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鬼宿り  作者: 観月
依頼人
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 飯を食いながら、とよは化け物退治の依頼について、ぽつぽつと語りはじめた。

 とよの姉のみつは、とある薬問屋のご隠居が住む屋敷に、奉公人として雇われていたらしい。料理の腕前を買われてとのことだった。

「姉ちゃんは千六本だって切れるんだぞ」

 と、とよは得意げに言った。

「そいつはすげえ」

 六助の相槌も、心からのものだ。

 残念なことに江戸に住む女たちは、たいがい料理ができない。

 長屋には竈なんてついてないし、包丁のある家もめったにない。

 朝に七輪でご飯を炊いて、おみおつけを作るくらいのもんだ。そのおみおつけだって、湧いた湯の中に味噌玉をぽんと入れてやりゃあ出来上がり。手で崩した豆腐が入ってたり、ちぎった菜っ葉なんて入ってりゃあ、上等だ。だから、千六本ができるっていうのは、かなりの技能なのだ。

 それはさておき、奉公人は年に二回、在に帰ることを許される。一つは正月。もう一つは文月の十六日だ。帰る在のないものも、その日は暇と小遣いをもらって、見世物小屋見物などを楽しむことができる。年に二回の特別に楽しみな日なのだ。

「だけど姉ちゃんは帰ってこなかった」

「ああ、その話はさっきも聞いたよ。それでとよは妹に様子を見てくると言い置いて、江戸に一人で出て来たんだろ?」

 六助の問に、とよはこっくりと頷いた。

「その途中で、あいつを見たんだ。あいつは綺麗な女の顔をしてたけど、だけどあいつは化け物だったんだよ。それで、それで……」

 言葉の途切れたとよをみると、顔色が真っ青になっている。箸を持ったままの手が、小刻みに震えだしていた。

 六助が有吾に視線を送ると、有吾もその視線に気づき、小さくうなずき返した。そして「さて」と明るい声を出す。

「とよ、今日これからでかけても、とよが化け物と出会ったという場所につく前に、夜中になってしまう。明日、朝一番で出かけようと思う」

 有吾の声に、とよは青ざめていた顔をあげた。

「ほんとうか!? あいつを退治してくれるのか!?」

 まだ顔色は悪かったが、笑顔が浮かんでいた。

「ああ」

「よかったな! とよ」

 六助も手を叩いて喜んでみせた。


 ◇


 その後、有吾は調べたいことがあるからと先に店を出たので、六助ととよはふたりでゆっくりと飯を食った。

 飯を食い終わる頃になると六助は多少ほろ酔いでいい気分である。お日様も、少し西に傾いでいる。

「よし、旦那が帰ってくるまで俺が江戸の町を案内してやるよ。まずは風呂に入って綺麗になるか!」

 だいたい江戸っ子というのは風呂好きなのだ。

 銭湯でこざっぱりとしたところで「旦那の化け物退治が成功するように、神社にお参りに行こうじゃないか?」と、六助はとよを誘った。

 神社が近くなってくると、二人は手をつないで歩いた。

 とよは恥ずかしがったが、参道は人でごった返しており「迷子にならねえようにだよ」と六助が言うと、はにかみながら手を差し出した。

 実は六助は生粋の江戸っ子ではない。とよと同じように江戸近郊の農村出身で、知り合いのつてで江戸に出てきて、頭のもとに弟子入りしたのだ。

 江戸の町を頼りなげに歩くとよの姿が、かつての自分自身の姿と重なるような気がした。一緒に手を繋いで歩けば、在に残してきた、小さな弟妹を思い出した。

 とよの手のあたたかさに、柄にもなく鼻の奥がツンとしてきたところで「なあ、六助あんちゃん、今日はお祭りか!?」というとよの声にはっと我に返った。

「お祭りかぁ、ちげえねえや。江戸の町ってのは、毎日がお祭りなんだ」

「へええぇぇ。いつ働くんだい?」

 六助は笑った。

「おじちゃんは鳶だから、火事のときは大忙しさ。家が燃えちまうから、火事の後も、大忙しかな」

「へええ」

 返事をしながら、とよはただでさえ丸い目をことさら大きくして、江戸の町をきょろきょろと眺めていた。

 せっかく銭湯に入ったというのに、二人はあっという間に汗だくだった。

 午後になって少しずつ雲が出てきた。太陽の光は遮ってくれたのだが、湿気が多いのだろう、肌にまとわりつくような暑さだ。

「一雨来そうだ」

 二人は慌ててお参りを済ませると、有吾の長屋へと足早に向かった。

 ポツポツと降り出した雨は、次第に激しさを増す。ついにはゴロゴロと雷までなりだした。

「とよ、ヘソちゃんと隠しとけよ。ようし、旦那の長屋まで走るぞ!」

 雨にぬれて、それでもとよの表情はどこか楽しげだった。しっぱねを跳ね上げながら走る。思ったより近くで雷が鳴るときゃあきゃあと声をあげが、それでも顔は笑っていた。

「そら! 旦那の家だよ!」

 二人は転がるようにして、目の前の長屋に転がり込んだ。

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