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骨董魔族の放浪記  作者: 蟒蛇
第6章
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聖銀の剣と鍛冶師の矜持

 ラゴート坑道での岩ミミズ討伐の依頼を終えて祝杯を挙げた2日後、アルクラドとシャリーは、預けた剣を引き取る為にオルネルのねぐらへと向かっていた。入り組んだ通路を歩く2人の前に、ビッケルの姿はない。既に道を覚えたアルクラドに案内の必要はなく、彼がビッケルの申し出を断った為である。

 シャリーは自分がどこを歩いているか分からず後を追うだけだが、アルクラドは迷いなく歩を進めている。1度通っただけでラゴートの道を覚えることは至難であり、それができるのはアルクラドの能力の高さ故であった。

「剣の修理はできてるんでしょうか?」

「どうであろうな」

 道すがらシャリーが思うのは、聖銀の剣の修理状況。剣を預かった時、オルネルは一見すれば問題はないと言っていた。今になって思えば、オルネルの手に負えない可能性もあり、シャリーは少し不安になっていた。自分が修理に預けようと強く推した分、アルクラドよりもその思いは強い。

 対するアルクラドは、その様な不安は一切ない。元々あるから使っているだけで愛着もない。それ故に扱いが雑で、オルネルが憤慨し剣を奪い取ったのであるが、壊れてさえいなければいいと考えていた。

 そうしているうちにオルネルのねぐらが見えてきた。その前で立ち止まったアルクラドは、控えめに扉を叩く。

「オルネルよ、剣を引き取りに来た」

 オルネルが中にいることが分かっているアルクラドは、そう言って返事を待たずに扉を開ける。

「オメェか……2人だけでよく迷わなかったな」

 扉を叩いてから間を置かずアルクラドが入ってきたことに若干驚きながらも、オルネルは2人を迎え入れる。初めて会った時の様な剣呑な様子はなく、愛想のない一般的なドワーフといった様子だった。

「手入れや修理は必要であったか?」

 世間話などはせず、早速本題に入るアルクラド。

「いや、必要なかった……というよりも、オレの手に余る代物だった」

 アルクラド達の背を向けるようにして座っていたオルネルは、剣を持ちながら身体の向きを変える。アルクラド達ではなく剣を見つめるその表情は、何ともいえず複雑だった。

「こいつはオレが造る武器より遥かにスゲェもんだ。オレの目にはこいつが一切傷んでねぇ様に見えるが、それが正しいのかさえ分からねぇ」

 自分のものを遥かに凌駕する武器を見れたことを喜ぶと同時に、自分が負けたことに悔しさを覚えているのだ。

「では修理の必要は無かったのだな?」

「あぁ……できねぇって言った方が正しいがな」

 アルクラドの言葉に、オルネルはお手上げだ、と言って肩をすくめる。

「試しに炉にブチ込んで鉄鎚かなづちで叩いてみたが、びくともしねぇ。どうやりゃあこんな剣が造れるんだ?」

「どの様にして造ったかは我も識らぬが、確かに頑丈ではある」

 自分の手に負えない武器をいつまでも預かっていても仕方ないと返すオルネルと、それを受け取るアルクラド。代わりにアルクラドは、借りていた剣をオルネルに差し出す。

「あの、オルネルさん、ちょっといいですか……?」

 剣を受け取ろうとしたオルネルを、シャリーの言葉が引き留める。アルクラドがどうでもいいと思っている為に聞き流した言葉を、シャリーは聞き流すことができなかった。

「今、アルクラド様の剣を、炉に入れて鉄鎚かなづちで叩いたって言いましたよね?」

 自分の手には負えない剣を、熱して叩く。一歩間違えれば剣が使い物にならなくなる、とんでもない行為である。

「ああ。どれだけ熱を入れてもほとんど赤くならねぇし、どんだけ叩いても歪みもしなかった。全く訳が分からねぇぜ……」

 しかしオルネルはあっけらかんと答える。自分の行いが悪いことだとは、少しも思っていない様子だ。

「それでもし剣がダメになったらどうするつもりだったんですか?」

「そんときゃ何とかしたさ」

「さっき、自分の手には余る、修理できないって言ってませんでしたか?」

 人の物を壊すかも知れなかったにもかかわらず悪びれた様子のないオルネルの態度を、シャリーは見過ごすことができなかった。シャリーのオルネルに対する怒りには、剣を修理に出させたという責任感もあったが、大本は彼の姿勢である。試しに熱して叩くのも問題だが、やってしまったのならせめて謝るべきだ、とシャリーは思っていた。

「結果的に最初と変わってねぇんだからいいじゃねぇか。細けぇな、全く!」

「細かくありません! 貴方に分からない不備があったらどうするんですか!?」

 シャリーの怒気に触発され、オルネルも言葉が荒くなってくる。

「シャリーよ、良い」

 しかしそれをアルクラドが止める。

「アルクラド様……でも……」

 ちゃんと言っておかなければ、とシャリーは思っていたが、アルクラドに止められ言葉を飲み込む。

「剣として使えるのならばそれで良い」

「アンタは物分かりがいいな。ひ弱なエルフとは大違いだ」

 剣が以前と変わっていないことを確かめながら言うアルクラドに、オルネルはニヤリとした笑みを向ける。サラリとエルフへの誹りを口にし、それに反応したシャリーがオルネルを睨みつける。が、そんな2人の表情が、アルクラドのひと言で一変する。

「我もこの剣を傷つけたやも識れぬ。が、剣として使う事は出来る」

 借りた剣をオルネルに渡しながら、そんなことを言うアルクラド。

「10匹目を超えた時から、蚯蚓共を斬る音が変わったのだ。以降、武器強化を行った故、それ以上変化はしておらぬが」

 坑道での依頼の最中、アルクラドはいつもの様に魔力による武器強化を行わずに、岩ミミズを斬り殺していた。ただの冒険者であれば1匹目から刃が通らず、剣での討伐を諦めるところであるが、アルクラドは難なく斬れてしまった。それ故2匹目以降も表皮の硬さを気にすることなく斬り続け、その結果、異音を聞くに至ったのである。

「オメェ、坑道で依頼を受けるって言ってたな……ミミズってのは、まさか岩ミミズじゃねぇだろうな?」

 剣とアルクラドを交互に見ながら、ワナワナと身体を震わせながらオルネルが言う。オルネルの常識では、どれだけ頑丈であろうと剣で岩ミミズを斬ったりはしないのだ。

「狩ったのは、岩ミミズである。どれだけだったか数えておらぬが、相当な数であった」

「このバカヤロウ!! 岩ミミズを剣で斬る奴があるか!!」

 オルネルは血相を変えてアルクラドを怒鳴りつける。そして慈しむ様な目つきで、剣の細部まで確認していく。

「刃こぼれ……は、ねぇな。音が少し鈍いか……? っておいっ、剣が歪んでるじゃねぇか!? テメェ、どんな使い方してやがる!」

 片目を閉じ剣をあらゆる方向から見て、時には剣身を叩き、その音を確認している。その結果、アルクラドの言うように音の違いに気づき、そして剣身が歪んでいることにも気づいたのである。僅かであるが確かに歪んだ剣を見て、オルネルは怒り心頭である。

「剣で斬り、殴ると言う、極当たり前の使い方である」

 剣で相手を殴る場合、通常は柄を使う。折れる可能性がある為、剣身の腹で殴ることはしない。特に相手が硬い岩ミミズであれば猶更だ。しかしアルクラドの通常は他とは違う。日頃から非常に頑丈な聖銀の剣を棍棒の様に使うこともある為、わざわざ柄で殴ったりはしない。

「まさかオメェ……剣の腹で殴ったりしてねぇだろうな……?」

「殴ったが?」

 信じられない者を見る様な目で、恐る恐る尋ねるオルネル。そんな彼に対して、アルクラドは至極当然のように答える。

「剣は鈍器じゃねぇんだ、このバカヤロウ!!」

 何度目か分からないオルネルの怒鳴り声が、岩壁都市の通路に響き渡ったのであった。


 アルクラドの剣の扱いの余りの酷さに、大声で怒鳴り散らしたオルネル。ある程度、言いたいことを言ってスッキリしたのか、椅子に腰を下ろし深く息を吐く。

「まぁ……この剣は数打ちの安物やすもんだ。オメェの剣を勝手に弄ろうとしたのとチャラってことにしとくぜ」

 実はアルクラドが歪めた剣は彼の秀作の1つだったのだが、安物として貸し出した手前、オルネルは本当のことを言おうとはしなかった。そのことを何となく察したシャリーは、本来アルクラドの剣は安物と比べられるものではないが、怒りを抑えることにした。

「話は変わるが、オメェら、俺からの依頼を受けてくれねぇか?」

 ため息を吐きひとしきり落ち込んだオルネルは、顔を上げ真剣な面持ちで2人に言う。

「依頼か……我は急ぎ金が必要な訳では無い故、受けるつもりは無いが……」

「あぁ? そうなのか? まぁ話だけでも聞いてくれよ。オメェらに取ってきてほしいモンがあるんだ」

 依頼の内容を聞く前からそれを断るアルクラド。彼の言うようにアルクラドは金に困っているわけではない。岩ミミズの討伐は鍛冶師を紹介する代わりでもあり、付き合いのあるビリー達からの依頼だった為に受けたのだ。しかし知り合って間もないオルネルからの依頼であれば、ただ頼まれただけでは受けるつもりはなかった。

 しかしそんなアルクラドをオルネルは引き留める。彼とて冒険者に依頼を出したことがないわけではない。もちろん対価を用意するつもりでいるが、それを置いて話をし始める。

「熱しても叩いても曲がらねぇ剣はおとぎ話や伝説にゃごまんとある。所詮は作り話だと思ってたが、実物を見せられちゃ信じねぇわけにはいかねぇ」

 自身の剣とアルクラドの剣とを見比べて、悔しそうに言うオルネル。自分は最高の剣を作ってきたつもりだったが、まだまだ及ばぬ高みがあったのだと思い知らされたのだ。

「そんなつもりはなかったが、町一番や何だと言われてのぼせてたのかも知れねぇな……」

 常に高みを目指してきたつもりのオルネルだが、知らず知らずのうちに足踏みをしていたのかも知れない。他の誰かが造った剣に負けたこともであるが、無意識のうちに自分が立ち止まっていたことが、オルネルには非常に腹立たしかった。

「だからよぉ、そんな作り話に挑戦してぇんだ。その為の材料をオメェらに取ってきてほしんだ」

 伝説を超える武器を鍛え上げる。鍛冶師であれば1度は夢見ることであるが、現実を知り多くの者が夢を諦める。中にはいつまでも追い続ける者もいるが、オルネルもできるわけがない、と現実を見た者の1人である。が、その夢が再び蘇ってきたのである。

「めんどくせぇからギルドは通さねぇが、報酬はオレが打った剣だ。試作品にはなるが、成功しても失敗しても、俺の剣をやる。結局はオレも二流の鍛冶師だったわけだが、一応名工とは呼ばれてる。剣士として箔が付くぜ?」

 ラゴートの名工オルネル。頑固で偏屈、自分の認めた相手としか仕事をしない彼から武器を打ってもらったとなれば、それは剣士としての腕や剣を見る目を認められたことになる。それは剣を持つ者にとって、ある種の名誉でもある。

「我は、其方の剣を持つ事に興味はないが……」

 しかし、アルクラドは違った。名声に興味はなく、現時点で優れた剣を持っている為、それ以外の剣を欲する理由がなかった。

「けっ、そうかよ。まぁ、その剣と比べれば、俺の剣は鈍らと変わんねぇからな……だが依頼の内容には興味があるんじゃねぇか?」

 アルクラドの答えは想像できていたのか、悪態を吐きつつもオルネルは驚いた様子はなく、代わりにニヤリと笑ってみせる。今から自分の話すことが、相手の興味を引くと確信しているのだ。

「この町から東に3日ほど歩いたところに、ドラフ山って山がある。ドール山脈の南側にある山だが、ここには昔からある伝承があるんだ」

 ドール山脈にはいくつかの山があり、それぞれが様々な名前で呼ばれているが、ここラゴートから行くことのできる山の1つが、そのドラフ山である。もったいつける様に間を取るオルネルは、もう1度ニヤリと笑って言葉を続ける。

「……そこで、ドラゴンの鱗を取ってきてほしいんだ」

 それがオルネルからの依頼であった。

お読みいただきありがとうございます。

流石の名工の剣も、アルクラドの使い方には耐えられなかったようです。

そしてそろそろ、満を持してファンタジーの大定番!

(次かは分かりませんが)ドラゴンの登場です!

次回もよろしくお願いします。

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[気になる点] どのような剣を想定されてるのかはわかりかねますが、西洋でも日本でも剣で殴るというのは行われていたかと。
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