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骨董魔族の放浪記  作者: 蟒蛇
第5章
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出立と残る不安

「やはりマニストルは、国の中枢に自分の息のかかった者を置き、王国を掌握することが目的だったようです」

 王宮に魔族が現れた日から数日が経った頃、ヴァイスがアルクラド達の下を訪れていた。場所は、ヴァイスが手配した高級宿の、アルクラド達の部屋である。

「その為に、味方の手柄と敵の失態を欲していたようです。失態を追及し敵を失脚に追い込み、手柄を立てた味方をそこへ据えるつもりだったのです。草原の魔獣討伐の件は、いつまでも成果を上げられない騎士団を責め、騎士団の上層部に誰かを潜り込ませることが目的だったのです」

 元宰相のマニストルに対し取り調べが行われ、彼に関わった者達やその企みが明らかになっていた。現在、その粛清が着々と進められているが、それらをアルクラドに知らせる為にヴァイスはやってきていたのだ。

「そうか」

 盗賊討伐の指名依頼もアルクラドを亡き者にする為の策であったことも聞かされたアルクラドだが、大した関心も示さず頷くだけ。その手にはヴァイスが持参した菓子が持たれていた。

「お茶をご一緒しませんか?」

 報告の為にアルクラドの下を訪れたヴァイスの第一声がこれ。話をしに来たのではなく、茶を飲みに来たと言ったのだ。名目上はアルクラドへの報告が目的だが、シャルル王もヴァイスも、アルクラドが事の顛末に興味があるとは思っていなかった。ただ事に関わったアルクラドには、全てを話し誠意を見せるとともに、けじめをつけようとしたのである。

 ちなみにマニストルの贖罪として、卵菓子よりも美味しい料理を用意する件に関しては、事件のあった2日後に、王宮の食堂で茶会が開かれた。饗応の間は魔族が暴れたせいで所々壊れており、客を招ける状態ではなかったからだ。

 その時に出された菓子は、アルクラドが美味だと絶賛したものと同じ、卵と牛の乳を使って作られた菓子だった。その菓子は氷の様に冷たく、事実凍っており氷菓子と呼ばれていた。しかし氷の様な硬さはなく、スプーンが入る程度には柔らかかった。卵、乳、砂糖、香料を氷温で冷やしながら攪拌することで、凍りながらも柔らかく口当たり滑らかな菓子になるのだという。

 甘い香りと濃厚な味わい、そしてキンッとした冷たさに、口の中で優しく溶けていく滑らかな口当たり。今は冬に向かっていく季節だが、陽が高く暑い時期に食べれば、なお美味であろうと思われる味だった。味わいもさることながら、凍らせたものを食べるというやり方に、アルクラドは大満足であった。

「それと、これは魔族を倒していただいた謝礼です。是非お受け取りください」

 報告を終えたヴァイスは、1つの革袋をテーブルの上に置いた。ずっしりと重くジャラッとした音が鳴る。中には数十枚の金貨が入れられている。そして液体の入った瓶もテーブルの上に置いた。葡萄から造った焼酒である。

「うむ」

 先日の茶会でシャルル王は、魔族を倒した報酬を与えるとアルクラドに話していた。アヴェッソを殺したのは罪を贖わせる為であり、報酬を得るつもりはアルクラドになかった。しかし国王としても、国の為に戦った者に褒美を与えないわけにはいかなかった。

 褒美は何が良い、と尋ねるシャルル王。料理や酒くらいしか欲しい物が思いつかないアルクラド。

「王都を出る時に、次の町までの路銀と旅をしながら飲むお酒をもらってはどうですか?」

 そんなシャリーの言葉で、出立の際に路銀と酒を渡すことが、褒美となった。それを持ってくることもまた、ヴァイスの役目の1つであった。

「それほど多くはありませんが、金は重いのでこれくらいで。酒も、旅に向いた焼酒をお持ちしました」

 金貨1袋は決して少なくない。むしろ一般的な旅人の路銀としては多すぎるほどである。また焼酒にしても、シャルル王の戴冠から十数年眠っている特級品である。旅に持たせるには上等すぎるばかりか、ただの貴族では口にすらできない代物であった。

 これでも褒美としてまだ不十分だと考えているシャルル王だが、それだけアルクラドのことを重要視しているということだった。単にアルクラドの働きに報いるだけでなく、王国に敵意が向かない為でもあったが。

「これだけあれば暫くは依頼をする必要はない。酒はすぐに無くなるであろうが」

 そう言いながら、革袋と酒を受け取るアルクラド。王都では物の価格が高かった為かなりの金を使ったが、今までの町であれば金貨が10枚もあれば金策をする必要はなかった。数十枚の金貨があれば、余程のことがない限り、金に困ることはないだろう。酒に関しては、下手をすればひと晩で無くなってしまうが。

「酒はとても上等なものです。できればゆっくり長く楽しんでください」

 アルクラドの言葉を聞き、ヴァイスは苦笑いを浮かべる。饗応の間で見たアルクラドの酒豪っぷりを思い出したのである。どれだけ飲んでも酔った様子のなかったアルクラドであれば、焼酒1本などすぐに無くなってしまうだろう、と。

「もう発たれるのですね」

「うむ」

 来訪の目的を終えたヴァイスが尋ねる。時刻はそろそろ昼鐘が鳴ろうという頃。アルクラド達の出立の予定時刻である。

「アルクラド殿には王国の窮地を救っていただきました。私からも改めてお礼を言わせてください。本当にありがとうございました」

 そう言ってヴァイスは深く礼をする。アルクラドがいなければマニストルの策が上手くいっていたかも知れない。そしてアヴェッソの凶行を止めることができた者は、あの場にはいなかった。あの場にいた者達が皆殺しにされ、王国は大混乱に陥っていただろう。それらを防いだアルクラドに深く感謝するとともに、自らの未熟を恥じるヴァイスだった。

「どうすれば、アルクラド殿の様に強くなれますか?」

 アルクラドは自分では到達できない遥か高みにいる。しかしそれに少しでも近づかなければ、これから魔族との戦いが始まれば王国の守護者としての役目を果たせない。そうヴァイスは感じていた。

「分からぬ。我は強さを求めた事は無い故な」

 自然と身に着けた力を、他人に説明することはできない。どうやって強くなったと聞かれても、アルクラドには分からないのだ。

「貴方と再び戦えば、少しは強くなれるでしょうか?」

 冗談めかしてヴァイスが言う。1の実戦が100の訓練に勝ることはよくあること。なりふり構わず己の全てをぶつける戦いができれば、少しでも高みに近づけるのではないか、と考えたのだ。しかしより高みに上る機会を得る代償は、とんでもなく大きいのだろう、とも。

「戦いたければ好きにするが良い。しかし我に剣を向けるならば、殺すまでだ」

 ヴァイスの予想通り、死がその代償であった。流石にそれを支払うわけにはいかなかった。

「それでは、また稽古をつけていただけませんか? 次にアルクラド殿が王都を訪れるまでに、少しは強くなっておきます」

 ヴァイスは、アルクラドが力試しの時に、稽古、と言っていたのを思い出した。戦いならば殺すが、稽古であれば殺さないのだ。

「断る」

 すげなく断られてしまうが、それは予想通りだった。

「代わりに美味しい食事をご用意しても駄目でしょうか?」

「王宮での料理を含め、我は美味で貴重な物を多く食した。まだそれ以上の物があるならば、考えても良いが」

 食事を引き合いに出しても、アルクラドは頷かない。アルクラドの言う通り、彼は王都での滞在の間、様々な料理屋を巡り、他では味わえぬ美味しく珍しい物をたくさん食べたのだ。その代償に、金貨が飛ぶ様に消えていったのだが。

「ええ、ありますとも。それらを用意してお待ちしています」

「そうか」

 ヴァイス自身、大層な美食家というわけではなく、王国の食を知り尽くしているわけではない。しかし季節が違えば取れる食材が違い、それを使った料理も変わってくる。きっとアルクラドを満足させる料理があるだろう。それらを把握する為に、ヴァイスの日課の中に料理屋巡りが追加されたのである。

「話は終わりか?」

「ええ、お時間を頂きありがとうございました」

 ヴァイスの話も済み、持参した菓子もなくなった。アルクラドは出立の為に立ち上がる。

「往くぞ、シャリー」

「はい、アルクラド様」

 ヴァイスとの話を黙って聞いていたシャリーは、頷きながら立ち上がり、アルクラドの傍に控える。

「お見送りを」

「不要だ」

 歩き出したアルクラドを先導し、扉を開けるヴァイス。王都の外まで見送ろうと思ったが、あっさりと断られてしまう。

「では、せめて宿の外まで」

 しかし全くの見送りなしでは使者としての面目が立たない。宿の外までは一緒になるので、アルクラドもあえて断ることはしなかった。

「アルクラド殿、本当にありがとうございました。どうかお気をつけて」

「うむ」

 外へ向けて歩き出すアルクラドに、ヴァイスはもう1度深く頭を下げる。アルクラドは振り返ることなく言葉を返し、歩き続ける。シャリーは振り返り、会釈を返し、アルクラドの後を追っていった。

 こうして長かった様な短かった様な、2人の王都滞在が終わったのであった。


「行ったか……」

 アルクラド達が王都を出た後、王宮のある部屋に、国王、騎士団長、ギルド長が集まっていた。ヴァイスの報告を聞き、シャルル王は呟くが、その表情は複雑だ。いつ牙を剥くか分からない天災の様な存在がいなくなり安心する反面、強力な魔族の襲来を考えればあの戦力は惜しい。加えて言えば、粛清の対応で忙しく、少しやつれ気味でもあった。

「あの方をどうにかすることはできません。我々は、我々にできることをするしかありません」

 そんな国王の心情を読み取ったのか、エピスが言う。非公式な場であるとは言えヴァイスの目がある為、ギルド長は余所行きの言葉遣いである。

「魔王の再来が事実であれば、今の我々だけで対処できるかどうか……」

 王宮を襲ったアヴェッソに勝てる気のしなかったヴァイスは悔しげだ。しかし高みを目指す彼に、落ち込んでいる暇はない。

「そう言えば少し前に、セーラノに魔物の襲撃がありましたが、それを引き起こしたのが魔族だという情報がありました。それが事実であれば、そのアヴェッソという魔族の話も真実味を帯びてきますね」

 アイレンが引き起こした、セーラノの魔物襲来はもちろん報告されている。しかし魔物の被害はともかく魔族による被害はなかった為、恐怖に駆られた町人が大騒ぎしているだけ、だと片付けられていた。中級冒険者が魔族を倒したと、セーラノの冒険者達が騒いでいたが、魔族は中級が倒せるほど弱くはない。その為、それも冒険者達が大げさに言っているのだろう、と思われていた。

「うむ。魔界から離れたこの北の地で、偶然に何度も魔族が現れるとも考えにくい。何らかの目的があるのだろう」

 いよいよシャルル王は、本格的に頭が痛くなってきた。アヴェッソの様な魔族が単独で現れただけでも、今の王国の戦力では対処できない。そこに魔族が徒党を組んでやってくれば、堪ったものではない。内部の問題など関係なく、言葉通り国が滅んでしまう。

「彼らの目的は分かりませんが、案外、あの方が気付きもせずに魔族の企みを潰してしまうかも知れませんよ。あの方は北から来ました。途中でセーラノにも寄ったはずです。魔族を倒した中級冒険者というのは、あの方かも知れませんね」

 難しい顔をするシャルル王に対して、エピスは穏やかに笑いながら言う。彼女の言う、アルクラドが魔族を打ち倒していく姿は、容易に想像することができた。アヴェッソを歯牙にもかけず倒してしまったアルクラドである。アヴェッソがどれほどの強さを持っていたか分からないが、仮にあれ以上の者が出てきても全く問題はないだろう。

 それを当てにするわけではないが、十分にあり得そうな未来に、シャルル王の表情が幾分柔らかくなる。

「それもそうだな。しかしそうなるとは限らない。内部の粛清とともに戦力の増強を図る。エピスよ。現役を退いたとはいえ、お主はまだ王国の5指に入る魔法使い。まだまだ働いてもらうぞ?」

 不安はあれどやることは明確だ。国を正し、魔族を迎え撃つ力を付ける。それに尽きる。

「ヴァイスよ、お主もだ」

「心得ております。アルクラド殿は無理でも、魔族には後れを取らぬよう精進します」

 エピスとヴァイス。王国屈指の戦士であり、彼らを筆頭に国全体、兵士1人1人の力を底上げしていく。そうすれば魔族にも対抗できるかもしれない。1国で厳しければ人族同士、手を組めばいい。かつてはそうして、魔族を退けたのだから。

「余は粛清の続きだ。お主達は今後の対策を立ててくれ。後進の育成に加え、情報の収集もだ」

「はっ!」

「承知致しました」

 王の言葉に敬礼するヴァイスと、深く頭を下げるエピス。こうしてアルクラドに救われた国は、自らの身を守る為に力を付けていくのであった。

お読みいただきありがとうございます。

ぼやっとしたところも残っていますが、ひとまずここで5章終了です。

閑話を挟み、6章に移ります。

次回もよろしくお願いします。

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