
(僕、本当に山村の外にいる人と喋っているんだ)
住んでいる環境の違いを如実に表した会話をツカサと和泉はしていた。ツカサの胸中に新鮮な驚きが広がる。両親が山村外の人との交流にこだわった理由が少しわかった気がした。
「えっと、木苺とハーブの採取ですよね」
「あ、あれ! あれかな?!」
膝丈まで繁る草をかきわけて、ほのかに発光し、形が違う草を見つける。草を摘むと光になって消え、所持品に入った。
《「果樹林のハーブ」×1を手に入れました》
アイテム説明で『果樹林のハーブ:微かに回復の薬効があり、回復薬の材料になる。料理にも使える』とされていた。クエストの表記も《達成目標:木苺0/5、ハーブ1/5を採取して引換所で渡す》と数値が増えている。これで間違いない。
周辺に木苺の低木も固まっている採取地があるのに気付き、ツカサと和泉はそこで採取をした。
ハーブを余分に取っていると、《サブクエスト『閃け! 新商品』》が達成になる。詳しく見ていなかったが、ハーブ採取のクエストだったらしい。和泉にもそのことを伝えた。
「あとはサブクエスト『近隣果樹林の害獣退治』ですね」
「倒すのは『カジュコウモリ』。こ、コウモリって洞窟……? この果樹林のどこかに洞窟があるのかな?」
和泉がキョロキョロと辺りを見渡す。
ふと、ツカサは視線を頭上に向けた。そこで葉で薄暗くなっている枝にぶら下がっているカジュコウモリを見つける。「大きい……」とツカサの驚く声に、和泉も視線をカジュコウモリへと向け、「う、うわぁ……」と発して身震いする。
90cmはあるのではないだろうかという巨体が、目を閉じて木にぶら下がっているのだ。ただ、顔はネズミっぽくて愛嬌があり、ちょっと可愛い。
和泉は見上げながら茫然と呟く。
「私の攻撃届くかな……」
「僕が攻撃したらこっちに来るかも」
「で、でもそれだとファーストアタックでヘイトがツカサ君にいっちゃう。ちょ、ちょっと試してみる」
和泉は気を奮い立たせて、背中から盾を、腰から剣を抜き、カジュコウモリの真下へと近付く。和泉が見上げながら【宣誓布告】を使った。空中に現れた盾のエフェクトは昨日とは模様が変わり、鍵盤になっている。
カジュコウモリがパチリと目を開けた。そして羽を広げて飛び上がり、和泉へと体当たりしてくる。和泉は慌てて盾でガードした。
「うわ?! と、届いた……みたい!」
「それじゃ、僕も攻撃します!」
和泉は剣で、ツカサは【水泡魔法】で攻撃し、カジュコウモリを倒す。和泉のHPが減るごとにヘイトの邪魔にならない程度に【治癒魔法】で回復した。
サブクエスト『近隣果樹林の害獣退治』で指定されているのは6匹。最初の1匹があっさりと倒せたので、どんどん探して倒していく。
《神鳥獣使いがLV2に上がりました》
《【治癒魔法】がLV2に上がりました》
《サブクエスト『近隣果樹林の害獣退治』を達成しました!》
《達成報酬:経験値300、通貨50Gを獲得しました》
《神鳥獣使いがLV3に上がりました》
カジュコウモリは、『カジュコウモリの羽』と『カジュコウモリの肉』のどちらかをランダムで落とすらしい。所持品に入った2つの素材には数に偏りがあった。
「ツカサ君、わ、私もう1つのサブクエストも達成してるんだけど……」
「どれですか?」
「に……『肉が足りない!』が」
「肉――……え? 肉って『カジュコウモリの肉』なんですか!?」
「う……うん」
確認すると、ツカサのサブクエストの詳細も《達成目標:肉2/6を調達して屋台の男性に渡す》となっていた。日本はコウモリを食べる文化圏ではないので、どうしてもゲテモノのように感じる。
互いに困惑しながら、ツカサの方はまだ肉が足りないため、もう少しカジュコウモリを探して倒す。
最後の1つがなかなか出ず、戦闘回数をたくさんこなした。
《【水泡魔法】がLV3に上がりました》
そうして近隣の果樹林でのクエストをひと通り達成出来る状態にし、ツカサ達は街へ戻った。
地図で「!」マークのつく串焼き屋台を目指す。屋台の男性に『カジュコウモリの肉』を差し出した。
「ありがてえ! 肉の在庫が切れて困ってたんだよ!」
《サブクエスト『肉が足りない!』を達成しました!》
《達成報酬:経験値200、通貨500Gを獲得しました》
白い歯を光らせてニカッと笑う男性に、ツカサ達は愛想笑いを浮かべて後ずさりすると、そそくさと屋台から離れた。
「あのお店、コウモリの串焼き屋さんだったんですね」
「私、ニワトリのゆるキャラ絵を飾った露店だったから、絶対鳥肉だと思ってたよ……」
2人は、くだんの串焼き屋の串焼きを「ここの鳥肉うまいんだよなぁ!」と笑顔で頬張る人達の横をぎこちなく通り過ぎて、次のクエスト報告の屋台へと向かった。
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名前:ツカサ
人種:種人擬態人〈男性〉
所属:ネクロアイギス王国
称号:【深層の迷い子】【五万の奇跡を救世せし者】
フレンド閲覧可称号:【カフカの貴人】
非公開称号:【神鳥獣使いの疑似見習い】【死線を乗り越えし者】【幻樹ダンジョン踏破者】
職業:神鳥獣使い LV3(↑2)
HP:70(↑10)
MP:200(↑100)(+110)
VIT:7(↑1)
STR:6
DEX:7 (↑2)
INT:8(↑2)
MND:20(↑10)(+1)
スキル回路ポイント〈6〉(+6)
◆戦闘基板
・【基本戦闘基板】
∟【水泡魔法LV3】(↑1)【沈黙耐性LV2】
・【特殊戦闘基板〈白〉】
∟【治癒魔法LV2】(↑1)【癒やしの歌声LV2】
◇採集基板
◇生産基板
所持金 70万550G
装備品 見習いローブ(MND+1)、明星杖(MP+100)
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