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鬼宿り  作者: 観月
帰趨
35/36

5

 ◇


 有吾は、夜中にふと目を覚ました。

 横を見ると、六助がくぅくぅと鼾とも寝息ともつかないような音を立てている。

 と、その六助の向こうに、もうひとり六助がいた。

 寝ている六助とそっくりな顔だが、もう驚くこともない。羅刹である。髷の様子から着物まで、今回はそっくり真似たらしい。少し赤みがかっているが、ざんばら髪のままではなく、なかなかに粋な髷を結っている。

 ただ、きちんと着物を着ることは苦手なのか、それとも主義に反するのかは謎だが、どこか気崩れて見えるところが、本物の六助とは違うところだ。

 その他に違うところといったら、目つきだろうか。本物の六助は色男ではあるが、その表情には人の良さそうな気安さが滲み出ているのに対して、羅刹の方は、何かをにらみつけるような目をしている。はだけた襟元と相まって、危険な艶っぽさを周囲に振りまいていた。

 一人、暗い部屋の中で、残った酒をちびちびと飲んでいる。

「羅刹?」

 まだ寝たりない目をこすりながら、呼びかけた。

 片膝を立てて酒を飲んでいた羅刹が、ゆっくりと有吾を振り返る。

『おう、お目覚めかい?』

「いや……まだ眠い」

 ふん、と鼻で笑われた。

『寝るなよ、客だ』

「はい?」

 客? 六助のことだろうか?

 と、寝起きの回らぬ頭で考えた。

 しかし、六助が尋ねてきていることは羅刹に教えられなくとも、知っている。自分が部屋に誘って酒を飲んだのだ。それに、六助は眠っているではないか。

 一体羅刹は何を言っているのかと、有吾は混乱した。

「おじちゃん! 遊びに来たよ」

 羅刹の後ろから、ひょっこりと姿を表した少女の顔に、有吾は跳ね起きた。

「と!……とよっ……ぐっ!」

 叫び声を上げた途端に羅刹のケリが横っ面に入り、有吾は布団の上にひっくり返った。

『うっせえよ、このたこが!……けっ』

 あまりの驚きに、蹴られた痛みは感じなかった。

「とよ、いったい……まさか……いや……」

 すっと立ち上がり、せんべい布団の上に転がる有吾のそばまでやってきたとよは、有吾と目を合わせるようにしゃがみ込む。

「おばけじゃないよ」

「じゃあ生きているのですか?」

「うん」

「え? また一人で江戸に?」

 と言ったところで、以前江戸に来たのはとよの生霊で、とよ自身ではないのだったと思い至る。

「まさか今回も……」

「うん。体の方はお家で寝てるんだ。あのね、寝ている間は自分の体を抜け出せるようになっちゃったんだよ。寝てるときだけなんだけどね。起きてる時も抜け出そうと思ったけど、できなかった。あの事件の前には、そんなことできなかったんだよ」

「いや、それは、でも……」

 とよが霊力の強い娘だということは、気がついていた。しかしこうも簡単に自分の体を抜け出していいものだろうか。

「羅刹。問題はないんですか?」

『あ?』

「とよです」

『ああ、まあ、あんまり自分の体を放っておくのは感心しねえけどよ。その娘の場合は大丈夫じゃねえか?』

「大丈夫じゃないかって、その根拠はどこから来るんです?」

 有吾の問いに答えたのは羅刹ではなくとよだった。

「たんぽぽだよ」

「たんぽ、ぽ?」

『おい、とよ! おめぇあいつにそんな気色の悪ぃ名前をつけたのかよ!』

 どうやら羅刹はたんぽぽという名前の人物を承知しているらしい。

 たんぽぽとは誰ですかと尋ねると、羅刹から予想外の答えが返ってきた。

『あ? あいつだよほら、お前がぶった切った黄色と黒の縞縞の……』

「女郎蜘蛛!……でっ!」

『うっせえって言ってんだろうが!』

 有吾は羅刹に蹴り飛ばされ、再びせんべい布団に突っ伏した。

 くっ……くくっくく……。

 突っ伏したまま、思わずくぐもった笑いが漏れる。

「では、あの女郎蜘蛛の妖しも、それにおとよちゃんも、無事だったんですね?」

 笑っていたはずなのに、語尾が震えた。

「うん。おれはまだ傷が痛むけど、ゆっくり動けば何でもできるよ。みつ姉ちゃんも、もうすぐ奉公先に戻る予定なんだ。それでね。姉ちゃんはもう来年は、奉公には出ないって言ってるんだよ。おれとひさの面倒を見てくれるって……あれ?」

 とよの丸い目が、不思議そうに有吾を見ていた。

「山瀬のおじちゃん? どうしたんだ?」

 とよの小さな手が伸びてきて、有吾の頬に触れる。

 温かいのは、とよの手か、それとも流れる泪のせいだろうか。

 羅刹の舌打ちが聞こえたが、不覚にも溢れ出す涙を、有吾には止めることができなかった。

 生きていたのだ。おとよが。そして、あの女郎蜘蛛も。

 六助が目を覚ましたら、なんと言って伝えてやろうか。

『しょうがねえやつだ』

 羅刹の声がする。

「おじちゃん? 大丈夫?」

 おとよの手が、震える有吾の背中を、そっとなでてくれていた。


挿絵(By みてみん)

イラスト/9℃


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