深まる謎
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聖銀の剣を持ち自然体で構えるアルクラドと、周囲の炎を浮かべ身体の前で両の拳を握るアヴェッソ。そんな2人の様子を、饗応の間の面々は固唾を飲んで見守っていた。戦いの余波に晒されない様、部屋の隅に身を寄せながら。
「行くぞぉお!!」
腹の底から雄たけびを上げ、拳を突き出す。人の頭ほどの火球が16個、前後左右そして上方からアルクラドに襲い掛かる。火球は不規則な動きをしながらも、部屋を焦がすことはなくアルクラドへと向かっていく。
アルクラドは剣を振り抜き、前方の5つの火の玉を切り払う。聖銀が魔力を消し去り、火の玉が霧散する。それに驚くアヴェッソだが、後ろと上にはまだ火の玉が残っている。
そちらに目も向けないアルクラドであるが、魔力が膨れ上がり、次の瞬間に透明な板が11枚現れた。それらは同じ数の火の玉を受け止め、焼け石に水をかけた様な音とともに大量の煙を放出した。真っ白な煙にきな臭さはなく、どうやら湯気の様なものだった。
アルクラドの生み出した氷の板が炎を受け止め、溶けた氷が蒸気となって部屋を満たしたのである。
「くっそがぁ~!!」
自分の攻撃が簡単に受け止められたことに激高するアヴェッソ。いくつもの火球を生み出し、愚直にアルクラドに放っていく。その全てはまたしても氷の板に遮られ、モクモクと蒸気を生み出していく。
アルクラドに魔法が通じないことを悟ったアヴェッソは、蒸気の消えぬうちに駆け出す。蒸気の幕を目くらましに、アルクラドの側面に回り込み、拳を突き出す。
最大限に魔力を込めた拳は、岩を砕き、鉄を貫く。更に岩をも溶かす灼熱の炎を纏わせる。
受けること適わず、触れることは尚できない、アヴェッソの必殺の一撃。
弾き出す様に放たれた灼熱の剛拳は、瞬きの間に敵を捉え、その身体を無慈悲に貫き蹂躙する。
はずだった。
剣を持たぬ左方からの攻撃を、手で受け止めたアルクラド。目を見開き絶句するアヴェッソ。
灼熱の炎がアルクラドの手を焼き焦がし、しかしそれに構わずアヴェッソの拳を握りしめるアルクラド。表情を変えず、拘束から逃れようとするその腕目がけて、剣を振り下ろした。
「ぐうぅ……!」
アルクラドの傍から飛び退き、苦悶の声を漏らすアヴェッソ。歯を食いしばり脂汗を垂らしながら痛みに耐えている。アヴェッソの睨みつける様な視線の先では、彼の肘から下を、アルクラドが詰まらなさそうに放り投げていた。
瞬きの間に起こった出来事に、何が起こったか分からない部屋の面々は、ただ見つめるしかない。ヴァイスでさえ、アルクラドに殴りかかったアヴェッソが返り討ちにされたことが、何とか分かった程度。他の者達には、いきなり腕を失ったアヴェッソが痛みに唸っている、としか分からなかった。
「其方では我に勝てぬ」
熱気と湿気の充満した部屋にあって、アルクラドは涼しい顔で言う。何が起こったか分からなかった者達も、アルクラドが優勢であるということは分かった。
アヴェッソは斬られた肘に炎を押し当て、血を止め立ち上がる。痛みに耐える呻きとともに、肉の焦げる不快な臭いが饗応の間に漂う。
「へっ、そうみてぇだな……けど、魔王様の為にもまだ死ぬわけにはいかねぇんだ……まだまだ大暴れして、魔人の恐ろしさを教えてやるぜ!!」
そう叫び魔力を迸らせ、再び炎を生み出すアヴェッソ。左の腕に炎を纏い、その背にも翼の様に炎が揺らめいている。再び饗応の間が、肌を焦がす様な熱に包まれる。
その熱さに顔をしかめながら、部屋にいる者達はある言葉を聞き逃さなかった。
魔王。
かつての人魔大戦の頃、魔界を統べた魔族の王。力を重視する魔界にあって、その力で以て他を従えた最強の魔族。そんな魔王の為に戦う、とアヴェッソは言った。それは魔王の存在を示唆していた。
シャリーもまた、その言葉を聞き流すことはできなかった。
セーラノを襲った魔族、アイレン。彼女も魔王の使いとして町にやってきていた。魔王が世界を支配する、と言っていた彼女の言葉が、いよいよ真実味を帯びてきた。
対するアルクラドはその言葉にさしたる関心を抱いてはいなかった。魔王軍の戦力強化の為にセーラノにやってきたアイレンの話は聞いていなかったし、アヴェッソを殺すことと彼の後ろ盾とは関係がないからだ。
「無駄な足掻きを……」
灼熱の炎を纏いながら向かってくるアヴェッソに、アルクラドは手を突き出す。
「此方と彼方を遮るは、澄みし冷たき氷の隔……崩す事能わぬ氷牢よ、敵を囲いて束縛せん……氷の牢獄」
アルクラドへと突っ込むアヴェッソの前に、澄み切った氷の壁が現れた。と思えば円柱状にアヴェッソを囲い、閉じ込めた。囚われた氷牢の中で暴れるアヴェッソだが、炎をぶつけても拳をぶつけても氷が壊れる気配はない。
アルクラドは突き出した手をゆっくりと握りしめ、それに合わせて氷牢が徐々に小さくなっていく。暴れるアヴェッソも、動ける範囲が狭くなり、最後には肩をすぼめて身動きが取れなくなってしまった。
「これで終わりだ」
アヴェッソの下へゆっくりと歩み寄るアルクラド。構えた剣の切っ先は、アヴェッソの胸へと向けられている。そんなアルクラドの様子を、アヴェッソは氷牢の中で目を見開きながら見つめている。
氷牢を剣の間合いに入れたアルクラドは、そこへ剣を突き立てる。アヴェッソがどれだけ暴れてもヒビすら入らなかった堅牢な氷に、剣がゆっくりと吸い込まれていく。まるで水面に沈むかの様に。
何とか抜け出そうともがくアヴェッソの前で、剣は氷の層を越え、彼の胸へ到達する。もがくアヴェッソの顔が苦悶に歪められる。剣はゆっくりと胸に沈み、血が滲みだす。血が徐々に溢れ、吹き出し、氷牢を赤黒く染め上げていく。口から血を垂らしながら歯を食いしばるアヴェッソは、射殺さんばかりにアルクラドを睨みつけている。
氷の壁に、根元まで聖銀の剣が突き刺さった。魔を打ち払う聖銀が、アヴェッソの魔力を散らしていく。アヴェッソの苦悶の声もアルクラドへの罵倒も、氷牢に阻まれ饗応の間には響かない。身体を貫く痛みと、魔力と命の消える恐怖に苛まれながら、アヴェッソは命を散らしていく。そしてアルクラドが剣を引き抜いた時、アヴェッソは暴れることも罵倒することも、指1つ動かすこともなくなっていた。
こうして2人の戦いの幕が下りたのである。
静寂に包まれる饗応の間。魔族が討たれたことは喜ばしいことだが、それを為した者が強すぎた。相手の攻撃を封殺し、自身は一切傷ついていない。それを見ていた者達、特にシャルル王やヴァイスは、改めてアルクラドが何者なのか、と考えていた。
一方シャリーは微妙な表情。アルクラドにしては十分に手加減をしたが、それでもまだ強すぎた。饗応の間を壊さない様に配慮したのだろうが、その結果、アヴェッソの動きを完全に封じることになった。そうして強すぎる力を見せることになった。
チラリと国王や騎士団長に目をやるシャリー。その2人は、驚きつつも変な勘繰りはしないように、シャリーの目に映った。国の頂点であるシャルル王がそうであれば、おかしなことにはならないだろう、とシャリーは考えた。
「アルクラド様、ご無事ですか?」
聞く必要はないと思いつつも、シャリーはアルクラドの下に駆け寄り言う。
「うむ」
身体どころか、髪や服にも傷のないアルクラドは、そう言って頷く。シャリーの心境を知らず、アルクラドは上手く戦えた、と思っていた。吸血鬼だとバレないように傷を受けず、饗応の間を壊さないように手加減をした。これで茶会を再開できると、顔に出さず喜んでいた。
しかし、ふと思い出す。まだ1人、罪を贖わせる相手が残っていた、と。
宰相マニストルである。
傍にいたシャリーから、宰相へと視線を向けるアルクラド。紅い瞳が宰相を捉える。
「ひっ……!」
宰相が悲鳴を漏らし、後ずさる。膨大な魔力を放ち、目を瞠る様な魔法を使ったアルクラド。そんな彼を、ただの食いしん坊と見ることは、もうできなかった。
身体の自由を奪われ、にじり寄る様に死の恐怖を与えられたアヴェッソ。自分も彼の様に殺されるのではないか、と考えた宰相は、身体を震わ、眼に涙を浮かべている。
「アルクラドよ、待ってくれ」
宰相の下へ歩み寄るアルクラドに、シャルル王が声をかける。
「宰相の断罪は、我々に任せてくれないか?」
「何?」
国王の言葉に、僅かに眉をひそめるアルクラド。シャルル王の言葉は、宰相を殺すな、ということだからだ。
「その者は、お主だけでなく、余にも歯向かった。王国の簒奪などという大事を企てた。国を治める者として、余はそれを罰しなければならない」
実質的に国を取り仕切っている宰相という立場の人間が、国盗りを企てたのである。決して看過できる問題ではない。宰相の息のかかった者も探し出さなければならず、宰相を殺されるのは具合が悪かった。
「任せろ、と言う事は、其方があの者に代わり、贖罪をするという事か?」
「そうだ」
アルクラドの問いに、神妙な面持ちで答えるシャルル王。アルクラドが宰相を殺すと言えば、言葉を尽くす以外それを止める手立てはないからだ。
「魔族の男が言っていたように貴重な食材や料理を用意してもいい。それ以外を望むのであっても、手を尽くしできる限りのことをしよう」
「良いだろう。あの卵菓子以上の物を以て贖罪としよう」
少し考えた後、アルクラドはシャルル王の提案を受け入れた。アヴェッソのことも1度は魔界の食材で手打ちにしようとした為、宰相も殺さなくてもいいと思えたのだ。
「感謝する。必ずあれ以上の料理や菓子を用意しよう。この者を牢へ!」
宰相を牢へ入れるよう命じた後、ホッと安堵の息を漏らすシャルル王。本当に大変なのはここからだが、まずは情報源の命を失わずに済んだのだ。
「しかしあの魔族の男は、何が目的だったのでしょうか?」
国王との話を終えたアルクラドが席に戻ると、ヴァイスがシャルル王にそう言って話し掛ける。
「分からぬ……」
ヴァイスの問いに、シャルル王は唸る様に答える。
国を奪う、とアヴェッソは言っていた。宰相は彼を国王の守護者として紹介していた。自らの手の者を国の中枢に据えるというのが彼の策であったが、それにアヴェッソが便乗したのだろう。正体を隠し人族の国に潜り込む為に。
しかしその目的が分からない。魔族の領土を広げる目的があったとしても、魔界から離れた北の国を奪う理由が分からない。南の国を奪う方が、手間や今後のことを考えれば良いに決まっている。
加えて、魔王の存在も無視できない。かつて魔族を統べた魔王。今またその下に魔族が纏まれば、とんでもない脅威となる。魔王の存在が真実であるなら、これは由々しき問題である。
宰相の謀反の後始末を考えただけでも頭が痛いのに、更に頭痛の種が増えた気持ちにシャルル王はなった。謀反に関わった者達を、彼らの関わっていた仕事にも問題がないかを洗い出さなければならない。
加えて、いつか来るかも知れない魔族の襲来に備えなければならない。戯れ言と捨て置くことは簡単だが、ヴァイスも敵わぬほどの魔族が、魔王の存在を示しているのだ。楽観的に構え、何もしないわけにはいかなかった。
そんな難しいことを考えている国王達に、アルクラドが声をかける。
「新しい卵菓子はまだか?」
一瞬、呆気に取られるシャルル王とヴァイス。しかしすぐにアルクラドの前の皿が、空であることに気が付いた。
ある意味で一番の問題が残っていた、と、すぐに卵菓子の給仕を命ずるシャルル王であった。
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後数話で、5章王国編は終了です。
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