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骨董魔族の放浪記  作者: 蟒蛇
第7章
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新たな国と旅の目的

皆さま、お待たせしました。

本日より7章の始まりです。

隔日更新で頑張っていきますので、お読みいただければ幸いです。

 ラテリア王国。

 北の大地に東西に横たわるドール山脈を挟み、ドール王国と隣接する王国。広大な平野が広がり、所々に森が点在する国の北の端を、男女2人組が歩いている。冬が深まり雪の白に覆われた大地の上にあって、真っ黒な2人はよく目立った。

 1人は長い銀の髪を靡かせる長身痩躯の麗人。その身体は頭から手足の先まで漆黒の衣服に包まれ、広い帽子のツバと高い襟の間から、白く滑らかな白磁の如き肌が僅かに覗くばかりである。彩りを欠く出で立ちの中で、血の様な深紅の瞳と紅を引いた様な唇だけが鮮やかな色彩を放っていた。雪の降る寒さに表情一つ変えることなく、雪の積もった道を歩いていく。

 もう1人は1条の黒髪が混じった長い金の髪を持つ小柄な少女。木の葉の様な尖った耳、新雪の様な白い肌、新緑と黒紫の瞳を持つ少女。幼い顔立ちながら、エルフらしくとても整った容貌をしている。彼女も麗人と同じく黒い衣服に身を包んでおり、普段は手や首元は肌が露出しているが、今は風を少しも通さない為に顔以外は黒で覆われている。自分の身体を抱きしめながら、寒さに耐えているようであった。

 アルクラドとシャリーである。

 2人はラテリア王国の王都を目指し歩いていた。王都は王国内のほぼ中央に位置し、王都の北西方面にあるラゴートから出発した2人は、南へ続く街道を歩いていた。街道とはいうものの、これから更に寒さの厳しくなっていく時期に北の大地を目指す者はいないのか、今のところ旅人とすれ違うようなことはなかった。

 そんな2人が、次の町までの道中、野営をしている時、シャリーがアルクラドに問う。

「あの、アルクラド様」

 シャリーの言葉に、アルクラドは眼だけを彼女に向ける。その手には炙られた干し肉が握られている。普段食事は現地調達のアルクラド達であるが、冬で獲物がいないことが予想され、ラゴートで食糧を購入していたのだ。

「アルクラド様は自分の過去について、知らなければそれでいい、って言ってましたよね?」

「うむ」

 思い出すのはドラフ山頂でのアルクラドの言葉。自身の過去について尋ねなくていいのか、と言うシャリーに対して返ってきたものだ。

「あの黒龍様は、アルクラド様が何者であるかを知らなかったので聞くことがなかったかも知れませんが、アルクラド様のことを知る誰かを探してみよう、とは思ったりしないんですか?」

「どう言う事だ?」

 質問の意味を計りかね、アルクラドは首を傾げる。

「アルクラド様が生きた時代は遥か昔で、もう昔の知り合いはいないのかも知れないと思っていましたが、黒龍様はアルクラド様のことを知っていました。もしかしたら他にも誰かがアルクラド様を知っているかも知れません」

 シャリーは思う。1000年を超える時を生きるのは、ドラゴンなど特別に力を持った者だけだ。長命な純血のエルフでさえ1000年を生きる者は酷く稀だ。しかしアルクラドを知る本人は亡くなっていても、言い伝えが残っているかも知れない。1000を超える時を生きドラゴンさえ寄せ付けぬ力を持つアルクラドであれば、その長い生の中で伝説の1つや2つを残していてもおかしくない、と。

「ですから長命な種族の住む場所や、伝説や伝承の残る地に行ってみませんか?」

 アルクラドの過去や何故封印されていたのかについて、シャリー自身が知りたいという気持ちもある。しかしアルクラド自身に、自分のことをちゃんと知っていてほしかった。過去という拠り所がないのは辛いことというのは、シャリーの一方的な想いかも知れなかったが。

 シャリーの言葉を聞いたアルクラドは、噛んでいた干し肉をゆっくりと嚥下する。数に限りがあるので、今日の分はこの1枚でお終いである。

「其方の言う事も一理ある。我を識る者は既に無く、新たな生を受けたと考え、殊更に過去を識ろうとはしなかった。しかしあの老龍の様に我を識る者が居るのならば、其れを訪ねるのも悪くはない」

 自身の過去についてそれほど興味がないのは、今も変わっていないアルクラド。しかし今の生活の中で、他人との交流が煩わしく思うこともあるが、心地よいと思うこともある。過去にそういった交流を持った者と会うのもいいのではないか、との思いはあった。

「だが己の過去だけを追うつもりはない。元より世界を回るつもりではある故、その道中に暇があればその様な場所に立ち寄るとしよう」

「ぜひ、そうしましょう」

 シャリーとしては、過去についてを旅の主たる目的にしてもいいと思っているが、アルクラドの中ではあくまでついでのようだ。美味しい物の情報があれば暇がなくても立ち寄るのだから、優先順位も低いのだろう。それでも、アルクラドが自分の過去に少しでも興味を持ってくれたようで、シャリーは嬉しかった。

「それじゃあ今度から、食事の時には昔話なんかも聞いたりしてみましょう。町や村の長老様を訪ねるのもいいかも知れませんね」

 訪れた場所で、そこに住む人達から情報を得ることは今までもあった。しかしその多くは美味しい物の情報であり、依頼で必要な情報を尋ねることすら稀であった。

「あと黒龍様が言っていた、南の方を目指すのもいいかも知れませんね。アルクラド様のお城が残ってるかも知れませんよ」

 静かに頷くアルクラドに対して、シャリーは言葉を続ける。黒龍の言葉だけでなく、南には魔族の住む魔界がある。魔族であるアルクラドのことならば、魔界にこそ、その情報が残っているだろう、とシャリーは思う。城のあったという南方が魔界であれば、そこがアルクラドの活動の拠点だった可能性が高い。また魔界の住人であれば人族よりは寿命が長く、アルクラドのことを知っている者がいる可能性も高いと思われた。

「うむ。我の城が在るかはともかく、何れ魔界は訪れるつもりである。南へ往きながら町々を巡るが良いやも識れぬな」

 アルクラドが頷いたところで、ひとまず旅の目的地が決まった。魔界を目指す道すがら、今までの様に町を巡り情報を集めることとなった。

「まずは次の町。そしてこの国の王都ですね」

 情報は人の集まる所に集まる。辺境の地で細々と語られる秘伝もあるだろうが、基本的に王都など栄えた場所や宿場町など人の行き来の多い場所ほど、多くの情報がある。故にこの国で最も人が多いであろう王都を目指すのは自然なことである。

「うむ」

 今後の方針について話がまとまったところで、この日は就寝となった。日の出を待ち、再びラゴートから最も近い町へと歩き出すのであった。


 ラゴートを出て3日目の昼、2人はラゴート最寄りの町へと到着した。それほど大きな町ではなく、往来の人の数も少なかった。冬の旅は危険であり、その為に人通りも少ないのだ。2人は早速、ギルドを探して町の中を歩いていく。料理屋や宿屋などは見受けられるが、そのほとんどが閉まっているようで、薪の煙や料理の匂いなどはしていなかった。

 ギルドに着くと、中にいる者達からの視線がアルクラド達に向けられる。いつもは同業者である冒険者からの視線に晒されるが、この日は町人風の者達の視線も混じっていた。ギルド併設の酒場が、冒険者だけでなく町人達とで賑わっていた。他の店が閉まっている分、ギルドに客が集中している様子だった。

「まず食事にしませんか?」

「うむ」

 シャリーの提案にアルクラドが頷く。ギルドに着くなり、シャリーの腹の虫が食べ物を激しく要求しだしたのだ。アルクラド達の旅にしては珍しく、この町に着くまでの食事は全て干し肉だった。その為2人はここまで満足に食事が取れていない。特に食事が生命維持に直結するシャリーは、その影響が顕著だった。

 2人は空いている席に座り、給仕に声をかける。

「今の時期は食材も少なくて、大したものは出せないよ?」

 美味い物を、と言うアルクラドに給仕は申し訳なさそうに応える。新鮮な食材が手に入りづらい季節であり、料理の主な材料はもっぱら貯蔵品の類である。塩漬け肉や干し肉、日持ちのする穀物類、保存用の堅焼きパンなどである。

 周りを見ればほとんどの客が、それらを材料にしたであろう、ごった煮とパンと酒を口にしている。確かに贅沢とは言えない料理であるが、湯気の出る温かな食事というだけでシャリーには十分だった。魔法のおかげで凍えることはなかったが、食事は冷たい干し肉。寒い冬に身体の芯から温まる心地よさを感じられるのなら、それだけで十分なご馳走である。

 注文した料理が届けば、やはりそれは周りの客達と同じものであった。深い器に盛られたスープの中には、豆や芋と一緒に塩漬け肉が浮かんでいる。添えられているパンは表面がカサカサで、濃い焼き色が付いている。一緒に注文した酒は、焼酒を水で薄めたもので、水に若干色が付いている程度のものだった。全体的に茶色く、決して彩り豊かとはいえない食事であった。

 しかし湯気と共に立ち昇る香気は、シャリーの食欲を激しく刺激した。焼いた肉とはまた違う優しい香り、器から伝わる温かさ。空腹と温かさを同時に満たしてくれる料理を前に、シャリーは少しも待つことができなかった。

 スープの具材を掬い、一息に頬張る。焼けつく様な熱さが口の中に広がる。短い呼吸を繰り返し、口の中を冷ましながら咀嚼し、嚥下する。熱が、喉を通り、腹の中へ落ちていく。熱さに身悶えしながら酒を飲み、シャリーは大きく息を吐く。

「ぷはぁっ……!」

 熱い。口の中が、喉の奥、身体の芯が、腹の中が、熱くてヒリヒリする。料理の味も分からない。しかし料理を食べたという満足感で満たされていた。

 改めて料理を口にする。今度はしっかりと冷ましてから、口の中に放り込む。塩辛い肉はしっかりとした歯ごたえがあり、噛む度にギュッと旨味が染み出してくる。塩漬けにより生まれた旨味が塩辛さの奥からじんわりと広がってくる。よく煮込まれた豆は弾ける様な食感であり、芋はホロホロと崩れていく。

 パンは噛むのも大変なほどの硬さだが、スープに浸せば旨味を一杯に吸い込んで柔らかくなる。堅焼きの分、味が凝縮されており、意外にも麦の風味がスープの味に負けず広がっていく。

 薄い焼酒は単体では余り美味しいと感じないが、味の濃い料理の中にあって口の中をさっぱりとさせる役割を持ち、次のひと口が欲しくなるようであった。

「見ない顔だけど、あんたら旅人かい? こんな時期にべっぴんさん2人でなんて危ないと思ってたが、あんたは男なんだな」

 そうやってアルクラド達が数日ぶりの温かい食事を堪能していると、同じテーブルに座る年嵩の町人風の男が声をかけてきた。2人のことを女だと思っていたが、アルクラドの声を聞き、自分の勘違いに気付いたようだった。

「うむ、王都に往く途中である。時に其方、この辺りに美味い物や古くからの伝承があるか識らぬか?」

「美味い物と伝承、ねぇ……」

 アルクラドの両極端な問いに、男は少し驚いた様子を見せる。が、すぐに何か思い当たったのか、口の端を僅かに吊り上げて笑う。

「伝承は知らないが、美味い物の話なら聞いたことがある。実際に食ったことはないけどな」

 男の答えにアルクラドは満足げに頷く。シャリーは嬉しそうではあるが、どこか残念そうな顔もしている。彼女としては伝承の方が知りたかったのだ。もちろん美味しい物は好きなので、その情報もありがたいのだが。

「けど昔の話だからな、なかなか思い出せない。もう少し酔いが回れば思い出すと思うんだが……」

 そう言って男はアルクラドをチラリと見る。

「では其方が酔うのを待つとしよう」

 アルクラドの応えに、男は眉をひそめ、シャリーはため息を吐く。アルクラドに言外の言葉が伝わらないということを、男は知らないのだ。

「すみません。こちらの方にお酒を一杯お願いします」

 見かねたシャリーが給仕に酒を注文する。銅貨数枚の安い酒、たとえ大した情報でなくても懐は痛まない。

「へっへっ、すまないね」

 わざとらしく礼を言う男に愛想笑いを浮かべてから、シャリーはアルクラドに耳打ちする。

「今のは、情報料として酒を奢ってくれ、という意味です」

「そうであったか」

 アルクラドは良くも悪くも素直であり、物事の捉え方が直接的だ。人族、特に人間ヒューマスとのやり取りでは相手の意を汲むことが重要であり、アルクラドにはまだまだ難しいことだった。

「さて、酒をもらったことだし、その美味しい物の話をしようか」

 テーブルに運ばれた酒で唇を濡らし、男はもったいぶる様に話し始めた。

「ここから北東に進んだ山間の村で、ある魚が獲れるんだ。なんでもそいつは、死ぬほど美味い魚、と呼ばれてるらしい」

 死ぬほど美味い。

 この言葉がアルクラドの興味を甚く引いた。その情報を詳しく話すように、アルクラドは男に詰め寄るのであった。

お読みいただきありがとうございました。

黒龍との出会いで、アルクラドも少し過去に興味が湧いてきました。

そして死ぬほど美味い魚とは一体……?

次回もよろしくお願いします。

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