鍛冶師と坑道の魔物
厳つい顔つきの、小柄でしかし筋肉の盛り上がった男。短い髪、太い眉、長い髭。典型的なドワーフの男が、眉を吊り上げ眉間にしわを寄せて、アルクラド達を睨んでいた。酒の為か顔は紅く、視線も1点に定まらない。
「喜べ、オルネル。お前さんに仕事を持ってきてやったぞ」
「テメェ、オレが気に入った仕事しかしねぇのは、知ってっだろうが」
気安い様子で話しかけるビッケルに対し、オルネルは苛立ちを隠そうともしない。その声は大きく、若干舌ったらずであった。酒に強いドワーフがここまでなるのだから、相当飲んでいるのだろう。
「まぁ、そう言うな。断るのは話を聞いてからでも、遅くはないと思うぜ」
ビッケルはニヤリと笑いながら、アルクラドに視線を向ける。
「我はアルクラド。町一番の鍛冶師である其方に、これを見てもらいたい」
1歩前に出たアルクラドは、前置きなく名乗りだけを済ませ、外套の中から聖銀の剣を取り出す。面倒くさそうな視線を向けるオルネルは、冷たい輝きを放つ剣を見た瞬間にスッと目を細める。苛立った様子が消え、周りの音が聞こえていないかの様に、剣だけをじっと見つめている。時折、唸り、ため息を漏らしながら、剣を見つめている。
「オメェ……こいつをどこで手に入れた?」
「ある遺跡で拾った」
ふと顔を上げて剣について尋ねるオルネルに、応えるアルクラド。数百年の間、自分の胸に刺さっていたとは言えず、無難にやり過ごす。
「遺跡……ってことはかなり前のものか……状態は……」
アルクラドの答えを聞くと、オルネルは再び視線を剣に戻し、ブツブツと何かを呟いている。
「あいつがここまで夢中になるのは珍しい。仕事は引き受けるだろうぜ」
ビッケルの知る限り、人の仕事に対しては難癖をつけるところから始めるのが、オルネルの常だった。しかし今回は、それを言うことなく剣に見入っている。
「ビッケルさんは、オルネルさんとお知り合いなんですか?」
先程からビッケルがオルネルを語る口調はとても気安いものだった。それについてシャリーが尋ねると、ビッケルは大きく頷く。
「ああ、ガキの頃からな。昔から頑固だったが、鍛冶の腕は凄かった。メキメキ上達して、すぐに大人達を追い抜いちまった」
ビッケルの話によると、2人は年が近く幼少期を共に過ごしたらしい。鍛冶師の家系であったオルネルは、父親から手ほどきを受け、鍛冶の知識と技術を身に着けていった。まだ子供の内から頭角を現し、成人前には既に一人前と認められるまでになった。
それに慢心することなく最高の武具を作る為に腕を磨き続けたオルネルであるが、逆にそのせいで下手な仕事は受けなくなってしまった。武器の良し悪しの分からない相手に武器を打つことはなく、他の2流職人が作った武具の修理も受け付けることもなくなったのであった。
「手入れや修理は必要か?」
シャリーとビッケルが話している横で、いつまで経っても剣と睨み合いをしているオルネルに、アルクラドが言う。
「普段はどんな手入れをしてる? 見る限り特に問題はなさそうだが……」
「手入れなどしておらぬ。血が付けば払いはしているが」
ようやく顔を上げたオルネルの問いにアルクラドが答えると、鍛冶師の眉間に再びしわが寄る。
「オメェ、どんな名剣も手入れしなきゃダメになる! それを分かってねぇのか!?」
アルクラドの剣の扱いに腹を立てたオルネルが怒鳴り声を上げる。それを聞いたビッケルが、肩をすくめて天を仰いでいる。剣を大事に扱わない。それはオルネルが一番嫌うことであり、そんな相手からの仕事は一切受けてこなかった。
「その様な事は識らぬ。手入れが不要なら引き上げよう」
「バカヤロウ! 要らねぇわけねぇだろ! しばらく預からせろ、隅々までキッチリ見てやる」
オルネルは剣を抱きかかえる様にして、剣をしまおうとしたアルクラドの手から遠ざける。オルネルはアルクラドの剣の扱いについては気に食わなかったが、剣自体には興味津々だった。オルネルが怒鳴った時、ビッケルは仕事を断ると思ったが、どうやら修理自体は受け付けるようだ。
「では頼む。時間はどの程度、掛かるのだ?」
「2日、3日は欲しい。なにせ初めて見る剣だからな」
「では、3日後に来るとしよう」
聖銀の剣は、オルネルをして自分のものより上等だと、言わしめる剣だった。そんな剣を見ようというのだから、オルネルとしてはあればあるだけ時間は欲しかった。
「おい、アルクラド。剣を預けて、依頼の時の武器はどうするんだ? 坑道が崩れるかも知れねぇから、あんまし強い魔法は使えねぇぜ?」
剣を預けることで話はまとまったが、アルクラドはこの後に依頼が控えている。アルクラドが剣が無くても十分戦えることはビッケルも知っているが、坑道の中ではそうはいかない。坑道の中では火の魔法は使ってはならず、強力な魔法は崩落を引き起こす可能性もある。この様な制約が魔法にはある為、坑道の中では主に武器を使った戦いが推奨される。
それなのに依頼達成の為の戦力として期待しているアルクラドが、武器を持っていないというのでは話にならない。坑道の魔物はできるだけ早く退治したい。オルネルの下にアルクラドを案内したのは自分であるが、ビッケルとしては2~3日も剣の修理を待ってはいられない。
「我は剣が無くとも問題ないが……オルネルよ、剣が依頼に必要故、後日再び預けに来よう」
ビッケルの訴えを聞き、アルクラドはオルネルに剣の返却を求める。アルクラドとしては、素手であっても魔物を倒すことも、坑道を崩さないように魔法を使うことも可能だ。しかしわざわざビッケル達を不安がらせる必要もない。そう考えながら剣に手を伸ばすアルクラドだが、オルネルが再び剣をアルクラドから遠ざける。
「おいおい、今まで1度も手入れしてねぇコイツを、更に酷使する気か!? オレぁ鍛冶師として、そんなこと認めるわけにはいかねぇ! 剣がいるなら、その樽に差してあるやつ、どれでも持ってけ!」
剣を抱えながら、部屋の隅を顎で指すオルネル。大事そうに剣を思いやる姿を見ると、アルクラドとどちらが持ち主なのか分からない。
「おいおい、そりゃ、数打ちか失敗作しか入ってねぇんじゃなかったか?」
「ふんっ、剣を適当に扱う奴には、適当な剣が似合いだ!」
オルネルは剣の扱いが最低なアルクラドに腹を据えかねていた。しかしビッケルとしては、適当な剣を使ってアルクラドの戦力が落ちては困る。どうにかして剣をアルクラドに返すように説得したいが、同時に無理だろうとも思う。鍛冶の腕だけでなく、その頑固さもまた1級なのだから。
「この樽の中の剣であれば、どれでも構わぬのだな?」
しかしアルクラドは、武器が変わった程度で強さが変わりはしない。部屋の隅にある樽の前に行き、一番手前の剣に手を伸ばす。しかしふと手を止め、その隣の剣を選び取った。アルクラドが選んだ剣は何の変哲もない剣だった。作りは平凡で剣身は僅かにくすみ、まさしく数打ちと呼ぶにふさわしい外見をしていた。
「おい、待て。どうしてそれを選んだ?」
しかしそれを見たオルネルが、再び目を細める。
「我に剣の良し悪しは判らぬが、これは僅かに魔力を帯び、その流れに淀みがない。それ故、これを手に取ったのだ」
「……そうか。まぁいい、持ってきな」
オルネルの口振りから何かあるのだろうと思われたが、彼はそれを口にすることはなかった。しかしアルクラドを見る目が少しだけ変わっていた。
「では3日後にまた来る。これはその時に返すとしよう」
アルクラドはそれだけをオルネルに伝え、踵を返し扉の方へと歩いていく。剣を預け、代わりの剣も手にした為、もうここですることがないからだ。その後をシャリーが追う。
アルクラドが平凡な剣を選んだ時は不安になったビッケルであるが、オルネルの反応からそれがただの剣ではないと予想していた。そんな剣をアルクラドが使うならば、十分戦えるだろう、とも。
「じゃあな、オルネル」
再び剣を夢中で見つめる友人に別れを告げ、ビッケルもアルクラドの後を追っていった。
オルネルの鍛冶場から離れたアルクラド達は、ギルドへ向かっていた。別行動を取っていたビリー達と合流し、依頼について最終確認をする為だ。
「よし、揃ったな。アルクラドにシャリーちゃん、依頼を受けてくれてありがとう」
アルクラド達がギルドに着くと、ビリーの仕切りで話が始まった。
「今回は坑道で大量発生した魔物を狩るわけだが、アルクラド達は坑道や洞窟みたいな場所で戦ったことはあるか?」
「ない」
「ありません」
ビリーの問いに対し、2人は即答する。
「そうか。なら1つ絶対に覚えておかなきゃならねぇことがある。それは、火を使っちゃいけねぇってことだ」
「何故だ?」
その言葉を聞き、アルクラドが疑問を浮かべる。アルクラドがオルネルの鍛冶場を訪ねた時、その通路に置かれていたランプはどれも、火ではなく光を放つものだったが、アルクラドはそれを思い出した。
「坑道や洞窟、後は風のねぇ狭い所で火を使うと、毒の空気が生まれるんだよ」
ビリーの言葉を引き継いだのはゲオルグだった。坑道などで火を使い続けると、中にいる者が体調不良を訴えたり気を失ったり、最悪の場合、命を失う者までいることが、坑夫達の経験で分かっている。広い場所や、使うにしても小さな火であれば問題ないが、魔物を倒すような強い火の魔法を使えば、瞬く間に坑道の中が毒で満たされてしまう。それ故に、坑道内では火の魔法は厳禁なのである。
「火が毒を生むとは識らなかった。坑道で火は使わぬ様にしよう」
毒に侵されないアルクラドが、その発生理由を知るはずもなく、アルクラドは新しい知識を1つ身に着けた。
「後、アルクラドとシャリーちゃんへの注意だが、強力な魔法は控えてくれ。魔法は有効だが、坑道を崩すかも知れねぇからな」
「ビッケルから聞いておる。魔法は使わず、剣のみで戦おう」
「私は武器を使っての戦いは苦手ですので、怪我の治療などに専念しますね」
アルクラドの魔法の強力さを知っているビリーは、釘を刺さずにはいられなかった。100体を超える魔物を1度に倒す魔法があれば、坑道の魔物もすぐに狩れるだろうが、代わりに自分達が生き埋めになっては意味がない。
「さて、それで肝心の魔物だが、そいつらは1匹1匹は大した強さじゃねぇ。1匹だけならここの抗夫でも倒しちまうし、1日に数体出てくるのは普通だ」
ビリーの言う様に、今回討伐する魔物は、坑道内でよく見られる魔物であり、出現すること自体は問題ない。仮に現れても、ドワーフの抗夫の筋肉の前では、つるはしの一撃でお終いである。
「だが今回はそいつらが大量発生した。今までにない規模の大量発生で、その数が尋常じゃねぇらしい。更にそいつらは不意打ちが得意だ。そうなるとさすがに抗夫達も危なくなってくるから、俺達冒険者の出番ってわけだ」
坑道での魔物の大量発生は過去にいくつかの例がある。しかし今回は過去のものと比べ物にならないほどであり、その数は100や200ではきかないらしい。
「それで、それはどんな魔物なんですか?」
今までのビリーの話では、魔物は強くないが数が多いことしかわかっていない。アルクラドが魔物を討伐する為に対策を練る必要はないが、シャリーとしてはどんな魔物なのかが気になった。もちろんビリーも伝え忘れていたわけではなく、1拍、間を置いた後、その魔物の名を口にした。
「そいつらは、岩ミミズだ」
それが今回、坑道で大量発生した魔物の名前だった。そしてシャリーに苦難を与える魔物の名でもあった。
お読みいただきありがとうございます。
次話、坑道での魔物退治です。
シャリーを待つ苦難とは!?
次回もよろしくお願いします。