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骨董魔族の放浪記  作者: 蟒蛇
第1章
9/189

中級昇格

 無事、森に棲みつくオークを倒したアルクラド達の元へ、慌てた様子で駆け寄ってくる者達がいた。試験を監督していた中級冒険者である。

 彼らはオークソルジャーの鳴き声に気付き、慌ててアルクラド達の元へ駆けていったのである。しかし到着の前にオーク達は殺され、彼らはアルクラドの蹂躙劇を遠くから呆気に取られながら見つめていた。

 オークソルジャーを含むオークの集団を駆け出しが1人で倒してしまったことは驚きだが、ひとまず全員無事だったことに、監督の冒険者は安堵の表情を浮かべ、喜んだ。

 そしてオークソルジャー討伐の栄誉を称え、ギルドへの報告の為に、一足先に町へと戻っていったのである。

 彼らを見送った後、アルクラド達は、討伐の証拠としてその牙を取り、町へ戻るために森の中を歩いていた。

 森を出るまで、3人は始終無言で歩いていた。

 アルクラドは、自分から話す話題もなく、2人から話しかけられることもなかった為、何も気にすることはなくただ歩いていた。

 対してライカ達2人は、アルクラドの実力を目の当たりにして驚き、またそんな実力者である彼に色々と失礼なことを言い、怒らせたのではないかと不安になっていた。その為、何をどう話せばいいのかが分からなくなり、パーティーを組んだ直後よりも気まずさを感じていた。

 2人の気まずさ、よそよそしさにアルクラドが気付かぬまま森を抜け、辺りが薄暗くなったところで、野宿の準備をすることとなった。アルクラドが狩りをし、2人が野営地を築く。

 アルクラドは再びホウロ鳥を狩ってきて、ライカと遜色ない手付きで捌き、串焼きにしていく。その味を気に入ったのか、変化の乏しい表情の中にも嬉々とした様子が見て取れた。焼くのを待っている間は、まだかまだか、とそわそわしている様にも見えた。

「アルクラド、ごめん……生意気なことばっか言って……」

 アルクラドが肉に齧り付き満足そうに目を細めている時に、ライカが呟くように言う。アルクラドは視線だけを彼に向け、肉をゆっくりと咀嚼し嚥下してから口を開く。

「ごめん、とは……? 其方からの謝罪に心当たりはないが……」

 そう言ってアルクラドは、首を傾げたまま2本目の串に手を伸ばす。2本目を口にして再び目を細める。

「いやだって、あんなに強いのに、無理だとか諦めようとか、勝てるわけないとか……」

「……其方が我の力を理解出来ぬのなら仕方なかろう。我は気にしておらぬ故、謝罪は不要だ」

 口一杯に頰ばっていた肉を慌てて飲み込み答える。

「それに其方の言葉は、我を気遣ってのものであろう? 加えて我らは仲間なのであろう? であればその様な些事、気にすることはない」

「許してくれるのか……?」

「許すも何も、初めから謝罪は不要だと言っている。そもそも我は(いか)ってなどおらぬ」

「そっか……ありがとう」

 アルクラドが怒っていないことを知り、また自分たちを仲間だと言ってくれたことに、ライカ達はようやく表情を緩めた。今まで味気のなかったホウロ鳥に、いつもの美味しさが戻ってきた。

「ところでアルクラドは、どうやってあそこまで強くなったんだ?」

 驚きとその後の気まずさで忘れかけていたが、オーク達を倒したアルクラドの力は凄まじいものだった。駆け出しどころか中級冒険者を遙かに超える力だとライカは感じていた。

「私も気になってました! 何であんな短い詠唱で、あんな凄い魔法が使えるんですか?」

 ロザリーもアルクラドの魔法の異質さに驚いていた。彼女の知る常識では、魔法の規模が大きくなるにつれて呪文の詠唱も長くなっていく。アルクラドがやった様なひと言ふた言の詠唱では、生活魔法を使うのがやっとなのである。

「どうやって……? 我は自ら強くなろうとした事は無い。永く生きる内に自然と力が付いたに過ぎぬ」

 元々が強力な魔族である吸血鬼(ヴァンパイア)であり、生きた分だけ強くなっていく為、アルクラドに自らを鍛えるという発想がなかった。

「そも魔法に詠唱は不要であろう? 魔法を使う上で肝要なのは魔力を如何に込めるかである」

 魔法とは自らの魔力に意志を乗せ様々な現象を引き起こす術だが、後世になるにつれ発動の補助でしかなかった詠唱が必要不可欠なものとなってしまっていた。

 アルクラドも補助的な役割で詠唱はするが、本来は不要なものである。詠唱の有無による効果の差もほぼなく、もはや形式的なものだ。

 アルクラドの答えに、ライカは落胆し、ロザリーは意味が分からないという様に首をひねっている。その様子に、何か助言をした方が良いのではないかと、アルクラドは思った。

「我は人に教えを乞うた事は無い故、不確かなことやも知れぬが。ライカ、強くなりたければ先ず身体を鍛えることだ」

 アルクラドの言葉に嬉しさと不満の混じった表情でライカが言う。

「身体を鍛えるだけでいいのか? 技の修行とかも大事なんじゃないのか?」

人間(ヒューマス)の戦いの流儀は知らぬが、いくら優れた技があろうとも、鱗の防御を貫く力が無ければドラゴンは倒せぬであろう? 極端な話ではあるが」

 ドラゴンは最強の一角に数えられる魔物でありその種族の中でも力の優劣は存在するが、総じて鋭い爪と牙、強靭な肉体を持ち、その体は固く頑丈な鱗によって守られている。どれだけ技巧に優れた剣も、力が無くてはその鱗に軽々と弾き返されてしまうのである。

「其方にとってオークは強敵なのであろう? それは何故だ? 奴らは鈍間で愚かでただ身体が大きなだけの豚であるぞ」

 試験の間、オークには勝てないと言っていたライカ。その要因はたった1つ、オークと人間(ヒューマス)の間にある、圧倒的な筋力の差だけである。それを理解し、ライカは筋力の重要性を改めて理解した。

「魔力を纏い肉体を強化する事は出来るが、元の身体が貧弱であれば高が知れる。だがその双方が揃えば、ただ力を振るうだけで他を圧倒することができるであろう」

 肉体に魔力を纏わせ身体を強化する『魔力強化』。纏う魔力の量次第で、人間(ヒユーマス)がオークを圧倒する力を出すこともできる技。アルクラドは無意識的に魔力強化を使えるが、普通は駆け出しどころか中級冒険者でもまともに使える者はいない高等技術である。ライカももちろん使えない。

「我は魔力の纏い方を教えてはやれぬが、ただ戦うだけであれば相手をしてやろう。戦いを重ねる内に使う事が出来るであろう」

 アルクラドにとって魔力強化は呼吸の様に容易く、それ故に他人に教えることが出来ない。しかしアルクラドの様な圧倒的強者との戦いを経験することは、強くなる上でこの上ない糧となる。それを知ってか知らずかライカは嬉しそうな笑顔を見せる。

「ほんとか!? 時間空いてる時、相手してくれよな、絶対だぞ!」

 試験の最中であり、別のことに力を割くわけにはいかないので、町に戻りお互いの時間が出来た時に、ライカの修行を見るということになった。

 ロザリーも魔法について教えて欲しそうにしていたが、夜も更けてきたため、見張りの順番を決め、それぞれが眠りに就いた。


 翌朝、ホウロ鳥の残りを食べながら町へと向かうライカ達3人。

「アルクラドさん、昨日も聞きましたけど、どうやったら詠唱無しで魔法が使えるんですか?」

 ロザリーの常識では考えられない、ほぼ詠唱無しで使われたアルクラドの強力な魔法。どうすればそんな魔法が使えるのか、その方法が昨日から気になって仕方がないロザリー。

「魔法に必要なのは『魔力』と『意志』の2つである。指先に魔力を集め「火よ、灯れ」と意志を込めれば、火が灯る」

 そう言いながらアルクラドが指を1本立てれば、指先に小さな火が灯る。詠唱をすることも魔法名を口にすることもない、完全な無詠唱。ロザリーの目が驚きに見開かれる。

「更に魔法の規模は込められた魔力の量で決まる。詰りこのまま込める魔力を増やせば……」

 アルクラドは指先の小さな火を維持したまま、魔力をどんどん込めていく。火が大きくなり炎となり、人を軽々と飲み込む大きな炎の柱となった。その見上げる炎の柱からは肌が焼けるほどの熱が感じられ、その規模の大きさを否が応でも理解させられた。

「魔力を十分に込め、己の行使する魔法を頭の中で明確に思い描く。詠唱はそれを補助し、意志を明確にする為の手段に過ぎぬ。詠唱をすれば魔法は強力になるが、そもそも込める魔力と意志が弱ければ詠唱をしようが大差はあるまい」

 ライカの戦う力もロザリーの魔法の力も、鍛え方の方向性は一緒であった。戦う為の、魔法を使う為の下地をまず鍛えるというものだ。どれだけ技術を磨こうともその基礎がなっていなければ、意味がないのである。

「ロザリー。我のやった様に魔力を込め、心の中で「火よ、灯れ」と念じてみるのだ」

 ロザリーは自分の指をじっと見つめながら、心の中で何度も念じる。しかし日ごろ魔法には詠唱が必要との思い込みがあり、なかなか魔法が発動しない。町へ戻る道中、集中のあまり何度も転びそうになりながら、必死で無詠唱での魔法発動を試みる。

 その横でライカに魔力強化について、その知識だけでも与えようとその説明をする。

「ライカ。其方は己の中の魔力を感じることはできるか?」

 魔力強化を行うには、まず何よりも自身の魔力を知覚しなければならない。魔力強化は自身の魔力を操り身体に纏わせることで、肉体を強化していくのだ。

「魔力か……よく分かんないんだよな」

 魔力強化の理屈を説明し、魔力操作の必要性を伝えるも、ライカは自身の魔力を感知することが出来なかった。

「ふむ。では我が今から魔力を放つ。全く同じでは無いが、それに近しい物が其方の中にも在るはずだ。それを感じるのだ」

 魔力は人によってその性質が異なるが、根本的には同じものである。その為、魔力の扱いの心得がある者は相手の魔力を感じることが出来る。アルクラドは、まず魔力を感じる感覚をライカに覚えさせることにしたのだ。

 アルクラドの身体から濃密な魔力が溢れ出す。

 周囲の空気が変わった。

 圧倒的な魔力に押さえつけられる様に、周囲から音が消える。小鳥のさえずりが止み、木々や草原のさざめきさえも消える。

 その圧倒的な魔力の奔流に、ライカは身動きすら出来ずただ立ち尽くすしていた。まるで見えない何かに身体中を縛られているかの様に。それほどまでに、魔力という単純な力がその場を支配していた。

「これが魔力だ。先ずはこれを己の中で感じるのだ」

 アルクラドが魔力の放出を止めると、周囲に音が戻ってきた。それと同時に自身が荒く息をしているのにライカは気付いた。ただ魔力を当てられただけで息をすることさえ出来なかったのだ。改めてアルクラドの恐ろしさを実感した。

「ちょ、ちょっとアルクラドさん! 今のは何ですか!?」

 そこへ慌てた様子のロザリーが駆け寄ってきた。

 2人の後方で無詠唱魔法の練習をしていた彼女だが、ライカと同じくアルクラドの魔力に当てられしばし身動きを取れずにいたのだ。

 周囲に影響を及ぼす程の圧倒的な魔力。それはほとんどの個人が持ち得るものではない。大規模な儀式を集団で行う場合や、偶発的、自然災害的に魔力が1カ所に集中した場合でなければ、感じることはない。

 そんな魔力がアルクラドを中心に溢れ出していたのだ。彼が何かしでかすのではないかと、ロザリーは半ば混乱状態だった。

「ライカに魔力を感じさせただけだ。分かり易いよう、多くの魔力を放ちはしたが」

「町中とか、人前でやっちゃ駄目ですからね! 町の兵士さんとかが来ちゃいますから!」

 アルクラドとしては単なる訓練でしかなかったが、普通の人にとってはあり得ないことであった。町中であれ程の魔力が感知されれば、災害が起きるのではないか、悪しき魔法使いが町を壊そうとしているのではないか、などと憶測が飛び交う。町を守るために兵士や冒険者がやってくる。そして戦闘、捕縛、投獄、最悪の場合、死刑となる場合もある。

 そんなことが起こり得ると、ロザリーは矢継ぎ早にアルクラドに告げる。

「それは困る。我が人に捕らえられるなど有り得ぬが、そもそも我は敵対することを望んではおらぬ。以後気を付けるとしよう」

 まさかそんなことになるとは、アルクラドは思いもしなかった。言われた今も半信半疑ではあるが、ロザリーの目は真剣そのもの。気軽に魔力は放つまい、と心に決めるアルクラドだった。

 そうして3人は黙々と町までの道のりを歩いて行った。ライカは自分の中の魔力を感知する訓練をしながら、ロザリーは無詠唱魔法の訓練をしながら。

 そうやって2人が自分の訓練に集中しているため、町に着くまで3人はほとんど言葉を交わさずに歩き続けた。

 そうして日が傾き空が茜色に染まる頃、町へと到着した。


 町へ到着した3人はすぐさまギルドへと報告へ向かった。

 その足取り、特にライカとロザリーの足取りは軽い。その訳は、若干ではあるが訓練の成果が現れたからである。

 ライカは、微かではあるが、自身の中に魔力の様なものを感じることが出来、ロザリーは、すぐに消えてしまったが、無詠唱で灯火(ルミエール)の魔法を使うことが出来たのだ。

 2人は素直に喜び、アルクラドも賞賛の言葉を贈った。

 その調子でギルドで試験の完了報告を行うが、そこで一悶着があった。

 3人は失念していた。アルクラドはただ理解していなかっただけだが、自分たちが駆け出しとしてはあり得ない成果を上げたことを。

 3人がオーク討伐の証として提出したオークの牙は6対12本。それだけでも駆け出しとしては異常なのに、その内の1対が一際大きい。

「本当に上位種を倒したんですね……!」

 それを見た受付の職員が驚きの声を漏らす。監督の冒険者から報告は受けていたが、実物を見ると驚きを隠すことができなかった。

 そんな彼女の声を聞き、ギルドの酒場でたむろしている冒険者の1人が言った。

 中級冒険者でも苦労するであろうオークの上位種。そんなものを駆け出しが倒せるわけがない、と。

「何だよそれ! 俺達が嘘ついてるって言うのか!?」

 彼の決めつける様な言い草に、ライカが怒鳴り声を上げる。

「はっ! どうせ運良く死体を見つけたんだろ?」

 最初に疑いの声を上げた冒険者が、ライカの前にやってくる。

 ケンカになりそうな状況に他の冒険者達は盛り上がり、もっとやれ、と騒ぎ出す。酒に酔った彼らは、ギルド員の制止も聞かず、ライカ達を小馬鹿にする様な言葉を言い、はやし立てている。

 酔っ払い達が笑う度に怒りは募り、遂に我慢の限界を超え、目の前の冒険者に殴りかかった。

 男は中級冒険者であったが、酔いと油断の為か顔面にライカの拳が直撃し、そのままもつれ合いのケンカに発展した。

 素の実力ではライカが劣っていたが、男は怒りで冷静さを欠いてしまった。またアルクラドの威圧に晒されたライカは、男への恐怖を一切感じていなかった。その結果、互角の殴り合いとなっていた。

 ケンカする2人と盛り上がる周囲の様子を見て、殺さなければ殴ってもいいのか、とアルクラドは少しずれたことを考えていた。

 その内、時々魔力の乗った拳を繰り出すライカが押し始め、遂に相手に膝を付かせたのである。

 静けさの中、まいった、と男が負けを認め謝罪をすると、再びギルド内が騒がしくなる。勝利したライカへの賞賛と、負けた男を馬鹿にする笑い声である。

 結果、中級冒険者と互角にやり合えるなら、相応の実力はあるだろう、と周囲の冒険者を認めさせることができた。もちろん試験は合格。3人は無事、中級冒険者へと昇格したのであった。

 後でギルドからこってりとしぼられたのは言うまでもないことである。

お読みいただきありがとうございました。

評価にブックマークもありがとうございます!

これで1章が終わり、閑話を挟んで、次章に移ります。

といっても同じ3人のお話ですが。

次回もよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ここまで読んで、内容は面白かったです [気になる点] ですが、改行・空白行の少なさで、とても読みづらい [一言] そのうち改善されるのかなと期待を込めて読んでいましたが、 念のため50、…
[気になる点] オークソルジャーの大剣を回収しなかったのでしょうか? 上位種の使っていた武器です それを売れば報酬の足しになったのではないでしょうか 周りも全く指摘していないのは違和感があります…
[一言] 「後でギルドからこってりとしぼられたのは言うまでもないことである」 先に手を出したのは、相手であり、ライカは反撃しただけです。それでも五分に咎めを受けたのですか。
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