第19話 玄関のブレーメン
えんどう豆は、ツカサの彫金についてだいぶ気にしてくれていたらしい。
そして召魔術士のチョコがミニコーギーを連れているのを見て、以前ツカサがスキル付きの指輪を出品していたので、【ペットテイム】付きも製作しているんじゃないかと思っていたようだ。
彼の言うとおり、今はハウジング関連でお金が稼ぎやすい時期である。使った分の資金を元に戻せるように少しでも頑張った方がきっといいはずなので、稼げる時に稼げる物を売らないツカサの態度は、鍛冶師としてのえんどう豆をずいぶんとヤキモキさせていたのかも知れない。
えんどう豆や領地の鍛冶師ギルドと雑貨店から指輪の材料を購入して、和室にいたチョコに「さっそく使わせてもらいます」と声をかけて、工房へ足を運ぶ。素材は数を多めに、そして金属のクォータースタッフも何本か購入したため、48万Gを使った。
工房の作業用の長机には、中央に書見台がある。そこに手を近付けると、教会の自室と同じようにメニュー画面のブラウザが浮かぶ。
そのブラウザからは《簡易生産》が出来るだけでなく、傭兵団の共有大倉庫や個別倉庫にアクセスも出来るようだ。
《簡易生産》の説明文によると『ハウジングの《簡易生産》は、製作したことのあるNQ品を最大100個、HQ品(特殊効果無し)を最大30個、まとめて製作が出来ます。
さらに特定の条件を達成した称号があると、まとめ製作のHQ品30個に、特殊効果を任意に付与出来ます。その特殊効果は2回以上製作済みのものに限ります。
簡易製作時に得られる経験値は、ほとんどありません』とのことだった。
以前自室で読んだ注意説明文よりもハウジング寄りに詳しく記載されている。
「――ツカサさん」
ツカサが顔を上げると、入り口に雨月がいた。
「邪魔じゃなければ、作業を見てもいいだろうか」
「はい、どうぞ。でも《簡易生産》なので見せ場はないかもしれません」
ツカサの予想では、《スキップモード》で製作される。いきなり完成品が並ぶことになるだろう。
「かまわない」
雨月が近くの壁に寄りかかって静かに見守る中、ツカサは《簡易生産》をタップし、作れる物のリストの中から召魔術士用の指輪を選ぶ。
《彫金製作は【名工国宝】の称号があるため、HQ品に特殊効果を付与出来ます。
どの特殊効果を付与しますか?
【空中ジャンプ】【幻視デコイ】【魔法攻撃反射】【ペットテイム】》
(わっ、スキルがつけられる! 彫金師だと【名工国宝】が必要なんだ……)
シビアに感じる。生産職が作る装備品は、同じレベルのダンジョンドロップ品にHQ品がギリギリ性能が届くか下ぐらいの強さだと攻略サイトに書かれていたので、余計にそう思った。
(非戦闘スキルだけど、やっぱり今はこれだよね)
難しい顔をして画面とにらめっこしつつ、ツカサは【ペットテイム】を選択する。
すると、一瞬ふわりと柔らかな黄色い光が目の前で起こり、LV30ターコイズの銀の指輪HQの【ペットテイム】付きが30個、机の上に現われた。
そしてHQ品は続けて量産出来ない仕様らしく、選択出来なくなった。再び《簡易生産》が出来るようになるのは現実の時間で18時間後となっている。
ツカサは困ったように笑いながら、雨月に顔を向けた。
「簡易生産はこれで終わりです。やっぱり見所はありませんでした」
「不思議な光景なんだな」
「《通常モード》や《倍速モード》だと作る過程も見られるんですが、簡易生産だと強制的に《スキップモード》みたいです」
「だが便利そうだ」
「はい。すごく時間の短縮になりました。えんどう豆さんが勧めてくれていたのもわかります」
雨月が珍しく視線を下に向けた。
「彼が傭兵団に入らないのは、俺が――」
ツカサはハッとして、急いで言い添える。
「えんどう豆さんは、今もソロが気楽で好きなんだそうです。傭兵団の申請は後回しにしている間に個人で土地が買えたからもう必要がなくなって……あ! そのことは署名に協力してもらった人には申し訳ないって言っていました」
雨月は表情を変えなかったが「そうなのか」と、安堵した声音で相づちを打った。
(雨月さん、自分がいるせいかもしれないって気になっていたんだ)
デボンダンジョンへの道中で、えんどう豆がソロでいたい事情や気持ちを語っていたが、あれから時間も経って心境に変化があったかもしれない――しかし傭兵団に入りたくなっていても、雨月が所属しているせいで入れないでいるのではないかと気にかかっていたようだ。
ツカサは、なるべくさりげなく話題を変えようと金属棒の1つを手に取った。
「次はこのクォータースタッフに【彫刻】スキルで模様を入れます。これは手元作業がちゃんとあります。見た目がオシャレになるだけで意味はない工程なんですけど」
「こだわりだな」
「はい。とても気合いが入ります」
爆音の金属音を思い出してぐっと力んだ仕草で気合いを入れるツカサを、雨月は静かに見守る。
ツカサが【彫刻】を選んだ瞬間、
《【造花装飾】で特殊効果の刻印できる可能性があります》
(えっ、【造花装飾】!?)
これまで使う機会が全くなかったスキルを掲示された。試しに【造花装飾】の方を選んで、生産作業を開始する。
【彫刻】とは違い、銀の板を金属棒に熱して変形させて巻き、そこに花の模様を削っていく。ツカサはこちらの工程の方が彫刻っぽく感じた。
自動アシストで動くツカサの手が止まり、胸中で身構える。続いてイントロが流れ始めると、ツカサは首を傾げた。
(【彫刻】じゃないから、あの機械音の曲じゃないのかな?)
ただ完全に違うものではなく、以前聞いた機械音の曲がボリュームを絞られて遠くの方で微かに加わっているといった、聞きやすいアレンジ曲だ。
しかしいきなり表示される記号付きの円形のゲージ表示、ト音記号とヘ音記号が中央の光から生まれてパァンと弾け飛ぶ難易度自体は、同じである。
ツカサは両手を使って素早く全てをタップする。
《パーフェクト!!》
《「◆LV54 鉄のクォータースタッフHQ〈VIT+2、STR+76、【ローゼンコフィンの薔薇刻印】〉」を加工しました!》
《【造花装飾】がLV2に上がりました》
終わった後、いつもより心臓の鼓動が早くなっていたことを意識する。人に見られている状態のせいか、無意識ながら緊張していたようだ。
前に野外でチョコと一緒に作っていた時は全然気にしていなかったが、それはチョコも生産職で失敗をしていたから気楽な気持ちになれていたのかもしれない。
決して比べられることではないけれど、失敗を恐れていた和泉の横顔が浮かんだ。
「テクノポップ」
雨月が呟く。近くにいる第三者にもミニゲームは見えて聞こえている。
「彫金師のミニゲーム、びっくりしました?」
「ああ。音ゲーだと聞いていたんだが、音がないんだな。俺にはとても出来そうにない」
「え?」
ツカサは雨月の言葉の意味がわからなかった。BGMの曲はあったし、雨月も聞こえていたから曲のジャンル名を言ったはずだと思う。頭の中が混乱する。
「記号と記号がちょうど合わさった瞬間に音がなかった」
「それって変なんでしょうか……?」
「普通は、何かしらの音が鳴ると思う。音でタイミングを記憶させないものを音ゲーというのは引っかかる」
「そうだったんですか! こういうものだと思っていました」
「ツカサさんは視界範囲の認識力と反射神経がある。目が良いんだな。俺は、あまり動体視力に自信がないから、プラネでも音に頼ってしまいがちなんだが」
「音――……あ! わんデンさんも、FPSでは音を重要視しているって配信で話していました。音で敵側の距離や動きを判断して、敵の姿が視界に入った時は、もう既に引き金を引き終わっているって。対人戦だと、顔を合わせた時に攻撃を始めるのは遅いんですよね」
ツカサのなけなしのゲーム知識だ。雨月は「そうなのか」と微笑んだ。そして、スッと戸口に視線を向ける。
ツカサもそちらに顔を向けた。気付かないうちに扉が開いている。ハッと、こちらを見上げるミニカワウソと目が合った。
(家の中に入ってこれるんだ)
それからミニカワウソは鼻をヒクヒクと動かした後、進行予定だった方向へと去っていった。
扉の影からチョコが出てくる。扉を開いたのはチョコだったようだ。
「チョコさん。今、ミニカワウソが」
「コーギーとミケ猫達用のペットドアがあるのです」
「野生動物も出入り可能だったのか」
「探索好きな子もいるみたいです」
「さっき目が合ったミニカワウソは、僕が最初に出したミニカワウソだった気がします」
チョコは木工家具を作りにきたそうだ。家具の希望を聞かれたので、ツカサは物が置けるラックを頼んでみた。
すると、「物を飾るならこれも良いです」とトレードされたのはひな壇である。同じように雨月もひな壇を受け取っているのを見て、ツカサはうろたえた。
木工師になったチョコが始めた製作は、楽器の木琴作りだった。コンパクトな木琴の完成品が出現して、ツカサも興味津々に身を乗り出す。
チョコがさっそくマレットで叩く。コンコンと、優しい音色が響いた。
「楽器もあったんだ……! チョコさんは、楽器が出来る人なんですか?」
「チョコは疎いです。だからプラネで、たくさんのもので遊べるようにハウジングを充実させたいです」
チョコは持っていたマレットをツカサに差し出すように持った。
「団長さんも、どうぞなのです」
「わっ、ありがとうございます。僕も木琴は初めて触ります」
チョコは一旦家具として木琴を設置した。そうすればツカサも扱えるようになる。
ツカサは軽くマレットで木琴を叩いてみた。見た目も鍵盤に似ているが、実際に鍵盤のようだった。
(この辺りがド? あ、ちょっと違ったかな。こう……?)
ツカサの叩く音色に、雨月が微かに首を傾げる。
「ツカサさん。それは……?」
「コケコッコーって少しは聞こえました?」
「ああ、やっぱり鶏の曲か」
「オルガンじゃないと、再現は難しいみたいです」
「ツカサさん、楽譜を見て弾けるんだな」
「その、実はただの丸暗記です。短い曲だったから、弾いている人の動きを頑張って覚えてみただけで……」
チョコが2人の話に反応する。
「ニワトリの曲です?」
「はい。和泉さんが、雨月さんが地面に書いたニワトリの声を曲にしてくれたんです」
「!! ……すごいですっ」
チョコは丸い目を輝かせて高揚している。それから直ぐに神妙な顔つきになってツカサの前に立ち、力強く胸を叩いた。
「団長さん、チョコにお任せなのです」
「えっ。……あ、はい……?」
ツカサは、自信溢れるチョコに釣られてよくわからないまま頷いた。
翌日。水族館の隣に、こぢんまりとしたお店が完成した。木造建築のお店はコンセプトがいにしえの駄菓子屋風だそうである。
傭兵団員共有のお店で、主に和泉の採集品と、チョコとツカサの生産品を並べることになっている。
ツカサは駄菓子屋を知らないのでどれほどの再現度なのかは不明なのだが、引き戸の開かれた出入り口は何故か懐かしく感じる不思議な空間だった。
入り口を入って直ぐにある中央のひな壇シェルフには木材が並んでどっさりと置かれている。ツカサとしては山小屋っぽくも思えた。
ひな壇の家具も、こうして店にあるとしっくりくる。チョコがツカサ達にトレードした家具は、店用として余分に作られたものだったのだろう。
この店の店員は、種人女性で領民の『ピアティ』。雇ってほしいという要望があったので、雇うことにした人物だ。
水族館の売店の店員『ネザラン』と違って領民なので、夕方になると店を閉めて帰宅する。リアルさがあって、買いに来てくれる人には申し訳ないがツカサは好きな不便さだ。
壁の棚に近付くと、専用のブラウザが出る。そこから商品を設定した。昨日作ったばかりの「LV30ターコイズの銀の指輪HQ」30個を、強気な価格で1つ1000万で並べる。
(マーケットボードじゃないし、買い手が限られている場所だから、さすがに売れ残りそう)
ハウジングの店の利点は、マーケットボードで取引不可のダンジョン産の装備品を販売出来ることだ。ハウジングの店を持っていない人は、今でもバザーなどを個人的にして、直接的にトレード交換している。水族館の雨月の売店が人気なのは、直接交渉しない気楽さも大きいと思う。
「◆LV54鉄のクォータースタッフHQ」も10本並べた。【ローゼンコフィンの薔薇刻印】の説明は『周辺を探知して花の模様と武器の色が変化し光る。地図に探知結果が表示される』という曖昧なもの。
(探知って何を探知するんだろう)
正直、この説明だけでは謎の効果だ。
ネットで検索したところ、残念ながらこの刻印についての詳しい記載は見つけられなかった。
しかし、裁縫師の工房内で選べる【ビーズ装飾】をパーフェクトで完成させた時の刻印についての記事はたくさん見つけた。
裁縫師の刻印の方は『夜の時間のフィールドで宝石のビーズが光る。透明になれる』という説明で、実際の効果は夜のフィールドで一定時間アクティブモンスターに襲われない効果らしい。
この効果を活用しているプレイヤーはごく少数で、基本的にオシャレ装備としてしか使われていないとか。見た目装備欄での装備だと、刻印の効果は得られないが、刻印自体がレベル80~100の装備品には付与出来ないので、オシャレとしてしか活用出来ないという現状があるそうだ。
(いくらフィールドで役立つ効果があっても、レベルも80以下の装備品ならスキル付きやステータス上昇の物にするだろうし)
ツカサが刻印を付与した武器もオシャレ装備ということだ。えんどう豆の作ったクォータースタッフに装飾をしただけなのだし、このぐらいの扱いが当然だとも思う。
(マーケットボードだと、LV54のクォータースタッフHQは2万5000Gだっけ。そういえばHQを並べる生産職の人も増えてた)
仲間がたくさん増えたみたいで嬉しい。しかし、マーケットボードを見た時は彫金の刻印付きが見当たらなかったので、自分で値段を決める。様子見の4万Gの値段にした。
あまりに高額で売れても、元のクォータースタッフを作ったえんどう豆に気が引けるので2倍より低めぐらいの値段がほどよいと思う。
(オシャレに4万! 高い! ……売れる気がしないや)
苦笑いしながら商品を置いて本邸へいく。玄関では、チョコが壁に寄りかかり、腕を組んで待ち構えていた。格好良いクールなたたずまいだ。
チョコの横で雨月も同じ様子で立っていたので、もしかしたらチョコが雨月の仕草に合わせていたのかもしれない。
「こんばんは、チョコさん、雨月さん」
「団長さん、こんばんはです。お待たせしたのです!」
ツカサは目を瞬かせる。そうこうしているうちに、チョコが玄関の壁際にオルガンを設置した。そこで昨夜の会話を思い出し、驚いた。
「チョコさん……これって!」
チョコはキリッと凜々しい表情で深く頷く。
「チョコが聞いてみたいのです」
「わざわざ……! でもすみません。日が経ったので、もう正確には覚えていなくって」
「それでもいいのです」
(チョコさんが格好いい)
ツカサはオルガンの鍵盤に触れて、記憶の中の指の動きを鍵盤で追う。短い曲なので、直ぐに終わった。
雨月がふっと息を吐く。
「こんな感じの曲だったのか」
「ニワトリが歩いている感じのメロディですよね」
「かわいいのです……」
もう一度弾いた。さらに繰り返して弾いていると、チョコが声を潜めて「ここです!」と呟き、
「コケコッコー!」
と小声でさえずりのように歌う。
曲を弾き終えてから、ツカサは2人と顔を見合わせて笑った。
「チョコさんや、タイミングバッチリではないかね。さすがだねぇ」
すると、いつの間にか玄関に∞わんデンと和泉がいて、∞わんデンが手放しにチョコを褒めた。チョコは照れて頭に手をやる。
パチパチパチパチ! と、和泉が勢いのある拍手をした。ツカサ達を拍手する和泉は、泣きそうなくらい目がうるんでいて頬が赤い。
それでもその顔は、はじけるような笑顔だった。




