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骨董魔族の放浪記  作者: 蟒蛇
第6章
73/189

岩壁の都市

お待たせしました。

本日より6章スタートです。

隔日更新で頑張っていきます。

 万年、白雪を戴く山々。

 朝晩は冷え込む晩秋、上空には冬がやってきたのか、山の頂上を覆う白は、日に日に大きくなっていた。越えること叶わぬ険しき山々はドール王国の背後にそびえ、ドール王国においてはドール山、またはドール山脈と呼ばれている。

 雲1つない高い蒼空の下、黒ずくめの2人組が、山脈に沿ってできた街道を進んでいる。

 1人は背が高く線の細い麗人。中性的な顔立ちで女性と見紛う美貌を持っているが、鋭い目つきが僅かばかりの男性らしさを出している。外套も上下の服も手袋も靴も、手から足の先まで全身黒ずくめで、ツバの広い帽子を被り襟の高い服を着ている。その為、肌は顔が僅かに覗くばかりで、その肌は白磁の様に白く、傷1つシミ1つなく滑らかだ。

 そんな色彩を欠いた景色の中で、紅を引いた様な唇と血の様な紅い瞳が鮮やかな輝きを放っている。そして背に垂れる長い銀糸の髪は、黒を背景として陽光に煌めいていた。

 もう1人は、木の葉の様な長い耳をした小柄な少女。手首を覆う長い袖と地面まである裾の長いスカート、そして靴。それらは全て男性と同じ黒。しかし男性に比べ多少は肌の露出もあり、顔や首元、手は服に覆われてはいない。

 ほんのり朱の差した白い肌はきめ細かく、幼さはありつつも均整の取れた顔立ちは美しさを備えていた。緑の瞳と金の髪を持つ彼女は典型的なエルフの外見をしているが、片方の瞳は深く透き通った黒紫で、髪も金の中に1条の漆黒が走っている。その色違いの瞳と髪が、彼女の美しさに神秘性を与えていた。

 吸血鬼ヴァンパイアの始祖アルクラドと、魔人イビルスとエルフの混血シャリーである。ドール王国の都を出た2人は、更に南を目指す為、山脈に沿って歩いている。

 2人は今、王都から10日ほど歩いたところにいるが、まだ山脈は続いている。この横に長い山脈に背を守られているドール王国であるが、その為に王都から南下するには西、または東へと長く歩かなければならないのだ。しかし終わりは見え始めていた。

 2~3日ほど前から、山の稜線がなだらかに大地へと向かいだし、今日になると麓らしき場所も見え始め、あと数日で山の端に到着するだろう、と思われた。

「あそこに岩窟の民の町があるのか」

 なだらかな山の稜線は、麓付近でその角度が急になり、階段の様になっている場所も見受けられた。アルクラドの驚異的な視力がなければ分からない距離だが、とにかく人工的な形をしていた。

「山脈の端、その山の麓にドワーフが町を築いたという話でしたね」

 岩窟の民、ドワーフ。

 背が低く、しかし太くがっしりとした体つきを持つ種族。手先が器用で鍛冶や細工など物作りが得意であり、彼らの作る品はどれも質が高い。ドワーフの中には国中に名を轟かす名匠達がおり、彼らの鍛えた武具を身に着けることは戦士達の中である種の憧れである。加えてドワーフは、魔法の素養は総じて低いが、太い手足に獣人ビースツに勝るとも劣らない膂力を秘めており、戦いに臨めば恐れを知らぬ戦士として奮闘する。

 またドワーフは大の酒好きであり、大いに飲み、大いに騒ぐ。頑固で融通の利かない側面を持つ彼らであるが、酒を酌み交わした相手とは、肩を組んで笑い合うほどに打ち解ける。その為、付き合い易い種族として、他種族から好意的に受け止められている。

「どんな町なんでしょうね」

 シャリーはドワーフについては大体のことは知っている。エルフである母親から色々と話を聞かせてもらったが、実際にドワーフの町を訪れたことはなかった。ドワーフの町はドール山脈の麓に築かれており、同じく山麓に築かれた町で暮らしていたシャリーとしては、セーラノとの共通点や相違点が気になるところであった。

「それも直に分かるであろう。だがその前に、食事だ」

 アルクラドが不意に立ち止まり、冷たく輝く聖銀の剣を抜き放つ。そして視線を山の方へと向ける。それを見て、ここ数日おなじみとなったアルクラドの行動に、シャリーが大きなため息を吐く。

 アルクラドの言葉は、食事の為に狩りに向かう。そのことを示しているわけではなかった。むしろその逆で、食事がこちらへ向かってきたぞ、という意味だった。シャリーのため息は、自分達に向かってくる食事に対してだった。

 アルクラドが立ち止まり10ほど数えたところで、山からアルクラド達へ向かって走る獣の姿が見えてきた。猪の様な姿をした獣であり、これが食事の正体だった。

 走る姿はまさに猪。顔の正面に大きな鼻があり、口の端から2本の牙が突き出している。身体は茶色い剛毛に覆われ、風の抵抗を受け難いなだらかな曲線を描いている。太く短い4本の脚が身体を支え、蹄で地面を蹴り物凄い速さで迫ってくる。

 しかし猪と違う点がいくつかある。

 まず1つは、額から突き出た角。人の腕ほどの太さがあり、人の胴を貫くには十分な長さがあった。突進の勢いと合わされば、下手な鎧など容易く貫いてしまうだろう。

 次に目につくのは、細長い尻尾。通常は地面にも届かない短い尻尾を持つが、この猪らしき獣の尻尾は、身体の倍以上の長さがある。そんな尻尾が、走る速度に反してユラユラと揺れている。

 そして最後が、飛び出た牙以外の、口の中にずらりと並んだ牙。ものを噛み潰す為の平たい歯ではなく、肉を噛みちぎる為の鋭い牙が生えており、猪の様な雑食性でないことが見て取れた。

 そんな獣が、ここ数日アルクラド達に襲い掛かってきているのである。冬が近く飢えているのか、または冬ごもりの為か、アルクラドが脅しても襲ってくる。仕方ないので殺し、殺したからには、その命を糧にしているのである。しかしこの獣の肉は不味い。肉の旨味はあるものの、獣臭さが強く、筋張っていて硬い。それが何日も続くものだから、シャリーはため息を吐かずにはいられなかったのである。

「あれ? いつもより大きくありませんか?」

「うむ。この辺りのぬしであろうか」

 走ってくる獣をうんざりしながら見ていたシャリーが、その姿に違和感を覚えた。ここ最近襲ってきていたのは、目の高さが腿付近の、通常の猪と同程度の大きさのものだった。しかし今回の獣は体高が胸付近まであり、何回りも大きく別種と言ってもいいほどだった。

 この時アルクラドは、普段抑えている力を少し周囲に向けて放っているが、巨大な獣は退く素振りを見せず、突進を続ける。そんな獣の頭部に向けて、アルクラドは剣を向ける。

 己の突進に絶対の自信を持つ獣は、真正面からアルクラドにぶつかってくる。太い毛は針金の様で、頭は分厚い骨に守られている。差し出された剣など、当たろうとも致命傷にはなり得ない。剣は弾かれ、太い角が相手を貫く。獣の前に立つのがただの人間ヒューマスであれば、この様な光景が生まれていただろう。

 しかしアルクラドはただの人間ヒューマスではない。

 アルクラドの前に迫った獣。聖銀の剣は骨に弾かれることなく、獣の脳天を貫いた。一瞬で絶命するも、突進の勢いは収まらない。人間ヒューマスなど軽く吹き飛ばすほどの突進の勢いを、しかしアルクラドは平然と受け止める。

 こうして巨大な獣は、食事の材料となったのである。

「はぁ……またこの獣ですか……」

 シャリーは堪らず再びため息を漏らす。不味い獣の肉が、いつもより大きくなってやってきたのだ。軽く見積もって、通常の個体の5頭分の肉が取れるだろう。あと数日、恐らくは町に着くまでの間、この肉を食べ続けなければならないのだから、シャリーのため息も当然である。

「食せぬ事はあるまい。殺したからには我らの糧にせねばならぬ」

 無為に命を奪うことを好まないアルクラドは、食べられるのならば食べるべきだと言う。しかし王都での美食を経験したシャリーにとって、この獣が食べられるかどうかの線引きはかなり微妙であった。限りなく食べられないに近い。しかし我慢できないことはない。結局、アルクラドの言葉に従い、頑張って食べているのである。

 何とかこの臭みを消す方法はないものか。そんなことを考えながら、シャリーは町までの残りの道を、歩いていくのであった。


 山の麓が見えてから5日目の朝、アルクラドとシャリーはドワーフの町へ到着した。

「うわぁ~……すごい町ですね……」

 町の全容が見えた時のシャリーの感想である。セーラノと同じく山麓に作られた町であるが、2つの町の様子は全く異なっていた。

 セーラノが麓のなだらかな斜面に沿って町を作ったのに対し、ドワーフの町は山肌自体が町になっていた。石材を切り出していったのか、山は階段状に削られていた。そして岩壁が更に掘り削られ、住居として作り上げられていた。また地面の平らな部分にも、石でできた建物が並び、商店らしき役割を果たしている様子だった。

 麓に広がる石造りの建物。そしてそれを遥かに超える数の、岩壁に掘られた住居。その様子から、この町は岩壁の都市ラゴート、と呼ばれていた。

「変わった町の作りですね」

 岩壁に並ぶ街並みに圧倒された後、シャリーが町に抱いた印象は、変な町だということだった。森の中で木々に囲まれて生きるエルフの血の為か、生まれてから100年以上を森の中で暮らしてきたからか、石だらけの町や住居というものに違和感を覚えていた。

「ドワーフの町らしいと言えば、らしいのでしょうけど」

 エルフが森の民、ドワーフが岩窟の民と呼ばれる所以は、まさにその住まう場所にあった。エルフは森の中に生き、ドワーフは岩山に掘った穴倉に住む。それを考えれば、このラゴートの町はドワーフらしい町と言えた。

「穴倉を好む種族故か。ではこの鉄を打つ音は、ドワーフの得意という鍛冶仕事か」

 町に響く、金属同士がぶつかり合う甲高い音。規則正しく響くその音は、微かながらシャリーの耳にも届いており、アルクラドの耳にはハッキリと聞こえていた。

「たぶんそうでしょうね。セーラノでも、ここの武器は質が高い、と冒険者の人達が言っていましたから」

 物作りの得意なドワーフが町を作れば、それはすなわち鍛冶や細工など物作りの町となる。職人が複数いれば互いに競い合い、結果作られる物の品質は高くなる。このラゴートでもその例に漏れず、職人の腕、品物の質ともに高く、ドール王国内でも武具の名産地として知られている。

「そうだ。折角ですしアルクラド様の剣を見てもらったらどうですか?」

 職人の数の多さを物語る様に町のあちこちから立ち昇る煙を見て、シャリーは思う。

 アルクラドの使っている剣は、いつも曇りのない輝きを放っている。しかしアルクラドが手入れをしているところは見たことがないし、加えてアルクラドの剣の扱い方は余りにも乱暴だった。最も丈夫な骨の1つである頭蓋骨をわざわざ狙って斬ったり刺したりするのは、一般的な剣の使い方ではない。アルクラドの途轍もない武器強化と技量があってのことだとしても、剣にガタがきていてもおかしくはない、と。

「剣に問題はないが?」

「見る人が見れば、何かあるかも知れませんよ?」

 使う分には問題はないと言うアルクラド。しかし使う者と造る者では着眼点が違う。鍛冶師から見れば、鍛冶師にしか分からない不具合が見つかるかも知れない。故に、絶対に職人に剣を見てもらうべきだ、とシャリーは主張する。

「確かに我は剣の良し悪しは判らぬ。其方の言葉も一理ある」

 シャリーの言葉に、アルクラドはその通りだと頷く。アルクラドが分かる範囲では、剣の様子はいつもと変わらなかった。その重さも、斬った時の感覚も、響く音も、何もかもが拾った時と同じだった。しかしアルクラドは、彼の言葉通り、剣の良し悪しは分からない。ただ頑丈だからという理由で使っており、剣の職人に見せれば何か分かるかもしれない、と思ったのだ。

「それじゃあギルドに行って、職人さんの話を聞いてみましょう。きっとすごい職人がいるんでしょうね」

 剣の良し悪しが分からない者に、職人の良し悪しが分かるはずもない。なので腕のいい職人の情報を得る為に、2人はギルドへ向かうのであった。

 そこで思いもよらぬ再会が待っているのを、2人はまだ知らなかった。

お読みいただきありがとうございます。

エルフに続いて、ファンタジー定番のドワーフが登場です。

次回もよろしくお願いします。

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