表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
骨董魔族の放浪記  作者: 蟒蛇
間章
72/189

閑話 ~アルクラドと宿での休息~

 ドール王国の王都での滞在中、アルクラドとシャリーは、ヴァイスの手配した宿で寝泊まりをしていた。そこは富豪や貴族などが使う高級宿で、部屋の中に湯浴み場があり、ベッドや椅子もとても上等なものだった。

「どうですか、アルクラド様? 気持ち良くないですか?」

 ベッドに横たわるアルクラドにシャリーが尋ねる。仰向けに寝転がるアルクラドの身体が、柔らかなベッドに僅かに沈み、銀糸の髪が扇状に広がっている。

「良く分からぬ」

 アルクラドは天井を見つめながら、表情を変えずに答える。

「私は最高に気持ちいいですよ」

 アルクラドと同じくベッドに横たわるシャリー。目を細めたその表情は蕩ける様だ。彼女の髪もまたベッドの上で広がり、真っ白な布の上で彼女のひと房の黒髪が良く映えていた。

「そもそも我は、この様な事をする必要が無い」

 アルクラドは変わらず天井を見つめているが、シャリーの言う気持ち良さがどこにあるのか、それを考えていた。

「やっぱりダメですか……」

 シャリーは身体を起こし、ため息を吐く。やはりアルクラドにこの気持ち良さを理解させることはできないのか、と。

「疲れた後にベッドに寝るのは、本当に気持ちがいいんですけどね……」

 隣のベッドで寝転がるアルクラドに、シャリーはもう1度、ベッドに横たわることの気持ち良さを語る。

「我は疲れぬ故、理解出来ぬな」

 アルクラドは身体を起こさぬまま言う。その言葉を聞き、シャリーは改めてため息を吐く。

 アルクラドとシャリーが初めてこの部屋に泊まった時、今までベッドで寝たことがないと言うアルクラドの言葉に、シャリーは心底驚いた。

 疲れを知らぬアルクラドと違い、シャリーには休息の為の睡眠が必要だ。これまで山の庵で暮らしていたシャリーにとって、ベッドとは枯葉や枯草を敷き詰めたものだった。それでも良く晴れた日に集めたものの上で眠るのは、とても心地の良いものだった。

 しかし貴族の使う高級ベッドは、それとは比べ物にならないほどの気持ち良さであった。柔らかな綿を詰めたベッドはふんわりと柔らかく、枯葉の様に肌がチクチクすることもない。更に綿を詰めている布は絹製で、肌触りがとても良くスベスベだった。また羊毛の毛布を被る為、寒い夜も温かく過ごすことができる。

 初めてこのベッドで寝た日、野宿が続いていた為、シャリーはベッドに入って幾つも数えぬうちに夢の中に旅立ってしまったほどだった。

「疲れてなくても気持ちよくないですか? ベッドは柔らかくてスベスベですし、身体が浮いてる様な感覚で……」

「柔らかくすべらかであることは分かるが、それが気持ち良いのか?」

 ベッドの気持ち良さをどうにかして伝えようとするシャリーだが、アルクラドの言葉に黙ってしまう。生き物としての前提が違い過ぎる為に、言葉が思うように伝わらない。当たり前が当たり前に通じないことが、非常に厄介だった。

「け、剣の絨毯に寝転がるより、こういう柔らかいベッドの上に寝る方が良くないですか?」

 アルクラドに良さを伝える言葉が見つからず、ついには両極端な例を出してしまうシャリー。

「それはそうだが、剣の絨毯は寝る為の物ではなかろう」

 アルクラドであれば剣の絨毯であろうが、針の筵であろうが、寝ることはできる。しかしそれは寝具ではなく、拷問具や処刑道具の類だ。用途の違う物同士を比べても意味がない、と真面目に返されシャリーは再び黙ってしまう。

「何度も言うが、我に睡眠は必要ない。故に寝台に横たう必要もない」

 先程から何度か行われたやり取り。結局は睡眠が必要か不必要かの話になってしまうのだ。

「……分かりました。けど夜にすることがない時は椅子に座るか、ベッドに寝るかしてください。アルクラド様を立たせたままだと、何だか申し訳なくなりますので」

 アルクラドに眠る心地良さを伝えるという目的は諦めたシャリー。しかしシャリーの目的は2つあった。

 朝や夜中にシャリーが目を覚ました時、アルクラドはいつも窓辺に腰掛けるか立っていた。それはとても神秘的な光景ではあったが、自分がベッドで寝ているのにアルクラドがずっと立っているというのはとても居心地が悪かった。しかし何か理由があるのだろうと、何も言わなかったシャリーだがアルクラドの行動に特に意味はなかった。ベッドで休む代わりに窓辺で立っていただけなのである。

 なのでシャリーはそれを止めてもらうように伝えるとともに、ベッドで眠る心地良さを伝えようと思ったのである。結果は全く伝わらなかったが。

「分かった。夜は寝台の上に居る事にしよう」

 素直に頷くアルクラド。彼も窓辺に立つことに、拘りがあったわけではないのだ。

 こうして何とかアルクラドをベッドに寝転がらせることができたシャリー。彼女はもう1つ、アルクラドに分からせたいものがあった。その為に、彼女はベッドから立ち上がったのだ。


 部屋の中で水と火の魔法を使うシャリー。かざした手の先には湯浴みの為の浴槽がある。現在シャリーは、アルクラドの湯浴みの為、浴槽に湯を張っているのである。

「アルクラド様、湯浴みもとっても気持ちいいですからね」

 シャリーは、アルクラドが湯浴みをしている姿や身体を拭いている姿を見たことがない。宿に泊まっている間だけでなく、旅の途中でも。そうにもかかわらず嫌な臭いはしたことがないので、自分の知らないところで身体を洗っているのだと思っていた。

「我は汗をかかぬ故、湯浴みは不要だ」

 しかし睡眠と同様、汚れ知らずな為、湯浴みの必要がなかったのである。その言葉を聞きシャリーは思い出した。風に舞った土埃が汗に付着し自分の顔が薄汚れている横で、肌も服も一切汚れていなかったアルクラドの姿を。

 それを聞きアルクラドにズルい、と憤慨し、アルクラドに何が狡いのか、と首を傾げさせたことはさておき、湯浴みの気持ち良さを知らないのは損なことだとシャリーは思っていた。

「汗をかいてなくても、疲れてなくても、湯浴みは気持ちいいですからっ」

 汗をかき疲れている時の入浴の気持ち良さは、筆舌に尽くし難いものがある。汗のベタつきがなくなりサッパリとし、全身の疲れが湯に溶ける様に消えていく。しかしそうでなくても気持ちの良いものだとシャリーは思っている。

「とにかくお湯に浸かってみてください。少し熱めですけど、気持ちいいですよ」

 浴槽が湯で満たされると、中に入る様に身振り手振りで示すシャリー。

「何故わざわざ水に濡れねばならぬのだ……」

 そうは言いつつも湯舟に入るアルクラド。面倒ではあるが、人族の生活を学ぶという意味では、1度は湯浴みをしてみるべきだと考えたのだ。

 ザブンッ……

 浴槽の中に座り、肩まで身体を浸けるアルクラド。銀糸が湯の表面でユラユラと揺れている。アルクラドの着ている黒い服と一緒に。

「アルクラド様……湯浴みの時は、服を脱ぐんです」

 まさか服のまま入るとは思っていなかった。しかしよく考えれば、今まで湯浴みをしたことがないのだから、そのやり方を知っているはずがない。シャリーが入浴する時も衝立があり、湯船に浸かっている様子は見えない。布擦れの音は聞こえているだろうが、それが服を濡らさない為に脱いでいるとは理解していなかった。

「そういうものか」

 アルクラドは呟きながら、自らの服に手を触れる。途端に、服が湯に溶ける様に消え、アルクラドの素肌が晒される。

「っ……!?」

 シャリーは慌てて後ろを振り返る。顔が熱くなり鼓動がうるさい。まさかいきなり服を消すとは思っていなかった。両親と自分以外の素肌を見たことのないシャリーは、混乱している。

 いつも服の下に隠れている肌は、やはり白磁の如く真っ白で滑らか。しかしそれでいて赤子の肌の様な柔らかさも見て取れた。傷の痕どころか小さなシミ1つない肌は、女性なら誰もが羨むほど美しい。

 背丈のわりに狭い肩は首筋からなだらかな曲線を描き、長い銀の髪から覗く首は細く頼りなく、艶めかしい。元々中性的な顔立ちをしているアルクラドであるが、この後ろ姿はまさしく女性のそれだった。

 一瞬しか映らなかったアルクラドの姿が、シャリーの瞼の裏に焼き付いていた。目をつむり両手で顔を覆うが、アルクラドの後ろ姿は消えてくれない。

「ど、どうですか、アルクラド様?」

 平静を装いながらも、上ずった声でシャリーが尋ねる。

「ただ熱を持った水に浸かっているだけだ。むしろ髪が濡れ煩わしい」

 返ってきたのは身も蓋もない言葉だった。

「……身体が段々温くなってきて、気持ち良くないですか?」

「この程度の熱に我は影響されぬ」

 秋も深まった季節、夜は冷える。そんな日の入浴は身体が芯から温まり、とても気持ちが良い。しかしアルクラドは外の寒さにもお湯の温かさにも影響されなかった。

 結局、アルクラドに入浴の気持ち良さを教えることはできなかった。だから自分以外の人族と一緒にいる時に、変な目で見られないように釘だけは刺しておくことにした。

「……冒険者や旅人は、旅の途中で川で身体を洗ったりします。その時は汗をかいていなくても、周りと一緒に身体を洗ってくださいね。汗を全くかかない人なんていませんから」

「うむ」

 ザパンッ……

 そう言ってシャリーに応えたアルクラドは、湯船から出る為に立ち上がる。水が滴る音を聞き、シャリーはより強く目をつむり、手を目に押し当てる。

 コツコツッ、と床を叩く音が聞こえる。

 おや? と首を傾げるシャリーは、うっすらと目を開け、僅かに指を開き、アルクラドの様子を覗き見る。

 いつもの黒ずくめの恰好をしたアルクラド。服には水濡れの跡は1つもなく、サラサラの銀髪が黒を背景に輝いていた。

 呆気に取られため息を吐くシャリー。しかし胸の高鳴りを感じながら、すぐに微笑みを浮かべるのだった。

お読みいただきありがとうございます。

宿でのアルクラドとシャリーの一幕でした。

話は以前に頂いた感想を参考にさせていただきました。

ありがとうございます。

更新まで少し時間が空きますが、次から6章に移ります。

できるだけ早く更新再開できるように頑張りますので、しばしお待ちください。

次回もよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
~~~『骨董魔族の放浪記~蘇った吸血鬼、自由気ままに旅に出る』~~~ ~~~「kadokawa ドラゴンノベルス」様より好評発売中です!!~~~
表紙絵
皆さま、ぜひよろしくお願いします。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ