ミミズの群れと女王
ゾリゾリ……
ゾリゾリゾリ……
ゾリゾリゾリゾリ……
ゴポァッ……
ジュルジュル……
ゾリゾリ……
ジュルジュルジュル……
ゾリゾリゾリ……
ジュルジュルジュルジュル……
ゾリゾリゾリゾリ……
ラゴートの坑道にポッカリ空いた大きな空間。余りの大きさに手持ちの明かりでは全てを照らすことができず、シャリーが光の魔法で中を照らすが、彼女はそのことをすぐに後悔した。空洞内を岩ミミズが埋め尽くし、彼らは一斉に食事を取っている最中であった。
「おい、アルクラド……これのどこが300なんだ……?」
ビリーが呆れた様子でアルクラドに言う。彼らの前には、1000を超えるのではないかという数の、岩ミミズの群れがいた。ビリー達3人は驚きを通り越し呆れ果て、シャリーは目の前の光景から視線を逸らし何か楽しいことを考えていた。
「どう見たって1000は超えてるじゃねーかっ!!」
「嘘は言っておらぬ。300も1000も然程変わりはせぬであろう」
「大違いだっ、馬鹿野郎!!」
300を超えた辺りで数えるのが面倒になっていたアルクラドだが、彼からすれば魔物がどれだけ集まろうとも大した脅威にならない為、数えたところまでしか岩ミミズの数を伝えなかった。
しかしビリー達にとって、その差は大きい。300でも突撃を躊躇うに充分な数なのだから、1000であればまず間違いなく一時退却を選んでいた。
「だが何匹居ようと、全て狩る事に変わりはなかろう? 往くぞ」
一時撤退を説くビリーにそう告げて、アルクラドは空洞の中へ躊躇いなく歩いていく。オルネルから借りた剣を構えて。
「おいっ、アルクラド! くそっ……ビッケル、他の連中を呼んできてくれ! ゲオルグ、シャリーちゃんを守れ! 俺はアルクラドの援護をする!」
放っておけばアルクラドはどんどん奥へ行ってしまう為、ビリーへ仲間達に矢継ぎ早に指示を出し、2人も速やかに指示を実行に移す。
「シャリーちゃんは、皆の怪我に備えててくれ!」
「分かりました!」
皆に指示を出し終えたビリーは、武器を強く握りしめ、アルクラドの背中を追っていった。こうして岩ミミズの群れとの戦いが始まったのである。
それは、気色の悪さと華麗さが共存する、不思議な光景だった。
岩ミミズの蠢く大きな空間の、その中央に一際大きな岩ミミズがいた。人間の中でも大柄なビリーよりも太く長い巨大ミミズ。その個体を取り囲む様に、他のミミズがウネウネ蠢いている。
その気色の悪いミミズの群れの中、躍る黒、閃く白、舞い散る青。
岩ミミズ蠢く大空洞を、アルクラドは悠然と歩み進む。安物の剣を携え、巨大なミミズのいる中央に向けて。
ミミズがアルクラドに殺到する。前から、後ろから、左右から、地面から、天井から。アルクラドに巻き付き、締め上げ、噛み付く為に、四方八方から襲い掛かる。
しかし1匹たりとも、アルクラドに触れること叶わない。
僅かな動きで全てを躱し、剣の1振りで幾匹ものミミズを両断する。岩ミミズは体液を撒き散らし、地面でのたうちながら絶命する。
アルクラドの動きに合わせてその衣服が揺れ、鈍くも光を返す剣が魔物を切り裂き、空洞内が血で染められていく。
雑草を払うかの様な緩やかなアルクラドの動きに反し、次々と岩ミミズの死体が出来上がっていく。安物の剣を縦横無尽に振るい、正面から噛み付くミミズを、足を取ろうと地面から飛び出すミミズを、天井から襲い来るミミズを、硬い岩の表皮をものともせず、斬り捨てていく。飛び散る血に濡れることなく魔物を切り伏せる姿は、まるで舞の様ですらあった。
ビリー達を含め、ビッケルの連れてきた冒険者達も、しばしその様子に見惚れていた。
硬い表皮を持つ岩ミミズを剣で両断するなど、相当高い技量がなければできるものではない。更に言えばすぐに刃がダメになってしまい、戦い続けることができない。しかしアルクラドは初めから変わらぬ様子で、魔物を斬り続けている。
「ボーっとしてんじゃねぇ! 行くぞ、お前ら!!」
集まった冒険者のうちの誰かが我に返る。そして自分達の役割を思い出し、皆に声をかける。その声に、冒険者達は慌てた様に自分の武器を構え、手近なミミズへと向かっていく。
誰もアルクラドの様に、群れの中に突っ込んでいくことはしない。周囲を警戒しながら、端から少しずつ確実に岩ミミズを仕留めていく。魔物の数は膨大だが、広い坑道での討伐作戦の為、集まった冒険者も多く50人以上いる。1人当たり20匹程度と考えれば、無理な数ではない。ただし不意打ちなどの危険性は20匹を相手にするより格段に高い為、冒険者たちは慎重に討伐を進めていった。
アルクラドの正面突破と、冒険者達による包囲攻撃により、岩ミミズはどんどん数を減らしていく。それでもまだ空洞内に溢れかえっているが、アルクラドは中央の巨大ミミズの間近まで迫っていた。
この岩ミミズの群れの主であろう、太く長い巨大ミミズ。
胴回りは1人では抱えられないほど太く、長さはアルクラドが見上げるほど。先端の口は人を丸飲みにできるほど大きく、その巨体に見合った大きな歯がズラリと並んでいる。身体の表面を覆う石の鱗は他のものより厚く大きい。それが身体の動きに合わせて擦れ、キリキリ、ギリギリと耳障りな音を立てている。
その巨大ミミズが、不意にビクリビクリと痙攣し始めた。口を天井に向け、口をすぼめて歯をギリギリとこすり合わせている。何かをせり上げる様に身体が波打ち、不快な歯ぎしりと共に蠕動運動を繰り返す。
ゴポァッ……! ダバダバァ……!
巨大ミミズの口から大量の体液が吐き出される。しかし他のミミズと違い、半透明の球状のものが体液の中に無数に混じっている。球状の何かは手のひらに収まる大きさで、中で小さな岩ミミズがウネウネと蠢いていた。どうやら岩ミミズの産卵であり、巨大ミミズがこの群れの女王のようであった。
「彼奴が、蚯蚓共の生みの親か……」
ミミズの卵の様子を見ることができたアルクラドは、ポツリと呟く。この空洞内の全てのミミズを狩ることに変わりはないが、大量発生の原因を見つけたのだ。再び無数の卵を吐き出されては面倒だと、アルクラドは少しだけ歩調を早める。そんなアルクラドに、女王ミミズは体液を垂らす口を向ける。目も鼻も見当たらずどの様に察知しているのかは不明だが、口や身体はピタリとアルクラドの方に向けられている。
女王に近づくにつれ岩ミミズの密度は高くなっていく。しかしアルクラドの歩調は少しも変わらない。剣の1振りで数匹のミミズをまとめて両断し、女王への道を斬り開いていく。
1歩、また1歩と女王に近づき、10を数える頃には女王を剣の間合いの中に収めていた。しかし剣が届くということは相手の攻撃も届くということ。女王ミミズは大きな口を目いっぱい広げて、丸飲みにしようとアルクラドに襲い掛かる。
体液が糸を引き、ヤスリの歯がビッシリと並んだ、すえた臭いを放つ大きな口が、アルクラドに迫る。
アルクラドは、落ち着き払った様子で、剣を振り上げる。
そして、フワリと後方へ飛び退き、女王ミミズから距離を取る。
その様子を見ていた者には、アルクラドがただユルリと剣を振り上げたようにしか見えなかった。しかしアルクラドが着地すると同時に、アルクラドの立っていた地面に突っ込んだ女王ミミズは、バラバラになり血と体液を撒き散らした。
ラゴート坑道の、岩ミミズ大量発生を引き起こした原因が今、倒されたのであった。
縦に割られ輪切りにされた女王ミミズは、半月型の肉片となって地面に散らばっている。血と体液でまみれた地面の上で、未だにピクピクと肉片が痙攣している。異臭を放つこま切れ死体に顔をしかめつつも、冒険者達は歓声を上げている。明らかに群れの主と分かる個体が倒されたのだから、喜ぶのも当然である。
更に女王ミミズの死と同時に、他の岩ミミズ達の動きが精彩を欠くものとなっていた。連携と呼べるほど巧みな攻撃をしていたわけではないが、複数匹がまとまって1人の冒険者を攻撃する場面が何度も見られた。しかし今はそれもバラバラで、地中や壁に逃げ出そうとするものも現れてきた。
先程までよりも戦いやすくなった為、冒険者達はミミズ退治の速度を上げていく。1匹も逃がさぬよう、執拗に確実に仕留めていく。
そうしてアルクラドが女王を仕留めてから1刻ほどが経った頃、ようやく空洞内の岩ミミズを全て退治することができた。
「お手柄だな、アルクラド」
一足先にシャリーの待つ空洞の出口に戻ったアルクラドの下へ、ビリーとビッケルが戻ってきた。2人とも大健闘だったようで、身体はミミズの体液にまみれ、酷い悪臭を放っていた。
ビリーの言う通り、アルクラドの立てた手柄は大きい。魔物の巣を発見し、群れの主を倒し、誰よりも多くの岩ミミズを討伐した。加えて言えば、アルクラドが巣を見つけていなければ、坑道内が岩ミミズの穴だらけになっていたかも知れない。そうなれば、坑道崩壊という大惨事を引き起こす可能性もあった。
それを未然に防いだことも考えれば、アルクラドの手柄の大きさも知れようというものである。
「そうでも無い。あの主にしても、図体が大きなだけの蚯蚓に過ぎぬ」
「いやいや、身体がデケェだけで十分脅威だ。というかどうやったらその剣で、あんな風に切れるんだ?」
謙遜する様な口振りのアルクラドに対して、ビリーは首を振る。彼らとて優れた戦士であり、魔力による武器強化は知っているし使うこともできる。しかし武器強化で、剣の間合いを伸ばすなどという芸当は知りもしない。故にアルクラドの短い剣でどうやって女王ミミズを細切れにしたのか、ビリーは皆目見当がつかなかった。
「武器強化をして斬ったに過ぎぬ。それよりも、これで依頼は達成か? 未だ地中に潜む蚯蚓は居るが、数は少ない」
ビリーの疑問に何でもないように返し、アルクラドもビリーに問う。彼の感覚では坑道内に潜む岩ミミズの数はごく僅かであり、もう討伐の必要はないように思われた。
「確認に少し時間はかかるが、恐らくそうだろう。これだけの数を狩ったんだ、もう十分だろう」
岩ミミズの大量発生が収まったと確認されて依頼達成となる為、それまで少しは時間がかかる。しかし1000を超える岩ミミズを倒したのだから、もうほとんど残っていないだろう、というのがビリーの考えであり、希望であった。
閉鎖空間の中で、1刻近くの間、延々と岩ミミズを叩き潰し続ける。それは冒険者達にとって体力的にも、精神的にも辛い作業であった。ただでさえ気色の悪い魔物であることに加え、叩けば悪臭を放つ体液をぶちまけ、それで身体や武器が汚れてしまう。すえた臭いとヌルリとした気持ちの悪い感触に耐えられず、戦線離脱した冒険者もいくらかいた。
実はシャリーが風の魔法を使い、臭いを外に逃がしていたのだが、それでも空洞内は耐え難い悪臭に満ちている。冒険者達も、早く外に出たい、と切に願っているのである。
「そうか」
そう言ってアルクラドが頷いた後、先程から何やら話し合いをしていた冒険者達が、大きな声で皆に呼びかけた。
「みんな、今日はこれでお終いだ! 確認が終わるまでは分からないが、恐らく岩ミミズはほとんど狩れただろう」
そう言うのは依頼に参加していた上級冒険者の1人。上級同士で集まり今後の事を話し合っていたのか、ビリーと同じ結論に至ったようだ。
「こんな臭い所からはさっさと出て、美味い酒を飲みたいところだが、その前にもうひと仕事だ」
ひとまず悪臭に満ちたこの場所から離れられる、と明るい雰囲気になりかけていたところに、不穏な言葉がもたらされる。
「死体をこのままにしてれば、臭くて抗夫達も仕事にならない。後で死体回収の依頼が出るかも知れないが、俺達で運べるだけ運び出すぞ」
見ているだけでも気色の悪い岩ミミズ。殴打され身体が潰れ更に気色悪くなった岩ミミズ。それを引きづって坑道を歩くという、最低な仕事が最後に降りかかってきた。
高揚しかけていた気分が一気に下がる冒険者達。
一斉にため息を吐いた後、冒険者たちは無言でミミズを引きずっていった。
お読みいただきありがとうございます。
ラゴートの脅威はひとまず去りました。
次回もよろしくお願いします。