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骨董魔族の放浪記  作者: 蟒蛇
第7章
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山に棲まう白き魔獣

 しん、と静まり返った山の中を、アルクラドとシャリーが歩いている。雲1つない空に大きな満月が浮かび、白く染まった山を青白く照らしている。

 2人は村を流れる川を遡り、その上流を目指して歩いている。村長の話によれば、川に沿って数刻ほど歩いていれば大きな洞穴が見えてきて、そこが魔獣の棲処だと言う。代々村長にその場所が伝えられるが、恐ろしい魔獣の棲む所である為、村長は訪れたことがないようだった。

「静かですね……」

 山を歩きながらシャリーがつぶやく。風のない夜で、せせらぐ川の音と雪を踏む音だけが山に響いている。しかし優れた魔法使いであるアルクラドとシャリーは、山の中に強い魔力を感じ取っていた。魔力は空気の様に世界を遍く満たすものであるが、山の上から感じる魔力は大きく、そして酷く荒々しいものであった。

 それを感じながら、シャリーは1人でも何とかできる、と考えていた。人魔大戦の英雄である魔人イビルスとエルフの血を引くシャリー。その魔力の大きさは世界でも屈指だ。膨大な魔力を持ち、英雄から教育を受けた彼女は、実戦の経験は少ないものの、非常に優れた魔法使いである。

 加えてシャリーは、優れた精霊魔法の使い手でもある。精霊に助力を願うこの魔法は、扱える者が少なく扱いも非常に難しいが、非常に強力だ。精霊は世界の至る所に存在し、周囲の自然がそのまま敵を討つ剣となり、身を守る盾となるのだ。

 魔力の量だけで見ても魔獣を上回っており、更にシャリーは豊富な魔法を使うことができる。山に棲まう魔獣が余程特殊なものでない限り、倒すことができる、とシャリーは思っていた。

「アルクラド様。魔獣退治は、私1人でやっていいですか?」

「何故だ? 我が遣れば早かろう」

 今回の魔獣討伐は、自身の我儘である。その為、アルクラドの手を煩わせないように、自分1人で魔獣を退治しよう、とシャリーは考えていた。しかしそんなシャリーの考えは、アルクラドには伝わらない。依頼を受けたのは自分であり、依頼はすぐに終わらせた方がいい、というのがアルクラドの考えだ。それ故、シャリーが1人で魔獣を退治する、という言葉の意味が分からなかった。

「魔獣退治は私が言い出したことですから。それに初めは反対していたアルクラド様にお任せするのも、気が引けるので」

「確かに反対はしたが、今は依頼を受け討伐に向かっておる。その様な事、其方が気に掛ける必要は無い」

 シャリーが1人でやりたい理由は、今回に限ったことではなかった。いつも戦いはアルクラド任せで、今回も我儘を押し付けた形になっている。それを、アルクラドが気にしないからと任せてしまえば、今後も同じことをやってしまいそうだ、とシャリーは思っていた。それでは駄目だ、だからこそ今回は自分1人で、とシャリーは考えているのだ。しかしアルクラドには一切伝わらない。

「どうしてもダメでしょうか?」

 結果、シャリーは1人で魔獣退治をすることの可否を、直接尋ねることにした。アルクラドがどうしても、と言うのならば、シャリーは素直に引き下がることにした。それはアルクラドの中に絶対に駄目だという理由があるからであり、それを曲げてまで自分の考えを押し通そうとは思っていない。しかしそうでなければ、自分の考えを優先させてもらおう、と考えていた。

「どうしてもと言う訳では無い」

「それじゃあ、私にやらせてください。お願いします」

 シャリーはアルクラドの眼をじっと見つめて言う。

「良いであろう。其方が遣ろうとも、結果は変わらぬ故な」

 シャリーの予想に反して、アルクラドはすぐに頭を縦に振った。アルクラドも魔獣の魔力の大きさから、シャリーには敵わないと考えていた。依頼は早くに終わらせるべきではあるが、シャリーが手こずるとも思っていない。たとえ1刻かかったとしても、アルクラドにとっては瞬きにも満たない待つうちにも入らない時間であり、シャリーに任せることに問題はない、と考えたのである。

「ありがとうございます!」

 アルクラドからの許可がおり、破顔するシャリー。アルクラドの前で戦う機会がほとんどなかったシャリー。無様な姿は見せられない、と気を引き締めるのであった。


 アルクラド達が山を登り始めて2刻ほどが経った頃、今まで上りが続いていた道が平坦になり、開けた場所が見えてきた。たくさんの木が生える山にあって、ここだけが木のない広場となっていた。

 正面には山頂へと続く道があり、アルクラド達の左手には切り立った崖があった。崖からは滝が落ち、水しぶきを上げる滝壺から流れた水が、村へ続く川に合流している。滝が落ちる崖にはポッカリと空いた穴があり、どうやらここが魔獣の棲処のようであった。

「ここですね」

「うむ」

 洞穴の奥から大きな魔力を感じることができた。それだけでなく強い獣の臭いが辺りに漂っている。ここに魔獣がいることは間違いなかった。

 どう攻めるべきか、とシャリーは考えていた。洞穴の中を含め、周囲には魔獣以外の魔力は感じられない。であれば洞穴に強力な魔法を叩きこむのが一番手っ取り早い。が、中の構造が分からない。一本道ならいいが、中が複雑に分岐しているようであれば魔法の効果は薄い。ただ魔獣を怒らせるだけに終わる可能性もある。

 さてどうするか、と考えていると、洞穴の中から音が聞こえてきた。岩を引っ掻く硬い音。魔獣が外へ向かってきていた。慌てて魔力を巡らせるシャリーであるが、ふと違和感を覚えた。

 洞穴から感じる魔力は変わらず荒々しい。しかしそこからは、魔力の昂ぶりも殺気も感じることができなかった。アルクラド達を殺す為ではなく、ただ外へ向かっている。そんな気配であった。それ故にシャリーが戸惑っているうちに、魔獣が洞穴からその姿を現わした。

 魔獣は、村長に聞いた通りの姿をしていた。

 見上げるほどの白き巨体。アルクラド達を見下ろす狼の顔は、人の頭を丸飲みにできるほど大きい。その前脚は丸太の様に太く、後ろ脚の倍以上の長さがあった。人の手の様に分かれた5本の指からは、剣の様に鋭い爪が伸びていた。

「ナゼ、アノ娘ガイナイ……? オ前達ハ誰ダ……?」

 魔獣が先に口を開いた。耳まで裂けた大きな口から発せられる声は、しゃがれた聞きづらいものであった。しかしそのしゃべり方は穏やかなもので、アルクラド達を見る黄色の瞳から敵意は感じられなかった。魔獣の身体をよく見ると、月明かりに照らされた白い体毛はくすんでおり、至る所に傷痕があり、それらは全て獣の牙や爪の痕であった。

「貴方が麓の村を苦しめる魔獣ですね。村の人達から依頼を受け、貴方を討ちに来ました」

 鳥の意匠が施された杖を胸の前に掲げて、シャリーは言う。魔獣の様子や傷ついた姿には驚いた。しかし村を苦しめる人喰いの魔獣であることには変わりない。容赦の必要はない、とシャリーは身体に魔力を巡らせる。

「何ダト……? オレハ、村ヲ苦シメテナド、イナイ」

 驚く魔獣。獣の顔である為、その表情からは分からないが、発せられた言葉からはその驚きがありありと伝わってきた。

「苦しめていない……? 生贄にされた人の恐怖、家族の哀しみ……それは貴方のせいでしょう!?」

 村を苦しめている事実を、さもあり得ないことの様に言う魔獣。その言い逃れの様な科白に、シャリーは激昂する。それに呼応した魔力が、彼女の髪や衣服を揺らす。

「村人達ノ恐怖ヤ哀シミハ理解デキル。シカシ村人達モ承知ノコトダ」

 感情の昂ったシャリーに対し、山の魔獣は落ち着き払っている。村人も承知の上で、生贄を捧げている。その言葉が更にシャリーを刺激する。

「それは貴方を恐れてのことでしょう!?」

「違ウ。互イニ話ヲシ、納得シタ上デノ約束ダ」

「納得!? 貴方が脅したのでしょう!?」

「違ウ。正式ナ取引ダ」

 激昂するシャリーに、淡々と返す魔獣。いつものシャリーらしくない様子であったが、彼女はヴィラ達をどうしても守りたかった。生贄になる恐怖と家族を失う哀しみを晴らし、親子がいつも通りいられる彼女達の日常を守りたかったのだ。

「オレガ人ヲ喰ウノハ、アノ村ヲ守ル為ダ。オレガ村ヲ守リ、村ハ代ワリニ糧ヲ。ソレガ、カツテアノ村ト交ワシタ約束ダ」

 鬼気迫るシャリーに対し、魔獣はあくまでも落ち着いた様子であった。魔獣は理解していた。目の前にいるどちらにも、自分は勝つことはできない、と。戦いによる抵抗は意味をなさず、言葉を尽くすしかない、ということを。

 戦う気配も、殺気も感じさせず、ただ淡々と語る魔獣の様子に、シャリーも段々と落ち着いてきた。そして自分の考えと、魔獣の言葉に色々と相違点があることにも気が付いた。

「待ってください。人を食べる為に、生贄を捧げさせているんじゃないんですか?」

「人ヲ喰イタケレバ勝手ニ喰ウ。アノ村ニ、オレヲ殺セル者ハ居ナイカラナ」

 シャリーは、村には身体が貧相で戦える者がいなかったことを思い出す。目の前の魔獣は、傷つき弱っているように見えるが、あの村人達に殺されるほどではない。村人達が一方的に蹂躙されてお終いである。

「それじゃあ、本当に村を守ってるんですか?」

「最初カラ、ソウ言ッテイル。幾百年前ニ、カツテノ村長ムラオサト交ワシタ約束ダ。今モソレハ続イテイル」

 その証拠に糧となる者が山を登ってくる、と魔獣は言う。その言葉を聞き、胸が早鐘を撞くのをシャリーは感じた。あの村の生贄の問題は、軽々しく触れていいものではなかったのではないか。魔獣を討伐するなどと、言い出してはいけなかったのではないか。そんな思いがシャリーの心に募っていく。

「アノ村ガ望ム限リ、オレハ守リ続ケル。オレノ守リガ必要無クナレバ、糧ヲ差シ出サナクテ良イ。ソウ約束シタ」

 魔獣の言葉が本当であれば、双方の利害が一致した契約のように思えた。むしろ決定権が村にある分、彼らの方が有利である。しかし村長の話を聞く限りでは、そのようなことは一切言っていなかった。

「それじゃあ、村の人達が生贄を捧げなかったら、それはそれでいいってことですか?」

「ソウダ。モウ村ヲ守レナクナルガ、アイツラガ決メタノナラ、ソレデ良イ」

 シャリーは恥じ入る思いだった。一時の感情に任せ魔獣討伐を訴えたが、そんな必要はなかったのである。しかし村長と魔獣の言葉の相違点は気になるところである。村人が一方的に破棄していい契約だ、などとは村長は思っていなかった。それを伝えると、白き魔獣は初めて狼狽を見せた。

「バカナッ……!? アイツハ、必ズ語リ伝エルト言ッテイタゾ」

 かつての村長と約束を交わした際、下の世代にも必ず伝え引き継ぐ、との約束もあったようだ。それがなされていないことを知り、山の魔獣は戸惑っている。

「アルクラド様。1度村に戻って、このことを村長さんに話しませんか?」

 ここに来て、シャリーは山の魔獣を退治する必要はない、と思っていた。魔獣はその見た目の恐ろしさに反して非常に理性的で、嘘を吐いている気配も全くなかった。であれば村側で生贄を捧げるのを止めるだけでよく、わざわざ魔獣を殺す必要はないのだろう、と。

「それは構わぬが、我らは魔獣討伐の依頼を受けた。あの者達が依頼を取り下げぬ限り、此奴は殺す」

 殺す必要があるかどうか、そんなことはアルクラドには関係がなかった。初めは魔獣討伐に反対の意思を見せたアルクラドであるが、村人が覚悟の上で依頼をしそれを引き受けたからには、殺す以外の選択肢はない。

 シャリーは慌てた。魔獣を討伐しようとアルクラドを説得し、今度は殺さないでおこうと言う。この短時間で正反対のことを言いメチャクチャだとは思っているが、今は状況が違う。魔獣の言葉を信じるならば、殺す必要はない。それをどうやってアルクラドに理解してもらうか。シャリーがそんなことを考えていると、魔獣が言葉を発した。

「待ッテクレ。オレガ死ヌノハ構ワナイ。ダガ村長ムラオサト話ヲサセテクレ」

 白き魔獣はアルクラドに向き直り、伏せる様にして頭を下げる。長い腕の為に、まさしく人が地面に額を付けて願い出ているような姿であった。

「アノ村ノ者達ヲ苦シメルノハ本意ホイデハ無イ。オレヲ殺スノナラバ、ソノ誤解ヲ解イテカラニシテ欲シイ」

 白き魔獣はアルクラドの紅い眼をじっと見つめている。アルクラドに伝わったかは分からないが、その姿勢はとても真摯な様子だと、シャリーは感じた。

「良いであろう。其方の話を聞き依頼を取り下げるか、あの者達に問うとしよう」

 アルクラドはすぐに頷き、首を縦に振る。魔獣討伐の報酬が干しグーフでなければ、アルクラドはすぐにでも殺していたかも知れない。しかし干しグーフは老婆から、量の多寡はともかく、もらうことができる。であればシャリーの意見を優先させるのもいいか、と魔獣をすぐには殺さないことに決めた。

 ホッと胸を撫で下ろすシャリーと、安堵の様子を見せる魔獣。善は急げ、とアルクラド達は、白き魔獣を引き連れて、村へと戻るのであった。

お読みいただきありがとうございます。

どうやら山の魔獣は、単に村人を苦しめているわけではありませんでした。

次回もよろしくお願いします。

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