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骨董魔族の放浪記  作者: 蟒蛇
第8章
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森の異変

 ミキアの町。

 セルトの東、王都の北東に位置する、大きな森に面した町。豊かな森は様々な食材の宝庫であり、季節ごとに人々を虜にする美味を町にもたらしてくれる。

 その最たるものが、冬の食材の王様、シャプロワであった。

 独特の芳しい香気を持つシャプロワは、ラテリアの王都やミキア近隣の町では、冬の代表的な美味の1つとして数えられ、とても人気がある。その稀なる香りを存分に楽しむ為、様々な調理法でシャプロワが食べられている。

 しかしそのシャプロワが、今年になってほとんど採れていないと言う。原因は、シャプロワの生える森に大量に現れた魔物。魔物蔓延る危険な森にはシャプロワ採り達も中々入れず、採れるシャプロワはごく僅か。その僅かな量も、王都の、それも貴人達の下へ行き、庶民の口に入ることはなかった。

 そんな話を聞いたアルクラドとシャリー。

 森が危険で量が採れていないなら、自分達で採ってしまえばいいのではないか。そんな考えの下、2人は、セルトの町で1泊の休息を採った後に、ミキアの町へ行くことを決めた。

 そして現在、2人は夜の食事の為、ギルドの酒場で料理をつまみながら酒の入った杯を傾けていた。そんな時、酒場の一角で普段の喧騒とは毛色の違う騒がしさがあった。

「お願いしますよっ! 報酬は物が売れてからになりますけど、その分、弾みますからっ!」

「しつこいな! どんなに報酬が良くてもひと月も待てるか! あんたに逃げられちゃ敵わねぇし、その間に仕事をしないわけにはいかねぇからな」

「逃げるなんてしません! とにかくお願いします! どうしても護衛が必要なんです!」

「うるせぇな! 俺達ぁ飲んでんだ、他を当たりな!」

 山男といった風情の男が、冒険者達に食ってかかっていた。ひっ迫した様子で冒険者達に詰め寄り何やらお願いしているが、どうもすげなく断られているようであった。

「どうしたんでしょうね?」

 焼いた塩漬け肉と芋を食べながら、シャリーは落胆する男に目をやる。彼は酒場やギルドの中を見渡し、肩を落として大きく溜息を吐く。めぼしい冒険者には全て声をかけたのか、彼はトボトボと外へ向かって歩いていく。

「護衛……売れてから……何か商品を運ぶのを守る依頼でしょうか?」

「分からぬ。だがミキアへ往く故、ひと月も待つ事は出来ぬ」

 報酬の支払いにひと月もかかる依頼がどんなものか、気になったシャリー。しかしシャプロワを採る為にミキアの町へ行くことを決めたばかりでもある。また森に現れた魔物が、森を荒らさないとも限らない。それを考えると、別のことに関わっている時間として、ひと月は流石に長かった。

 力になれないことを申し訳なく思うシャリーだが、男が勢いよくアルクラド達の所へやってきた。そして驚くシャリーをよそに、男は2人へと詰め寄る。

「あなた達っ! い、今、ミキアと言いましたか!?」

 問題事が自ら、アルクラド達の下へやってきたのであった。


 アルクラド達の前で、畏まった様子で座る1人の男。野暮ったいが優しげな面持ちで、しかし大きな身体は、日々の仕事で鍛えられたもののようであった。

「私は、ウッカーと言います。普段はミキアできこりをやっています」

 ウッカーと名乗った男は、そうして冒険者を探している経緯を話し始めた。

 彼は普段のきこり業の傍ら、森で採れる食材を売って生計を立てているらしい。森の恵みを見極める確かな目を持った彼には、いつも食材を買ってくれる懇意の相手が何人もおり、その中には王都に居を構える大貴族もいる。

 もちろん冬になればシャプロワを採り、彼の客達もそれを心待ちにしている。しかし今年は、森に蔓延る魔物のせいでシャプロワを採ることが出来ていない。一般の客達には何とか納得してもらったが、貴族の使いだけが首を縦に振らなかった。

「何がなんでもシャプロワを採ってこいと言われています。代金は弾むと言われていますが、きこり仲間が何人も森でやられています。貴族様の手前断ることもできず、冒険者の方に護衛を頼みどうにかして採ろうとしていたのです」

 どうも貴族の使いからかなり強く言われているようで、ウッカーは後がないといったような表情であった。

「アルクラド様、どうしますか? ミキアには行くわけですし、依頼を受けますか?」

 どちらにしてもミキアの町には行き、シャプロワの生える森には行くつもりである。ウッカーと共に森に入れば、彼は護衛を得て、アルクラド達は彼の知識を得ることができる。両者にとって利のある話である。

「ウッカーよ、報酬はどうなる? 支払いがひと月先だと言っておるようだが」

 後の問題は報酬だけである。アルクラド達の目的はシャプロワを食べることであり、ひと月もミキアに留まるつもりはない。それ故、報酬が遅くなるようでは、依頼の受諾には至らない。

「私には冒険者の方を満足させるだけの報酬は支払えません。ただシャプロワが売れれば、金貨でのお支払いも可能です」

 王都に赴き貴族へシャプロワを納めたのち代金が支払われる為、どうしても時間がかかってしまう。しかし普段よりかなり割増で代金を貰うことになっているようで、護衛依頼の報酬としては破格の額を支払えるようでもあった。

「金額の多寡ではなく、支払いまでの時間が問題だ。我らは1旬の内には町を発つであろう。それまでに報酬が得られるのであれば、護衛を引き受けよう」

「それは……」

 他の冒険者達と同じく時間が問題であることに、ウッカーは俯き唇を噛む。先立つものの無さに歯痒さを感じるウッカーであるが、アルクラド達が他の冒険者と異なる点が1つあった。

「ウッカーよ。報酬は金に限らずとも良いぞ」

 アルクラドがすぐさま金を欲していない、という点である。その日暮らしに近い生活の冒険者達は、即金を発している。しかしアルクラドは充分な金を持っている。その為、場合によってはむしろ現物支給の方が喜ばしいのである。

「お金じゃなくていいと言うのは……?」

「我らがミキアへ向かうのはシャプロワを食す為だ。シャプロワが報酬となるのであれば依頼を受けよう」

 香りの強いシャプロワであれば、アルクラドは他人の力を借りることなく採ることができるであろう。しかしその良し悪しが分からない。その為、毎年シャプロワを採っているウッカーから状態の良い物を得られるのは、アルクラドにとって十分な報酬なのである。

「そ、それは、私としてもありがたいです。ですが、貴族様にはそれなりの量をお納めしなければならないので、採れる量によっては少ししかお渡しできないかもしれませんよ?」

「構わぬ。シャプロワを食す事が目的故、量の多寡は問わぬ。無論、多いに越した事は無いが」

 現物支給と言うアルクラドの申し出は、ウッカーにとっては都合の良いものだった。シャプロワを売った金で報酬を支払うのだから、ウッカーにとってはどちらも同じ。量の多少を問わないというのであれば、ウッカーに随分と有利な条件にも思えた。

「ありがとうございます! 護衛を、お願いします!」

 もちろんウッカーにとっては願ったり叶ったりであり、喜色満面の様子で立ち上がり、勢いよく頭を下げた。両者が互いに納得のいく形で依頼が成立したのだった。


 翌朝、朝鐘の1つ目が鳴った頃、アルクラド達3人は、荷馬を引くウッカーを先頭に、ミキアの町へと向かっていた。

「ウッカーさん、森にはどんな魔物が現れているか分かっているんですか?」

 その道すがら、シャリーはミキアの森の様子を尋ねる。アルクラド達は魔物への対策を立てる必要がない為、世間話の延長のようなものである。しかしウッカーにとってはそうではなく、護衛を受けてもらうことに必死で魔物の説明をしていなかったことを思い出し、慌てて森の様子を語る。

「とにかくたくさんのオークが森の中に現れています。ゴブリンなどの魔物は珍しくないですし、オークもたまに現れますが、毎日のようにオークが出るなんて今までありませんでした」

 ミキアの町で生まれ育ったというウッカーが初めてのことだと言うのだから、よっぽど異常なことなのであろう。

「町に魔物が出たりはしてないんですか?」

「オークが町に現れるようなことはありません。それにどういうわけか森に棲みついているわけでもなさそうです」

 森でオークに遭遇し命からがら逃げてきた者の話によると、オーク達はどこかに移動しているようだったと言う。それに加え森がそれほど荒れていないのも、その証拠だと言う。

 雑食で何でも食べるオークが大量に森に棲みつけば、森はあっという間に荒れ果ててしまう。冬の森は他の季節に比べれば食糧となるものは少ないが、その分オーク達は根こそぎ森の恵みを食べてしまうからだ。しかしそうはならず、森への被害は最小限に留まっているようである。

「そんなに大量にオークが出るなら、町やギルドの方で何か対策はしてないんですか?」

「町とギルドが協力して、オーク退治としては高い報酬を設定して、冒険者の方を集めています。ただミキアにいつもいる冒険者の数はそれほど多くなく、他の町にも依頼を出していますがわざわざ来てくれる方はいなくて、かなり手一杯の状態です」

 日々冒険者達が森でオークを狩っているが、そもそも現れる数が多く、狩っても狩ってもオークが現れるようで、森の危険を排除するには至っていなかった。

「ホントにすごい数ですね……」

 オークは弱い魔物ではないが、中級の冒険者であれば討伐は難しくない。常駐する冒険者の数にもよるが、狩りきれないほどのオークが森を移動しているのは、確かに異常だと言えた。

「オーク共が何匹居ようと我の敵では無い故、其方はいつもの様にシャプロワ採りに励むとよい」

 しかしアルクラド達にとっては所詮オークに過ぎない。たとえオークの最上位種であるオークキングが現れたとしても、アルクラドの敵では無い。

「ありがとうございます。でも危険を感じたらすぐに逃げてください。逃げる指示があれば、私はそれに従いますので」

 オークに何の脅威も抱いていないアルクラドと違い、ウッカーは森の危険を大いに警戒していた。命あっての物種だ、と命を守ることを優先して動いてほしいと言う。余り強そうには見えない2人を慮っての言葉だが、アルクラドは不思議そうに首を傾げる。

「大丈夫ですよ、ウッカーさん。私達、こう見えて結構強いですから、心配しなくていいですよ」

 ウッカーの思いやりを感じたシャリーは、彼を安心させようと笑顔を向ける。小柄な少女が杖を構える姿に安心できる要素はなかったが、シャリーが何も不安に思っていないことはウッカーによく伝わった。きっと見た目と違い凄く強いのだろう、とアルクラドに目をやるのであった。

お読みいただきありがとうございます。

シャプロワを採る為、産地の町へ赴きます。

次回もよろしくお願いします。

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