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骨董魔族の放浪記  作者: 蟒蛇
第6章
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ドラフ山と山頂の龍

 ドール王国の南側、ドール山脈を越えた先は、ラテリアという王国が広がっている。そのラテリア王国の北の端がドール山脈であり、この山々が2つの国を分断している。ラテリア側からは、北の山脈や国境くにざかいの山などと呼ばれている。

 北の山脈は、ラテリアの王都から離れており小さな村が点在しているだけであり、そんな山の麓を、アルクラドとシャリーが歩いていた。いつもの様に荷物らしい荷物を持たない身軽な出で立ちで、ラゴートの町からやってきたのである。町を出てから3度目の朝日を見たこの日、2人は目的の山に到着したのである。

「緑の褪せぬ山……ここですね。こんな寒いのに、本当に木々が青々としてますね」

 北の山脈の中の、ある伝承を残す山、ドラフ山を目指してやってきた2人。話に聞いていた通りの山の様子に、シャリーは思わず感嘆を声を漏らす。

 空が澄み、日ごとに空気が冷たくなっていく冬の始まり。ここ数日でかなり冷え込み、先日、初めての雪がドール山脈付近に舞い落ちた。アルクラド達のいる山の麓にも雪は降り、薄衣を纏った様に辺りの景色は薄っすらと白くぼやけていた。

 日ごとに色を失い、葉を落としていく木々。色彩に欠ける、単色に染められた様な山の傍を通り、2人は鮮やかな色彩に包まれる山にたどり着いたのである。

「山の頂を中心に強い魔力が満ちておる。それ故、木々も生命いのち溢れているのであろう」

 シャリーも、アルクラドの言う魔力に気付いていた。今まで通ってきた山々と比べ、漂う魔力の量が多く、それ故に木々が生き生きとしていた。雪を被り、雪に覆われても、葉は落ちることも色褪せることもなく、冬空に向けて鮮やかな輝きを放っている。

「伝承があるという、ドラゴンの飛来が関係しているんでしょうか?」

「分からぬ。しかし年経たドラゴンが力を持つ事は事実。周囲に影響を及ぼしているのやも識れぬ」

 2人がこの山にやってきたのには、もちろん理由がある。

 ドラゴン

 それ自体が目的ではなく、その落とし物を見つける為に、2人はラゴートからやってきたのである。


 アルクラドとシャリーが町を出たのは、岩ミミズ討伐から3日後、依頼達成が確認された日である。加えて言えば、預けていた剣をオルネルから引き取った翌日のことである。オルネルからある依頼を受けた為だ。

ドラゴンの鱗、ですか……?」

 オルネルの言葉に、驚きと戸惑いの言葉をもって返すシャリー。

 数ある竜種の中でも、魔法や人語を操る上位種であるドラゴン。ただ地を駆けるだけの竜種は魔物と呼ばれることもあるが、知性あるドラゴンは1つの種族として数えられる。

 硬き鱗の鎧に包まれた、見上げるほどの巨体。鋭い爪は全てを切り裂き、強靭なあぎとは全てを噛み砕く。ドラゴンの象徴たる龍の吐息ブレスは、空高くから全てを破壊し尽くす。それが、最強と称される種族、ドラゴンである。

 そんなドラゴンの鱗を取ってきてほしいと、オルネルは言う。しかしそれは言うほどに簡単なことではない。誇り高きドラゴンが、人族、魔族関係なく、小さな者達に鱗を分け与えるはずもなく、戦いに勝利する以外、それを得る道はない。そんなことは無理だ、とシャリーは反射的に思った。

「安心しな、別にドラゴンを倒してこいって言ってんじゃねぇ。ドラフ山はドラゴン飛来の伝承がいくつもあってな、山頂付近にドラゴンの鱗が落ちてることがあるんだ。そいつを取ってきてほしいんだ」

 シャリーの心境を感じ取ったのか、オルネルは笑いながら言う。流石の彼も、自分が最高の武器を造る為に、他人を死地へ追いやったりはしない。龍殺しは国中の手練れを集めて、ようやく為せるかという英雄の所業なのだから。

「俺は見たことはねぇが、爺さん連中の中には実際に見た奴がいる。ドラゴンが来たってのは本当だし、鱗を取ってきた奴も実際にいたらしい」

 興味が湧いてこねぇか、とオルネルは言う。ドラゴンはその名を知る者は多いが、数が少なく実際に見たことがある者はほとんどいない。そんなドラゴンの痕跡が見られる場所であれば、行ってみたいと思う冒険者がいてもおかしくはない。

 さらに言えば、ドラゴンの鱗は武具の素材として有用であり、それをドラゴンと戦わずして得られるかもしれないのだ。武具の材料にしてもいいし、売って金にしてもいい。冒険者としては実に利の大きい話である。

 しかしアルクラドにとってみれば大して興味のある話ではなかった。ドラゴン自体がいるのならまだしも、その鱗が落ちているだけでは興味を引かれなかった。古代龍エンシェントドラゴンと呼ばれる年経たドラゴンであれば、アルクラドを知っている可能性もあり、それを訪ねるのも悪くないとは思えた。しかしその様なドラゴン達は、人が足を踏み入れることのできない場所で、静かに時を過ごしているものである。そう都合よく人里近くに現れるものではない。

「ところでどうしてドラゴンがやってくるんですか? 伝承がいくつもあるってことは、何度も来てるってことだと思うんですが」

 対してシャリーは、ドラゴンの飛来するという場所に興味があった。ドラゴンが頻繁に訪れるのだから、その山には何か他とは違う秘密があるのかもしれない。またドラゴンはとても力ある種族。彼らがよく訪れる土地であれば、何か変化があってもおかしくはない。素材を得ることも魅力的ではあるが、シャリーとしては、そんな知的好奇心が刺激されていた。

「あぁ、確かに今までに何度もドラゴンは目撃されてる。ほんとかどうかは知らねぇが、何でも龍の果実ってのを食いにきてるらしい」

 ラゴートの伝承の1つに、ドラゴンが大変に美味だと言って、好んで食べるもののことが記されている。その見た目や味がどんなものなのか、それは示されていないようだが、確かにあるとだけは記されているらしい。

「龍の果実か……」

 アルクラドの目に、僅かに光が差した。ドラゴンの鱗には興味を示さなかったアルクラドだが、美味なるものと聞けば興味が湧いてきたのだ。

「そのドラフ山とやらに、往く事にしよう」

 アルクラドの興味とオルネルの目的は、その中身は違えど、ドラフ山に行くという点では一致した。こうしてアルクラドとシャリーの2人は、ドラフ山へ向かって、ラゴートの町を出たのである。


 名目上はドラゴンの鱗を取ってくる為、実質的には龍の果実を見つける為に、アルクラド達はドラフ山の頂上を目指し歩いていた。

 オルネル曰く、ドラゴンの鱗は確実に落ちているわけでもなく、また飛来するドラゴンの影響か強力な魔物がいる。その為、ここ100年近くは、山に入る者はいないらしい。ドラゴンの鱗以外、この山でしか取れない素材などもなく、それが更に人が来ないことに拍車をかけているようであった。

 真っ白な雪に覆われた真っ新な道の上に、大小2つの足跡が列を作っていく。

 2人は自然にできた獣道を進んでいくが、冬にもかかわらず下生えが夏の盛りの様に茂っており、歩きにくいことこの上なかった。加えて寒さが厳しい。いくら草が生い茂っていようと季節は冬。雪が降るほどに空気は冷たい。

「うぅ~……草木が元気でも、やっぱり寒いですねぇ……」

 シャリーは手で自分をこすりながら、少しでも身体を温めようとしている。火の精霊の頼んで自分達の周りに集まってきてもらっているが、冬の雪山に火の精は少なく、思った以上に暖かくならなかった。

「陽の力が弱まる季節である故な」

 対してアルクラドは寒さに対して特に何も感じていない。しかし夏に比べ日が短くなった為か、日中に活動する際の不快感が、少し和らいでいる気がしていた。シャリーと比べれば、身体の調子は良かった。

 そんなアルクラドを恨めしそうに見るシャリーの視線が、山のあちこちに向けられる。青々とした葉の合間に、赤や黄の鮮やかな輝きを見つけたのである。

「あっ、実がなってる。こっちにも……」

「先程から香っておったが、食す事が出来るのか?」

 シャリーが気付いた果実に、アルクラドも気づいていた。わざわざ不味い物を食べたくはないので、山に精通したシャリーに尋ねたのである。

「これは……残念ながら食べれません」

「そうか。不味いのか?」

 シャリーの言葉に少し残念そうにするアルクラド。不味い物は食べたくないが、未知の味には少し興味があったのだ。

「いえ、熊や鹿などの大きな獣も殺してしまう強い毒があるんです。食べた人はみんな死んじゃうので、味がどうかは分かりません」

 セーラノにも同じ木が生え、猛毒の果実として有名だった。肉に毒が回るので狩りに使ったことはないが、不味い肉の害獣を駆除する時に使ったことがあった。指の先ほどの小さな果実を1粒使っただけで、鹿くらいの大きさの獣が、少しも数えぬうちに動けなくなり、半刻の間、苦しんだ後に死んでしまった。そのことをシャリーはよく覚えている。故にそんなものをアルクラドに食べさせるわけにはいかなかった。

「そうか」

 しかし、毒の為に食べられないと言われ、それに頷いた直後に、アルクラドは果実をもぎ取り口の中へ放り込む。あっ、と言ったシャリーが止める暇もなかった。

「不味い……酷い味だ」

 噛み潰した果実を飲み込み、表情を変えずにアルクラドが言う。果実は、色は違えど全て同じ種類のようで、全て同じ味がした。その味は酷いもので、皮からえぐみが、実から酸味が、種から渋味がジワジワと広がっていく。甘味など一切なく、不快な味だけが口の中を満たしていく。その上、熱に似た刺激が口の中に広がり、舌やノドが焼け付く様にヒリヒリとしてくるのだった。

「ア、アルクラド様、大丈夫ですかっ?」

 しかしシャリーはそれどころではない。大型の獣でさえ簡単に死に至らしめてしまう果実を食べてしまったことに、シャリーは大慌て。アルクラドの身を案じるが、彼女はあることを忘れていた。

「問題ない。我に毒は効かぬ」

 王宮でのお茶会で、猛毒の菓子を食べたアルクラドが全く平気だったことを、シャリーは今、思い出した。果実が猛毒だと言ったそばから口に放り込む姿が衝撃的で、そのことがスッポリ頭から抜け落ちてしまったのだ。

「そういえば、そうでしたね……」

 苦笑いを浮かべるシャリー。王宮で食べた魔界の毒草は、今アルクラドが食べた果実よりも格段に強力な毒だった。エルベトキシを食べて大丈夫なら、たいていの毒は問題ない。シャリーは安堵した様に、ホッと息を吐いた。

「アルクラド様。大抵の毒は、人族、魔族関係なく効きますから、私以外の前で食べたりしないでくださいね」

 毒を食べて何ともない者などそうはいない。個人の特殊な体質だと言い張ることもできるかもしれないが、誤魔化すには限界がある。しかし、そもそも人前で毒を食べなければいい話である。アルクラドは味が気になれば毒も気にせず口にしてしまうので、シャリーは念の為、注意をしておく。

「うむ。以後気を付けるとしよう」

 アルクラドは素直に頷く。不安は残るが、言葉にした以上、ある程度は約束を守ってくれるだろう。

 そんなことを話しながら頂上を目指す2人。ドラフ山はそれほど高い山ではなく、常人でも半日あれば登頂できるほどの山であった。道の良し悪しなど関係のないアルクラドと山歩きに慣れたシャリーであれば、もっと短い時間で登ることができる。本来であれば強力な魔物や獣が現れたりするが、アルクラドの威に当てられたのか、山に食べ物がたくさんあるからか、2人の前に敵が現れることはなかった。その結果、およそ4刻ほどで山を登り切り、開けた山頂に到着したのであった。途中、見たことのない果実やキノコなどを食べたりしながら。

「ここが頂上ですね。鱗は……落ちてませんね」

「うむ。龍の果実とやらは見当たらぬな」

 頂上は、当然ながら麓よりも厚い雪に覆われていた。地面はほとんど見えず、白の隙間から僅かに覗く山肌は、硬い鉱石の様な印象を受ける黒だった。

 デコボコとした隆起した地面に視線を巡らせるが、シャリーの目には雪が映るばかりで、龍の鱗を見つけることができなかった。アルクラドにしても龍の果実を探すが、果実らしき匂いもなく、見つけられないでいた。

「ここまで来て、空振りは嫌ですねぇ……」

 冬の寒空の下を3日間歩き、およそ半日かけて雪山を登ってきたシャリーの素直な感想だった。龍の鱗が確実にあるわけではないことは聞いていたし、ドラゴンの飛来がここしばらくないことも聞いていた。が、もしかしたら、という思いはあった。結果、人生は思い通りに行かないことが分かったわけであるが。

「うむ。鱗はともかく龍の果実を見つけぬわけにはいかぬ」

 諦めかけているシャリーに対し、アルクラドには絶対に見つけるという気概があった。しかしどうやって探し出すのだろうか、とシャリーは思う。まさか時間をかけて手あたり次第、雪を掘り起こしていくのだろうか。そんなことを考えていると、アルクラドが驚きの言葉を口にした。

「龍の果実については、それを食すドラゴンに聞けば良いのだ。幸いにしてドラゴンであれば、此処に居る」

「えっ、ここに……?」

 驚きを持って聞き返すシャリーに応えぬまま、アルクラドは僅かに魔力を巡らせる。

「起きよ、山に眠るドラゴンよ」

 そう言って、アルクラドはタンッと地面を踏み鳴らした。

 1拍の間を置いた後、グラリと地面が揺れた。地面が持ち上がり、雪が舞い落ちる。

「我ノ眠リヲ妨ゲル者ハ、誰ダ……?」

 恐怖で身体が縛り付けられる様な声が、山に響く。雪に埋もれていた何かが、鎌首をもたげる。

 金色の瞳を持つ漆黒のドラゴンが、牙の並ぶ大口を開き、アルクラド達を睨みつけていた。

お読みいただいきありがとうございます。

遂にドラゴンが(本格的には次からですが)登場です。

アルクラド達の? ドラゴンの?

運命は如何に!?

次回もよろしくお願いします。

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