第12話 好感度の顕在化
ヤシの実は、木彫りの置物だった。
チョコが木工師で彫ったものだそうで、見た目のオシャレとして抱えていたがハウジングの家具だという。それで重い音がしていたのかと、ツカサはようやく合点がいった。
ツカサとチョコ、そして和泉の3人は、ヤシの実が中央に置かれた円形の切り株テーブルを囲んで今までにないほど真剣な顔つきである。
先ほど出した野生動物のミニカワウソは、自由気ままに小川をピチャピチャと練り歩いていた。
そんな中、雨月が衛星信号機でテレポートしてくる。待っていた3人は勢いよく立ち上がった。
「すみません、雨月さん! チャットで突然呼ぶ形になってしまって」
「気にしなくていい」
雨月は二刀流剣士の格好だった。装備を変えたらしく、以前は漆黒だったジャケットが紺碧色で金色の縁取りのあるものに変わっている。それだけで随分明るくなった印象を受けた。
「本当にコウテイペンギンの雛を野生動物に設定していいんですか? 他のプレイヤーにペットテイムされることになるんですが……」
「ああ、構わない」
実際にどんなコウテイペンギンの雛が出てくるのか、雨月も見にきたのだ。
そして雨月は、ツカサが瞬きをした瞬間にヤシの実を手に持っていた。唐突なヤシの実の出現に目が点になる。
切り株テーブルを振り返れば、テーブルの上にあったヤシの実が消えていた。代わりに立ち上がったチョコが三角帽子を頭から取って深々と雨月に頭を下げている。
「……」
チョコの感謝の気持ちをトレードでプレゼントされた雨月は、表情を崩さないまま反応に困っているのが見て取れた。
「ハウジングの家具なのです。不要なら売ってくださいです」
「こだわりが、あったんじゃないのか」
「気にしないでくださいです。チョコ・クルーソーは、今日で卒業なのです」
「流行り廃りの消費スピード感よ」
∞わんデンが再びログインしていた。笑顔で右腕を挙げて手をヒラヒラと振っている。「チョコさんはVRMMOを全力で楽しんでおるね」という∞わんデンの軽口に、チョコは太眉を上げて自信に溢れた表情を見せた。
それから全員で坂道をくだり、領地へと下りた。滝壺の傍は水気があってひんやりしている。
ツカサは要望を聞き、《ペットテイム用・野生動物設定(10種類)》を選ぶ。
『通常野生動物』からは犬、猫、魚。
『プレイヤー召喚獣』からはオオルリ、カワウソ、ウコッケイ、ウズラ、チャボ、コウテイペンギンの雛、ミサゴだ。
カワウソは事前に1匹出しているので19匹。他は全て最大数の20ずつにする。1種類10万消費で、値段は固定。数によって変わらないので最大数にした。
領地運営費5000万Gから、道と野生動物で合計300万Gが減り、現在4700万G。
この領地運営費を自由に補充出来るようになるのは、ゲームキャラクターの領民が出来てかららしい。
野生動物は【ペットテイム】をされて数が減っても自動的にいなくなった同じ個体がポップすると説明にある。
早速、動物達が目の前に出現した。和泉とチョコが目を輝かせる。
「サ、サモエド! それにこのグレーの猫ちゃんは!」
「ロシアンブルーなのです!」
フサフサで笑顔が素敵な真っ白な犬達と、綺麗なグレーの短毛の猫達は、和泉とチョコを釘付けにしている。
現実の大きさより小さく、子犬や子猫ぐらいの大きさになっているので余計に可愛く見えた。
和泉は足に身体をこすりつけてくるミニロシアンブルーに、撫でるかどうかを迷っている様子で頬を赤く染めてあわあわしている。
チョコはミニサモエドの鼻の前に手のひらを開いて差し出して、ミニサモエドがフンフンと匂いをかぐのを待ってから、フサフサの首元をゆっくりと撫でていた。「可愛いのです」と、いきなり頭から撫でない犬に慣れた仕草に、現実で犬を飼っている人だなと思った。
頭上では小さなオオルリとミサゴが飛んでいて、ウコッケイとチャボは「コケコッコー」と騒がしく鳴きながら散開していく。ウズラも気ままにバラけ始めていた。
魚は既に滝壺の泉の中で泳いでいる状態だ。
魚のリクエストは雨月で、彼は興味深そうに滝壺を覗き込んでいた。泳いでいるのはアユだ。
泉の縁にはミニカワウソとミニコウテイペンギンの雛も並んでいた。彼らは雨月と同じように水面を覗き込んでいる。いきなり水の中で沈んでいる子がいなくてホッとした。
ミニコウテイペンギンの雛も、子犬ほどの小ささになっていてツカサは驚く。近くにしゃがみ込むとミニコウテイペンギンの雛達が寄ってきてツカサの周りで集まり、モコモコの押しくらまんじゅう状態になる。どうやって脱出するか、困ってしまった。
雨月がモコモコの塊に近付くと、ミニコウテイペンギンの雛達は、今度は雨月の足下へと移動を始めて、ツカサから笑みがこぼれる。
「この子達は小さいですね。ここは、現実にはありえない動物の大きさを大事にしているのだと思ってました」
「戦闘職と線引きをしているんだろうな」
動物達から距離を取る∞わんデンが「ってか通常野生動物の選択肢に鳥がない辺りは、神鳥獣使いをサブで取れという製作者の無言の圧を感じるわ」とぼやく。そしてミニサモエドとミニロシアンブルーの集団を見て「うーん、1種類固定。全部同じ犬猫か」と言った。
和泉とチョコ、ツカサがすかさず反応する。
「みんな顔が違うよ!?」
「耳や尻尾の形も違うのです!」
「毛色も違うと思います」
「アッ……ゴメンナサイ許して」
和泉が掲示板を覗く。そこから拾った情報を話し出した。
「今、上がっている情報だと、通常野生動物の固定って領地ごとに違うみたい。ミケ猫が出てる領地あるんだ……! いいなぁ」
「【ペットテイム】の出番なのです。チョコも柴犬が出る領地を探したいです。一緒に領地巡りしませんか?」
「うん! って、うわっ!? 好きな種類が出なくて男爵領地のリセマラを始めた人が出てきてる……!」
和泉の情報に、∞わんデンが渋い顔をした。
「MMOのハウジングで厳選とな……。金がいくらあっても足りんでしょ。【ペットテイム】で我慢したまえよ」
「あれ……? 【ペットテイム】の話が出てないかも……?」
「いやでも、レアじゃないでしょそのスキル。攻略サイトにも載ってるし――」
直ぐに調べた∞わんデンが、顔を上げてツカサを見る。
「【ペットテイム】、秘儀導士での特殊行動で出現させてゲットするスキルらしい。今のところアイテムでの入手先が知られてません。ツカサ君、荒稼ぎのチャンスでは?」
「でも、彫金師のHQ効果はつけられるものがランダムなので、狙って作れないから難しいです」
「あー、そう上手くはいかんのね」
和泉が「今の時期に秘儀導士を始める人が増えてるっぽいのって、それも理由なのかな」と言い添えた。
雨月と一緒にウズラを触っていたチョコが、ツカサに尋ねる。
「餌はあげられるのです?」
「食べ物がいらない存在みたいです。けど、食べ物をあげて個々の好感度は上げられるそうです。テイムされていなくなっても、いなくなったのと同じそっくりの個体が好感度を引き継いでポップするみたいですし」
「――待って、ツカサ君。今、〝好感度〟って言った?」
「はい」
∞わんデンが眉間に皺を寄せて半眼になる。
「ここにきて好感度システムか。今まで実害ないから気にしてなかったけど、……やっば。チョコさんや、俺達やらかしたかもですぞ」
チョコは不思議そうに首をひねる。
一方∞わんデンは演技がかった態度で両手を合わせ、「俺の予想が外れていることを祈る」と目を閉じたままつけ加える。
「そうだ、雨月君。お試しに領地掲示板に書き込んでみないかね」
「掲示板に?」
「それで内容なんだけど――」
その日は皆、野生動物と触れあいながら相談や雑談が中心だった。
ツカサは野生動物達に合わせて、領地の自然を決めた。
とりあえず岩肌のような山や大地を30万Gで緑に変える。木々が生まれ、そこに連なる周辺の平地も森になった。そこまでがデフォルトの山セットだ。森が途切れた平地は10万Gの草原を領地いっぱいに広げた。ミニサモエド達が気持ちいいくらい全力で走り転げていた。
(鳥の止まり木、欲しいなぁ。でも本邸の庭具で設置した方が、ミニオオルリやミニミサゴは留まってくれるかもしれない。巣箱とかも、庭具にあるかな?)
滝壺の縁から離れず、寝そべったり水面を覗き込んでいるミニカワウソ達は、自分達が泳げないミニカワウソだということを知っているのかもしれない。
哀愁を感じたツカサは《自然物のカスタマイズ設定》で水の中に大きくて平べったい石を大小様々に設置した。縁から階段のように並べた石もあれば、石の上に乗ればミニカワウソの身体が水面から半分出る足場になるものを多数設置したのである。
これら5万Gの設置が終われば、真っ先に飛び込んだのはコウテイペンギンの雛で目を丸くした。
次の日。《本日6月4日18:00より、全てのプレイヤーがハウジング領地を購入出来るようになります》というお知らせを確認してからツカサがログインすると、拠点には大きな建物が建っていた。
和泉とチョコがその前で、ホクホク得意げな笑顔で仁王立ちしている。
「わっ、凄く立派ですね」
「外装は大英博物館、内装は海遊館風だよ!」
「でもジンベイザメはいないのです。魚もまだいませんです!」
「そう、雰囲気を楽しんでね!」
テンションの高い2人に案内されて中に入る。きっと1日でここまで建てるなんて大変だっただろう。
入り口をくぐった瞬間、テレポートで最上階に飛んだ。そして最上階から中央の大きな水槽に沿って作られているらせん状の通路をゆっくりと下りていく。途中、壁に通路があって広い部屋の別の水槽の展示室に繋がっていた。
(へぇ。水族館ってこういうものなんだ)
物珍しくてついついじっくりと時間をかけて見回る。薄暗く青い水槽がほのかに光っていて、水槽の中に魚はいないが綺麗だ。ゆったりとした時間が流れる空間で居心地が良い。
「自分達で釣った魚を少しずつ入れていこうと思ってるんだ。同じ魚だけでも見応えあるだろうし、ツカサ君もよかったら展示してね」
「はい!」
最後に出口のある一階のフロアは部屋の外が水槽になっていて、天井や足下の床が透明になっており360度水槽になっている場所だった。隅に小さなカウンターがあり、メイド服の見知らぬうさ耳の森人の女の子がいる。
ツカサ達を見て彼女はニコッと笑い、一礼した。
「ここは雨月君の手持ちを売る売店なんだ。だからNPCを雇ったよー。あの子はネザランちゃん。私達がいなくても販売してくれるの。売店の横の通路は、まだ工事中だけど隣に建てる予定のお店と繋げるつもり。魚はいないけど、雨月君の売店があるんだし、早めに開業することにしたんだ。しばらくは水を眺める水族館になるけど……」
和泉が申し訳なさそうに苦笑いする。
チョコが和泉に向かってトンッと胸を叩いた。
「チョコにお任せくださいです」
「チョコちゃん……!!」
「最終手段はマケボなのです」
「チョ、チョコちゃん!?」
外に出ると、領地掲示板のアイコンが点滅していることに気付いた。書き込みがあったらしい。
(そういえば昨日、雨月さんも書き込んでくれていたからそれかな?)
ツカサは領地掲示板を開く。
□――――――――――――――――――□
4:ツカサさん [アイギスバード公爵家当主] 2xx1/06/03
訪問される方、こんばんは
5:∞わんデンさん [アイギスバード公爵家] 2xx1/06/03
うちの当主様とアイギスバードの面々に直接ちょっかいもしくはメール送ってきやがったらこれもんよ
>>https://~(13thカオスのPK動画・派手な効果音とBGM付き)
覚悟してねー(^^)/
6:雨月さん [アイギスバード公爵家] 2xx1/06/03
全員キルする
7:ゆゆかさん [流浪の民] 2xx1/06/04
怖いw
こんにちはー! かわいい生き物ばかりで楽園ですかここwww
無限わんデンさんの配信以外でもちょくちょく遊びにこさせてもらっちゃいますね!
8:バード協会9さん [まいるど鳥獣戯画公爵家次期当主] 2xx1/06/04
こんばんは
アイギスバード様の鳥を【ペットテイム】しても構いませんか!?
お願いします何でもするんで!! ○| ̄|_
9:陸奥さん [リージョン侯爵家当主] 2xx1/06/04
公爵領開通おめでとう
黄金ネーム対戦か いいね
10:バード協会9さん [まいるど鳥獣戯画公爵家次期当主] 2xx1/06/04
PVPは何でもに含まないでくれる!?
11:GGさん [GG侯爵家当主] 2xx1/06/04
Hi :-))
初見よろしくお願いします
12:ロイヤル聖女さん [流浪の民] 2xx1/06/04
無限わんデンさん推しの民です
戦争イベントではお世話になりました
時々お邪魔させていただきます
13:隻狼さん [大神侯爵家当主] 2xx1/06/04
永住希望
14:マウストゥ☆さん [マウストゥ☆侯爵家当主] 2xx1/06/04
土地持ちが妄言やめろwww
どうも 東遠方の地主だがよろしく
15:まかろにさん [まかろに伯爵家当主] 2xx1/06/04
ご近所なのでよろしく~
いつでも遊びにきてね
16:ミントさん [タイムオーバー侯爵家] 2xx1/06/04
初めましてこんにちは! お向かいの者で~す♪
折角ご近所さんになったんだし親睦を深めませんか??
あ! 武器のトレード交換会とかどーでしょー?!
すっごい面白そう! よろしくでーす☆
17:チョコさん [アイギスバード公爵家] 2xx1/06/04
( ̄・ω・ ̄)
18:ミントさん [タイムオーバー侯爵家] 2xx1/06/04
(´・_・`)
19:最中さん [タイムオーバー侯爵家] 2xx1/06/04
ああ……ご迷惑をおかけして本当すみません
とっちめておくのでミントの提案はスルーしてください
□――――――――――――――――――□
(近くの大きな領地の人達が書き込んでくれてる! 僕も挨拶しに行った方がいいかな?)
よその領地がどんな感じにしているのか、参考がてら見学させてもらうのもいいかもしれない。
領地掲示板の最初に記載した文章は編集出来るので、当初『いらっしゃいませ』としか書いてなかった文章を『訪問された方へ。【ペットテイム】OKです。山の上に水族館があるのでぜひお立ち寄りください』に書き換えた。
(雨月さんとわんデンさんが荒れないように悪役をやってくれてるんだ。団長としてしっかり対応しよう)
《ミニチュア・プラネットダイアリー》を起動する。道沿いに建てる住居の一覧が光って点滅していた。
試しに四角い石造りの住居を一軒建てる。これは1番値段が安い建物で一軒30万G。木の扉を開けて中に入ると、何も無くてガランとしていた。その家に住むゲームキャラクターが共に現われると想像していたが、そうではないらしい。無人だ。
滝壺の傍に誰でも座ってのんびり出来るように、石の長椅子を設置した。2つで1万G。
1万Gの出費を、何故か安く感じ始めていて危険だ。段々と金銭感覚がおかしくなってきている自覚がある。
(彫金でまた稼がないと――……あ! マーケットボードって設置出来るのかな)
領地に200万Gで設置出来るようなので、滝壺の傍に置いた。本邸からも近い方が便利だろうと思う。
この設置を報告すると、和泉とチョコがとても喜んでくれた。しかし和泉は次の瞬間、ふと笑みを引っ込めて呟く。
「ますます、主要都市から足が遠のくかも」
「あ……」
そして次の日、新しいアナウンスがあった。
《アイギスバード公爵領を訪れた人物がいました!
◇神鳥獣使いギルド『ライア』
→彼女は他の傭兵団員を見て領地を去りました……。
◇鍛冶師ギルド『ヘパスヴァ』
→彼はアイギスバード公爵領を気に入ったようです!
◆領民になりました!
◇ネクロアイギス王国・東城門の衛兵『リュヒルト』
→彼はアイギスバード公爵領に興味が湧かなかったようです。
《勧誘する》 《勧誘しない》 》




