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鬼宿り  作者: 観月
依頼人
3/36

 六助の手招きに引き寄せられるように路地の中から出てきた女の子は、泥のついた質素な着物を着ていた。

「お嬢ちゃん? この旦那に用事なんだろ? ささ、もっと近くに来なくちゃあ、話ができないよ」

 二人から少し離れたところで立ち止まった女の子に、六助はとっておきの笑顔を向けた。

 六助がこの笑顔を向けると、暇を持て余しているおかみさん連中などはいちころなのだ。

『ちょいと、家の棚を直してくれないかい?』

 なんて、色気たっぷりに誘われて、多すぎるほどのお代をくれる。六助自身も、自分の笑顔の魅力を十二分に承知しているのだった。

 女の子はほんの少し頬を赤く染めながら、じりじりと二人に近づいてきた。そうして、二人の前でぴたりと動きを止めると、大きなまあるい瞳で、二人をじいっと見比べているようだった。

 しばらくして有吾に顔を向けると「おじちゃんが、化けもの屋かい?」と問いかける。

 有吾は手にしていた酒を置き「うん、化けもの退治屋を営んでいる山瀬有吾という。嬢ちゃんはなんて名前なんだ?」と背筋を伸ばした。

「とよ!」

 はっきりとした声音でそう名乗ったとよへ、六助はわずかに身を乗り出した。

「とよか。おじさんは六助。で? とよは山瀬の旦那にどんな用事があるんだ?」

「お姉ちゃんに聞いたんだ。化けもの退治屋に頼めばなんとかなるって」

「お姉ちゃん? とよのお姉さんがそう言ったのか? とよは姉さんにお使いを頼まれたのかい? なんでお姉ちゃんは自分で来ないんだい?」

 矢継ぎ早に有吾が問うと、とよはきつく口を引き結び、黙ってしまった。見かねた六助がまた話に割って入る。

「まあまあ旦那、話はおいおい聞くとして……とよ、腹減ってないか? そら、田楽、うまいぞ?」

 田楽が差し出されると、とよの腹がぎゅるるるると、鳴った。

「お、腹が減ってるんじゃないか! さあさ、ここはおじちゃんのおごりだ、一緒に食べてきな!」

 六助にそう言われて、とよは机上に腰掛けると、差し出された田楽を頬張り、飯に手を伸ばした。

 よほど腹が減っていたのか、搔き込むように食べている。

 有吾と六助はしばらくその様子を眺めていたが、自分たちも再び酒を飲みはじめた。

 六助はとよが落ち着いてきたのを確認して声をかけた。

「この山瀬の旦那はさ、厳つい顔をしちゃあいるが、優しいんだぜ? それに、おじちゃんも化けもの退治をしてもらったことがあるんだぜ?」

「ほんと?」

「ああ、ほんとのほんとさ。困ったことがあるんだろう?」

 とよは手にしていた飯碗を置くと、少し遠い目をした。

「姉ちゃんが、帰って来なかったんだ……」

「姉ちゃん? さっき言ってた姉ちゃんか?」

「ちがうよ。さっき言ったのはせん姉ちゃん。最近知り合って、化けもの屋のことを教えてくれたんだ」

「うんうん」

「おれの本当の姉ちゃんはみつねえちゃん。みつねえちゃんは江戸に奉公に出てるんだけど」

「奉公? ってえと、帰ってこなかったっていうのは、藪入りのことか……」

「そうだよ。ねえちゃんは去年も奉公に出てたんだ。そこでお屋敷の手伝いをしてたんだけど、おかみさんに気に入ってっもらって、今年も同じお家に奉公に行ったんだよ。去年はちゃんとお盆の藪入(十六日)には休みをもらって家に帰ってきたんだ。もちろん正月だってさ。なのに今年は帰ってこなかった」

「とよの家ってのはどのあたりなんだ?」

 六助は巧みにとよの言葉を引き出していく。

 有吾はもう自分で聞くことはあきらめ、聞き取りの方は六助にすっかり任せることにしたらしい。ちびちびと酒をすすりながら、とよの話に耳を傾けていた。

「中山道の途中から西に入ったあたりに、井沢村っていう村があるんだ」

「え! 井沢村! そっからお前さん、一人で来たのかい!?」

 声を上げた六助にとよはこくりと頷いた。井沢村は江戸近郊の農村だ。江戸から肥料を買い、新鮮な野菜などを作っている。できた野菜は、江戸に出荷される。こういった農村部の次男坊や三男坊や娘たちが、口入れ屋の紹介で江戸で奉公をすることもめずらしいことではない。

「昨日ちゃんと妹のひさに姉ちゃんの様子を見に行ってくるってことづけたから大丈夫だよ」

「ちょっとまってくれよ」

 六助は混乱を落ち着けようとこめかみを揉み込んだ。

「お前さん、いくつだい? え? 十? いやまあ、無理な距離じゃねえか。でも遠かったろ? えっと藪入が十六日で、今日は十八だったかな?」

「ようするに、とよは昨日のうちに江戸に出てきたんだな。藪入に帰ってこない姉を訪ねて来た。そういうことだな?」

 それまで黙っていた有吾が口を開いた。とよは数回ぱちぱちとまばたきをすると、有吾の方へ体の向きを変えた。

「うんそうだよ」

「昨夜はどうしたんだ? 姉ちゃんの奉公している家にでも世話になったのか?」

「……」

 とよはもじもじとほつれた着物の裾を揉んだ。

「おれのことはいいんだ。どこだって寝れるもの。それより、姉ちゃんだよ。姉ちゃんは病気だったんだ。だから病気が治ったら、暇をもらえるらしいんだ」

「そうか。よかったじゃねえか!」

 混乱から立ち直った六助が言うと「よくないよ!」とよが大きな声をあげた。

「よくないよ! だからおれ、化けもの屋を探してたんだ。なあ、化けもの屋って、化けものをやっつけてくれるんだろう? やっつけてくれよ! あいつ、おれの村へ行く途中に巣を作ってるんだ! もしも姉ちゃんがあの道を通ったら、あいつに……あの化けものに、食われちまう!」

 とよの大声に、酒屋の中にいた人たちや、通りすがりの町人たちまでが、ぎょっとしたように振り返った。

「あわわわわ! すいやせん、いや、たいしたこたぁねえんで!」

 六助の手が、とよの口をふさいだ。

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