第11話 ペットテイム用・野生動物のラインナップ
ツカサはステータスの所持金を確認した。今の所持金は5150万200Gだ。
おっかなびっくりに、目の前のブラウザに投入資金の数字を打ち込む。
(じゃあ、1000万ぐらい……?)
《領地運営の初期費用を1000万G投入します。
この資金内で開拓を進めます。1000万Gでは領地の採集場所が解放されませんが、よろしいですか?》
(え!? それじゃもう1000万を)
《領地運営の初期費用を2000万G投入します。
この資金内で開拓を進めます。2000万Gでは《自然物のカスタマイズ設定》機能が解放されませんが、よろしいですか?》
(ええっ!? も、もう1000万……)
《領地運営の初期費用を3000万G投入します。
この資金内で開拓を進めます。3000万Gでは《ペットテイム用・野生動物設定》機能が解放されませんが、よろしいですか?》
「……」
ツカサはしばし無言になると、あと2000万Gを機械的に加えた。
《領地運営の初期費用を5000万G投入します。
この資金内で開拓を進めます。全ての機能が解放された状態から始まります。よろしいですか?》
無心で《はい》をタップする。一瞬でツカサの財産は無くなった。
一拍おいて、はあっと溜息をこぼす。「どったの?」と∞わんデンに声をかけられてハッと意識を引き戻した。
「あ……、変な顔をしていましたか……?」
「いやぁ、初めてツカサ君のスゴイ真顔を目撃したわ」
「……5000万も、『ミニチュア・プラネットダイアリー』に使ってしまいました……」
「5000万を溶かした顔だったの。そりゃ真顔になるね。領地買えるじゃん」
∞わんデンがけらけらと笑い飛ばした。それから、ふっと笑みを引っ込めると、ツカサに近付き小声で話す。
「ここだけの話、俺もあんまりお金がありません」
「わんデンさん……」
「和泉さんに渡したからね。仕方なし。肝心な時に頼りにならなくてすまんね」
「いえ、そんなことは」
「ツカサ君。お隣さん予定の古書店主に、どんな印象を持ってる?」
「え?」
一瞬何を言われたのかわからなかった。そのまま隣を見上げると、生真面目な表情の∞わんデンと目が合う。
「その、ブログでお世話になっていますし、和泉さんだって……。実際、戦争イベントの時も一緒に――」
「あの人、不正行為してアカウント削除されている前科があるんだよ。キャラ作り直した理由はそれね」
「え!?」
(だから名前が変わっていたんだ)
いつからだったか、ブログのHNは『柳河堂』だが、プロフィールに載っているゲームキャラクター名が『古書店主』に変わっていた。今更ながら、その理由がアカウント削除だったのかと合点がいく。元々ブログ名が『ネクロアイギス古書店主の地下書棚』なので、『古書店主』になっていても特に気にしていなかった。
∞わんデンはポリポリと指で頬をかき、言いにくそうに話す。
「いやまぁ、いいんだけどね。くろ……和泉さんの勝手だし、何度も言うようだけど俺がどうこう言うことじゃないからさ。和泉さんも例えお金が返ってこないことになっても後悔しないでしょうよ」
「わんデンさんは、和泉さんのことを心配しているんですね」
「多少はね。しかも相手、ライターやるんでしょ。メディアの人間になるじゃん。関わって大丈夫なのかって……はぁ、俺が考え過ぎなのか?」
∞わんデンは自問自答のような言葉を呟いて遠い目をする。
ツカサは、以前聞いた和泉の言葉を思い出した。
『ツカサ君、この戦争が終わったら私……色々ゲームでやってみるね。他にも古巣の動画配信から……今度は1からひとりでやってみる!』
「和泉さんは」
ツカサは背後を振り返って、池の橋の上でチョコと話している和泉の横顔を見る。明るい表情で本当に楽しそうだった。
「また、わんデンさんみたいに復活するんです」
ツカサは軽く笑って、何でもないことのように告げた。
∞わんデンは目を点にして自分自身を指差し尋ねる。
「俺みたいに……?」
「はい。だから、失敗に挑戦している最中なんだと思います」
「失敗に挑戦? ……??」
∞わんデンはハトが豆鉄砲をくったような顔で面くらっている。それから何かが呑み込めたのか、口元を手で覆ってしゃがみ込んだ。
「あの、えー……、あ、マジか。戻ってくるのか……。俺なんて復帰にもっと時間かかったってのに。立ち直り、早いなぁ……!」
愚痴るような口調で話す、∞わんデンの頬は緩んでいた。
∞わんデンは顔を伏せて「……一旦落ちて頭冷やしてくる」とぶっきらぼうに言ってログアウトした。
(わんデンさん……)
しんみりとする。だけど胸中は、ほっこりと温かくて変な感じだ。
ふと眼下を見れば、道を挟んだ先の領地に5人ほどプレイヤーがいるのに気付く。遠くて頭上のプレイヤーネームは見えないが、見覚えのあるプレイヤーがちらほらいた。
(Skyダークさんの友達の、からしさん? と、前に街中で近付いてきて消えた人だ。それと戦争イベントでネクロアイギス側にいた人も……違うかな? 見たことがある気がするけど、ひょっとしたらベータ最終日の記念撮影に参加していた人だからかもしれないし……)
オープンベータ版の最終日の記念撮影は、言葉を交わした桜と嶋乃以外はほとんど覚えがない。あの時はチョコもいたのだが、当時はツカサの認識の外だった。
戦争イベントで一緒に参加した人達もたくさんいたので、そちらもさすがに全員は覚えていない。会話をしていなかったり別行動だったプレイヤーの顔と名前は記憶にも曖昧だ。
遠目に見るからし達はじゃんけんをしていた。非常に白熱している。じゃんけんに勝ったからしが勝利を掴んだチョキの腕を高々と上へと挙げて、ガッツポーズをしていた。そして杖を腰に下げた魔法アタッカーらしき平人女性は、地面にうずくまってバンバンッとパーの手で地面を叩いている。
しかしその平人女性はガバッと勢いよく身体を起こして立ち上がると、アイギスバード公爵領の方へと猛ダッシュしてくる。
近付いてくると赤色で『ミント』という名前が視認出来た。
ミントはこちらの領地に入る手前で透明の壁にぶつかったようで、それから直ぐに身を翻し、頭を掻きながら困ったような態度を取りつつ、からし達の元へと歩いて戻っていく。困惑顔だが安堵した様子で、笑顔で何かを言っているようだ。
(変だな。『ミント』って名前はブロックリストに入れてないはずなんだけど)
彼女の腰の杖が目に留まる。
(明星杖だ。役に立っているみたいで良かった)
からしは、明星杖を欲しがっている傭兵団のメンバーがいて『引退しそう』と言っていたはずだ。そうならなかったようで安心した。
地図を確認する。『タイムオーバー侯爵領』。これがからしの傭兵団の名前なのだろう。地図を見て、大きな領土の領地名がほとんどついていて驚かされる。昨日の今日で随分たくさんのプレイヤーが領地を購入したようだ。
「ツカサ君ー! ここ、とりあえず作業中に座る椅子だよ。チョコちゃんが作ってくれたんだ」
和泉の声に振り向くと、円形の切り株テーブルと丸太の椅子が3つ、テーブルの周りに置かれていた。1つに、はにかむ和泉とキリッとしたチョコが座っている。
ツカサも「ありがとうございます」とお礼を言って、2人の隣の丸太に座った。3人は顔を見合わせて笑顔を浮かべる。
「のんびり出来て、良いですね」
「いいよねぇ」
「種人用なのです」
「種人用?」
「家具のレシピは〈通常〉と〈種人用〉の2種類があるのです」
言われてみれば、ツカサも苦も無く座れてテーブルの高さもちょうどいい。
「和泉さんは大丈夫ですか?」
「砂人だけど平気だよ。種人用って他の種族だと、見た目が小さくて可愛いって感じるぐらいで不便は感じないんだ。謎の補正が入ってるの。だから遠慮なく、家具は種人用にしてね」
「そうだったんですね」
「でもチョコは〈通常〉の大きさの方が、見た目が映える素敵な家具が多いので悩ましいのです」
そう言って、チョコは抱えたヤシの実らしきものを撫でる。
「領地、だいぶ購入され始めてますね」
「そうそう! 今日18時に10Pから1Pの人も購入が解禁されたんだよ。戦争イベントでは、新大陸のPVPを1回だけ勝ってやめた1P持ちの人が1番多かったらしいから、みんなが目当ての領地まで走って行く光景、凄かった」
「熾烈なハウジング戦争があったのです」
「戦争」
チョコの神妙な語りに、ツカサは思わず反芻した。
「領地のホラーが、ふすまさんの配信で怖い感じじゃなくてコミカルなのが判明した影響もあるんじゃないかなぁ」
「コミカル?」
「幽霊がお化け系というか……ポップでかわいい系の骸骨の造形だったり、深夜にポップする幽霊は青いだけで普通のNPCと変わらない明るさで話して徘徊しているだけだったりだったんだよ」
「真のホラーはSF表記領地のみという噂なのです。空から何かが飛来する領地は未だに誰も買ってないのです」
確かに、地図でぽっかりと誰の名前も記されていない広い土地がある。その土地を見学に行った時の雨月との会話を思い出して、ツカサは多少残念に思った。
(ホラーの意味で怖いなら、パライソさんは関係ないのか)
「ツカサ君のVR本体のホームの方に、ハウジングの購入緩和についてのお知らせがきてなかった?」
「確認してなかったです。領地が気になって直ぐにログインしちゃいました」
「ログインも混雑してたでしょ」
「してました! ハウジングが原因だったんですね」
「対象者で欲しかった人はもう購入したみたい。この購入スピードじゃ、明日には全プレイヤーが買えるようになってるかも。周りも賑やかになりそうだね」
「周り――……そういえば、さっきブロックリストに入れてないプレイヤーの人が、この領地に入れなかったみたいなんです。僕は何か設定をし忘れているんでしょうか」
「あ! それは『ミニチュア・プラネットダイアリー』で領地の道を作ってないからだよ! 外と道を繋げないと他のプレイヤーが入れないって掲示板の書き込みであったよ」
和泉の指摘に、『ミニチュア・プラネットダイアリー』のブラウザを見た。《最初に領地内に道を作って外の公道に繋げてください。領地の時間が動き始めます》と表示されている。
「逆に他のプレイヤーに領地内に入ってきてほしくない人は『ミニチュア・プラネットダイアリー』をわざと放置しようって流れもあるみたい」
目の前に3Dの領地全体の小さな模型映像が浮かぶ。指で触ると、その中に線を引けるようだ。それが道になるらしい。
「領地の道は、坂道と外の道に繋げる形で一直線に引く感じでいいんでしょうか」
「あ……! 前作のSLG『プラネット ダイアリー』と同じで、道沿いに家を建てて町を作っていくものだって言われてるから、それを想定して作った方がいいかもしれない」
(町かぁ……。じゃあ道はレンガが綺麗でいいかな)
設置する道は色々とその種類と色と模様などが選べて、石畳やレンガ、砂地やまさかのコンクリートや金属板などがあった。そしてそれぞれ金額が違う。
レンガ道だと1度の線引きで100万G。これは領地運営費が使われる。ツカサがレンガ道を選んだのは、ネクロアイギス王国の街で馴染みがあったからだ。
「和泉さんならどんな感じに道を作りますか?」
「私!? う、うーん……石畳? で形は碁盤の目にしがちかなぁ。チョコちゃんはどう?」
問われたチョコは首を横に振った。ツカサと同じで町作りのゲーム自体を遊んだ経験がないため、いまいちわからないという。
(後から道も付け足せるみたいだし、とりあえず1本線でいこう。坂道から――滝壺の、泉の周りも道にしておこうかな。丸く囲んでその真ん中から斜め線を、それから少ししてから真っ直ぐの直線に変えて、東の公道へと伸ばして繋ぐ)
3Dの模型映像上で設置が完了した。
《領地の時間が動き始めました! アイギスバード公爵領の衛星信号機を設置しますか? この衛星信号機は本邸のものと違い、第三者のプレイヤーも自由に利用出来るものです》
(所属国にある衛星信号機と同じものだってことかな。じゃあ領地の中央辺りの道の上に置こう)
それから衛星信号機に合わせて道の幅を全体的に広くした。現実の4車線道路ぐらいになる。衛星信号機の設置した後のこの作業は、追加扱いになってしまい、再び100万Gの消費になった。最初にこの調整もしておけば、100万Gで全て済んだはずだ。
(次に道を作る時は、この失敗をしないように作ろう)
眼下では自然と領地の道が出来上がっていく。不思議な光景だ。近くで出来上がっていく様子を眺めようと、ツカサは立ち上がって坂道を下りていった。
小麦色の大地ばかりの現在、建物よりもまず緑が領地内にほしいと考える。
(森や林も設置出来るみたいだ。《ペットテイム用・野生動物設定》で領地に暮らす動物も10種類決められるのか。猫と犬は外せないかな。1種類最大20匹まで……何匹ぐらいがいいんだろう? 和泉さんやチョコさんも好きそうだし。でもペットテイム用って……?)
【ペットテイム】というスキルがあるのは知っている。秘儀導士の【テイム】スキルとは違い、普段連れ歩くことも戦闘に出すことも出来ないが、ハウジング内で共に過ごせるというスキルだ。
愛でることに特化した【ペットテイム】の利点は、秘儀導士じゃなくても使えること。ただし、ハウジングがあれば制限なく【テイム】出来る秘儀導士と違って、3匹のみの制限がある。
ツカサが以前作った召魔術士の指輪で【ペットテイム】のスキル付きがあった。全く戦闘に関係ないそのスキル付きの指輪を、チョコとソフィアが率先して選んでいたのが印象に残っている。
《ペットテイム用・野生動物設定》の説明を読む。『第三者のプレイヤーが【ペットテイム】出来る動物を設置する機能。また、自身が所有するまたは所有した召喚獣を、自領地に反映させて野生動物として住まわせることが可能になる。既に職業欄にない職業の召喚獣は反映出来ない』とあった。
説明を読んだツカサの足が止まった。
――『自身が所有するまたは所有した召喚獣』
《ペットテイム用・野生動物設定(10種類)
・通常野生動物
|_鼠、犬、猫、狸、狐、猪、猿、狼、熊、蝙蝠、魚、虫
・プレイヤー召喚獣
|_ ツカサ ――オオルリ
チョコ ――ハムスター、カワウソ
ウコッケイ、キジ、ウズラ、ライチョウ、チャボ
雨月 ――コウテイペンギンの雛
∞わんデン――スズメ、ミサゴ》
「チョコさんっ……!!」
息せき切って戻ってきたツカサに、チョコは目を丸くする。
「これを見てください!」
ツカサは目の前のブラウザをタップする。選択された野生動物が1匹小川に出現した。
チョコはそれを見て、ゴトッとヤシの実を落とす。重い音を聞いて、ツカサの中でヤシの実ではないのではないかという疑念が浮かんだ。
チョコはフラフラと小さな野生動物に近付き、抱えると滝へと流した。そして急いで坂道を下る。流されることも無く、滝の裏の坂道に落ちていたその小さな野生動物を拾い上げて、チョコは驚愕した。
「こっ、この浮かばないミニカワウソは、本当にチョコのカワウソです……!!」
「あの……その確かめ方はちょっと……」
チョコの凶行にも見えた行動に、さすがにドギマギして返答に窮したツカサだ。ノーダメージのミニカワウソは、チョコの腕の中で、けろっと平気そうな様子でヒゲをそよがせていた。




