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鬼宿り  作者: 観月
六助
18/36

1

 一方その頃。六助は江戸の町を駆けていた。


 江戸、神田にあるとある長屋は、もともと「長兵衛長屋」などという、よくある名前で呼ばれていたのだが、最近では「化けもの長屋」と呼ばれているらしい。

 別に、化けものが住んでいるわけでも、出るわけでもない。いかにも出そうなおどろおどろしい雰囲気というわけでもない。いたって普通の、若い所帯持ちの多い、賑やかな長屋だ。

 ではなぜ「化けもの長屋」なのかというと、数年前から住みはじめた山瀬有吾という独り者の浪人が、化けもの屋などという奇妙な仕事を生業としていたからだ。

 おそらく最初のうちは「化けもの屋の住んでいる長屋」と呼ばれたのであろう。それが「化けもの屋の長屋」「化けもの長屋」と、次第に短くなっていった。

 その長屋に、一人の若い鳶が駆け込んできた。六助である。

 股引に腹掛け姿で、半纏は手にしているが、袖を通してはいない。

 井戸端に集まっていた長屋の連中は、六助の姿を見つけると「六助さん! 仕事中に悪かったね」と手招きをした。

 六助は首にかけた手ぬぐいで汗を拭いながら

「いえ、構いませんよ。もう上がるところだったし、親方が、行ってこいって言ってくれやして。……それより、とよがいなくなったってえのは?」

 と、井戸端で(たむろ)する数名の男女の中に入っていった。

「そうなんだよ。あたしも、今日は髪結いの仕事が立て込んでてね、ずっと留守にしちまっててさ」

 そう言った女は、とよの様子を一番気にかけてくれていた、有吾の隣の部屋のおかみさんだ。

「帰ってきて、声をかけたんだけど、返事がないんだよ。それで部屋の中を覗いたんだけど、誰もいないからさ」

 六助は、戸が開け放されたままになっている有吾の部屋を振り返った。

 部屋の中は薄暗く、しん、としている。

 有吾は化けもの退治に出かけて留守であるから、いなくて当然だ。しかし、有吾が留守の間、依頼人のとよが留守番をしていたはずなのである。

 とよのことは六助も気にしていた。

 仕事があるから、ずっと一緒にいてやることはできなかったが、仕事が終われば必ずこの長屋に顔を出して、風呂に連れて行ってやったり、晩飯を奢ったりしていた。昨夜も一緒に飯を食ったのだ。翌日の仕事もあるので、夜には六助は自分の部屋に帰ったのだが、今日だって、仕事が終われば様子を見に来るつもりだった。

「朝にはいたんだよ、なあ?」

 髪結い女の亭主が言った。

「そうだよ、あたしが水汲みをしてた時にさ」

 小さな子どもを連れた、少し太めのおかみさんが話に割って入る。

「ちょっと出掛けてきます、って言うからさ、あの子しっかりしてたろう? あんまり気にしてなかったんだけど」

「それから帰ってきてねえんですか?」

 六助が集まっている長屋の住人の顔を順に伺った。

「だれか、あの子を見た人いるかい?」

「さあ……」

 いったい、どこに行ったのか。

 とよがこの長屋に来たのは盆の明けた文月十八日のことだ。今日が二十一日。この長屋にいたのはたった三日のことだったが、それでも年のわりにしっかりとしたいい子だと知るには、十分な期間だった。

 そんなとよだからこそ、行き先も言わずにいなくなるなんて、信じられないのである。

 もしかしたら、悪い大人にでも捕まってしまったのではないか。

 慣れない江戸で、迷子になってるのではないか。

 しかしただの迷子だったら、あれだけしっかりとした子どもだ、誰かにこの長屋への道を尋ねるくらいのことは、できるはずだ。

 だとすると、帰りたくても帰れないのではないか。

 そんな心配が、ぐるぐると六助の中に湧き上がってくる。

「みんなで手分けして探そうか……」

「探すったっておめえ、当てもねえのに……」

「困ったねえ……」

 全員の目が、自然と六助の上に集まった。

 何しろこの長屋にとよを連れてきたのは六助なのである。

「いや……」

 みんなの視線を受け、最初にかいていた汗とはまた違う汗が吹き出しそうになって、六助は手ぬぐいで額を拭った。

「だいたいさ、あたしらあんまり詳しいことは聞いてないけど、とよちゃんはどうしてたったひとりで化けもの屋の世話になってるんだい?」

「そりゃあ、江戸に奉公に来てる姉さんのことを心配して……あっ!」

「姉さん?」

「姉さんが江戸にいるのかい?」

「そうだよ、そうだ。とよの姉さんは、江戸に奉公に出てるんでさあ!」

 はっと顔を上げた六助が、ぽんと手を打った。

「本当かい!」

「六助さん、あんた、奉公先は知ってるのかい?」

 六助は何度もうなずきながら「知ってる、知ってるよ」と答える。

 有吾から、とよの姉の奉公先を、六助は聞いていたのだ。

「なんだよ、そんなら話は早いじゃないか」

「そうだよ、実の姉ちゃんがいるんだったら、普通まずそこじゃないか!」

「六助さん、とにかく様子を見ておいでよ!」

 六助の隣に立っていたおかみさんが背中をバン! と、力強く叩くいた。

 頼んだぞ。がんばれよ、というよくわからない声援を背に受けながら、六助はよろけながら走り出す。ようやく汗がひいてきたというのに、またたく間に汗が額を流れ、顎先からぽたぽたと落ちていった。

 走りながら、今まで考えたこともなかった疑問が、六助の胸の奥の方で生まれた。


 なぜとよは、まっすぐ姉のもとに向かわずに、有吾を探していたのだろうか――と。 

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