龍鱗の剣と再訪の約束
アルクラドと古代龍の邂逅によって魔物の氾濫の危機に晒されたラゴート。しかしギルドの指示の下、素早く動いた冒険者達の働きにより、町に魔物が押し寄せることはなく、危機は未然に回避されたのである。
「あの魔法、お前だろ? アルクラド」
騒ぎがあった日の夜、アルクラドとシャリーは、ビリー達と一緒にギルドの酒場へ来ていた。そして席に着くなり、ビリーはアルクラドにそう尋ねたのである。
「うむ」
事も無げに頷くアルクラドに、ビリーは苦笑いを浮かべる。ビリー達は1度、アルクラドの強力な魔法をその目で見ている。セーラノを襲った数多くの魔物の、そのほとんどを、一瞬で焼き尽くした炎の魔法。その規模の大きさに、ビリー達は驚きを通り越して呆れたものだった。そんな魔法を見ていたからこそ、魔物達を縛る土の鎖と天より降り注ぐ白き矢が、アルクラドのものであるとすぐに理解したのだった。
「岩壁へ向かったのはその為だったか」
セーラノの時を思い出し、ビッケルは納得したように頷く。町の頂上から魔物が見えるのかだとか、あの強力すぎる魔法はなんだとか、不思議に思うことはたくさんある。しかし町を救ってくれたのだ。まずはそれに感謝し、祝いの酒を飲まなければならない。
「アルクラドにはまた助けられたな! 今日もワシの奢りだ、好きなだけ飲めっ!」
「うむ」
豪快に酒の入った杯を傾けるビッケルに、アルクラドは静かに頷く。そもそも昼鐘が鳴る頃から色々な料理を食べるつもりだったのだ。それが魔物騒ぎのせいで、夜になってしまった。アルクラドは誰に言われるでもなく、好きなだけ食べて飲むつもりだったのだから。
「そういやお前の魔法のおかげで、皆とぼけた顔してたぜ。魔物を狩ろうといざ町の外に出たら、魔物がみんな死んでんだからな」
「その様な事、我は識らぬ」
お前のせいでやることがなくなった、と嘆く様に言うビリーだが、その実、冒険者の多くは働かずして報酬を得たのである。
ギルドは冒険者に対し一律の報酬を用意し、更に魔物の部位を普段よりも高く買い取ることにしていた。依頼を受けるだけで安くはあるが報酬が得られ、更に死んでいる魔物の部位を回収しギルドに売ることができたのだ。出ばなをくじかれた気はしないでもないが、楽して得をしたのだ。呆けた顔を晒した冒険者達は、その後一様に笑顔になっていた。
しかしアルクラドにとって、そんなことはどうでも良かった。彼が動いたのは料理屋を早く再開させる為であり、誰が損をしようが得をしようが興味はなかった。それを聞くとビリー達は、酒を飲みながら笑った。
「はっはっはっ! お前らしいな。明日になりゃ大体の店は多分再開するぜ。魔物の被害は一切なかったからな」
セーラノの町でもアルクラドの優先事項は食事だった。それを思い出し、破顔したのだ。
「であれば良い」
アルクラドも、明日には料理屋が再開するだろうというビッケルの言葉を聞き、満足げに頷く。これで明日からこの町の様々な料理を食べられると、盃を傾けるのであった。
その翌日からオルネルとの約束の日まで、アルクラドとシャリーは、ラゴートの料理屋を巡っていた。ビッケルの言った通り、騒ぎの翌日からほとんどの料理屋が再開していたのだ。
アルクラド達の食べた料理は、美味であるが、やはりどれも大味なものばかりであった。この味が力仕事に従事する者の多いラゴートで気に入られるのだろう。しかし温水湖の影響で冬でも比較的温暖なラゴートの山では、寒い北国においては珍しい動植物が多く存在していた。そんな珍しい食材を使った料理は、ドール王国内では見たことのないものが多かった。更に酒好きなドワーフの町であり、酒の種類が豊富であった。その多くは酒精の強い焼酒の類であったが、味の良いものが多くあった。
シャリーはそこまで酒に強いわけではないが、酔うことを知らず強い酒が好きなアルクラドは、珍しい食材を使った料理と酒を大いに楽しんだ。時にはドワーフ達に囲まれて酒を飲むこともあった。
そうしてラゴートの町で1旬を過ごした後、アルクラドとシャリーはオルネルの下を再び訪れたのである。
「オルネルよ、報酬を受け取りに来た」
オルネルの下を訪れたアルクラドは、例のごとく返事を待たずに扉を開け、そのねぐらに入っていく。オルネルも慣れたもので、驚きもせずに振り返る。
「おう、オメェか……」
振り返ったオルネルの顔を見て、シャリーは驚きと戸惑いで目を見開く。オルネルの顔が別人かと思うほどに変わっていたのである。
目の下には深い真っ黒な隈ができ、頬がこけ見るからにやつれている。他人を寄せ付けない鋭い目つきも崩れ、視線がフラフラと宙を彷徨っている。啖呵を切る威勢の良さなど失せ、全身から疲労感が溢れ出ている。
「ど、どうしたんですか、オルネルさん!?」
「なに……ほんとんどメシ食ってねぇのと、寝てねぇだけだ……」
椅子に深く座り、ぐったりと項垂れるオルネル。どうやら剣を打つ為に相当な無理をしたようだった。
「そんな無茶して……大丈夫なんですか?」
「1旬で剣を打てっつったのは、どこのどいつだ? 大丈夫なわけねぇだろ、バカヤロウ」
心配するシャリーに悪態を吐くも、そこから覇気は全く感じられなかった。
「まぁ、やれるだけはやったぜ。そこに置いてある。見てくれ」
オルネルは視線だけで部屋の端のテーブルを示す。その上に1本の剣が置かれている。
「ふむ」
アルクラドはそれを手に取り、目の前にかざす。
聖銀の剣と同じく、片手で扱う大きさの剣。剣身から柄に至るまでが艶のある漆黒で、やや幅が広く厚みのある剣だった。根元よりも剣先が僅かに太い片刃の剣で、全体が緩く波打っている。
「彼奴の魔力を感じる。流れにも淀みはない。見事だ」
剣からは漆黒の古代龍の魔力が感じられた。龍鱗に残った魔力が剣に宿り、オルネルの意思と上手く結びついていた。
「打つのにかなり難儀したが、注文通りとにかく頑丈な剣だ。岩ミミズをぶった切ろうがぶん殴ろうが、刃こぼれも歪みも起こさねぇはずだ」
この剣を打つ間、オルネルの頭にあったのは、折れない剣。ただそれだけである。硬く粘り強い、何者を前にしても決して折れない剣。それを打ちあげる。何としても打ちあげる。それだけを考えて、炎燃え盛る炉の前で鎚を振り続けたのだ。
「確かに報酬は受け取った。これで其方の依頼は終わりであるな」
精魂尽き果てた様なオルネルに労いの言葉をかけることもなく、アルクラドは受け取った剣を聖銀の剣と同じように、黒布に包み腰に下げる。
「我らは往く」
元々もう少し早くラゴートを発つつもりだったアルクラド。報酬を受け取った以上、もうこの町に留まっている理由はない。思いかけず再会したビリー達とも別れは済ませている。アルクラドは踵を返し、歩き出す。
「おい、オメェ……アルクラド、って言ったな」
「何だ?」
その背中にオルネルが声をかける。
「いつかもう1度、この町に来い。そいつは今のオレの最高傑作だが、伝説の剣には程遠い。オレは必ず伝説の武器を造り上げる。それを見に来い」
アルクラドに見事と言わしめる剣を造ったにもかかわらず、オルネルはそれに満足していなかった。古代龍の鱗とドワーフの炉を使ったのなら、もっと凄い武器が造れると確信しているのである。
「断る」
だが、元より剣に興味のないアルクラドは、オルネルが伝説の武器を造り上げるかどうかにも興味はなかった。
「へっ……ビッケルに聞いたぜ。オメェ、酒が好きなんだってな?」
「そうであるが?」
頼みを断られたオルネルは、それを気にする様子もなく、不敵に笑う。
「もう1度、オメェに依頼を出そう。内容は、10年後に再びこの町に来ること。報酬は、オレの爺さんが死んでも飲まなかった秘蔵の酒だ」
アルクラドが何に興味を持つかビッケルから聞いていたオルネル。酒を引き合いに出せば、断りはすまいと踏んだのだ。
「その依頼であれば受けよう。10年後、其方を訪おう」
やはりアルクラドは酒に釣られて、オルネルの依頼を受けた。しかしこれはアルクラドでなくても受けただろうと思われる。オルネルの祖父が生きていたのは数百年も前。数百年物の古酒など口にする機会は滅多になく、酒好きであれば誰もが飛びつくであろう。
「10年で造れるかは分からねぇがな。できてなかったとしても、今よりはマシなはずだ。剣を挟んで杯を交わそうぜ」
そう言ってオルネルはニヤリと笑った。アルクラドは静かに頷き、部屋を出ようとするが、それを再びオルネルの言葉が引き留めた。
「1つ言い忘れてた」
「何だ?」
そう言って振り返るアルクラドの下に、何かが飛んできた。アルクラドが受け止めて見れば、それは革でできた剣の鞘だった。
「オメェも剣士なら鞘くらい持ってろ。その布は上等だが、剣を持ち歩くにはいくら何でもみすぼらしいぜ」
オルネルが投げてよこしたのは、形の違う2つの鞘だった。聖銀の剣と龍鱗の剣に合わせて作られた鞘であり、それらが革の帯に付けられていた。
「剣が完璧じゃねぇ分のオマケだ。仮にも俺の剣を持ってるヤツがみすぼらしいってのもシャクだからな」
アルクラドにそう言ったオルネルは、ふいとそっぽを向く。アルクラドはその言葉を聞きながら、2本の剣をそれぞれの鞘に納めていく。そして帯を付け、腰に下げる。普段は外套に隠れ見えないが、偶に覗く僅かに赤みがかった白い帯と鞘は、とても人目を引く景色であった。
「では、我は往く」
「達者でな、アルクラド」
そんなオルネルの言葉を聞きながら、今度こそアルクラドはオルネルのねぐらを後にした。
存外長くなったラゴートでの滞在。思わぬところで古い知己と出会い、ほんの僅かながら己の過去を知ったアルクラド。新たな知己を得、新しい剣を携え、アルクラドはラゴートの町を発つのであった。
お読みいただきありがとうございます。
アルクラドが新しい剣を手に入れました。
5章と比べると少し短いですが、ここで6章終了です。
閑話を挟み、次章に移ります。
次回もよろしくお願いします。