第14話 メインクエスト『深層起源』最下層――アイギスバード公爵領・地下【※一部ホラー的描写有り】
※書籍が発売されました。
書籍版は形式の都合上掲示板が縦書きで、加筆修正によるWeb版から変更点などもありますのでご留意ください。
ツカサ、えんどう豆、カルガモの3人は井戸の壁を伝って階段を下り、水面近くの足場に到着した。頭上を見上げると空が四角い。
「うお……、ツカサさん度胸ありますね」
おぼつかない足取りで下りてきたえんどう豆は、しっかりとした足取りで先に下りたツカサに感心する。
褒められたツカサは照れ笑った。
「山や道が整備されてないところを歩くのは慣れているので、真っ暗じゃなければ平気です」
「ツカっちゃん強い。俺……この狭さはちょっと嫌だなぁ」
カルガモはこわごわと井戸の底を見渡す。そして「あ、横道だ!」とアーチ状の導水路を指差した。
「マジで道あるよ!」
3人は物陰に隠れながら、半分身体を出して導水路内を覗く。
「俺達が上から見た時には見えなかった道ですよね」
「先が薄暗くて、結構長そうな横道です」
「……ふ、雰囲気あるなー……実はダンジョンかな?」
「どこまで俺のハウジング部分なんだコレ……?」
「確かめてみますか?」
ツカサの言葉に、えんどう豆とカルガモは顔を見合わせてから頷いた。
3人は導水路に足を踏み入れる。
導水路は5メートルほどの高さで、床は右半分が人の歩ける通路、左半分が一段下がったくぼみの水路となっていた。水路は井戸の水をどこからか引っ張ってくるためのもののように見えるが、水面には揺らぎも無く水が流れている気配がない。水音もしないので実際に機能しているかは疑問だった。
えんどう豆も「ただの雰囲気作りのオブジェクト?」と水路を見てはしきりに首を傾げる。ツカサ達のコツコツと石畳を踏む足音だけが響き、静かなのだ。
灯りになるような照明器具は設置されていないが、ほどほどに薄暗い程度で視界は良好である。
(このぐらいなら明るい方だし、大丈夫)
現実の山の中の夜道に比べると、怖い暗さではないとツカサは思う。
及び腰のえんどう豆とカルガモは、身体を縮こまらせて歩いている。特にカルガモは何度か背後を振り返って後ろを確認していた。
自然とツカサが先頭を歩き、続いてえんどう豆、最後がカルガモと一列に並んで進む。
えんどう豆は歩きながら声を潜めて、ツカサに話しかける。
「向かってる方角は西っぽいですね。アイギスバード領地の西も山でしたっけ」
「うん。北側から西側は山が繋がってます。ここはその山の下に続いているのかもしれません」
「画面端にある簡易マップが消えて、全体マップが開けなくなってることに気付いたんですが……。嫌なことに、真っ先に気付いてしまった俺……」
「わっ、本当だ!?」
そう時間もかからずに壁が見えた。
「ツカっちゃん、行き止まり?」
「たぶん……」
水路まで終わっていて、変な感じだった。水路の終点場所は、下から水をくみ上げる形でもなく、それまでと同じ浅いくぼみだ。井戸の水と繋がっていた理由がわからなかった。そもそもこの道は何のためにあるのだろう。
えんどう豆が腕を組み、眉根を寄せて石壁を睨む。視線をさまよわせて、天井と床を見てうなった。
「んん……? 何かこう、どっかで似た不自然な構造建築を見た気がする」
えんどう豆の疑問に、カルガモがポンっと手を叩く。
「タイムマ死ン博士! 鍛冶師ギルドの倉庫、『架空の部品』クエっぽい」
「それだ。カルガモさん、ひょっとして同じグランドスルト出身?」
「おうとも! でも移籍組だから、実は始まりはネクロだよ。故郷はツカっちゃんと同じ。ホラーがダメで直ぐに亡命した口」
ホラーと聞いて、えんどう豆が急に死んだような目になった。
ツカサはカルガモの肩に乗るオカメインコを見ながら尋ねる。
「じゃあ神鳥獣使いはサブ職業ですか?」
「ううん、メインのまま」
その返答に、えんどう豆が目を丸くした。
「えっ、でもメインのギルドが他国って面倒くさくないですか。他国だとテレポは一旦関所で止められるし、金は毎回徴収されるし、スゲー不便に」
「いいんだ、別に。俺はあんまりギルドクエ受けないから用事もそんなないし。ネクロは苦手だけど神鳥獣使いは好きだから。ここさ、もし博士関係なら井戸の水は別の場所のために引いてるんじゃないかなぁ。例えばこの壁の先に秘密の部屋が――」
カルガモが壁に触ると、シャキンッ! と鋭い音が鳴り、壁がユラリと揺らぐ。
そしてフッと暗転し、突然視界が白く明るくなる。3人の目の前にあった壁が背後になっていた。ツカサ達は壁の向こう側に立っていたのだ。
《アイギスバード公爵領で、五国メインクエスト・トゥルーホーリー帝国編『深層起源』を発掘しました!》
「ちょ?! エエエェェェ!?」
「五国クエスト……?」
「メインだあ!?」
《五国メインクエスト、トゥルーホーリー帝国編『深層起源』――最下層データ01『隠された殺害事件』が受注されました》
《推奨レベル1 達成目標:遺跡に残された事件の痕跡を見つける0/5》
「いや、人の家にメインの入り口を作るな!?」
「さささ殺害って物騒ーっ!!」
「僕、地上に帰ったら急いで街の中に井戸を作ります!」
3人がいる位置の天井の照明が点灯していて明るい。石畳は消え、白い壁と天井と床、現代的な何かの施設の建造物に変わっていた。
ツカサ達が一歩先に進むと、その先の位置の天井が自動で点灯する。思わず「ひえっ」とカルガモが悲鳴を呑み込む。
「明るいのになんか怖い! 雰囲気ヤバい……!」
「アイギスバード公爵領はホラーが×だったはずなんですが……」
「メインだから対象外だったりします!? 製作者がホラーだと思ってない可能性もある気がしません!?」
「そんなことあるんでしょうか……? えっとクエストですし、一応パーティーを組んでおきますか?」
「おぉっ、ツカっちゃんナイス! それはやっとこ」
「……でも俺、ここをタンクとして先歩く自信ないです。すみません!」
えんどう豆は早口で告げる。
ならばと、ツカサは先頭を歩くことを名乗り出た。
「ヒーラーは、タンクの代わりが出来ると聞きます。それに回復役はカルガモさんもいるので大丈夫だと思います」
「ありがとうございます……お言葉に甘えます……。いやもうホントすみません」
「ははっ、さっきまでの並びと結局一緒だー」
軽く笑うカルガモも、声に元気がない。
2人を気遣いながらツカサは歩き出す。カチッと点灯される度に、えんどう豆とカルガモがビクッと身体を震わせた。
そして半開きになっているドアの前に着く。遠慮がちに3人は隙間から室内を覗き込む。壁に並ぶ空のカプセル、床に散見する奇妙な汚れや金属片、謎の空間がある台座、床には何かを引きずった跡もある。
「うーん、実験室……か、研究室的な?」
「モンスターもゲームキャラクターもいないみたいですね」
「入ったらモンスターハウスだったりしません?! うぅ……っ」
用心深く、慎重に部屋へと侵入した。特に何も起こらず、3人は顔を見合わせてホッとする。
えんどう豆が緑色の額を手でぬぐって、ふうっと溜息を吐いた。
「そういや、推奨レベル1でしたもんね。こんな雰囲気の場所で戦闘がなさげなのマジで感謝……」
ツカサが床に落ちた金属片に近付くと、カシャッというSE音とともにイラストと文字がついた半透明の青いブラウザが目の前に表示された。
《▼遺伝子改造の機械装置の破片(2つ)
「進化の棺」、「深海の棺」、「作り変えの棺」など様々な呼ばれ方をする、古代海人の機械装置。遺伝子を交ぜ合わせ、新種族を誕生させる神秘の遺産。
ここには2つ設置されていたはずだが取り外された跡があり、見当たらない……》
《▼遺伝子治療の機械装置の破片(1つ)
古代海人自らの遺伝子治療をするための機械装置。定期的にこの機械装置で細胞の治療を行うことで、老化することなく千年もの間、連続的に生きることが可能になる。
この機械装置で実験的に行った治療にて誕生した産物に、海人遺伝子調整体――通常の海人より劣化体両性の、惑星の菌に強い〝整人〟がいる。
ここにあったのは、この施設の管理者に抜擢された整人『ニフニ』に与えられた機械装置だ。
しかし取り外された跡があり、見当たらない……》
《達成目標》を確認すると、《遺跡に残された事件の痕跡を見つける2/5》になっていた。同時にパーティーを組んでいるえんどう豆とカルガモの目の前にも、金属片の説明が表示されて達成目標が進行したようだ。
えんどう豆は「出たな、ホラーっぽいテキスト……!」と軽く悲鳴を上げながらも、真剣な表情でブラウザの説明を読み込んでいる。
カルガモはポカンと口を開けて感想をもらした。
「むずかしい話をしている」
「そうですね」
「俺さ、メインやったの1年前だし、実はあんまりプラネの設定や話を覚えてなかったりする」
「時間を置くとそうなりますよね」
ツカサが相づちを打つと、カルガモは辺りを見渡してデスクの上を指差した。
「引きずった跡も怪しいけど、あのデスクの上の謎の光とかも調べろってやつかな?」
「本当だ。光ってますね」
「わかりやすい」
壁にくっつくL字型の長いデスクの上で、キラリと光る謎の光にカルガモが近付いた。
すると、またカシャッというSE音がしてテキストブラウザが空中に表示される。えんどう豆は増えたブラウザを見て「うっ」と声を詰まらせ、たじろいだ。
《▼古代海人×××××(登録から名前抹消済み)の記録
――X年XX月01日。
遂に自らの身体を素体とする進化の棺での大規模な実験が開始され、皆が眠り始めた。上手く巡り、この惑星の種族として新たに生まれ変われればいいのだが……。
私の密かな実験は悟られずにいるようだ。稀少な影人の赤子の保存体を持ち出したことには気付かれていない。
いよいよ3日後に決行だ》
「えっと、誰かの日記みたいですね」
「げぇっ……有名どころのゾンビゲーみたいな情報公開やめろ!?」
「ぞ、ぞんびぃ……」
《――X年XX月02日。
私が眠っていないことが、皆の棺の整備のために地上に残ってくれた技術者達にバレてしまった。どうやら私の従者が、山人種族の遺伝子配合について詰問しにいったらしいのだ。なんて愚かな。
彼らは私を探している。こうなってしまっては、赤子の保存体が無くなっていると知られるのも時間の問題だろう。
パラサイトめ……余計な真似を。
――X年XX月03日。
パラサイトには、山人種族は平人種族と同じく、種人の遺伝子のみを使って作り変えただけの交人であると嘘を告げておいた。
何故、そこまで海人と種人の交人の誕生に否定的なのか、理解に苦しむ。
まさか苔人の分際で、私達と同等の生物だとでも思い違いをしているのではないだろうか。
物言わぬ植物から宇宙生命体へと進化させたのは間違いだったのかもしれない。あまりに増長が過ぎる。
若輩者の戯言と、シーラカン博士の反対をはね除けてまで作るべきではなかったということか。
――X年XX月04日。
いよいよ、私も素体として棺の眠りにつく。海人と影人の交人を、何と呼称すべきか。いや、まだ早い。全ては私の生まれ変わりが目覚めてからになるだろう。
赤子の保存体を素体として私の遺伝子を混ぜたものの方には、惑星種族を慈しむように記憶のインストール機能を生命維持装置に組み込んだ。私達の棺の管理を、後は全て整人のニフニに頼む。
しかし、ニフニが戻ってこない。
最期の挨拶をしたかったのだが、パラサイトの用件は時間がかかるものだったのだろうか? もう眠る時間だ――以上で今生の記録を終える》
(苔人のパラサイトは、あの監獄にいた人?)
ツカサは、監獄のイベントで出会ったサボテンのような人物を思い出していた。
「専門用語が多過ぎて、何が何やらわからない」
カルガモが目をぎゅっと細め、眉間に皺を寄せてしかめっ面で言う。
「整人ってカフカ様の種族名だっけ? 苔人って新用語は初耳だー」
「僕は監獄の地下でパラサイトさんには会ったことがあります」
ツカサの言葉に、えんどう豆が「ああ、ヒーラー限定クエストにそんな名前のキャラがいるんでしたっけ」と頷いた。
「確か〝パラサイト〟って、戦争イベントでもルゲーティアス側ユニットで名前が出てませんでした? ちょい話題に上がってたような……。カルガモさんはヒーラーで種人なのに地下脱獄はやらなかったんですか?」
「俺はツカっちゃんと違って、【脱獄覇王】称号の正規脱獄ルートをやったから、地底人ルートやってないよ。でも結局、直ぐに脱獄は諦めて看守と鬼ごっこの果てに捕まったんだけどさ」
カルガモは苦笑いしながら頭をかいた。
「んじゃ、あとは痕跡2つだけだね。たぶん、引きずり跡とこの床の汚れだと思うよ」
《▼風化した床の傷
機械装置を運び出した跡が残っている。床が削れているようだ……》
《▼風化した血痕
整人『ニフニ』の血痕か……?》
《五国メインクエスト、トゥルーホーリー帝国編『深層起源』――遺跡1最下層、『隠された殺害事件』を達成しました》
《達成報酬:経験値2000を獲得しました!》
《神鳥獣使いがLV13に上がりました》
「ほら、やっぱり! ……これつまるところ、どういうこと?」
考える気が全くなさそうなカルガモが2人に尋ねる。
ツカサとえんどう豆は互いに目を見交わせて、少し返答に困った。頭の中で話をまとめながらツカサは口を開く。
「パラサイトさんが、棺を3つ盗んだ話だと思います。記録をつけた海人が入っている棺、赤ん坊の影人が入っている棺、それとニフニさんという人の棺を。それに、『隠された殺害事件』がクエストタイトルなので、ニフニさんは亡くなっているかもしれないです」
「それ犯人パラサイトじゃん。えっ、邪悪……」
カルガモの直球な罵倒に、えんどう豆は吹き出した。
「ツカっちゃんはパラサイトに会ったことあるんだよね。ヤバそうな奴だった?」
(『ヤバそう』というか……)
「こっちの話を、あまり聞いてくれてなさそうな感じでした。お祈りを熱心にしていたので、教会の人なのかと思っていて」
「殺人犯なら、暗殺ギルドとは真逆の立ち位置のNPCなんじゃないですか? ネクロアイギスの殺人鬼リュヒルトって、暗殺ギルドとは無関係なNPCだって掲示板で情報出てましたし」
「マジか。運営の暗殺NPCでランダム登場するって話もどこかで聞いたのに、関係ない癖に出てくるってスゲー出たがりだ!」
今しがた得た情報に対して、感想会のような雑談になる。こういった感想を言い合うのもツカサは楽しかった。
結論として、カルガモの力強い一言「博士はどの時代でも大正義だったんだ」で締めくくられた。
「うーん、待ってても次のアナウンス無いし、クエはこれで全部終わりっぽいね。ツカっちゃん、えんちゃん、上に帰ろう!」
「何かあっさりし過ぎて逆にすっきりしないけど、まぁ、個人のハウジングから発生したクエだもんなぁ。こんなもんですよね」
「はい。帰りましょう」
「あ。公爵領の衛星信号機にテレポする? その方が早いよね」
3人は衛星信号機を選んでテレポートした。
視界が暗転する。
(あれ? 暗転?)
ふと、テレポートした時にこんな長い暗転の演出があっただろうかと疑問が湧いた。
視界が開けると、そこは暗い洞窟だった。
ツカサは慌ててミニマップを確認して、《監獄「ラプラプス」地下空洞》という表示にギョッとする。
「監獄の地下……!?」
すると顔色を白くしたカルガモが、バッと勢いよく手を挙げた。
「初見です!」
「えっ」
続けてガバッとツカサに頭を下げる。
「よろしくお願いします……!!」
ツカサも急いでカルガモにお辞儀を返した。
「こ、こちらこそよろしくお願いします……?!」
顔を上げると、今度はうつろな目のえんどう豆がツカサに言う。
「あの猫が、その回線を……――抜けていいですか……」
「えんどう豆さん!?」
「俺達のタンク! しっかりして!?」
「こんなホラー待った無しの場所にいられるかー!!」
えんどう豆の雄叫びのような悲鳴が洞窟内に響き渡った。