第18話 本邸の完成と、フレンドとの距離感
「本邸が完成したよ!」
満面の笑顔の和泉と誇らしそうな笑顔のチョコの発表に、ツカサを始めとした傭兵団員はパチパチと拍手を送った。
拍手をした4人のうちの1人が、ふと手を止めて真顔で呟く。
「俺、なんでいるんですかね……」
えんどう豆だ。∞わんデンは吹き出した。
「キミ、ここの住民だからね」
「いやいやいや、俺ってそんなどこぞの森の動物キャラみたいな存在です!? ふらっと水族館に来ていただけなんですが!?」
ちょうど水族館の出入り口にいたところ、∞わんデンに声をかけられてツカサの隣に連行されたえんどう豆である。
「まぁまぁそう言わず、うちの完成したハウジングを眺めていきなさいな」
「建てている様子は下の領地から見えてたんで、既に大体わかっちゃってるんですが……」
えんどう豆のぼやきは照れ隠しも入っているようで、興味津々な顔つきで目の前の建物を仰ぎ見ていた。
ツカサもここ数日楽しみにしていて、和泉達が作っている建物の姿を出来るだけ視界に入れないようにしていた。ようやくその建造物をじっくりと眺められる。
和泉とチョコがお披露目した本邸は、立派な西洋の城の建物と瓦のある和風の塀という変わった組み合わせのハウジングとなっていた。
∞わんデンは顎に手をやり、ことのほか慎重な声音で和泉へと尋ねる。
「……ちなみに、こだわりポイントとテーマは和と洋の融合?」
「あっ、そこはそのっ、最初は本邸の庭に日本庭園を作ろうとしてたんだけど」
和泉は恥ずかしそうに肩にかかった髪を撫でた。
この土地の庭は、正確には池や水族館などの部分も該当するのだが、それとは個人的に区切って本邸の庭とした部分を塀で作ったらしい。ツカサ達は塀の門を通り、庭へと足を踏み入れた。
――そこに日本庭園は広がっていなかった。
あったのは大きな巨木が一本。根元周りに円形で敷き詰められた白い砂利、その他の地面は緑の芝生。木の太い枝にははしご付きの小さなログハウスが取り付けられている。その反対側の枝にはブランコがついていた。
えんどう豆がぽかんとして「ニホン……テイエン……?」と棒読みで呟き、その横で∞わんデンは額に手を当てて顔を伏せ、肩を震わせていた。
ツカサは驚きながら木の上のログハウスを見上げる。雨月も同じようにログハウスを仰ぎ見ていて、チョコが木にそっと触って口を開く。
「with秘密基地なのです」
「エ?」と、えんどう豆が再び目を点にした。
「コンセプト迷子!?」
「えんどう豆君、ナイスツッコミだ」
∞わんデンが笑いながらえんどう豆の肩を叩いた。
えんどう豆は触れられたことにビクッとするが、赤ネームの名前を見て「あっ、そうだった」と納得して肩の力を抜いた。
赤色ネームも黄色ネームのPVPプレイヤーと同じく、他のプレイヤーに少しだけ触れられる判定があるのだ。
和泉が慌ててチョコのフォローをする。
「チョコちゃんとね、そういえば木の上の秘密基地に憧れていたっていう話で盛り上がっちゃって、その……つい実現を」
「なるほど。それで、そっちのブランコも?」
「チョコ、実はブランコに乗ったことがないのです……」
「なんですと!? じゃあどうでしたかね、乗り心地は」
「! チョコが第一号でいいのですか……!?」
「アッハイどうぞ。まだ乗ってなかったのかい? ――別にいいよね?」
∞わんデンはツカサ達の顔を見て確認を取る。勿論いいのでツカサは頷き返した。
「ぶっちゃけブランコ乗ったことない人ー」
∞わんデンが気軽に尋ねながら手を挙げる。雨月とえんどう豆が促されるまま手を挙げた。
手を挙げなかったのは、ツカサと和泉だけだ。
ツカサの場合、校庭の隅にある鉄棒の横にブランコがあって遊んだことがある。和泉は「私は近所にブランコのある公園があったから兄妹でよく遊んでて」と話してくれた。
えんどう豆がそれを聞いて羨ましそうに言う。
「俺のうちの近くはブランコのある公園ってなかったです。大体危険遊具扱いで撤去されているところばっかりでした」
「わかる。俺も滑り台ぐらいよ」
∞わんデンがえんどう豆に同意する。なのでえんどう豆は、饒舌に語った。
「俺の遊んでた公園って、ブランコが撤去された跡がそのまま残ってて支柱の残骸があったんですよね。だからそれに縄跳びを引っかけてぶら下がれるかって遊びをよくやってました。大抵体重かけた途端に地面に激突するやつなんですが」
「お……おう。えんどう豆君はかなり危ない挑戦をしていたのだね」
「や、さすがに小学校低学年の時の話ですよ! 思い出すとアホでヤバいことやっていたなって思います。高いところに登ろうとすることに夢中だった時期があって、鉄棒の上で立つとか、ブロック塀の上を歩くとか、今となっては何が楽しかったのか謎な危険行為の数々をやらかしてました」
「ふむ。アクティブな子供時代だったんだね。意外とツカサ君と話が合いそう」
「へ?」と驚くえんどう豆と目が合ったツカサは、はにかみながら笑った。
「僕は、近所の急斜面の岩を登ってました」
「マジですか! スゲー……」
山中の沢は、うっかり山道から下りて近付いてしまうと、元の道へと戻るのに自分の背丈より高い岩や崖が立ちふさがったりするのだ。最近は、カナがその失敗を1人の散策でちょくちょくしているらしく、救助してくれる大人やアンドロイド達に「沢には近付くな」と注意されている姿を目にすることがある。
チョコがブランコをゆっくりと前後に動かした。大きく揺れ始め、楽しそうに顔をほころばせたチョコだったが、直ぐにシュンと太眉が下がった。
「止め方がわからないのです……」
「チョ、チョコちゃんっ! 足で止めるんだよ!」
「届かないのです……!」
「何故、全種族用で作ってしまったのか」
∞わんデンの冷静なツッコミの間に、雨月がブランコの紐を掴んで止めた。
チョコは思いがけない反動に、紐から手を放してしまいベチャッと地面にうつぶせで倒れた。HPが減っている。
(落下ダメージが……!)
急いでツカサが【治癒魔法】をかける。回復したチョコは、神妙な面持ちで立ち上がった。
「爽快で、スリリングな……乗り物でした……っ」
「ウン、ソウダネ」
「すまない」
雨月の謝罪に、チョコはぶんぶんと首を横に振り「助かりました。おふたりともありがとうなのです」とお礼の言葉を告げた。
仕切り直し、続いて木のログハウスの中を見学する。はしごを使って登るのは新鮮だった。
中はシンプルで、まだ何も並べられていない木の棚と円形の切り株のテーブルが置かれているだけだ。このテーブルは、前に外で設置していたものである。景観のために撤去された後、ここにきていたらしい。
ログハウスに上がったのは、ツカサ、チョコ、えんどう豆の3人で、和泉と∞わんデンと雨月は下から眺めるにとどまった。
えんどう豆はログハウスに入ると、肩身が狭そうに身を縮こまらせる。
「あー……、ここは種人用なんですね」
「秘密基地は小さなイメージがあるのです」
「わかりますけど、砂人には狭いですよコレ」
和泉が上がってこなかった理由を察して、えんどう豆は苦笑いする。
「でも何だか落ち着きますよね」
「確かに。あっ、眺めもいいなぁ」
「山の先の海も見えるのです」
しばし3人は無言になって窓の外に広がる領地の景色を眺める。いくつかの家の煙突からけむりが上がって青空に溶けていた。
アイギスバード公爵領の領地は、段々と村から町になり始めている。今は一旦、家を建てずに領民を募集しない状態にしている。
現在、鍛冶師ギルドと彫金師ギルド、そして雑貨店を中心に数十軒の一般領民の家々がある。
領民となった雑貨店の山人女性『シシラ』と彫金師ギルドの山人男性『ドラド』は、ツカサがグランドスルト開拓都市で言葉を交わした人物達だ。特にドラドの方は鉱山のトロッコで非常にお世話になった。
一般領民の人達は全員種人である。ツカサがネクロアイギス王国の所属だからなのか、それとも種族が種人だからそれが反映されているのかはわからないが、ギルドや雑貨店の店主が全員山人なので、領民が店頭で物や店主を仰ぎ見ている姿をよく見かける。
最近、シシラが店の棚を全て低いものに改装して、ツカサやチョコも利用しやすい雑貨店の内装にしてくれた。
ところでその種人の一般領民なのだが、領民となった当初、ツカサは彼らのことを領地にいるだけのキャラクターなのだろうと思っていた。
しかし、次の日ログインすると
《異星アザラシを釣り上げた領民『テザ』が、海の漁師として暮らしたいそうです。海のある「ころも連盟公爵領」へ向かう許可を出しますか?
※こちらが許可を出しても、相手側の領主が他領地のNPCの立ち入りを拒否している場合、この行動は実行されません》
という他領地へ向かうアナウンスや、
《領民『オーギュ』が農業をしたいそうです。畑にしたいと指定した土地があります。許可しますか?》
という土地を開拓する許可を求められることが次々と起こり、驚かされたのだった。彼らは本当に領地で生活をしているのだ。
ちなみに、漁師のテザの行動ログは読むと凄い。
ゲーム内の深夜帯からアイギスバード公爵領を荷車を引きながら出て行って、街道を歩き、ころも連盟公爵領に入る。そしてその港に停泊している小舟に暗がりから乗って海へと繰り出す。
朝日が昇ると陸に戻ってきて、荷車に釣った魚を載せてころも連盟公爵領を発ち、アイギスバード公爵領に戻ってくる。
そして赤い旗を立て『魚あります』の意思表示をしつつ荷車を引きながら領民の住居周囲をぐるりと回って魚を売るのだ。
領民リストのテザの備考欄には、『お金を貯めて馬車を買おうと思っている』とまで書かれている。細かい。
ゲーム内は大まかに朝・昼・夜の3つの時間帯にわかれていて、リアルで大体約1時間ぐらいで切り替わっているそうだ。切り替わると言っても急に空が変わる訳ではなく、徐々に太陽の位置が動いている。だから領地から出るゲームキャラ達の行動は少し忙しない。
彼の行動には、ツカサも海の傍の領地なのに断崖と山のせいで海に行けない立地で申し訳ない気持ちになった。
「……そういや、この領地にはいませんけど、テントスラム民って知ってます? まぁ、目立ちそうな実況者の領地とか有名なところには出没しないらしいんで、ツカサさんには無関係な話なんですが」
えんどう豆の言葉に、ツカサは「知りません」と答えた。
するとチョコが、声を低めて重々しく補足する。
「チョコ知ってます。フレンドでもないのに、領地の店の前にテントを張って居座る生産プレイヤー達のことなのです」
「生産プレイヤー?」
「生産職って、便利な場所にたむろっちゃう習性があるんですよ。マケボ前で物を作り続けて、テコでも動かないって奴はMMOでは一定数いるんです。しかもプラネの領地だとテント張れるから張るんですよね。スゲー景観ブレイカーだし、邪魔っていう。そのテントあると、何故か領民以外の家無しNPCが湧くらしくって、周辺がスラムみたいになるんだとか。だからテントスラム民って呼ばれてるみたいなんですよ。
プレイヤーならブロックして追い出せって話なんですが、普段マケボ装備に世話になっていると心情的に生産プレイヤーってブロックしづらいみたいなんですよね」
「どうしてテントを出すんでしょうか?」
「テントは自室と同じ《簡易生産》が出来る優れものなのです!」
「でもアレ高いし、消耗品なんだよなぁ」
(あっ、だから和泉さんとチョコさんも最初にテントを出していたのかな)
「チョコはテントの《簡易生産》は使ったことがないのです。でも便利らしいのです」
(あれ……?)
当初、本邸に設置されていたテントは雰囲気で設置されていただけのようだ。
「逆に領地で不特定多数のプレイヤー相手に賃貸やってるやつもいますよ」というえんどう豆の話を聞きながらはしごを下りると、∞わんデンと雨月が壁の三角形の穴の1つの前で立ち、少し離れた位置から和泉がクルミっぽい木の実を上手く穴を通して外へと投げていた。
和泉はツカサ達の視線に気付いて、ハッとすると顔を赤らめる。
「何をしていたんですか?」
ツカサの不思議そうな問いに、∞わんデンがニンマリと笑って塀を軽く叩く。
「ここ、坂道上がってきた奴の狙撃ポイント」
「え!?」
「わ、私には投てきの才能がないみたいです、わんデン教官……!」
「うむ、知っていたのだよ」
恥ずかしそうにしながらも芝居がかった口調で∞わんデンと話す和泉は、なんだか可愛らしかった。
それから西洋の城の本邸に入る。
白い大理石の床、欄干に彫刻が彫られた2階への階段。天井の高い玄関ホールに辺りを見渡すと、左に障子と畳の居間があって、ツカサとえんどう豆は目を奪われた。∞わんデンが小声で「ここで和風要素が復権したかぁー……」と遠い目をする。
チョコが畳に寝転ぶミニミケ猫とミニコーギーをひと撫でしてキリッと太眉を上げる。
「ゆったりくつろげる空間を作ったのです」
「なるほど。実用性を取ったわけね。確かにぐだぐだしやすそうで良いかも」
えんどう豆は畳に顔を近付けて「マジか。い草の匂いしてる。うちにも和室作ろうかな」と感想をこぼす。
「こっちが工房なのです」
チョコに案内されて、今度は廊下を挟んだ洋室のドアを開ける。作業用の長い机と丸椅子、壁に様々な棚が並ぶ一室だ。
∞わんデンが、さりげなくえんどう豆に言う。
「ここでいつでも生産してね」
「は……――いやいやいや!? 俺、傭兵団メンバーじゃないですから! 部外者の癖にここで生産していたらヤベー奴じゃないですか!?」
「エー、別にいいのに」
「自分ちがありますから!」
頑なに拒否されてしまった。ツカサは胸中で残念に思う。
重厚な階段を上がった先には広間があり、その広間には窓から出られるバルコニーもあった。外装はお城だったが、内装は貴族のカントリーハウスのような構造で、そこから廊下が左右にあり、いくつかの部屋がある。各自の個人部屋だそうだ。
ツカサは、広間の横の部屋をもらった。部屋といっても、中で二部屋に分かれていて、居間と寝室、さらに寝室には小部屋がついていた。
何もないのでガランとしているが、とにかく広い。見学しているえんどう豆が終始あっけにとられていた。
「この規模の部屋がいくつもあるのか……。これが1億の家」
「半額で買えたのは、本当に良かったです」
ツカサが廊下の方を振り返った際、開いた扉の隙間から、向かいの部屋の雨月が床にヤシの実を置いて出てくる瞬間を目撃してしまい衝撃を受けた。
「ラ……ラックを早くプレゼントしないと……」
「置くんじゃなくて!?」
それから、ツカサの部屋を見たえんどう豆は自分のハウジングへ帰るというので門までツカサが見送りに出た。
えんどう豆はどうしてかガシガシと頭を掻いて「今日はすみません。はしゃぎすぎました」とバツが悪そうに謝るので、ツカサは首を傾げる。
「いやなんて言うか……個人的な話をベラベラ喋り過ぎたっていうか。俺、うるさかったですよね。他の人が話してないリアルのことを何1人で率先して話してんの? っていう、空気読めてない感が、ですね……」
えんどう豆が言葉を濁す。
たくさん話を聞けてツカサは嬉しかったが、えんどう豆の方は少しもそうではなかったのだろうか。
「全然そんなことありません。僕も話したからおあいこです」
「ぐあっ」
えんどう豆はダメージを受けたかのごとく、オーバーなリアクションで顔を腕で隠す。
「眩し……! なんでMMOやってんの、この人ぉ……!」
「え、えっと」
「とにかく今日はお邪魔しました!」
えんどう豆は早口でそう言ってガバッと頭を下げ、そそくさと背を向けて去っていく。
しかし少しして立ち止まり、ツカサの方へ踵を返す。
「ツカサさん、工房でHQ量産して売りましょう! スキル付きはレベル関係なく売れるんで出来るなら主に【ペットテイム】付きを! マジで今が売り時です!」
「は、はい!」
えんどう豆のアドバイスを受けて、この後ツカサは彫金に励むことにした。




