龍の鱗とドワーフの炉
ドラフ山の頂で、思いがけず自らの過去を知る龍に出会った、アルクラド。アルクラドは龍の果実を食べることができなかったが、オルネルから依頼された龍の鱗は無事手に入れることができた。話の通じる龍が、気前良く鱗を分けてくれたのである。
ドラフ山を下り、ラゴートの町へ戻ったアルクラドとシャリーは、すぐにオルネルの下へと向かっていった。聖銀の剣を持つアルクラドにとって、報酬であるオルネルが打つ剣は、急ぎ欲しい物ではないが、龍の鱗をいつまでも手元に置いていても仕方がないからだ。
「オルネルよ、鱗を持って来た」
剣を引き取りに行った時と同じように、オルネルの返事を待たずに扉を開けるアルクラド。以前と同様に驚きの表情を見せるオルネルであるが、その理由が今回は違った。
「何っ、鱗だと!? まさかほんとにあったのか!?」
アルクラドが龍の鱗を持ち帰ったことに、とても驚いている様子だった。
「うむ。龍の鱗を10枚、取って来た」
アルクラドはそう言って、黒布に包んだ鱗を、オルネルへと手渡す。
「10枚もか……1枚でも見つかりゃ上等だと思ってたが、ここしばらく山に誰も入ってなかったのが幸いしたな」
依頼したオルネル自身、まさか龍の鱗があるとは思っていなかった。オルネルの知る限り、ここしばらくは龍の飛来が目撃されたこともなく、鱗が町に出回ることもなかった。オルネルも龍の鱗を見たのは、小さな頃に祖父が扱っていたのを1度見たきりだ。
「おぉっ、こいつぁスゲェ……メチャクチャ良い状態じゃねぇか! まるで今、身体から……抜け、落ちた……」
黒い包みをほどき鱗を目にした瞬間、オルネルの眼が見開かれる。鱗の状態が非常によく、龍の身体から抜け落ちたばかりの様だったからである。しかし異変に気付いたオルネルの言葉が、途切れ途切れになっていく。
まず感じたのは血の臭気。人族の物とは違うが、ぬるりと纏わりつく様な臭いが鱗から漂ってくる。そしてもう1つは鱗の裏側に張り付いた、僅かに赤みを残す黒く変色した肉片。柔らかく弾力のある肉片から、じわじわと血が滲み出ている。
「おい、これは何だ?」
「龍の鱗だ」
「んなこたぁ分かってる! 何で血や肉の欠片が付いてるんだ、って聞いてんだ!」
問いに対しとぼけた返答を返すアルクラドを、オルネルは怒鳴りつける。龍から直接剥ぎ取らなければ、肉片付きの鱗など出てくるものではない。その理由をオルネルは尋ねているのだ。
「まさか、龍から直接、鱗を剥ぎ取った、なんて言わねぇだろうな!?」
「その通りである」
「なっ……!?」
オルネルは、アルクラドの答えに対し驚き過ぎて、絶句してしまう。龍が他者に鱗を分け与えるなど有り得ない話である。ということはアルクラド達が龍を狩ったのだろうか。それとも鱗を取ってから一目散に逃げてきたのだろうか。オルネルは頭の中に、色々な可能性がグルグルと巡っている。
「どうやって取ったんだ?」
結局、龍から鱗を取る方法が分からず、オルネルはアルクラドに尋ねる。
「どうやって……ただ引き剥がしただけであるが」
「そうじゃねぇっ!!」
アルクラドとオルネルの、鱗の採取方法に対する考えの相違があった。このままでは会話にならないと、シャリーが口を挟む。
「えっと、山頂にいた龍はとても丁寧に話されるお方で、アルクラド様がお願いすると快く鱗を分けてくれたんです」
シャリーの話は、事実を正確に表しているわけではない。龍が謙っていたのはアルクラドへの恐怖故であるし、鱗を差し出したのも自らの命を守る為である。しかし表面上は、シャリーの話す通りであり、アルクラドも恐らくその様に認識している。
「丁寧に話す……? まさかっ、古代龍か!?」
シャリーの話を聞き、オルネルは更に驚く。竜種の中でも上位の存在である龍。しかしその中にも序列は存在する。龍ともなればその全てが魔法と人語を操るが、上位になればなるほどその扱いは巧みになっていく。人が丁寧だと感じる話し方など、下位の龍では到底できないだろう。
「恐らくそうです。途轍もない力を感じましたし、1000年以上生きていると仰ってたので」
古代龍という種の龍がいるわけではない。そもそも数が少ない為、龍のことはよく分かっていない。呼び方は龍の棲む場所で変わり、火山に棲む火龍、海に棲む海龍、大地に棲む地龍などと呼ばれる。また鱗の色で赤龍、青龍、黒龍などとも呼ばれたりする。これらの龍が別種なのか同種なのかも、よくは分かっていない。そして古代龍とは、長い年月を生きたものがそう呼ばれるのである。
「おいおいマジかよ……古代龍から鱗を分けてもらったって、オメェら一体何者だぁ?」
「あははは……たまたまだと思いますよ。変わったお方でしたから……」
龍の中でも最上位の古代龍が鱗を分け与えるなど、ただの龍以上に有り得ない話であり、オルネルが驚きを強くするのも無理はない。そんなオルネルに、過去にアルクラドが件の龍を手ひどく痛めつけていたなどと言えるはずもなく、シャリーは愛想笑いで誤魔化すしかなかった。
「オルネルよ。鱗はこうして持って来た故、其方からの依頼は完了した。報酬の剣とやらはどれだ?」
オルネルは、2人の話を聞き何やら考えている様子であるが、アルクラドはそれを気にすることなく依頼の話をする。
「あ、あぁ、依頼は確かに完了だ。報酬は……龍の鱗を使って新しい剣を打つつもりだ。今ある剣じゃ、オメェの剣の足元にも及ばねぇからな」
「そうか。どれ程の時が掛かる?」
歯切れ悪く答えるオルネルに対し、催促をするように言うアルクラド。オルネルの剣を早く手にしたいわけではなく、単に報酬を受け取り依頼完了の区切りを付けたいだけであるが、オルネルはそう捉えなかった。
「悪ぃが時間はかかるぞ? 普通の剣でも1旬はかかる。今回は龍の鱗を使って今までにねぇ剣を造るから、形にするだけでも最低2旬は欲しいところだ」
オルネルは今までに龍の鱗を扱ったことがない。その新しい素材が剣にどの様な影響を与えるか、そこから徹底的に調べなければならない。加えて言えば龍の鱗がただの鱗でなく、古代龍の鱗だ。祖父の残した文献にも、それについての記述はないだろう。時間はいくらあっても足りないほどだった。
「随分と掛かるのだな」
「古代龍の鱗なんぞ、誰も触ったことがねぇもん持ってくるからだ!」
アルクラドとしては後1旬、つまり10日の間、この町に留まるつもりはなかった。それなのに1月の半分以上の時間を待たなければいけないのは長すぎた。しかしオルネルとしては、下手な剣を報酬に渡すわけにはいかない。できるだけ上質な剣を造る為にも、ある程度の時間は必要だった。
「やはり長い。1旬で報酬を用意しろ」
が、オルネルの剣が欲しいわけではないアルクラドは、2旬も3旬も待つことはできなかった。
「おいおい、普通の剣でも1旬はかかるっつってんだろうが! 下手に打ったろくでもねぇ剣を渡すわけにはいかねぇんだよ!」
「出来ぬのであれば、鱗を買い取りそれを報酬とせよ。下手な剣であろうと金であろうと、我はどちらでも構わぬ」
無茶を言うアルクラドに怒るオルネルであるが、アルクラドは自分の言葉を押し通す様に言う。その言葉は、オルネルの鍛冶師としての誇りを甚く傷つけ、刺激した。 アルクラドの言葉が、自分を酷く侮っているように聞こえたのだ。
「言ってくれるじゃねぇか……いいだろう! 1旬で、その細剣よりもスゲェもんを打ってやろうじゃねぇか!」
オルネル自身、1旬で龍の鱗を使った剣が打てるとは思っていない。しかし、アルクラドにそのつもりがなくても、ここまで侮られて引き下がるわけにはいかなかった。威勢のいい啖呵を切り、見事な剣を打つと言い放ったのである。
「うむ」
そんなオルネルに、アルクラドは鷹揚に頷くのであった。
「ちなみによ、オメェはどんな剣がいい? その通りに造れるかは分からねぇが、一応好みを聞かせてくれ」
1旬で龍の鱗を使った新しい剣を造ると言ったオルネル。個人の為に剣を打つので、どの様な剣が扱いやすいかを、アルクラドに尋ねる。
「どの様な剣でも構わぬが、其方に借りた剣の様に脆い物は避けたい」
アルクラドの答えに、オルネルがピクリと眉を跳ね上げる。オルネルの剣は決して脆い物ではなかった。一般的な尺度から見れば素晴らしい剣であったのだが、比較対象が聖銀の剣では正しい評価は得られない。そうとは分かっていてもアルクラドの言葉に、オルネルは苛立ちと悔しさを感じていた。
「それじゃあとにかく頑丈なら文句はねぇな?」
「うむ、問題無い」
オルネルは苛立ちを隠しながらそう言い、頑丈さを第一条件とした剣を造ることにした。
「オルネルさん。龍の鱗はとても硬いって聞きますけど、どうやって剣にするんですか?」
剣造りの方向性が決まったところで、シャリーが素朴な疑問を投げかける。龍の鱗は、鋼の剣でさえはじき返す硬さを持つ。そんなものをどうやって剣の形にするのか、鍛冶に疎いシャリーには分からなかったのだ。
「確かに龍の鱗はとんでもなく硬ぇが、それは魔力が通ってる時だけだ。通ってなくても硬ぇことは硬ぇが、何とかできる程度だ。鱗は砕いて粉にして、鉄に混ぜて剣にするのが通常のやり方だ」
龍の鱗は珍しい素材ではあるが、鍛冶に秀でたドワーフの町にはその活用方法がしっかりと受け継がれているようだ。
「ただ龍の鱗を使った武器は、ただの炉じゃ鍛えられねぇ。鍛冶の町ラゴートでも3つしかねぇ、このドワーフの炉を使わなきゃならねぇんだ」
そう言ってオルネルは、自慢げに部屋の一角を指さす。乱雑な部屋の中にあって、そこだけは綺麗に片付き、清掃がなされていた。一見すると鍛冶場によくあるただの炉にしか見えないが、オルネル曰くそんじょそこらの炉ではないらしい。
「これは、遥か昔にオレ達ドワーフの祖が作り上げた、最高の炉だ。扱いは難しいが、使いこなせば思う様に鉄が鍛えられるんだ」
ドワーフの炉。
ドワーフの間で、過去の遺物として伝わる鍛冶の為の炉。それが作られたのは遠い昔であり、その製法を知る者はいない。扱いの難しい炉であるが、使いこなせば思うように鉄が鍛えられる魔法の様な炉である。
ドワーフの町であるラゴートには、3つの炉が残っているが、まともに扱えるのは自称ではあるがオルネルだけらしい。
「俺もまだまだ完璧に使いこなせてはいねぇが、こいつと龍の鱗があれば、相当頑丈な剣が作れる。せいぜい楽しみにしてるんだな」
流石は町一番の名工といったところか、オルネルはドワーフの炉を使いこなし最高の剣を鍛えてやる、という気概が窺えた。アルクラドに威勢よく啖呵を切った手前、引き下がれないとも言えるが。
しかしアルクラドはそんなオルネルを気にも留めず、ドワーフの炉を興味深そうに見つめている。
「ほう、魔力炉か……」
ドワーフの炉を見て、そんなことを言うアルクラド。聞きなれない言葉に首を傾げるオルネルだが、アルクラドは確信を持って言葉を発していた。どうやら過去の遺物であるドワーフの炉は、アルクラドの知る物のようであった。
お読みいただきありがとうございました。
何やらアルクラドの知っている物が出てきました。
次回もよろしくお願いします。





