第13話 即席フレンドハウジング
――ネクロアイギス王国・東城門の衛兵『リュヒルト』
(ゲームキャラクターだったんだ)
戦争イベントでルートを倒した人物の名前だ。あの時は突然視界が真っ赤になり、本当に怖かった。赤い魚の仮面が強烈で、酷く印象に残っている。
ホームの領地で怖い思いをするのは和泉達も嫌だろうと考え、ツカサは彼を《勧誘しない》を選んだ。
拠点では【ペットテイム】で手に入れたというミニミケ猫を腕の中に抱えた和泉と、傍に座って尻尾を振っているミニコーギーを撫でるチョコが、本邸の土台が自動で作られていく様子を眺めている。
2人は先ほどまで、坂道を集団大移動で上がってきて、小川で同胞との再会を果たしたミニカワウソ達のために、ログハウス風の犬小屋を小川の傍に設置していた。
しかし∞わんデンから、
「キミ達、まずは自分達の家の方を作りなさいな。工房あった方が建築材料を作るのも効率いいんじゃないの?」
と指摘されて、本邸建築に着手し始めたところなのだ。
ツカサが眼下を見ると、領地内の森や平原、滝壺にポツポツと他のプレイヤーがいた。滝壺で釣りをしている人達の周りには、2、3匹のミニコウテイペンギンの雛がそれぞれひっついているようだ。
領地内の大通りでは、ところどころにチャボやウコッケイ、ロシアンブルーが自由に横断している姿が見受けられる。
ツカサは領地に下りて、アイギスバード領地の領民になったという鍛冶師ギルドの『ヘパスヴァ』がいる四角い石造りの住居へと向かった。
住居の前には、ゴーグルを首に下げた作業着姿の山人男性がいた。頭上の名前が出ていないのでゲームキャラクターなのは間違いない。
よく見ると、ツカサが知っている顔だった。相手もツカサを見るとニカッと笑う。
「おー! アンタが領主様か! 雑貨屋で目当てのもんは買えたかい!?」
「は、はい! 宝石と本をいっぱい買いました」
「そりゃいい!」
ハハハッと豪快に大きな声で肩を揺らして笑う。怒鳴り声のような大声なのでびっくりしてしまうが、怒っていないのは彼の態度で一目瞭然だ。
(えんどう豆さんと話すきっかけになった人だ)
鍛冶師ギルドの出入り口にいたえんどう豆に対して『アイツから買ってやってくれ』と声をかけるきっかけをくれたゲームキャラクターである。そんな思い出深いへパスヴァが領民になるのは嬉しかった。
「俺はヘパスヴァだ。そんでここでも鍛冶をしようと思っているんだ! 鍛冶師ギルド支部なんてな! この建物も手を入れようと思うんだが、勝手にいいか?」
《アイギスバード公爵領で『鍛冶師ギルド』を開きますか?
領地に設置出来るギルド支部は最大4つです》
《はい》 《いいえ》 《保留》
ツカサは《はい》を選んだ。頭に浮かぶのは、えんどう豆のことだ。
それからえんどう豆にメールで、鍛冶師ギルドのことを書いて送った。返事は直ぐに『マジですか』と返ってくる。チャットみたいな短文に思わず笑ってしまった。
今度は個別のフレンドチャットで『へパスヴァさんに会いに、うちの領地に遊びに来ませんか?』と誘う。えんどう豆は何やら迷っていたようだが、こちらに来ることになった。
えんどう豆を待つ間、ツカサは近くの大通りの端で、しゃがみこみウコッケイをつついている種人プレイヤーの存在に気付く。
頭上の青色ネームは『カルガモ』。見た目は緑の短髪に若草色の瞳の少年で、肩にはオカメインコが乗っている。見覚えがあった。
(バード協会さんと雨月さんのフレンドの――……)
相手もツカサの視線に気付き、振り向いた。目が合う。
するとカルガモは、直ぐにニッと笑って元気よくブンブンと手を振った。ツカサも遅れて手を振り返し、笑顔を返す。
「こんばんは、ツカっちゃん! お邪魔してまーす」
「!? こんばんは……」
(わっ、人見知りしない人なのか)
一瞬でつけるあだ名や距離感の詰め方が、どことなくカナに似ていると思った。親近感が湧く。
ツカサはオオルリを召喚して、カルガモへと近寄った。するとカルガモの肩に乗るオカメインコが顔を傾げてジッとオオルリを見つめる。オオルリはフワッと羽ばたいてオカメインコの隣に降り立つと、軽く羽を広げて鳴いて挨拶をした。オカメインコは身体を前後に動かして喜んでいる。
「オオルリだ。バドちゃんの好きなやつ」
カルガモはくすぐったそうに2羽に笑いかける。
「カルガモさんも、鳥が好きなんですか?」
「うーん、バドちゃん……フレほど好きって断言するところまでいかないかも。俺、飼ってるオウムが好きなだけなんだよね。勿論、鳥全般も可愛いとは思うんだけど。オウムほどじゃないっていうか」
「わかります。僕も声が綺麗な野鳥が特に好きだったりします」
「やっぱ好みがあるよな。このウコッケイって鳥もさ、なかなか厳ついのに、ふわっふわなのが衝撃だよ。こんな外見だったんだなぁ、ウコッケイ」
しみじみとカルガモは感想を言う。2人はウコッケイを囲んで話に花を咲かせた。
「鳥自体よりも卵が有名らしいですよね」
「でも食べたことないなー」
ツカサとカルガモが話していると、アイギスバード公爵領の前の道にえんどう豆がポツンと所在なさげに立っている姿が目に入った。
ツカサが気付いて駆け寄り、迎えにいく。
「えんどう豆さん! お久しぶりです」
「……ども。や、そのなんかフレとの話の邪魔して……すみません」
「フレ?」
後ろからカルガモもやってきて、ツカサと顔を見合わせた。2人とも首を傾げる。
「いや、ツカっちゃんとはさっき初めて話したような?」
「はい」
「知らない奴とその場で仲よさげに話を……!? そんなことありえます!?」
「ハハ、もう話してるなら知らない奴じゃないじゃん。えんちゃんもよろしく」
「!?」
ギョッとしたえんどう豆は「コミュ力おばけが2人……!」と戦慄していた。
カルガモに緊張しているのか、少しの間、えんどう豆の動きはギクシャクと固いものだったが、へパスヴァに「おう! えんどう豆じゃねぇか!」と明るく声をかけられてからは肩の力を抜いていた。
えんどう豆とへパスヴァの会話を邪魔しないように、離れた場所にいるツカサの隣にカルガモが並ぶ。羨ましそうに呟いた。
「いいなぁ、鍛冶師ギルド。うちの傭兵団の公爵領も、リュヒルトすり抜けを何とか成功させたはいいんだけど、代わりに来たのって戦闘職のギルド領民ばっかりだったんだ。だからってもう一回追い出して領民ガチャすると、今度こそリュヒルトが定住しそうで怖いしなぁ」
「リュヒルトさんを《勧誘しない》で断らないんですか?」
「ツカっちゃんはその選択肢出たんだ。おめでとう! うちの団長のくーちゃんは出ないフラグ持ちなんだよ。無念なり」
カルガモが、がくりと肩を落とす。
「戦闘職のギルドは、何がダメなんでしょうか?」
「人によるとは思うけど、俺的にはハズレかなぁ。街と違ってギルドクエの機能ないんだって。アイテム交換だけだからさ、それだったら素材とか家具を買える生産職のギルドがいいよなぁって思う! あと生産職ギルドだと領民の幸福度が安定するんだって」
「幸福度?」
「実は俺もよく知らない。サブやモブキャラの好感度と同じで俺達には見えないステータスらしい?」
「へえ」
そこでへパスヴァの明るい大声がツカサ達の方まで届いてきた。
「えんどう豆もここに住めばいいじゃねーか!」
「……いやいやいや?!」
慌てふためくえんどう豆に向かって、カルガモが少し声を張り上げて付け加える。
「領主のフレンドはその領地内に住めるんじゃなかったっけ!」
「へっ!?」
「通常のハウジングと同じSSからLの中で好きな大きさを選んで買えるって聞いたけど」
「ええぇッ!?」
「位置はNPCの家と違って、道がないところでも建てられるとか」
「マ……マジですか……」
カルガモの情報にはツカサも驚く。
えんどう豆は、ヘパスヴァとの会話を終えてツカサ達の傍へと戻ってきた。
「えんちゃん、NPCに移住勧められるってことはハウジング買えるお金を持ってるんじゃないか? 購入、どっか考えてるの?」
「あ、いや……それは」
えんどう豆は目を泳がせて俯いた。チラッとツカサの顔を窺って渋面で重い口を開く。
「――金は、結構貯めて持ってます。でもまだ色々と、このままソロ傭兵団作って……本当に買うのがいいのか、そこの所をすげーモヤってるっていうか。ツカサさんと無限わんデンさんに傭兵団誘われたのを、蹴った感じになってんのも未だに引っかかってるっていうか……」
「えんどう豆さん」
ガシガシと頭をかいて、えんどう豆は苦笑いした。
「いや、どっち選んでもぶっちゃけモヤるんだろうなぁとは思ってるんです。ってかやっぱりソロじゃないと他人が気になってログインしづらくなるのは経験済みなんで、ソロの方が、心が平和だって答えはとっくに出てる訳で」
「――わかる! ログインがなんか気まずいってやつ!」
それまで黙って聞いていたカルガモが、力強くえんどう豆に頷いた。
「俺も引退から復帰して、掲示板に生存報告を書き込む時が1番緊張して震えたよ! 本気で小1時間悩んで顔文字で様子見たし! えんちゃんも迷ってるなら、余計にフレハウジングで様子見していくのいいじゃん。傭兵団なくても個人で買えるらしいし、煩わしくなったら街のハウジング買って引っ越すってのはどう?」
「僕も構いません。えんどう豆さんなら大歓迎です」
「マジか……」
えんどう豆は、ヘパスヴァの住居と滝壺のマーケットボード、衛星信号機の位置を見て「便利な立地なんだよな」とうなる。そしてヘパスヴァの住居の裏の地面を指差した。
「……じゃ、じゃあこの辺の土地とか」
「はい、いいですよ」
「うおっ、システムのところにガチで購入画面がある!? で……ではー、買ってみます」
何故か小声でそう宣言すると、えんどう豆は手元のブラウザをタップした。
ツカサの前にアナウンスのブラウザが出る。
《フレンド「えんどう豆」から、アイギスバード公爵領にSサイズの土地購入申請がありました。NPC用の土地とは違い、領主でも強制的または無断での撤去が出来ない建造物になります。慎重に検討してください。了承しますか?》
ツカサは《はい》をタップした。《フレンドが購入した区画は、領主の土地ではなくなります。本当にフレンドの土地の購入を了承しますか?》と再度聞かれて《はい》をタップした。
《フレンド購入での領地内の土地に関するトラブルが発生した場合は、速やかに運営へと報告してください》
「ツカサさんの方に、俺が払った土地代は入りました?」
「いえ」
「おぉ……プレイヤー間での金の取引ってないのか。システムに呑まれるなら良かった」
えんどう豆は、金銭のやり取りが発生しなかったことにホッと安堵している様子だ。
そうしてツカサとえんどう豆が和やかに笑っていると、すっとんきょうな声が上がった。
「ほ、本当に買った……の!?」
「え?」
「はい?」
目を丸くするツカサとえんどう豆に、カルガモは真っ青になっている。
「いやだってだって、こんなデカい買い物そんなポンポンとその場で買うとかないじゃん!?」
「とりあえずSサイズなら買いやすい額だったんで」
「Sだって1000万いるじゃん! うわぁっ、焚きつける感じになってごめんなさい!」
エモートで土下座を繰り出すカルガモを、ツカサとえんどう豆が慌てて止める。
「いやいや、カルガモさんに背中を押されなきゃこんな冒険だってしなかったんで! 気に病まないでくださいよ」
「僕もフレンドが土地を購入出来るって教えてもらえて良かったです」
「うっ……2人ともありがとう……。ノリで色々言っててごめんよ」
足下の地面には四角い区切りを作る青い線が浮かんでいた。えんどう豆から順番に青い線の中に入り、ツカサとカルガモも後に続いて枠の中に入る。
周りを見渡して、えんどう豆はポカンとした。
「なんか……広い……広くないですか?」
「……3LDK、さらに別途庭付きって感じの広さかも」
「やっぱり! 街のS土地より広いですよね、カルガモさん!?」
「そうなんですか?」
「うん。そうなんだよツカっちゃん! これはお得物件! 良かったぁー」
カルガモが胸を撫で下ろす。だいぶ気にしていたようだ。
そしてえんどう豆は、ポツポツと居る他のプレイヤーの姿に目をやった。
「だけど今更ながら人通りが多くて人目が気になる……。いくら裏に建てたって言ってもスゲー目立ちますよねココ」
「この領地、まだそんなに家が建ってないもんね」
「じゃあ、何軒か建てます」
「!?」
ツカサは《ミニチュア・プラネットダイアリー》を操作して、道沿いに10軒ほど住居を建てる決定をした。
えんどう豆は「行動力がホント凄い」と顔を引きつらせる。カルガモがうめきながら顔を覆った。
しかしカルガモは、直ぐに「あ!」と顔を上げて提案する。
「人の目が気になるなら高い塀で囲んでシャットアウトすれば良くない!?」
「塀……は有りだけど、結局出入りしているところ、見られるんだろうなぁ。勢いでここにしたの、まずった。よく考えなくても無限わんデンさんがいるんだし、ツカサさんの領地って人気スポット確実ですよね。絶対常に人が行き交うところ……」
「えんちゃん、だから出入り口を作らずに塀でぐるっと閉じるんだよ」
「は?」
「移動は衛星信号機のテレポートで済ませる」
「……」
「……」
えんどう豆は口元を手で隠し、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「……天才かよ……!」
「だよね!? この閃き、俺も自分でビックリしたよ!」
(えっと、それって不便なんじゃ……?)
ツカサが目を白黒している間に、早速えんどう豆が4メートルはありそうな白い壁を建てた。白い壁に囲まれて閉じ込められ、圧倒される。ツカサが額縁に入ったような青空を見上げていると、カルガモが同じく見上げながら擦れた声で呟いた。
「……ドラマの、刑務所の壁の中っぽい……」
「やっぱり、出入り口はいるんですよ……。デカい買い物の後の勢いってヤバイですね……」
と、えんどう豆の疲れた声が壁の中に響いた。
その後は、どの辺りの壁を壊して門にするか吟味した。ツカサもその門の前に舗装した細道を設置しようと考える。
「出入り口と言えば、井戸」
「あー、ダンジョンでしたっけ。でもアレって確か、ある領地がレアだって聞きましたよ。カルガモさんのところの公爵領ってあるんですか?」
「ないよ」
「ツカサさん、アイギスバード領地ってダンジョンあるんですか?」
カルガモとえんどう豆に話の水を向けられたが、ツカサの知らないことだった。
「ダンジョンの話を知らないです。領地にあるものなんですか?」
「あるらしいですよ。俺も掲示板で話されているのを見ただけで、ぶっちゃけわかんないんですが。まだ攻略サイトにも領地関係の情報ってまとめられてないんですよね」
「ここって『山に何かが隠された公爵領』って名前じゃなかった? 山の中にダンジョンありそー」
2人の話によると、井戸の中にダンジョンが発見された領地があったそうだ。
その井戸への侵入に関してはブロックリストが無効になるらしい。領地でブロックされて入れなくても、井戸の中には瞬間移動出来るとのこと。ただし、井戸の外の領地には出られない。
えんどう豆は「井戸は山と関係ないんで意味は無いと思いますけど、俺が気になるんで一応試しに設置してみます」と断って、井戸を作った。石造りの正方形の大きな井戸はなかなか風情がある。
3人は恐る恐る井戸の中を覗き込んだ。ここでも種人用折りたたみ脚立が役に立つ。
カルガモは手を下に向かって伸ばし、ブラブラと空中で振った。
「ダンジョンではなさそう? 特にアナウンスが出ない」
「この井戸、壁に階段があるんですね」
「手すりもあるけど……どうします?」
3人は顔を見合わせた。そしてツカサへと、自然と2人の視線が集中する。
ツカサは彼らの視線を受け止めて、ゆっくりと頷いた。
「下りてみましょうか」




