ドワーフの鍛冶師
岩壁都市ラゴートにて、ドワーフの鍛冶師の情報を得る為にギルドにやってきた、アルクラドとシャリー。
建物の中に入れば、いつも通り視線が集まる。しかし周囲の視線には、それほど奇異なものを見るといった様子はなかった。眉目秀麗な人物が注目されるのは当然として、アルクラドが奇異の目で見られていたのは、酷く暑い夏の日差しの中でも、肌の露出が一切ない真冬の様な恰好をしていたからである。
ドール王国の中で南に位置するラゴートの町は、国内においては暖かい町になる。しかし冬の気配が感じられる晩秋ともなれば、空気は冷え込む。少し早いが冬の出で立ちをしていても、おかしなことはない。それ故、アルクラドが注目を集めたのは、その美しさだけに依るものだった。
そんな視線を気にすることなく、アルクラドはギルドの奥へと歩いていく。町の鍛冶師についての情報をギルド員に聞く為だ。そうしてギルド中にある酒場の横を通り過ぎた時、聞き覚えのある声がアルクラドを呼び止めた。
「おっ、アルクラドじゃないか! 久しぶりだな!」
アルクラドは足を止め、声のした方に視線を向ける。酒場の中から、杯を持った男が手を振っている。酔いの為か顔を赤くし、ツルリとした毛の無い頭までも赤くした、大柄な男。
セーラノの冒険者、ビリーである。彼の仲間であるビッケルとゲオルグも、その隣で杯を持って酒を飲んでいる。セーラノではビリー達の一方的な嫉妬で、一方的にアルクラドとの関係は険悪だったが、一方的に和解し一緒に食事をする仲にまでなったのだ。
「久しいな。ビリー、ビッケル、ゲオルグよ」
声をかけられたアルクラドは酒場の中に視線を向け、酒を飲むビリー達に言う。
「こんなところで会うなんて奇遇だな。今、着いたところなのか? 良かったら一緒にメシ食おうぜ」
思わぬ再会を喜ぶビリーは、アルクラドを自分達のテーブルに招こうとする。ビッケルとゲオルグも、酔いが回っているのか上機嫌な様子で、手招きをしている。
「我はギルドの者に聞くことがある。それを済ませてからまた来よう」
しかしアルクラドは視線を元に戻す。食事の誘いを断るつもりはないが、先に用事を済ませようと思ったのだ。
「聞くこと? 町のことならワシも詳しいぞ」
「どういうことだ?」
アルクラドを早くテーブルに引き込みたいビッケルの言葉が、アルクラドの足を再び止めた。アルクラドの視線がビッケルを向く。
「この町はワシの故郷だ。良い鍛冶師の店から美味い料理の店まで、何だって知ってるぞ」
ビッケルは冒険者になるまではこの町に住んでおり、セーラノに移り住んでからも年に1度はラゴートに帰ってきている、と言う。今回も里帰りの最中の様だった。
「そうか。では其方に聞くとしよう」
腕の良い鍛冶師について尋ねるのは、ギルド員である必要はない。町に住んでいた、それもドワーフの血を引く者ならば、腕の良い職人にも詳しいだろう。そう考えたアルクラドは、ビリー達のテーブルへと向かっていった。
「よっしゃっ! 話は追々するとして、まずは乾杯だ! そういえばその嬢ちゃんは誰だ?」
アルクラド達がテーブルに着くとビリーは酒の追加を注文するが、アルクラドの隣に控えるシャリーを見てそう尋ねる。
「セーラノで薄汚れと呼ばれていた娘だ。其方も識っているだろう」
セーラノにいる間、アルクラドとシャリーが話しているところにビリーがやってきたことがあった。それ故シャリーのことを知らないはずがない、とアルクラドは思うが、シャリーの見た目があまりにも変わっていた。
セーラノにいた頃はみすぼらしいボロボロの服を着て、髪もくすみ肌も汚れ、ローブを目深に被り俯いていた。そんな少女が質の高い衣服に身を包み、髪は艶やかに輝き肌も白く美しく、周囲を気にすることなく前を向いている。どう考えても同一人物とみなすことはできなかったのだ。
「まさかあの嬢ちゃんが、こんな美人だったとはな……あんたのことは聞いてるが、町の為に戦ってくれた恩人だ。あんたが何者でも俺達は気にしねぇ」
アイレンがセーラノを襲った後、シャリーの正体は町中の知るところとなった。もちろんビリー達もそのことは知っていた。しかしシャリーが魔族の血を引くことを知ってなお感謝の気持ちを持ったアミィの様に、彼らも町の為に戦ったシャリーに感謝の念を抱いていたのだ。
魔族襲来の後、アミィの感謝を聞き涙したシャリーは、ビリーの言葉を聞き瞳を潤ませている。見返りを求めたわけではないが、魔族の血を引くことなど関係なく感謝されたことが、シャリーはとても嬉しかったのだ。
「さて、湿っぽい話は止めにして、友人との再会に乾杯だ! ほら、みんな杯を持て!」
神妙な声音を明るいものに変えて、ビリーは杯を掲げる。皆もそれに倣い、盃を持つ。
「んじゃあ今日は飲み明かすぞ! 乾杯!!」
ビリーの掛け声に合わせ皆が盃をぶつけ合い、中身を一気に飲み干した。セーラノで結ばれた縁の再会を祝い、彼らは大いに飲み明かしたのである。
「ドワーフの鍛冶師か? それも腕の良い」
1杯目の杯を乾したところで、アルクラドは早速、本題に入った。普段使っている剣の手入れの為に、良い鍛冶師を教えてほしい、とビッケルに伝えた。それを聞いたビッケルは唸る様に呟く。
「いるにはいる。この町で一番と言っていいほどの職人だが……頑固な上に偏屈だ」
その言葉を聞いた皆は、ドワーフとはそういうものでは、と思った。しかしビッケルは首を振る。
「確かに他の種族からすればドワーフは頑固で偏屈だろう。だがそいつは、そんなワシらの中でも特に頑固で偏屈なんだ」
ドワーフの中でも指折りの頑固者。それがラゴートで一番と謳われる、鍛冶師オルネルの評判であった。
「あいつの鍛える武器は、硬く鋭く、そして粘り強い。間違いなく最高の武器を作るが、気に入った相手にしかそれを売らねぇ。仕事も気に入ったものしか受けねぇ」
オルネルは、武器の製造や修理の依頼も気に入った相手からしか受けず、また気に入らない相手にはいくら金を積まれても武器を売らない。たとえ身分の高い相手であっても、それは変わらない様だ。
「そいつで良ければ、後でねぐらを教えてやる。気に入られるかはお前ぇさん次第だ」
「その者で構わぬ。元より手入れの必要があるかも分からぬ故、断られたのならばそれでも良い」
アルクラドにとって剣の手入れは町に立ち寄ったついでであり、さして重要なことではない。剣があるから使っているだけで、なければないなりに戦いようはいくらでもある。
「分かった。奴のねぐらは町の奥まった所にあるからな。明日、ワシが案内してやろう」
ビッケルはわざわざ案内役を買って出るが、その代わりに、と言葉を続ける。
「ワシらが受ける依頼を手伝ってくれんか?」
と、そんなことを言ってきた。
「どの様な依頼だ?」
ドール王からもらった謝礼がある為、しばらく依頼をする必要のないアルクラドであるが、面倒な依頼でないなら案内の対価として依頼を受けてもいいと考えた。金はいつかなくなる為、あるに越したことはないのだから。
「この町にある坑道内での魔物討伐だ。1匹の強さは大したことはないが、数が多くてな。お前さんの力を借りれればありがたい」
鍛冶師の集まる町であるラゴートでは、町で使う鉱石をドール山脈から採っている。現在、その坑道内で魔物が大量発生し、採掘が難しい状況にあるという。
「依頼達成に数日はかかるかも知れねぇが、そんなにはかからねぇと思う。坑道はこの町にとって大事なもんだから、報酬は割といいし、そのおかげで冒険者の数もある程度は集まってる」
どうだ、とビッケルはアルクラドに尋ねる。里帰りと魔物の発生が重なったのは偶然だが、彼は故郷の為に、少しでも早く坑道の危険を排除したかった。
「魔物狩りであれば良いであろう。鍛冶師の下を訪れた後、その依頼を受けるとしよう」
「ほんとか!? 助かるぜ!」
魔物の討伐であれば、アルクラドにとって面倒なことは1つもない。見つけて狩るだけの簡単な作業だ。
「それじゃあ、仕事の話は明日の道すがらするとして、飲むぞ、飲むぞ!」
アルクラドの協力を取り付けることに成功したビッケルは、上機嫌で酒の追加注文をする。ちまちまと1杯ずつではなく、かめごと注文し、アルクラドと自分の杯にどんどん酒を注いでいく。ドワーフの血を引く者にしかできない飲み方だが、アルクラドは平然と付き合う為、ビッケルの機嫌はどんどん良くなっていく。
そんな大酒飲み達が機嫌よく杯を傾けている横で、シャリーはビリーとゲオルグの2人と、ラゴートに着くまでの旅の話をしていた。王都での魔族襲来に関しては軽々しく口にしてはいけないと考え話しはしなかったが、王都での美食について嬉々として語った。ビリーとゲオルグは、酒が進んだ為か更に顔を紅くし、満面の笑みで美味しい料理について語るシャリーを見つめていた。
ラゴートのギルドでビリー達と思わぬ再会を果たしたアルクラドは、ビッケルの案内で町一番の鍛冶師オルネルの下へ向かっていた。ビリー達は、アルクラドと一緒に受ける依頼の準備をする為、別行動である。
「この町に来て日が浅い奴は、たいてい迷っちまう。ワシもガキの頃はよく迷子になったもんだ」
ラゴートの平地部分に作られた町は、縦横の道に沿って建物が並び、整理された印象を受ける。ここで迷う者はまずいないだろう。しかし岩壁に作られた部分は違った。岩壁の町は表から見えるだけでなく、その奥まで続いていた。
岩壁の奥はかつての採掘場であり、人間の大人が手を伸ばしても天井に届かない程度には広く、背の高いアルクラドも窮屈な思いをせずに済んだ。掘り進められた穴倉は不規則に曲がりくねり、代わり映えのない岩肌のせいで自分がどこにいるか分からなくなる。
かつてのこの町の住人が好き勝手に住居などを作っていった為、岩壁の奥は完全に迷路と化していた。長年この町に住み、この迷路を歩き続けた者でなければ、迷うことなく進むことはできない。よそ者だけでここを歩き、出られなくなってしまうことがよくあるそうだ。
「ほんとに、自分がどっちを向いてるか分からなくなりますね……ビッケルさんは大丈夫なんですか?」
先程から何度か角を曲がり、更には道自体が真っすぐでない為、シャリーは自分の位置が全く分からなくなってしまった。ビッケルはセーラノに長く住み、ラゴートに帰るのは年に1回。道を忘れているのではないかと不安に思ってしまう。
「ワシは大丈夫だ。ドワーフもエルフほどじゃねぇが、長生きだ。ワシも50年以上この迷路を歩き続けて、もう自分の庭みたいなもんだ。忘れてねぇから、安心しな」
エルフが人間よりも遥かに長命であることは有名だが、ドワーフも人間の倍は長く生きる。ビッケルもその血が流れており、見た目は人間の30代くらいであるが、それよりも長く生きているようだった。
「それなら安心ですね。けど、薄暗くて風もなくて、落ち着かない場所ですね……」
「がっはっはっ! エルフの嬢ちゃんからすればそうだな。ワシはこっちの方が断然落ち着くがな」
迷う心配がないことにホッとしたシャリーだが、今度は自分のいる穴倉という環境にソワソワしてきた。
森に暮らし、陽の光と風に抱かれて生きるエルフ。その血を引くシャリーにとって、硬い岩に囲まれ、光も風もない穴倉は、非常に居心地が悪かった。逆にドワーフの血を引くビッケルにとっては、遮るもののない平野など光と風に晒された場所の方が居心地が悪く感じる。これはもう、好きか嫌いかなどではなく、内に流れる血に依る、どうしようもない問題だった。
「そろそろオルネルのねぐらに着く。もうしばらく辛抱してくれ」
揺れのない淡い光を放つランプの置かれた通路を歩くこと、およそ半刻。目的地は近いようだ。それからもうしばらく歩いたところで、ビッケルが足を止めた。先ほどまでと違い、喧騒も金槌の音もなし静かな場所だ。
「おいっ、オルネル! ワシだ、ビッケルだ! いるか!?」
入口につけられた木の扉をガンガンと叩き、ビッケルが中に呼びかける。
「うるせぇ! 扉を壊す気か!?」
すると中から低い怒鳴り声が返ってきた。
「いるみたいだな」
普通の者なら委縮しそうな怒鳴り声を聞き、ビッケルは満足そうに頷き、遠慮なく扉を押し開ける。
「おいおい、誰が入っていいって言った!?」
そこには、口と顎に髭をたっぷりと蓄えた、小柄なしかし筋骨隆々な男が、酒瓶片手に入り口を睨みつけていた。彼が町一番の腕利き、偏屈、頑固者と名高き、鍛冶師オルネルであった。
お読みいただきありがとうございます。
再会の相手はビリー達でした。
ドワーフの鍛冶師は、聖銀の剣にどんな反応をするんでしょうか?
次回もよろしくお願いします。