岩ミミズとシャリーの受難
岩ミミズ。
ラゴートの坑道をはじめ、各地の鉱山や岩場に生息する、魔物。その名の由来は、岩の様な見た目の外皮と、鉱石や岩石を食むことから。
魔物の中では小型に分類されるが、見た目通り外皮が硬く刃が通りづらい。また地中や壁の中に潜み不意を打って襲い掛かってくる。しかし動きは緩慢な為、時間をかければ倒すことができ、また逃げることも容易である。
ラゴートの鉱山で日ごと鉱石を掘り起こしているドワーフ達は、種族の特性もあり、大変な筋肉を有している。その太い腕で振るわれるつるはしの威力は、岩ミミズの硬い外皮などものともせず、1振りで絶命させてしまう。
その為、1日に数匹の岩ミミズが出る程度なら全く問題ないのだが、今回はその数が尋常ではなかった。100や200ではきかないほどの数がいると予想され、そうなれば流石の抗夫達もお手上げ。戦闘を生業とするわけではない彼らでは、囲まれてしまっては簡単に岩ミミズにやられてしまう。
そんなラゴートの坑道の危機を排除する為に、町は大勢の冒険者を集めたのである。集まった冒険者達は、各々のパーティーに分かれ坑道内を進んでいく。個人で依頼を受けた者達は同じく個人の者同士でパーティーを組み、また坑道内に詳しくない者達には勇気ある抗夫達が案内役として同行した。
坑道の中は、岩壁内の居住区の様にある程度の広さはあり、人間の大人が手を伸ばすに充分な高さがあり、幅も2人並んで進むことができる程度にはあった。しかし大きな武器を振り回せるほどの広さはなく、ビリーは愛用の大剣ではなく、片手で扱う棍棒と盾でこの依頼に臨んでいた。
アルクラド達5人も、そんな冒険者達に混ざり坑道内を歩いていた。索敵が得意で素早いゲオルグを先頭に、坑道内に詳しいビッケルがその後ろに続く。ビリーが前後両方に対応できるように真ん中に来ており、その後ろにシャリー、アルクラドの順に並んでいる。
岩ミミズの一番厄介な点は上下左右、あらゆる方向からの不意打ちであり、潜んでいる地点を通り過ぎた時に、背後から襲われることが一番危険である。それに対処する為、気配に敏感であり不意打ちはきかないアルクラドが、殿を務めているのである。
「みんな、警戒はゲオルグとアルクラドがしてくれるが、注意は怠るなよ。アルクラド、敵に気付いたら直ぐに教えてくれ」
前後の2人が警戒をしていても見逃す可能性は考えられる。アルクラドに関してはそんなことはないのだが、全員が警戒をするのは探索の基本である。
「うむ。その岩ミミズとやらは、既に我らの周りに多く居るが」
「何っ!? どこだ?」
坑道に入ってから未だ半刻の更に半分にも満たない時間しか経っておらず、普段であれば坑道の浅い辺りに岩ミミズは現れない。それがいると言うのだから、ビッケルはとても驚いていた。
「一番近いものでは、20歩ほど先の地面と壁に潜んでおる。表面の近く故、近づけば襲って来るやも識れぬ。其の他は、地面や壁の奥ですぐには襲って来ぬだろうが、20匹は居るであろう」
パーティーの誰1人として岩ミミズの存在には気づいていないが、アルクラドの超感覚はその存在を確実に捉えていた。尤も地面の奥深くにいる魔物の存在を感じ取れる者など、そうはいないが。
「ゲオルグ、ビッケル。確認してきてくれ」
アルクラドの強さはビリーも知るところであるが、明かりがあるとは言え薄暗い坑道の中で、20歩も離れた場所や岩の奥に潜んでいると言われてもすぐには信じられなかった。
アルクラド達3人が背中を見守る中、ゲオルグとビッケルは歩数を数えながら前に進んでいく。そして20歩目で足を止め、周囲の壁や地面を見まわし確認していく。シャリーとビリーには薄暗くて分からなかったが、ゲオルグとビッケルの視線はある2点に注がれていた。2人は頷き合い、ビッケルが戦鎚を構える。
「ふんっ!!」
捻った身体を回転させ、ビッケルが戦鎚を思いきり壁に打ち付けた。耳をつんざく様な轟音が坑道内に身引き渡る。
戦鎚が壁から離れると、砕けた岩の破片がパラパラと落ちる中、何かがズルリと滑り落ちてきた。それと同時にゲオルグの前の地面がせりあがってくる。太さは人間の腕ほどで、長さはゲオルグの腰ほどの何かが、彼の前でウネウネと蠢いている。
ゲオルグは1歩踏み込み、盾でそれを殴りつける。硬い音と鈍い音が同時に響き、よろけた様に揺らいだ何か目掛けて、ビッケルが戦鎚を振り下ろす。再び坑道内に轟音が響き渡る。
戦鎚を地面から引き抜き、地面をじっと見るビッケル。ゲオルグは周囲の壁や天井に視線を巡らせている。しばらく周囲の警戒を行った2人は、安全を確認した為、ビリー達に自分達のところへ来るようにと合図を送った。
「どうだった? やはりいたか?」
ビッケル達の下へ行くと、その周囲には粉塵が舞い、若干の煙臭さがあった。それに加え、吐瀉物を撒き散らした様な鼻を突くすえた臭いが辺りに漂っていた。その臭いにシャリーが顔をしかめている中、ビリー達3人は神妙な顔で話し合っている。
「岩ミミズだ。キッチリ20歩の所にいやがったぜ」
「そうか、嘘じゃなかったんだな」
「我は嘘は好まぬ」
アルクラドの言った通りの場所に岩ミミズがいたことに驚きを隠せないビリー達3人。最初は半信半疑だったが、こうも見事に的中すれば信じないわけにはいかなかった。
最初の2匹以外は地表に現れる気配もなく、先へと進む一行。アルクラドの感覚を頼りつつも、皆で警戒しながら、ビリー達は坑道内を奥へと進んでいくのであった。
「後10歩先の地面に3匹居る。壁や天井の中からも10匹程、此方へ向かって来ておる」
最初の岩ミミズとの遭遇から半刻ほど経った頃、アルクラドが再び岩ミミズの存在を感じ取った。今度は地表で待ち構えているだけでなく、自分達のところへ向かってくる魔物の気配もアルクラドは感じ取っていた。
「ほんとに大量発生だな……とにかく片っ端からやっていくぞ!」
岩ミミズの討伐依頼の為、逃げるという選択肢はもちろんない。自分達に近い所のものから倒し、安全を確保しながら討伐を進めていくのだ。
今度は打撃武器である戦鎚、棍棒を持つビッケルとビリーを先頭にし、アルクラドの示した場所へと進む一行。しかし今度は、傍へ近づかなくとも、岩ミミズは姿を現した。地面から3本、何かがせり出してきた。
それを見た時、シャリーは思わず引きつった息を漏らした。先程はビリー達の陰に隠れ良く見えなかったが、今回は明かりに照らされ、岩ミミズの様子がよく分かった。
人の腰の高さまである太く長いミミズは、体表が岩の鱗の様なもので覆われており、とても硬質な印象を受ける。しかしその隙間から透明な液体が染み出し、全身がテラテラと光をはね返している。またウネウネと蠢くその先端はポッカリ穴が開き、その内側にズラリと歯が並んでいる。
岩を食む魔物らしく、ヤスリの様なザラザラした歯。それを地面に押し当て、ザリザリと耳障りな音を立てながら、岩を削り取っている。一通り岩を取り込むと、口を上に向け咀嚼するかの様に全身を波打たせている。そして再び下を向き、ゴポォッと鉱石混じりの体液を吐き出した。
鼻を突く、すえた臭いが辺りに広がる。
岩ミミズは体液を吐き出した地面に再び口をつけ、岩を削りながら、それを啜っていく。岩を削る耳障りな音に、ジュルジュルと粘液を啜る不快な音が混じり、坑道内に響いている。3匹の大ミミズは、アルクラド達が近づく間も、彼らの食事を続け、不快な音を出し続けていた。
余りの不快さと気持ち悪さの為に、シャリーは舌の付け根が締め付けられる様だった。
シャリーは虫が苦手だというわけではない。特別好きだというわけでもないが、長い間、森の中で暮らしていたのである。虫はある意味では生活の場を共にする隣人であり、庵で目覚めを共にすることも多々あった。
ミミズにしても森ではよく見かけ、加えて言えば、野鳥を捕らえる際のエサにしたこともある。ミミズを見て驚くこともなければ、触れることもできる。今回の依頼で討伐対象がミミズだと聞いた時も、どこかに慣れ親しんだ姿を想像していたのだ。が、それが間違いであった。
シャリーが顔を引きつらせている中、ビッケルとビリーは、大いに武器を振るい、岩ミミズを叩きのめしていく。硬い表皮に刃は通りづらいが、衝撃を与える棍棒や鎚は有効だ。2人の逞しい筋肉から繰り出される殴打を受け、岩ミミズは口から透明な体液を吐き、身体から青い液体を滲ませ、絶命した。
不快な音は止んだが、すえた臭いは収まらない。体液がその臭いの正体なのだから、死体がある限り臭いは消えない。火の魔法が使えない為、死体の焼却もできず依頼の間はこの臭いとも戦うことになる。そのことに気付き、シャリーは辟易とする。
風の魔法で臭いを散らすしかないのか、と考えていた彼女の耳に、ザリザリとまたあの耳障りな音が聞こえてきた。目に見える範囲に岩ミミズの姿はなく、小さく籠った音は壁や天井の中から響いているようであった。
パラパラと岩の破片が天井から降ってきた。思わず上を見るシャリー。
透明な粘液と共に振ってくる、テラリと気持ち悪く光る大ミミズ。それが大きく見開かれたシャリーの目に映っていた。
「きゃああああぁぁ!!!」
悲鳴を上げ飛びのくシャリー。動き出すのが遅かった為、粘液は彼女の目の前に迫っていた。しかし間一髪のところで、アルクラドが彼女の体を引き、シャリーが粘液を被ることはなかった。
天井から降ってきた岩ミミズは、地面に落ちる前にアルクラドに切り捨てられ、体液を撒き散らしながら地面をのたうち回っている。胴が2つに分かれた岩ミミズは、しかし息絶える様子はなく、ウネウネと蠢き続けている。アルクラドがその2つの胴体を、更に縦に割るまで岩ミミズは動き続けていた。
「はぁっはぁっはぁっ……」
胸を押さえ肩で息をするシャリー。額には冷や汗がびっしりと浮かんでいる。森の中であれば気配を読むことに長けたエルフも、坑道の中ではその感知能力も存分に発揮することができず、地面や壁の中に潜まれれば尚更であった。
「シャリーちゃん、大丈夫か?」
アルクラドのおかげで事なきを得たシャリーに、ゲオルグが警戒をしながら心配そうに声をかける。ビリーとビッケルは壁付近を警戒し、ゲオルグは天井に意識を向けている。
「ビリーよ、直に蚯蚓が現れるぞ」
「ビッケルよ、後2歩、左だ」
対してアルクラドは、周囲を警戒するビリー達に、岩ミミズの場所を教えている。その指示は的確で、2人は魔物の出現を待ち構え、現れると同時に武器を振るう。殆ど1撃で倒せる為、不意さえ打たれなければ、どれだけ数がいようと問題はなく、間もなく十数匹の岩ミミズが打ち倒された。
「アルクラド、近くにまだいるか?」
「直ぐに現れるものは居らぬが……」
辺りに意識を向けながら答えるアルクラドの視線が、ある1点に注がれる。ビリーがいる方の壁である。
「この先が、大きな空洞になっている。其処に300を超える蚯蚓が居る」
壁に手を触れながら言うアルクラドの言葉に、皆が驚き、シャリーは顔を引きつらせる。
「300だって……?」
「本当かよ?」
「空洞だと……? そんなもの、この先にはないぞ」
数の多さに驚くビリーとゲオルグ。ビッケルはそれに加え、記憶にない坑道の地形に驚いている。
「我は嘘を好まぬ。この奥で音が響いておる」
アルクラドはそう言うが、ビリー達には壁の奥の音など聞こえない。しかしアルクラドの感知能力の高さは、先程から十分に思い知らされている。ビッケルが恐る恐る壁に耳を当て、戦鎚で軽く叩く。長く尾を引く様な音が奥で響いているのが、ビッケルにも分かった。
「……間違いない」
ビッケルが神妙な面持ちで言う。音の響きからかなり大きな空間が広がっていることが分かり、叩いた時の感触も壁がかなり薄くなっていることをビッケルに知らせていた。やろうと思えば、壁を破り先の空洞へ行くことが可能だった。
「どうする? 1度戻って人数を集めてくるか? それとも……」
それを聞いたビリーが皆に問う。300を超す岩ミミズなど、相当な数だ。空洞の広さにもよるが、地面や壁は岩ミミズで一面覆われているだろう。いかに動きの遅い魔物であろうと、その数の中に飛び込むのはかなりの危険を伴う。しかし同時に一網打尽の好機でもある。時間を置いたが為にこれらの岩ミミズが坑道内に散ってしまえば、討伐に余計に時間がかかってしまう。加えてあちこち穴を掘られては、坑道が崩れる可能性も出てくる。
「この奥の蚯蚓共は恐らく食事の最中故、身体を外に出しておる。ここで纏めて狩れば、面倒は少なかろう」
「流石に300は数が多すぎねぇか?」
今ここで倒してしまおうと言うアルクラドに、ビリーは若干及び腰だ。動きが遅く魔物の中では弱い部類に入る岩ミミズだが、その攻撃は案外に強力だ。
太い身体はかなり力が強く、巻きつかれれば引きはがすことは難しい。更に密着されている為、攻撃を当てづらく、硬い表皮の為に短剣などで切り裂くことは容易ではない。また日頃、鉱石を食んでいる彼らの歯を以てすれば、鎧など簡単に穴を開けることができ、柔らかい人の肉など砂を掬う様に削り取ってしまう。
四方八方を岩ミミズに囲まれ、何かの隙に1匹にでも取りつかれてしまえば、後は悲惨な死が待っているだけだ。
「あの様な鈍間、動いておらぬのと変わらぬ。我1人でどうにでも出来よう」
しかしアルクラドにその様な不安はない。緩慢な動きの魔物など、アルクラドに触れることすらできない。魔法など使わずとも、剣だけですぐに倒してしまえる。
「彼奴らが散れば、狩りが面倒になる。往くぞ」
ビリー達の返答を待たずに、アルクラドは薄くなった壁を剣で切り裂く。1人が通れるだけの壁を切り取り、その奥へと進む。
見上げるほどの高さをもった空間がそこにはあった。大きな屋敷が入りきるほどの広さであり、その中を岩ミミズが埋め尽くしていた。
草木が生い茂る様に、地面では数多の岩ミミズが、ウネウネ蠢いている。天井も壁も、地中に伸びる根の如く、幾匹もの岩ミミズがウネウネ蠢き、時折ボトリと地面に落ちてくる。
ミミズ達の楽園がそこに広がっていた。
お読みいただきありがとうございます。
人の腕くらい太くて長いミミズ……いやですねぇ……
次話、ミミズの群れとの戦いです。
次回もよろしくお願いします。